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Eclecticな道程

 「エクレクティック」というのは英和辞典をひくと「折衷主義」というような訳語しかないようですが、実際に英語の会話などで使われる場合には次の ような意味です「(of people, methods, ideas, etc.) not following any one system or set of ideas, but using parts of many different ones」(Longman Dictionary of Contemporary English)(「特定の体系や考えに従わず、多くの異なる体系や考えの部分部分を組み合わせて使用する(人々、方法論、考え等)。」

  これは私のスピリチュアルな道程の基本的方法論と言ってもよいでしょう。つまり、「これさえやればすべての問題が解決でき、充実した人生が送れ、宇宙の心 理が体得でき、可能な限り高いレベルの霊性に達することができる」というような単独の体系、方法、技術のようなものは、この世には存在しないということで す。

 具体的に例を挙げましょう。人間は肉体、知性、感情、霊性の4つの存在レベルから構成される存在です。つまり肉体と魂の健 康を維持しフルに生きるためには、この4つを取り扱う方法がそれぞれ必要になります。これらレベルを均等に扱うことのできる単独のアプローチというのは、 はっきり言って現存しないのです。

 肉体の手入れについては、ヨガ、大極拳などからロルフィング、フェルデンクライスのようなさ まざまなボディワークがあります。そしてその中のあるものは感情レベルのリリース(ブロックの解放)効果もあり、あるいは霊性と肉体のつながりをスムーズ にする効果もあります。しかしボディワークだけでは、当然のことながら感情や霊性の問題をカバーすることは到底できません。つまり、例えばヨガや気功に何 十年かけて習熟したとしても、感情の成長状態は幼いままということもありえます。

 深いレベルで感情の問題を解決するには、どう しても長期間にわたる心理セラピーが必要です。しかし心理セラピーだけでは他方、霊性の表現や肉体の健康についてカバーできないのは言うまでもありませ ん。またフロイト派、ユング派、新ライヒ派など、種類の異なる心理セラピーごとに、扱える問題についても得意不得意もあるのです。バイオエナジェティック ス、コアエナジェティックスのような新ライヒ系療法は心身統合を目指すものであるため、セラピーとしては比較的幅は広いのですが、やはり単独でカバーでき る領域には限界があります。

 この点、5月のワークショップでも少し説明したパスワーク(Pathwork)のセッションおよび トレーニングは、人間の霊性を重視したスピリチュアルな教えを前提に、各種の心理セラピー形態や心身統合療法が組み合わされている点、パワフルなものであ ると言えます。ただしこのパスワークさえも、それ自体で完結するものではありません。

 他方、こういったエクレクティックなアプローチをとろうとする場合に陥りやすいワナは、「あれもこれも」と何でも少しづつかじって、結局深いレベルで自己の問題に取り組むのを避ける形になる場合です。これではもちろん何にもなりません。

  また心理療法はその構造からいって、本当に深いレベルでの効果を得るにはどうしても長期(最低4年〜5年)の定期的セッション(毎週ないし隔週)が必要で す。バーバラ・ブレナンのヒーリングスクールが4年、コアエナジェティックスのセラピストのトレーニングが4年、パスワークのトレーニングが5年等となっ ているのも、それが理由の一つです。

 自分のたどっている道、学んでいること、受けている療法が深いレベルで自己に影響を与えて いるか、必要な問題に自分が取り組んでいるかどうかを知る最も簡単な方法は、その結果を見ることです。つまりそのボディワーク、心理療法、ヒーリングなど を受けて、それによって自分自身あるいは自分の人生に変化が表れているかどうか。それが本当に自分がこの段階で必要としているものなら、短期的にはその変 化は微妙なものかも知れませんが、数か月、半年、あるいは1年たった後に振り返った場合には、健康、感情、霊性、あるいは行動面などにおいて、はっきりと した違いが表れているはずです。そしてその違いは恒久的なもの、つまりその療法やワーク、教えを離れた後も、自己の内に作りだされた変化は継続して残るも のでなければなりません。

 そのような変化が見られない場合には、自分のやっていることを検討し直してみることが必要でしょう。 その療法やワークが自分に合っているものかどうか、あるいは自分は必要なレベル、深さで、必要なだけのエネルギーを注いでそれに取り組んでいるかどうか。 あるいは何か他の種類あるいはレベルのワークを組み合わせる必要があるのではないか。

 私にとっては人生とはつねに、一つの体系 や方法論を学び終わると同時に(時にはそれを振り捨てて)次の段階に移行することを求められる、限りのないチャレンジの連続です。それなくしては可能な限 り高いレベルへの人格と魂の成長はありえないし、この世界に肉体をもって生まれてくる意味もないと思います。そしてこのチャレンジに最も適切に対応する方 法が、エクレクティックなアプローチだと思うのです。

 このアプローチにおける最も重要な点は、自分の道程を選びそのための地図 や道具を選ぶのは自分自身の責任であり、そして道程の途中でその地図や道具がこれから先では役に立たないものだと知った時には、ためらわずそれを捨てて新 しいものに取り替える勇気を持つということです。もしも使い慣れた地図や道具にこだわってそれを取り替えようとしなければ、一つの人生において人間に可能 な限りの高みにまでたどり着くことはおそらくできないか、あるいはずいぶんと苦労の多い、遠回りなものになるでしょう。(1996年)

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