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光の運び手の道程(みちのり)

はじめに...「メタファー(比喩)」

 ここで霊の世界や人間の精神について語られることは、一つの「比喩」である。 バーバラ・ブレナンのガイドが「物質世界と霊の世界の区別は単なる比喩であり、ガイドとはより大きな自己の中の別の自分自身のメタファーである」というの と同じ意味で。それは、その比喩の中に生きている(あるいは生きることを選んだ)者にとっては、現実であり、現実としての力を持つ。

  私と同じような魂の傾向を持って、似たような道程をたどって来た人にとっては、この「比喩」はわかりやすいものであり、おそらく先へと道を進んでいくのに 役立つ道具となるだろう。他方、この「比喩」が自分にとっては異質であり、意味をなさないと感じる人もあるだろう。それはその人にとっての事実であって、 無理に自分のその中に押し込む必要はない。

 光を運ぶ者の道程は多様であり、運び手が1000人いれば、1000通りの道程があ り、1000通りの現実の比喩がありうる。探し続ければ、多少時間はかかっても、自分にぴったりの道と方法論は必ず見つかる。なにより、「自分の魂に本当 にぴったりの道を見つけるまでは探索を止めない」という在り方こそが、光を運ぶ者の証拠なのだから。(Yui Wang, 1995)


目覚めよ、ライトワーカーたち

 世界の夜明けはもうそこまで迫っています。暁の光がかすかに差し込み始めました。目覚めの時です、ライトワーカーたちよ。あなた方の活躍が必要とされる時が来ています。

 すでに目覚めつつある者も、またこれから目覚めるものも、あなたたちは光のある方向を知っています。それがライトワーカーの証拠なのです。光をもたらすもの。それがライトワーカーの仕事です。

  その仕事はただきれいなだけの仕事ではありません。光が最も必要とされるのは、暗い場所だからです。そのように、ライトワーカーは、人々の恐れる暗い場所 へも、光を運んで行かなければなりません。それは外の世界だけでなく、自己の内面をも意味します。いいえむしろ、自己の内奥にある暗い部分に光を当てるこ とができて初めて、あなた方は真に光をもたらす者と言え、他の人々にも光を与えることができるのです。ライトワーカーとしての責任と義務を持ち始めるので す。

 それはただ楽しいだけの仕事ではありません。自己の心に巣くう抵抗を乗り越えて、暗黒の領域も含めて自己のすべてに対面し、 光を当て、なおかつありのままの自己を受け入れ愛すること。それによってこそ初めて、あなた方は他の人々をありのままに受け入れることができ、彼らの心の 中に光をもたらすことができるからです。

 そのように、心してください。けれどもまた、忘れないでください。この過程を経て得られ る光は真実、決して損なわれることのない光であり、このようにして歩まれる旅路は決して後悔を生むことのない道程であることを。旅程の終りに、故郷の世界 に帰った時、自らの生を振り返って、あなたは自分が真にライトワーカーであったことを改めて感じることができるでしょう。

 光の中 にあって光を運ぶのは容易いことです。暗闇の中にあってなお光を運び続けるのは難しいことですが、それこそが必要とされているのであり、それこそがライト ワーカーの仕事です。今、この黎明の時に、立ち上がってください。そしてともに歩みましょう。光を運ぶものは他の光の運び手を認めます。あなたは一人では ありません。何千、何万という仲間がもう地球上に生まれているのです。土台は築かれています。ネットワークの配線は敷かれています。必要なのはそこに自ら をつないで、必要な情報を得、同時にそれを分かち合うことです。

 必要なツールはすべて揃っています。必要なのはただ、あなたが自らを認識し、自らの自由意思で立ち上がることだけなのです。

— The Keepers of the Light


グラウンディングについて — 大地に足をつけること

  ライトワーカーにとって、なにより大切なのは、自分が「天と地の掛け橋」であるという認識です。これは「天」、つまり霊的な世界と強いつながりを持つだけ でなく、同時に物質世界にしっかりと自己を確立し、文字通り「地に足のついた」形で人間としても、社会人としても生きられることを意味します。地に足を付 けることを、「grounding(グラウンディング)」と言います。

 大半のライトワーカーおよびライトワーカー志望者は、スピ リチュアルなことに幼いころから興味があり、意識するとせずとを問わず、霊の世界に強いつながりを持っています。人生の初期から霊的・精神的な価値こそが 最高のものと考えて疑いを持ちません。自己の人生には目的があるはずだと確信を持っており、それをスピリチュアルな世界に探し求めます。

  しかしこのようなタイプはしばしば、特別な訓練や教育なしには、グラウンディング、大地へのつながりが弱いのです。物質世界での人間関係や社会生活が苦手 で、内向的、人見知りだったり、時には対人恐怖症に悩む人もいます。しばしばこの世界に対し不安を感じ、肉体の中に生きることが安全でないと感じたり、牢 屋の中にとじ込められているような感じを覚えます。このためにますます霊の世界とのつながりを強め、早く物質世界の制約から自由になりたいと望むのです。

  この傾向が強くなりすぎると、物質世界や社会を軽蔑し、自己の内に閉じこもり、霊能力の開発や過去生の記憶の取り戻しといったことだけに凝るようになりま す。このような状態では、大地から切り離されており、本人は好きなことだけをやって楽しんでいるつもりでいますが、心の底では、つねにそこはかとない不安 感につきまとわれているのです。「自分はこの世に生きる意味があるのだろうか」「この世に存在する権利を自分は持っているのか」といった疑問に悩まされて います。本当は親しい友人も欲しいし、人生をあらゆる面でフルに楽しみたいのですが、自分にはそれが可能だと信じていないために、精神的な世界だけを自分 の住みかにして、自分の価値観を理解しない人を「軽蔑」する態度を装うのです。

 しかしこのような在り方では、ライトワーカーが本 来生まれてきた理由を達することができないのは言うまでもありません。簡単に言えば、ライトワーカーの仕事とは、霊の世界と物質世界の間につながりを築く ことです。ライトワーカーは、霊の世界のすばらしい記憶を心のどこかにしっかりと保っており、そのためにスピリチュアルな価値観こそが大切なものだと信じ ることができる、というより「知っている」のです。その美しい記憶を意識の中にしっかりと呼び戻し、他の人々と分かち合うこと。そのような記憶をすっかり 忘れてしまい、人生の目的とは何かを思いだせないでいる人達に、そのことを思いださせること、それが第一の仕事なのです。

 そして このためには、しっかりと自己の人間性を理解し、肉体としての自己の存在を受け入れ、物質世界と大地にグラウンディングを行なうことが大切なのです。物質 的存在としての自己を包容できない人が霊の世界について語っても、それは単なる夢物語としてしか聞こえません。事実、このような人では、霊の世界の理解自 体が歪んでいるのです。これは自己の満たされない感情や欲求を、自己の霊的経験に投影するためです。

 またエネルギーレベルでは、 ライトワーカーは実際に天と地の掛け橋となります。高い霊的エネルギーを自己のエネルギーシステムに取り入れ、変容させ、物質レベルに流すのです。このた めには、グラウンディングが強ければ強いほど、大量の、より高いレベルのエネルギーを流すことができます。肉体としての自己をしっかりと確立していない人 は、エネルギーを物質レベルに持ち込むことさえできません。

 これらはグラウンディングの大切さについての、基本的な点です。

— ケレウス


ライトワーカーの道程

 私が今、これを読んでいる人達に伝えたいことはこういうことです。

 あなたは今、充実した人生を送っていますか。生きることが楽しいですか。今自分の目の前にある一瞬一瞬に、何のためらいもなく、憂いもなく、自己をうち込むことができますか。

 未来のことを考えて今をおろそかにしていませんか。先のことに気を取られて、今目の前にある生きることのよろこび、意味を、見つめ、受け取るのを、ごまかしてはいませんか。

 今この瞬間に生きる。それは簡単なように見えて、現代人にとっては最も難しいことの一つです。

 なぜでしょう。それは、来るかも知れない未来に生きるほうが、今目の前にある現実に対処するよりも楽だからです。楽なように見えるからです。不確かな可能性の方が、今手の中にある現実よりもよいもののように思うのです。

 あるいは過去の中に生きることを好む人もいます。過去の楽しかった瞬間、よかった頃の思い出。懐かしいさまざまな出来事。多少のつらかったことも、過ぎ去ってしまえば、不愉快な部分は忘れて幾らかの飾り付けをすれば、よいものであったかのように見える。

 美しい思い出にアクセスして繰り返し楽しむこと自体に悪いことはありません。けれどあなたが今この瞬間に生きることをなおざりにして、目の前にある現実に取り組むのを先伸ばしにする理由として、過去を楽しんでいるのだとしたら、あなたは人生を生きてはいないのです。

  よく、「来年になったら...」「今の仕事をやめて新しい仕事につけたら...」「新しい友達、恋人ができたら...」という言葉を口にする人がありま す。けれどそのように未来の可能性を心待ちにする人に限って、実際にそれがやってきたとしても、それを楽しまないばかりか、いまだに足りない点ばかりを数 え上げて、再び未来のことを夢見るのです。またそれより実際に多いのは、未来の可能性を数え続けるばかりで、その可能性を実際のものとはできない場合で す。

 新しい職が得られたらすべてが変わると言う人に限って、今の職を去ることを厭うでしょう。新しい恋人ができたらと望む人に限って、今の恋人との中毒的な相互依存関係を変えることができないでしょう。

 問題は、状況にあるのではないのです。不満足な人間関係、不満足な仕事、不満足な人生、そこにあるのではないのです。問題は、自己の内にあるのです。

  今この瞬間にある、不完全な自己を受け入れなさい。それできずしては、未来はありません。未来の可能性は真に建設的な形で現実とはなりません。自己を愛し なさい。不満足な職、不満足な人間関係のただ中にある、その一見不完全な自己をそのままに受け入れ、そして感謝しなさい。自分が自分自身であることに。こ の宇宙の中で掛け替えのない存在であることに。

 満足な職が得られた時、完璧な人間関係が得られた時、自分に満足できるとあなたが思うなら、それは間違いです。今この瞬間に、不完全な自己を受け入れることができないなら、あなたは永遠に自己を受け入れることはできません。

  不完全さの中にある完璧さを見ることを学びなさい。それは想像されるほど難しいことではないのです。その芽はすでにあなたの内にあります。そのような至福 の瞬間は、ほんの一瞬、毎日の生活の内に形をとることがあります。その瞬間をとらえ、次にはそれをほんのもう少し、長引かせることに気を配りなさい。

  真の幸せとは大仰なものではありません。むしろ、今この時代に生まれたあなた方は、より精妙な形の幸せ、精妙な生の完璧さの表現を認める能力を求められて いるのです。それがこの時代のテーマの一つなのです。過去の時代のような、ドラマチックなヒーロー、悲劇の聖人、孤高の哲人——光を運ぶ者がそのような役 割を求められる時代は過ぎたのです。すべてがこの日常の中で、より微妙で繊細な形で、行なわれうるのです。そしてそれはむしろ、ある意味では難しいことな のです。外面的に劇的な形で生か死の選択を問われる人生ならば、自己を犠牲にして他を生かす選択を行なうことは、ライトワーカーの魂にとってはむしろやさ しい。しかし日常の 中で、一瞬一瞬の微妙な選択のうちに、自己と他に生をもたらす選択を絶えず行なうのは、かえって容易ではないのです。

  あなたがヒーローコンプレックスを抱いているなら、それは時代遅れのものだと知りなさい。自分の内に、あるいは外に、救世主を求めているなら、その願いは かなえられることはないと知りなさい。一人の優れた人間が他を導く時代は終わりました。今は水瓶座の時代なのです。すべての人が自分の手で選択を行ない、 自ら人生を、神との関係を築くのです。仲介者は必要ないのです。必要なのは教師であり、そして教師はその教え子をやがて自らの同僚となるべく育てるので す。

 少数のライトワーカーが多数の「大衆」を導くのではなく、別のライトワーカーたちを育てるのです。光はもはや独占されるものではなく、分かち合われるものです。

  ライトワーカーの道を歩むことで自分が特別の地位にあると考えるなら、また特別な権利を得ることができると考えるなら、それは誤りです。この世界において すでにライトワーカーとして仕事を始めている者は、先行く者ではあっても、絶対的な権威や恒久的なエリートではないのです。そして自分が人類のために働く ことを望む者であるがゆえに「普通の」人間が直面する日常的な出来事や生活の茶飯事、人間感情の複雑さに厭わされなくてもすむはずだと考えるなら、それは 幼い考えです。

 真のライトワーカーはむしろ、日常の些細な出来事、なにげない他者との人間関係やり取りの中に、一瞬一瞬の中に、 光を見るのです。このことがわかるでしょうか。外部にある光を仲介して誰かに与えるのではないのです。すでにそこにある光を見、そのことによって、その光 に形取らせるのです。光はすべての存在、あらゆる経験の内に、すでに宿っているからです。

 自己の内にある光を認めなさい。それが 他の人の内にある光をも認める第一歩です。些細な出来事の内にある至福の瞬間を認めることを学びなさい。それが地球を覆う大きな計画の全容を認めることが できるようになる第一歩です。自己の足元を固めることなしには、天に描かれた図面を読むことはできません。足元も見ずに頭を上げて歩くなら、遠からずあな たはつまづいて転ぶことでしょう。

 自己の内にすでに計画は敷かれてあることを信じなさい。そしてその信頼の内に、自分自身を見つ め、内面の自己と対峙する時間をとりなさい。そしてそこにある未だ癒されぬ自己、幼い頃に傷ついた子供のままの自己の言葉に耳を傾け、癒しを与える時間を とりなさい。そのこと自体がすでに、地球全体の癒しへとつながっているのです。なぜならあなたは地球の一部であり、それも他のあらゆる存在と同様に、真に 掛け替えのない一部だからです。

— ケレウス


自己実現の過程について

 アセンションプロセスというものについて、もう少し説明しましょう。

  先の号において、私のチャネルからも、またアセションプロセスを担当する天使自身からも説明があったように、現在いわゆる精神世界に一般に広がっているア センションの概念というのは、あまり正確ではありません。見ようによってはそれはむしろ、このプロセスを逆さまに解釈しているとさえいうことができるかも しれません。すなわち、ある人たちの言葉を借りれば「地球が五次元に移行し、それによって現在の物質レベルが破壊され、五次元に移行できない者は肉体の死 を遂げる」かのような印象を与えられているのです。

 しかしこれはそうではないのです。逆に、真のアセンションプロセスにおいて は、肉体レベルの転生がこれまで以上にしっかりと安定したものとなり、同時に肉体に転生している魂が、肉体を離れることなく、高いレベルの霊的現実に自由 にアクセスできるようになるのです。つまり、真の意味で、霊の世界と物質世界の幻のおおいが取り払われるのです。

 私が以前に挙げた比喩を用いれば、アセンションの状態に達した人間は、より深く地上に根を下ろし、同時により高く空へと伸びることができる。そうして天と地の掛け橋として、安定してその状態を保てるということなのです。

 このプロセス(過程)においては、何も「神秘的」なことはないのです。ただ単に人間として通過しなければらならい成長の過程を着実にたどっていく、これにまさるアセンションの加速法は存在しないのです。

  例えば特定の個人からエネルギーの伝授を受けることは、確かに一時的にあなたのエネルギーを昂揚させる効果があり、場合によってはしばらくの間、深い至福 の感覚に満たされるかもしれません。しかし、そのような経験は必ず色あせる時がやってきます。早くて数日、数時間、そしておそくとも数週間、数カ月後に は、「あれはいったいなんだったのだろう」と首をかしげて思い返すことになるでしょう。そして機会があれば「またあの経験をしたい」と願って、再びその個 人を、あるいは同様の伝授を行うと称する別の個人を求めて、出掛けていくのです。これはしかし、アセンションの過程を完全に他人任せにしていることであっ て、このようなやり方では、自己変容の最も基本的な段階さえ完了することができないのは、いうまでもありません。

 アセンションの プロセスは、自己の内から引き起こされるものです。それに必要なエネルギーも光も、すべて自己の内から発する、導きだされるのです。確かに外部にもさまざ まな助け手は存在します。しかしこのような助力的存在たち、天使、大天使といったパワフルな存在たちでさえも、与えることができる光の量は、あなたの内か ら輝き出す光の量に比例しているのです。そして自らの内にしっかりとした器ができていなければ、与えられた光やエネルギー、意識の変容を恒久的にとどめお くことはできないのです。

 私がこの時点であえてこのトピックについて語ることには理由があります。

 今は すべてのプロセスが加速しつつあります。これは確かにその通りなのです。過去の時代でいえば何十年、時にはいくつもの人生を必要とした量とレベルの意識の 変容、進化、カルマの浄化などが、単一の人生の間に可能になっているのです。先の例で言えば、かつてはこのようなエネルギーの伝授を受ければ、何年、何十 年もその影響下にあり続けることが可能であったのが、この時期においては、先に挙げたような短期間の間にその影響が失われていくことを意味します。つまり それが、全体視野的に見て自己にとって不健康なものである場合には、長い間その影響下にとどまっていることが難しくなっているのです。他方、望んで自己の 変革、成長に取り組むのであれば、目覚ましい魂の進化、成長も可能です。加速的に許容できるエネルギー量を増し、精神の鋭敏さを増し、感受性を高め、肉体 の調和度を強めていくことができるのです。

 これが昨年、私が送ったメッセージの意味でもあるのです。すなわち、自己成長のための環境として、これほど恵まれた時代はかつてなかったと。

  ですから、この環境を、チャンスを、できるだけ多くの人に受け取っていただきたいのです。それはもちろん強制ではありませんし、このチャンスを逃したから と罰を受ける、恒久的に魂の進化やアセンションの道程から外されてしまう、そのようなことはないのです。自己の道程を歩み通すための時期と方法は、あくま で個人の選択です。

 それでは具体的には何をしたらいいでしょうか。こう問う人が多いことでしょうから、その指針となるものを幾つか挙げておきましょう。

  第一に、希望や期待を切り売りする人々に注意しなさい。外的な力によってしか救いは得られないと語る人々に注意しなさい。どれほど優れた指導者あるいはパ ワーある人物に見えても、永続的な依存関係を要求する人々に注意しなさい。あなたを子供扱いし、すべての判断を取り上げて、あなたに代わって物事の判断を 行おうとする人々に注意しなさい。恐怖心を煽るすべての情報、そのような情報によってあなたを利用しようとする人々に注意しなさい。また何かを代償にその 恐怖からあなたを救おうと申し出る人にも注意しなさい。これらはすべてあなたを本来の道程から遠ざけるものです、時にそれらがどのように魅惑的に見えて も。

 第二に、この人生における自己の目的をしっかりと定めなさい。目的を持たぬ人は、まず目的を見つけることを当面の目的としな さい。そしてその目的に沿って、自己の人生のうちで何が不要でありながらまだ手放すことができないでいるか、また何が必要でありながら求めることができな いでいるかを、整理してゆきなさい。それを続けていけば、おそらく、目的を再度検討し、改める必要が出てくるでしょう。その時にはためらわずにそれを行 い、再度照準の合わせられた目的に沿って、さらに自己の内面と外部環境とを整えてゆきなさい。不要なものを手放し、必要なものを、勇気をもって求めてゆき なさい。

 この過程を繰り返すことで、自己の神聖なテンプレートが見えてきます。それはあなたが本来あるべき姿、神聖な自己の姿であり、鋳型、青写真です。金色の糸で織られた生命の設計図です。あなたの魂が完全にその姿を物質世界に表した時、そうあるであろう姿です。

 ただしそれは、思い込みや頭で考えた「理想的」自己像であってはなりません。頭で考えてそれを自己に押し付けるのではないのです。

  テンプレートは、自己の内から自然と形をもって現れるのです。憧れは他を模倣するためのものであってはなりません。その憧れによってかきたれられた思い を、自らの内奥へとつなげるのです。何かに憧れを覚える時には、きっとそれに対応する才能、要素、能力が自らの内に埋もれているのです。それを見つけ、目 覚めさせ、育てていく手間をとりなさい。これには時間と努力が必要です。けれどその時間と努力とは、過去のどの時代に必要とされたよりも少なくすませるこ とが可能なのです。かつては一生涯かけて磨きをかける必要のあった能力が、適切に道具と道筋を選び、情熱をもってそれに取り組めば、おそらくは数年のうち に、それに匹敵する形をとらせることすらも可能なのです。

 これはすべてあなた方の先達が築き蓄積してきた形態場の力でもあり、人 類の集団深層意識の進化のたまものでもあります。今この時代に生まれるあなた方のためにこの土台を築いてくれた過去の人類、生命達に感謝を捧げなさい。 (もちろんその中にはあなた自身が「過去生」として過ごした生命も含まれるのですが。)

 考えたことはありませんか。なぜ今の時代はこのように目まぐるしいのかと。それは事実、あらゆるものが目覚ましい速度で変化を遂げているからなのです、人間関係、意識の成長を含め。

  ですから、このことに希望を持って、自らの道を着実に歩んでください。事態が思うように進まないとあせってはいけません。あせりは恐れの一形態であり、そ れは自己の内で何かまだピントがずれていることを示します。自らのテンプレートが形を表し始めた時には、あせりの感情は次第に遠のいていきます。あせる必 要はないということが、内なる実感として感じられるのです。この瞬間瞬間において、自己の道程を自分自身のペースで歩む限り、道は必ず踏破される、完き自 己が必ずこの世界に実現されるという確信が生まれ、自己の内に根付くのです。

 この時代、この世界に生まれたことはまさに祝福です。それを快く受け取り、あなた自身の魂の滋養としなさい。

— ケレウス


道程の土台

  人間の本質についての理解・確信・経験を通しての確立は、すべての道のりの土台である。この土台なしにはどのように優れたヒーリングやセラピーのセッショ ン、自己を癒そうとする努力も、単なる経験に終わり、ゆるぎない安定性、明晰さ、存在の軽やかさをもたらすことはない。あらゆる過去の条件付けから自らを 解放し、魂の完全な自由を得ること。それによってのみ魂はあらゆる人の内に生きる神性という生きた炎の容器(いれもの)となることができる。人間とは多重 的存在であり、肉体とエネルギー、自我と魂、本源的本質のすべてが一つにつながり、整合し、すべての領域において自由に生き、活動することができるように なるのでない限り、真に自由であるとは言えない。これらの存在の各領域のあり方と仕組み、領域どうしの関わり方を理解し、自己の存在をすべての領域におい て解放するための知恵と技術は、この時代において再度掘り起こされ、磨きをかけられ、そして意識的な形で身につけられなければならない。全感覚的な能力の 開発は、そのステップの一部である。

 何よりも、自分がこれまで抱えてきた様々な条件付け、肉体、遺伝、家族、生育環境、社会、文 化、人間関係、教育、条件反射などを振り返り、整理し、不要なものを手放し、現時点において役立つものは意識的な形でそれを理解し、自らの内に統合するこ とが必要だ。これらを時間をかけて継続的に行い、かつ日常生活の中において新たな条件付けを受けないように、つねに魂の鋭敏さを維持し、反応の新鮮さを保 ち、本質的な自己の自由を失わないように努め続けること。手放すべき条件付けの中には、生育過程で身につけてきたトラウマ、防衛反応や、過去生からのすり 込みが含まれる。これらを手放し、自らの魂の自由と鋭敏さ、本源的な知恵をとり戻すために、あらゆる手段が用いられるべきであり、あらゆる領域がカバーさ れるべきである。肉体も、感情も、知性と思考能力も、とり残されてはならい。

 まだまだ多くの人は、いかに自らの魂が環境、とりわけて自らの家族による条件付けのうちに埋もれているかに気づかず、自己の魂のおぼろげな形さえ見きわめていない。

  条件付けが重く残っている時、人の経験する感情は不純物を多く交え、捕らわれがある時、経験そのものが足かせとなる。どのようにすばらしい経験であって も、それにとらわれる時、それを失うまいという恐れが生じ、あるいはまた経験したいという渇望が生まれる。そうして魂を縛り、あるいはその目をふさぐ。新 しい経験をしたとしても、それをありのままに経験することができず、前の経験と比較し、あるいは過去の経験によって新しい経験をも色づけてしまう。このよ うな状態にある人は終わることのない人間関係のドラマ、苦悩、物質レベルの不満足により悩まされ、どれほど自己を癒そうとしても、いつまでも状況に変化を もたらすことができない。これは魂が経験の魅惑によって変容のレベルに閉じこめられている状態である。

 自らの行動、言動、反応の 一つ一つを内省してみよ。自分のものだと思っていた考え方の、その根が両親や家族、生育環境などにより植え付けられたものであることが、想像を絶して多い のだ。これは自我の形成自体がそもそも、魂が外界と関わる過程で生じる条件付けに根ざしていることによる。自己の最奥にある生命の輝き、神の性質、それを 阻むものはすべて条件付けの一つであると知り、容赦なく剥がしされ。自己を内省し、不要なものを手放す道を歩み続けていく時、この過程は深まってゆく。

  とりわけてヒーラーという仕事につきたいと望む者たち。それもヒーラーという語のもっとも高い意味で、その仕事を行いたいと望んでいる者たち。この道を究 めよ。妥協なく突き詰めていけ。ただ自らの魂を見つめ、自らの道を見きわめ、それを自らの足もて歩むことによってのみ、他の魂の真の形を見いだし、その実 現のための手助けをすることができる。例外はない。

 絵を描く者よ、外面の形を追い求めることを止め、自らの本質の光によって世界 を照らすことを学べ。このような光によって照らされる時、世界はその真の色と形を顕わす。文を書く者よ、一つ一つの言葉の内に、音韻の内に、世界が含まれ ていることを知れ。言葉が神聖なものであることを今一度思い出し、無為に、また飾るために、言葉を綴ることを止め、言葉の中に宿る生命と自らの内なる光は 呼応するべきものであることを認識せよ。言葉となったものは、口にされるものも文字に綴られるものも、すべて生命を持ち、固有のエネルギーを発する。そう してそれを口にしたもの、綴った者は、それに責任をもたねばならない。

 真に自由な魂を通してのみ、人の本質である神性、本質、菩 提心は流れ輝くことができる。真の意味で人は超越ということを知り、同時に自らはすべての存在と不可分であるということを自らの経験として知る。ここにい たってより大きな自己の顕現、くもりない明晰さ、ゆるぎのない安定性、豊かで鋭敏であり、とらわれのない感情経験が可能になる。

 光の運び手たろうとするのであれば、恐れることなく、ゆるぐことなく、光を遮るものをすべて取り払ってゆけ。

L.E.
(1995年)

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