« 転生の意味 | Main | コミュニティの器 »

変容の道程、影との取り組み

<チャネリング・メッセージ>

 有事、すなわち戦争や自然災害、またテロリズムなどによって、多数の人命が突然失われる事態は、人の心を揺さぶります。それは突然、思いもかけぬ 形で襲いきて、人々の魂と地上の両方に深々と爪痕を残していきます。近年においてはことに大規模で破壊的な形で、物質的にも精神的にも大きな動揺を与える 出来事が増えています。これには理由があります。

 人の心、とりわけ自我に支配された「(表層)意識」が、自らの生き方に慣れ、特定の固定された視点からしか世界を経験することができなくなった時、そしてその表層意識の視点が限られ、偏ったものである場合、「影」が人の人生に忍び寄ります。

  この影とは、ユング派の精神療法によってよく理解される、アーキタイプとしての「影」、本人の魂の中の生きられていない影の領域の部分です。そして視点が 限られたものであり、偏りの強いものであるほど、そしてその固定化が頑強なものであるほど、影は乱暴に、突然に、姿を現すのです。自らを現実から切り離そ うとする表層意識/自我につかみかかるのです。そうして本人がより大きな現実に目を開き、生き方を変え、自己の定義をより大きく広げることを余儀なく迫る のです。

 影を変容することが可能となるためには、影を認め、受け入れ、自らの魂の器の中で熱さなければなりません。

  影を影としてあくまで突き放そうとする時、あるいはそれに目を向けることさえ拒む時、影は最大の力を発揮します。そうして時には人生全体を乗っ取るので す。自殺、重い病気、事故などの形で、むりやり影と影でない部分の統合を測ろうとすることさえあります。その統合の形とは「死」です。

  もちろん、影に乗っ取られてそれと一つになることは、魂の成長のステップとしては「停滞」とも言えるものなのであって、このような形で私たちのもとに返っ てきた魂は、再度、そのレッスンを学ぶために人生の道程をたどり直さねばなりません。(もちろんこれはすべての病気や事故がそうであると言っているのでは ありません。魂の意識的な選択、成長のための通り道としての病気や事故もあるのです。)

 このような個人の魂レベルの仕組みは、 そのまま集団の魂、意識にも当てはまります。すなわち、同じような成長と統合の過程が、国レベル、民族レベル、地球レベルでも起きているのです。そこで学 ばれねばならないレッスンは、つねに、いかに自己の定義をより大きな包括的なものに広げていくか、ということにあります。

 人類 はその過去を通して、とりわけ過去数百年の間、すなわち近代的な国家という概念が生まれた時点より、より明らかな形で国と民族のレベルでこのレッスンと向 き合ってきました。そしてそこに組織化された宗教というきわめて排他的な枠組みの存在もあって、その学びの過程は、決して容易いものではありませんでし た。そうしてさらに大きな地球という規模の存在単位に向けて、意識的な統合を進めていかねばならないこの時期にあって、人類の内なる葛藤はさらに激しく、 大規模なものとなっています。

 その理由はひとえに、人が自らの内面の影を切り離し、自己のものとして認めず、それを他者に投影 し、すべての問題を他者に転嫁していることにあります。自分と異なるもの、自分の限られた視点から理解し得ないものは、自らの影となっている要素の投影の 対象となるということは、過去にも指摘してきました。異民族、異宗教などがしばしば排斥と迫害の対象となってきたのも、このことによります。それがもっと も克明な形で表現されたのがナチスによるユダヤ人の迫害であり、また近年においてはアフリカにおける部族同士の抗争、また前ユーゴスラビア諸国における民 族・宗教戦争です。

 このようなあからさまな形で表現された時、それは目に入りやすい。けれども同時に、当事者以外の人間はしば しばそれを自分とは関係のないことと見なし、「どこか遠い国の不幸な出来事」くらいに感じて通り過ぎる傾向があります。けれども、現在、地球上において人 間同士がこのように迫害し合い、時に殺害し合う現実が存在する時、それは同じように自分と異なる相手、理解できないものを仮想の敵と見なし、自分と自分の 利益を守るためには「敵」を容赦無く迫害、攻撃しようとする要素が、意識の深いところですべての人間によって共有されていることに他ならないのです。仮に あなたの普段の生活においてその表現がより微妙なものであったとしても、根は同じです。

 忘れてはいけません。人の魂は浮島では なく、仮に孤島のように見えてもその深いところではより大きな集団の魂と切り離しがたくつながっているのです。ちょうど島が海の底で大地とつながり、地球 の地殻の一部を形成するように。もしもこのつながりがなかったとすれば、そもそも人は自らを人類の一部として認識することもできないのです。ですから、 今、地球上のどこかで人間の手によって行われている行為は、あなた自身の内にも、魂としての存在にも切り離しがたく結びついているのです。これは単なる比 喩ではありません。

 どれほど遠い国のことであれ、勇敢な行為を目にした時に感動を覚え、残酷な行為には悲しみや憤りを覚える。 これはあなたが他者の行為と切り離しがたく結びついている何よりの証拠です。同じ人である、この地上にともに生きている、生命を共有している、ただそのこ とによってすでに、互いに結びつけられているのです。

 今、不幸にも地球上で繰り広げられつつある新しい戦争があります。「どう したらいいでしょうか」「何ができますか」そのように問う人々にお教えしましょう。内と外の両方において、行動をとりなさい。外面の行動はわかりやすいで しょう。寄付でもよい、ヴォランティアでもよい、小さなことでよいから、この戦争によって苦しめられている民のために、あなた自身のもてるものの一部を分 け与えなさい。

 内面の行動とはこういうことです。地上に存在する人の心の暗闇は自らの魂の内にも存在するものであることを認 め、自己の内にある不寛容、恐れ、憎しみ、残酷さ、冷酷さ、排他主義、そのような要素をたじろがずに見つめ、それを変容させる努力をなさい。「自分の中に はそのような要素などない」と言う人があれば、それこそ、影に力を貸していることなのです。

 人間として生まれてきた者はすべ て、人類の抱える意識の暗闇、痛み、苦しみ、その他さまざまな影の要素の一部を自らの魂の内に受け取って生まれ出ることに同意してきたのです。それを自己 の人生を通して変容させ、光に変えて、そうして人類全体の意識の中に再度解き放つことができるためです。これが霊と肉の二重性の世界に選んで生まれてくる ことの意味であり、一人一人のこのような行為によってのみ、人類の意識全体を変えていくことができるのです。それ以外に道はありません。

  「光の中で光を掲げることは容易い。けれど暗闇の中へ降りていって、そこで光を掲げることのできる者こそが、真の光の運び手である」以前、そのように申し ました。そのように、恐れずに進みなさい。ひとたび形をとった影はむしろ見定めやすい。混乱する世界情勢を自らの魂の鏡として、また混乱の中で揺れ動く自 らの感情を鏡として、自分自身を見つめなさい。自己の内にある暗闇に光を当てなさい。

(ケレウス、1996)

|

« 転生の意味 | Main | コミュニティの器 »

01. 道程(みちのり) 光を運ぶ」カテゴリの記事