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コミュニティの器

<チャネリング・メッセージ>

 成長のプロセス、ということについて少しお話しましょう。

  子どもがまだ幼く、十分な判断力をもたない時、それを導き、しつけ、社会の中で、また人間の共同体の中でよりよく生きていくためにはどうしたらよいかを教 えるのは大人の責任です。かつては自分自身子どもであり、経験を通し、時には失敗を通り抜け、得てきた知恵と視点の高さ、それをもって、後進である子ども たちを導くのです。

 これと同じことが、大人の教育にも当てはまります。経験を通して学び、知恵を蓄えてきたものが、後から続く ものを指導し、ともに道を歩むことを可能にするのです。同時に後から続くものの視点の新鮮さは先にゆく者にとっても新たな学びの源となり、また初心の心構 えを呼び起こさせるものともなります。

 他方で、子どもたちがある程度育ち、一定レベルの判断力を備え始めた時、それまでと同じ 形で彼らを導こうとするのは適切ではありません。芽生え、育ちつつある判断力、それは知恵の萌芽ですが、それを伸ばすように、指導の形を改めなければなら ないのです。この時点においては、ほとんどすべての外的な枠組みを教師の側に依存する子ども時代初期の教育形態から、次第に枠組みをゆるめ、学び手の内面 に知恵の器を築き始めるよう、指導を切り替えなければなりません。もちろん、器の当初の形は、外的な枠組みの内在化から始まります。

  この意味で、外的な枠組みないし器の重要性は軽視されてはなりません。けれども、それがいつまでも外的な枠組みに頼るような形に閉じこめられてしまっても ならないのです。ある時点で枠組みはゆるめられなければならず、そしてそれはこれまで枠組みに保護されてきた者にとっては不安をかき立てる経験であり、時 に内面の危機として経験されるのですが、しかし指導する側は、それによって、内的な器が形をとり始めるよう促さなければならないのです。

  この過程は、子どもが育ち、母親から自立していく過程と似ています。そうして、各自の生育過程において適切に通過されなかった、つまり両親との関係におい て成長が阻害されたままの要素が各自のパーソナリティ(感情を含む「人格」)ないし自我の内に「ブロック」として残っている場合、それと同様の阻害パター ン(すなわちブロック)が、学びの中の自立過程においても形をとります。

 すなわち、母親から完全に自立することを経験しなかっ た学び手は、精神的道程を歩む際にいたっても、教師の当初の比較的しっかりとした枠組みの中から育ち出ることを望まず、その中にとどまることを無意識のう ちに好みます。また母親からの独立の際に葛藤を経験した者は、その葛藤を、とりわけ教師が枠組みを切り替えようとする際において、投影し、経験します。こ れはある程度器の形成が進み自己を客観的に見る能力の育っている人のうちにあっては内的な葛藤として認識され、まだ幼い部分の多く残っている個人、器の形 成が不安定な個人においては外部に投影されて「外的な」出来事、他者の行為として経験されます。

 これらは心理学や心理療法を学 んでいる人によってはよく理解される仕組みですが、それが自らの大人としての教育や精神的な学びの道程においても形をとっていることを理解し、あるいは気 づいている人は、あまり多くないのです。そうして、それであるがゆえに、このことを、改めて気づき、認識し、あるいはそのような知識のなかった人は、自ら の知識に加え、理解していただきたいと思います。

 あなたがたが、一つのコミュニティとして形をとるものの内に足を踏み入れる 時、家族との関係において未解決である問題や葛藤は、必ずそのコミュニティそのもの、ないしその成員に対して、投影され、経験されます。これはそれが会社 組織のようなものであれ、精神的な道程を歩もうと望む人々のコミュニティであれ、変わりはないのです。あなたが両親の一方または両方に対して抱いている未 解決の葛藤は、同様にコミュニティの指導役や、道の教師に対して投影され、経験されるのです。兄弟姉妹との未解決の競争心、優越心などはそのまま、コミュ ニティの成員に対して投影されるでしょう。

 そうして自己を癒し、成長したいと真摯に望む人々の集まる場においては、これらは自 己のまだ癒されぬ部分を見つけ、光を当て、癒していくための最良の手がかりと知ってください。否定的な感情は、それが自己によって認識され、知恵をもって 処理されるならば、成長のための手がかりとなるのです。

 あなたは自らがいただく精神的教師をどのような目で見つめますか。ある いは精神的教師でなくとも、一般の場で指導者、教師、上司、その他なんらかの権威としての役目を持つ人に、どのように接しますか。「どのように接したい か」ではなく、現に接してしまいますか。そこに鍵があるのです。

 理解していながらその理解に行動が一致せぬ時、そこには感情の 滞り(いわゆる「ブロック」)があると知りなさい。あるいはまた、教師を全面的な全能者と見、自らを劣った者と見なす傾向、あるいはそのように振る舞う傾 向は、自らの内面にある亀裂の表現と知りなさい。あるいは権威を権威として受け入れることのできない傾向性もまた、自らの内なる権威、すなわち、いと高き 内面の神聖さを受け入れることへの抵抗の反映であると知りなさい。

 このようにして、絶え間ない内省と自己分析を通して自己を知 り、そして手放すべきものを手放すための手がかりとして用いる時、感情転移の仕組みはその正しい役割を果たし、精神的教師、そうしてまた精神的道程を歩む 人々のコミュニティは、各自の成長のための鏡としての本来の役割を果たすことができるのです。

(ケレウス、2001)

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