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ヒーリングの本質

 外では風が窓を揺すぶり、ほの暗い空の下で海がわきたっています。私は風が好きです。2年ほど前 にこの海沿いの小さな町に落ち着いたのも、四季を通じて風が吹きやまないのが気に入ったからでした。真夏でも海の香りの強い風が吹いて、エネルギーがよど むことが一時も許されない、そんな環境なのです。

 雨の気配を運ぶ風、澄んだ夜空を吹く風、雪交じりの風、柔らかな草の匂いの 風... 風は私にとって絶えることない変化の象徴であり、いわば生の過程の象徴でもあります。何かにとらわれて視点や感情が硬くなっている時、生命エネ ルギーと自己のエッセンスが自由に自分の内外を流れていない時には、風の中に踏み出すことで、自分自身に帰ることができる、自己の本質(エッセンス)に 戻ってくることができるのです。

 秋のはじめにこれまで勤めていたヒーリングスクールを退職して、長い間一つの枠組みの中で公私 ともに生きることで、自分の中のどこが硬直し始めていたか、また自己の可能性を十分に追い求めないできたかといったことを振り返って時間を過ごしました。 そんな中、ふとスクールで4年の時に書いた卒論について思い出しました。

 「人間には二つのリファレンス・ポイントが必要だ。そ の一つは外部、つまり自然にあり、もう一つは内部、つまり自己の内にある。自然はもっとも明晰な曇りない鏡として人間の魂を映し返すことで、人間に自己の 本質について思い出させる。そして憧憬は、より高い存在へ進化し続けたいという絶えざる衝動を通して、内面から人を導く。」この思いは、今の私にとっても まったく薄れることない事実です。

 最近話題にのぼっているアニマル・セラピーなどに関連して「動物はどうやって人を癒すのですか?」と訊かれることがあります。答えは、ヒーラーがどうやってヒーリングに取り組むのかというのと同じです。

 よくヒーラーの所へ行けば「治してもらえる」と考える人がいます。抱えている病気や問題などを、外的な力で取り去ってもらえると期待してくるのです。けれども、真の癒しの過程は内発的な形でしか起こりません。

  すべての癒しとは、実際には、自己の内に内在している生命力にアクセスし、それが再び自由に流れ出ることを可能にする過程なのです。ただ、悩みや病気が長 期にわたったり複雑化している時には、本人にはそれが思い出せず、またどういう道筋を通って自己の本質に帰るかがわからなくなっている。自分の内に普遍的 な生命が宿っていると思い出せない人さえいます。

 そんな時、ヒーラーは、その人の内にある健全な生命の本質とその人自身の本質 を見、それを映し返してあげることで助けるのです。もちろん、その過程で歪んだ生命エネルギーのパターンを修正したり、チャクラを再形成したり、さまざま なヒーリングテクニックを使うこともあります。けれど、テクニックはヒーリングの本質ではないのです。癒しが起こるためには、ヒーラーがまず自分自身の本 質と生命の本質にアクセスでき、それを創造的過程を通して自由に流れさせることができなければなりません。

 その上で、他の人がそれを行うための「空間」ないし「場」を創ってあげられることが必要なのです。この場の広さ、強さ、安定性はそのヒーラー自身の人間存在および生命としての器の広さ、強さ、安定性に比例します。

  動物たちが人間の癒しを手伝う仕組みも、基本的にこれと同じなのです。動物はみな、自然な形で自己の内に内在する生命の力につながっており、それを比較的 自由に流すことができます。人間ほど個人化していないため、かわりに、より自然に近く普遍的な形で生命の本質を体現しています。そして自己の内の生命の本 質にアクセスできるものは、つねに他者の中にもそれを感じ、見ることができます。人間が動物から受け取るのは、まさにこれなのです。

  動物の瞳の中に、曇りのない命の在り方を、そしてそれにより映し返される自分自身の生命としての本質を体験的に思い出すのです。そこから自然にほほ笑みが こぼれ、また愛や優しさの感情が流れ出します。イルカなどのように超音波で脳を刺激するといった「ヒーリングテクニック」を併用できる動物もいますが、そ れがアニマル・ヒーリングの本質ではありません。

 かつてシュヴァイツァー博士は「生命の共感」ということを言われました。命あ るものどうしがお互いを命あるものと認め合う感覚です。小さな子供でも、それが「生きもの」なのか「物」なのかを知っています。「だって生きてるもの」と いう言い方でしか表現できないような、明らかでありながら、なお言葉では説明できない純粋な感覚。そしてこの感覚を健全に維持している人であれば、どんな に小さく単純な生命であっても、命が絶たれるのを見た時には、痛み、悲しみを感じます。

 この生命の共感と、そこから生まれる他者の苦しみを自己の内にも痛みとして感じる繊細な能力が、慈悲の根源なのです。これは私が幼い頃から動物たちと暮らす中で学んだ、とても大切なことです。

  人間は誰しもこの慈悲の萌芽を持って生まれてきます。けれども成長の過程で傷つけられたり、心理的外傷(トラウマ)を経験することで、自他の痛みに対する 繊細さを鈍らせていきます。そしていつか鈍い状態の方が「普通」だと思い始める...かつて自分がどれだけ感じやすく柔らかな存在であったかを忘れてしま うのです。

 訓練されたヒーラーとは、もう一度自分本来の鋭敏で繊細な状態に帰ることを、努力や自己の癒し、自己成長を通して 行った人です。そして本来の敏感な状態が肉体、感情やエネルギーレベルで取り戻されるにつれ、いわゆる超感覚と言われるものも自然に開いていくのです。こ れに対し、動物たちは、そもそも鋭敏な生の状態から切り離されたことがありません。人間からは「超感覚的」と見なされるような、「目に見えない」エネル ギーを感知する能力も生まれた時から開いていて、成長過程で失われることもないのです。

ヒーリングのオーヴァーライティングデーヴァ

  「ここに表現されたヒーリングの本質についての見方は、基本的に正確だ。考えてもみたまえ。もし動物と人間との間に共有されるものがなければ、どうやって 両者の間にヒーリングが起こるだろう? 共有されるもの? それは生命の土台であり、その中を流れまたそれを支える宇宙の普遍的法則だ。

  人よ、動物たちを助けたいと望むか? 自らと他生命との関係を、また母なる地球との関係を癒したいと? ならばまず自らを癒せ。他者を癒すのは行為を通し て行なわれるものではない。行為はしばしば必要だがそれだけでは十分ではない。癒す力の本質にあるのは、存在の状態そのものだ。自らの存り方を通し、生命 レベルの共鳴現象を通して、相手の中にある生命の本質との間につながりを結び直すのだ。

 人間という種の特質について考えてみる がいい。人間とは自由意志を持ち理性を通して自然法則から乖離し得る能力を持つ生命形態のこと。そして乖離能力があるのには理由がある。つまり、いったん 「離れる」ことを通してのみ「帰る」ことを学ぶことが可能になり、そして初めて意識的な一体化が可能となる。法則から離れたことがなければ帰るということ もわからないし、意識的な形で存在することもできない。そして人間が他の生命に与えることのできる最大の贈り物は、法則への意識的な帰順を通して形作られ る。鍵は「意識的」ということだ。

 そしてそのための最高の道具を人間は備えている。すなわち、あらゆるエネルギーと存在のレベ ルにアクセスする能力だ。能力の土台はすでにそこにある。必要なのは意識的な形でそれを3次元の地球レベルの自我に統合することだけだ。これがアセンショ ンということの本質なのだよ。

 このような形で人間がフルに自己を開くこと。これが人類がこの時代、この惑星において義務と責任 を果たすための鍵であり条件だ。これがなされた時には、現時点では限られた人間との間にしか意識的に開かれていない、人間とエネルギー世界とのコミュニ ケーションが、大多数の人に開かれることになる。遠い先のことだと思うか? だが、これがなされることが必要なのだ。仲介なしに、望むすべての人間が情報 の源にアクセスし、またデーヴァの世界との共同作業に参加することが、水瓶座時代が顕現するために必要だ。」

種の進化を統括するデーヴァ

  「... 基本のルールは宇宙自然の法則自体によって与えられた。それが個々の種の個性によって彩られ、特定の要素が強調されあるいは薄められて、独自の本能あるい は内的因果律となる。DNAを媒介として伝えられる、生命の土台レベルでの智恵と言ってもよい。その網目を通して種の成員の生命経験が濾され、集積され、 共有されてゆく。新たに共有される、より高い知恵を通して、次なる生命経験がまた篩われ、統合されてゆく。

 この細胞に内蔵される智恵ないし因果律に沿って、生命の形態自体もまた変化し、より豊かで複雑なものへと変容してゆく。これが進化の過程なのだ。

  人間という種自体、まだその進化の過程を完成していない。今もまだ種としての成熟の途中にあるのだ。この新しい成熟の可能性を具体的な形で体現し始めてい る個体が、この惑星上にも現れ出している。その第一段階の変化は、脳と中枢神経を含めた全身の神経系統の再整合、再統合という形で現れ始める。もちろん、 エネルギーのテンプレート(青写真)レベルからこの変化は降りてきて、それがDNAレベルの変容や細胞器官の二次的発達、神経系統の再整合などを通して、 肉体レベルで体現されていくのだが。

 ちなみに今この時期に同じような進化の段階を経ているのは、人間という種に限定されない。

 .... これはそれほどおかしなことではない。今この段階において人間が次段階の進化のステップを踏むためには、物質とエネルギーのレベルでこれまで身に付けてき たすべての要素を一つに融合させ、そこから新たな存在形態が形をとることを許さなくてはならないのだ。いもむしが蝶になる前のさなぎの段階で、いったん肉 体の構成要素がすべて液状に溶けさる状態に例えてもいい。この融合過程に含まれるのは、種としての肉体レベルの構成要素から、個人および集団としての感 情・精神構造までが含まれる。そして融合の溶鉱炉の役割を果たすのは、過去から受け継いできたすべての夾雑物を捨て、自己の肉体と魂が完全に統合された状 態に戻る能力だ。これは同時に個体として今この瞬間に完全に生きる能力とも共通する。この過程を、水瓶座時代の魂のアルケミー(錬金術)と呼んでもいいだ ろう。

 永遠というものが、一瞬一瞬の現在の無限の集積からなっているということを考えてみるとよい。時の本質は、人間の直線的視点から見ればパラドクスに満ちたものだ。永遠に近づく最大の早道は、今この瞬間を通してであるということ。

 .... 同様に、進化の次ステップを踏み出す方法は、現在に至るまでに積み重ねてきた自己の存在の全要素を、現在という一点に集束させることだ。」

(1998)

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