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民族の歴史的アイデンティティと戦後の日本

 観光地の周辺に住んでいる人なら誰でも知っているが、外から訪れて来る人には「わくわくするリゾート」であっても、住んでいる人間にとってはそこは、ごく普通の生活の場である。

 「太平洋の楽園」ハワイとて異ならない。

 ワイキキという人工的なリゾート地区から遠ざかれば、ホノルルはごく普通の大都市だし、朝夕の通勤ラッシュだってある。私の住むダウンタウンでは、パトカーと救急車のサイレンが聞こえない晩はない。

 そしてハワイにはその歴史上、ハワイに住む(住まざるを得ない)ことが、「自分」というものを重く縛る、過去からの呪縛であるように思われる人たちがいる。

 アパート(「賃貸マンション」)の大家は、日系三世の老夫婦だ。ハワイの日系アメリカ人はもちろん英語が母国語で、日本語はまずできない。

  しかしアメリカ本土で20年近く暮らした私の耳には、ハワイの日系の人たちの英語は、まるで日本人の英語のうまい人がしゃべっているような「日本語訛り」 がある。単語や言い回しの選択もちょっと独特で、本土のネイティヴスピーカーなら使わない、むしろ日本語が母国語である人ならこんな表現をするなという言 葉遣いをする。

 物腰も、穏やかながら静かに抑えたような感じの人が多い。本土から来た白人アメリカ人は、それを閉鎖的と感じることが多いようだ。

 ある日、夫人がオーブンの故障を調べに来た。そしてリビングの本棚に目をやり、そこに並んでいるたくさんの日本語の本に気づいた。

 リビングに立ってじっと背表紙を見つめているので、自分が訳した本を手渡すと、「これはこっちから開くの? どういう方向に読み進むの?」と訊きながら、一生懸命、文字を目で追おうとする。

 その様子はなんだか寂しそうだった。

 夫人は言い訳するような口調でぽつりと言った。「戦争でね... 収容所ができて、学校もみんな閉鎖されてしまったから...」。

 第二次大戦中、すべての日系アメリカ人はアメリカ政府の手で「敵性国民」として収容所に入れられ、日本語を教えていた学校も閉じられてしまった。その歴史から、今でもハワイの日系アメリカ人たちは癒えていない。

 だが、こんなふうに自分たちのルーツを人工的に断ち切られてしまっているのは、ハワイの日系人だけではない。戦後の日本人もそうなのだ。

 臨床心理学で知られる典型的な「トラウマ症状」の一つに、トラウマ(精神的外傷)の原因となった経験を無意識のレベルに抑圧し、まるでなかったことのように振る舞うというものがある。

 本人の言動は、そのトラウマ経験によって明らかに制限され、場合によっては深刻な心身症的症状が出ている。だが、本人の意識の中では、その原因となっている経験の記憶だけがぽっかり空白になっている。

 日本の被爆経験は、その典型的なものだ。思い出すことが耐えられない、それをまざまざと思い出したりしたら自分は粉々に崩れてしまうと感じるようなトラウマ経験は、意識の底に押し込めて忘れてしまおうとする。それは人間の普遍的な心理防衛のパターンだ。

 しかし忘れたふりをするだけでは、トラウマ症状はなくならない。傷を隠した防衛状態から攻撃的に加害者を攻めるだけでも、解決にならない。

 もとになった経験を見つめ、嘆き悲しみ、その上で初めて手放し、あるいは許すこと。それが必要なのだ。

 戦後の日本は、戦争の悲しみと慟哭の過程を通過することを許されなかった。今の日本という国は、PTSD(心的外傷後ストレス後障害)の症状に苦しんでいる。

 戦中・戦後初期の世代はしゃにむに、それこそ死ぬほど働いて、めざましい経済復興を成し遂げた。しかし喪失された価値観を回復することも、新しい価値観を創造することもできなかったのは、今の若い世代を見れば明らかだ。

 戦中・戦後初期世代には、自分たちの内的空虚さや人生への不安が、戦争前後の苦しい経験に関係していることが、どこかでわかっている。

 だが新しい世代の若者には、何の手がかりもない。ただ彼らは両親の中に、人生についての確固たる価値観を見なかった。

 親の中に見て育たなかった価値観を、後から教育を通して教えるのは、不可能ではないにしても困難な仕事だ。

 同時に戦争のトラウマだけは、細胞レベルの記憶の転写として、また家族と民族に共有される集合無意識を通して、若い世代の中にも受け継がれている。

 子供たちの体と魂が限りなく混乱しているのも、あまりに当たり前と言えば当たり前だ。

 そして口先の説教では、こんな子供たちを変えることはできない。自分の生き方を通して見せてやる、それ以外にない。人生は生きるに値する、生きることには理由があるのだということを。

(2002年、ホノルルにて)

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