02. オーラ チャクラ ヒーリング

記事の整理開始

電子出版の準備なども兼ねて、ブログの整理作業中です。

とりあえず「03. オーラ チャクラ ヒーリング」と「04. フラワーエッセンスとアルケミー」の記事をメインブログ「女神の青い蓮 聖母の青い薔薇」の同カテゴリに移動します。(作業中)

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オーラと人間関係(マンガ図解付き)

 「ヒーラーの探し方、選び方」の連載途中だが、今号はちょっと気分転換。3月の東京講座のテーマに合わせて記事をまとめてみた。

 パソコンでこぎれいなイラストを作っている暇がないのと、色鉛筆を使った作業の方がずっと楽しいので、手書きです。


1. 人間のからだはヒューマン・エネルギー・フィールド(HEF、オーラ・フィールド)+肉体でてきている。

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2. HEF(オーラ・フィールド)は「目に見えない」とされる。ただし練習次第で誰にでも感じられるようになる。

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3. HEFは、周波数帯域の異なるエネルギー場が重なってなりたっている。これを全部足したものがその人の「オーラ」。

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4. 肉体に一番近いのが第1層、一番外側まで広がっているのが第7層。第7層はHEFの外縁。

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5. HEFの大きさは健康度やエネルギーの強さで異なる。普通の人では両手を水平に伸ばすと外縁に触るぐらい。
 健康な人では大きく、体力の落ちている人では小さい。

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6. HEFの大きさや色は育った文化や、その時の置かれている状況でも異なる。

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7. バウンダリは、自分と外の世界が接する、オーラの細胞膜みたいなもの。
 健康なバウンダリは必要なものを通し、不要なものや有害なものはシャットアウトする。
 人と人が関わるということは、バウンダリ(HEFの境界)を超えてエネルギーのやりとりが起きること。
 人間関係のおもなやりとりはHEFの第4層で起き、多くの人はイメージ的にそれを感じとっている。

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<画像の無断転載禁止/School of Healing Arts and Sciences (C) 2016>

エネルギーの海 スピリット通信』2016年2月13日号(vol. 53)

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ヴァレリー・ハント 「ヒーリング・パワーとしてのバイオスカラー・エネルギー」(抜粋翻訳)

ヴァレリー・ハントの論文
「ヒーリング・パワーとしてのバイオスカラー・エネルギー」から

 さて、オンラインのメールマガジンとして11年あまり(ペーパー版を郵送していた頃からすれば20年近く)続けて来た『ヒーラー&アルケミスト』を5月で無期限休刊にした。

 理由は同メルマガに書いたが、端的には、状況の変化に伴い、有料購読という枠組みに閉じ込められていたエネルギーと情報を解放して、より広がりのある形で使えるようにするため。

 今はまず、オンライン版に移行した2003年から3年分くらいのバックナンバーを解体して、主要な記事をテーマ別にまとめなおしている。

 これに加筆したものを『チャネリングとスピリチュアル・ガイダンス』のようなPDF書籍にする。テーマに収まらない原稿や雑記などは、情報をアップデートしながら少しずつブログに移動作業中だ。

 長く続いた連載の中に、ヒーリングやアルケミーの分野での重要な文献を訳出して紹介するというコーナーがあったが、2005年に何回かに分けてハント博士の記事を抄訳していた。以下にその一部を紹介する。

 博士が最後まで研究努力を注いでいたバイオスカラ・エネルギーについての論文から。


 

[紹介]

 ヴァレリー・ハント博士は近代エネルギー医学、とくにそのリサーチ面での「祖母」である。

 ロザリン・ブリエールとエミリー・コンラッドの長年の友人であり、ブリエールやバーバラ・ブレナンの本をはじめ、科学的な視点から書かれたヒーリングの本には必ず彼女の名前が、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)でのオーラ・フィー ルド(ヒューマン・エネルギー・フィールド)についての実験とともに登場する。

 彼女の研究はつねにこの分野のカッティングエッジ(最先端)であり、ドイツのフリッツ・ポップ博士と並び、ヒーラーにとっては注目しておくべき科学者だ。

[以下抜粋翻訳、読みやすさのために改行を追加]

ヒーリング・パワーとしてのバイオスカラ・エネルギー ヴァレリー・ハント

 [前略]

......自分が探している未知のエネルギーは、自分が研究してきた電磁場に関係しているが、どこか違っているものだといつも感じていた。それは新しい次元と性質を持っているはずだった。

 古代の文化と宗教の哲学には、「気」「サイ」「生命力」などと呼ばれるエネルギーの存在が織り込まれている。それを信じることに反対ではなかったが、科学者として私が探していたのは、実質的な効果をもたらす力のあるエネルギーで、それは肉体の内部や外部で作り出され、生物学的情報を超心理学的知識と融合できるものであるはずだった。   

 この線に沿って、最初の新しい洞察がやってきた。

 それは数人の傑出した心霊外科医たちを観察し、その手術に参加していた間のことだった。私には、彼らが実際に肉体の組織を切除したかや、 症状を治したかどうかに興味はなかった。ただ彼らが肉体を痛みや出血なしに開き、傷を残さずに閉じることができるのかどうかにだけ興味があった。

 ある手術の間、私は患者の切開箇所に自分の指を入れ、腸や骨膜に触れた。死体を使って解剖学を教えてきた長い経験から、それらは馴染みのものだった。

 またある時、心霊外科医は「汚染物を吸わせるために」巻かれたままのガーゼを切開した箇所に押し入れた。彼がそれを閉じる前に、私はガー ゼをつまみ、引っ張った。驚いたことに、皮膚と切開箇所はガーゼに引っ張られて動いた。その時にようやく私は、彼が肉体を開いているのだと確信した。しかしどうやってかはわからなかった。 

 後になって、驚くべき発見があった。

 これらの心霊外科医たちは、ヒーラーがやるようにオーラフィールドから電磁エネルギーを輝かせてはいなかった。彼らの体は不活性の柱のようだった。これはあまりに奇妙だったので、私は自分が、肉体をいとも簡単に開く彼らの行為に驚いて、自分が電磁場に対する感受性を失ったのだと信じた。

 その時、世界的に有名な動物コミュニケータでヒーラーのサマンサ・クーリィが、いつものように強く電磁場を輝かせながらその場に入ってきた。その時、心霊外科医によって作り出されるエネルギーは、優れたヒーラーにより作り出されるものとは違うのだと気づいた。   

 そのエネルギーが何であり、どうやって作り出されるのかは、まだ謎だった。   

 何週間か後、私の中の執拗な問いと蓄積されつつあった手応えは一つになった。心霊外科医たちは電磁波の作用を発しない。だがどのようにしてか、彼らはその劇的な仕事を、強く膨大で、しかしより受動的なエネルギーを用いて行っているのだ。

 それから、15年ほど前のサイコトロニクス会議で、トム・ベアードンとエルドン・バードに会った時のことを思い出した。彼らはスカラ・エ ネルギーについて講演し、執筆していた。その時すでに私はこの情報の重要さに気づいていたが、そのエネルギーを自分の研究分野である電磁波の働きに関連づけることができなかった。

スカラ・エネルギーについて

 ......「スカラ」[英語の発音は「スケイラー」]という語は、20世紀のはじめにニコラ・テスラにより用いられた。それは強力な非 ヘルツ型(周波数のない)エネルギーの一種で、彼はそれを宇宙波と呼んだ。アインシュタインは1920年代にスカラ・エネルギーについて触れている。

 しかし今日でも、近代物理学の教科書や学会の出版物はそれについて触れようとしない。これは理解できないことだ。

 我々のよく知る電磁場には、測定可能な周波数、波の働きと動きがある。スカラ・エネルギーは周波数が0の静止した変化のないエネルギー で、したがって現在の周波数測定機器で測ることができない。これがどうやって生み出されるかはわかっていないが、その影響から、それが空間に存在し、力があることはわかっている。

[中略]

スカラ・エネルギーのヒーリング効果

1)循環をよくする
      1950年、ドイツのマックス・プランク研究所で、機械的に発生させたスカラ波を、生きた細胞を含んだ液体の入ったペトリ皿に送ると、細胞は分離して固まりがなくなり、より活発になった。

 すべての病気、怪我、組織の退化には、腫れと血液とリンパの循環の停滞が伴い、そこから体の癒しに関係する物質が届かなくなる。スカラ・エネルギーの持つ拡張力は、明らかに圧力を除き、循環をよくする。   

 我々は、スカラ・エネルギーが驚くほど腫脹を軽減させるのを発見している。スカラのゼロ周波数はイオン化されないので、これは液体のイオン化によって起こるのではない。

2)生化学的な効果
      ......ラインの研究によれば、スカラ・エネルギーにさらされたリンパ細胞は、細胞分裂が75%増加した。......また神経細胞間の基本的生化学的コミュニケーションの調整効果があった。
      ......我々のリサーチでは、個人の電磁フィールドの特徴的パターン、おそらくその個人のフィールドの整合性が、これらのエネルギーへの反応性に関係する。...... 

[後略]




 

全文はこのページ(英文) Bioscalar Energy: The Healing Power (2000年、PDF)

ハント博士の著作 『Infinite Mind


エネルギーの海 スピリット通信』2014年7月1日号(vol. 39)

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第6チャクラ 「光を見る力」(続き)

 このメールマガジンで最後にチャクラの話をしたのはいつだったかなと思ったら、「エネルギーのケア 放射線によるダメージの理解」を書いたのが1年前で、「第6チャクラ 光を見る力」は1年半前、2011年12月だった。

 2011年という年は、自分の人生にずっと刻まれた標になるだろう。

 それまでの生き方や価値観が変わったわけではないが、現実面で対処したり考慮に入れなければならないことが一気に増えて、やろうと思っていたことの優先順位の徹底した整理が必要になった。いくつかのことについては手放し、あるいはやり方を変更せざるを得なかった。

 ヒーリングとフラワーレメディを智恵の伝統として保ち、人々の体と心に向かい合っていくことに変わりはない。だが、環境汚染や自己管理の不足から くる健康の問題や、現代人の中毒傾向からくる心身の悩みといったものに加え、広がる放射能汚染という、追加で対処していかなければならない課題が発生し た。

 広がる放射能汚染という現実は、多くの人の内的な亀裂----それまでは何となく隠しておけた、頭での理解と実際の行動の乖離----を表面化させたように思う。

 原発事故後の日本で生きるということと、第6チャクラの役割についてはいろいろ思うことがある。

 人間にとっての普遍的な「希望」というものがある。それは「自分は人間として幸せに、充実して生きることができる。自分の人生には意味がある」という内的な感覚のことで、それは人を内側から照す光だ。

 (「お金持ちになりたい」とか「楽に暮らしたい」とかいうのは単なる「目標」であって、「希望」ではない。それがどんなものであっても、物質的な目標自体は幸せを保証してくれるものではない。)

 現代人の多くは中毒的行動にはまっているが、それはこの本当の希望(内的な光)が見えない状態で生きるのが当たり前になってしまった社会で、その不安やつらさを紛らわせるための自己マヒ行動だ。

 どこかがおかしいと感じながら、それについて何もしないことを選ぶ時、人の中には認知的不協和音と呼ばれるものが生まれる。不協和音を止める唯一の方法は、現実を認め、それに対して正直な、あるいは現実的で意味のある行動をとることだ。

 行動をとらないことを選んだ場合、人によっては無意識の葛藤から来る神経症(ノイローゼ)的状態が生まれる。

 行動をとらず、かつ内的な不協和音から逃れようとして、自分の感覚や感情(つまり生命エネルギーの流れやオーラフィールド全体)を抑圧すれば、エネルギーの鬱的状態になる。

 中毒的な行動で自分をマヒさせる人も多い。これにはアルコール依存、アドレナリン・ラッシュを引き起こすようなギャンブルやオンラインゲーム、感 情のドラマを伴う人間関係や恋愛への中毒など、色々なパターンがある。共通しているのは、生命エネルギーを散らして無駄に消費し、「おかしい」と感じる能 力自体を鈍らせることだ。

 これらはいずれも不自然なエネルギーの消耗や低下を招き、慢性化すれば、心身のさまざまな不調や免疫力の低下、病的症状につながる。

 

内的に見る、外的に見る

 第6チャクラの役割は、内的にも外的にも「見る」ことだと書いた(「第6チャクラ 光を見る力」)。

 外的というのは実際に目で見ること。内的というのは、例えばヴィジョン、希望や夢のように、形はないが実体のある経験として「見る」こと。

 肉体の通常の可視範囲を超えたエネルギーの領域で「見る」ことは、外的世界と内的世界をつなぐ形で「見る」ことになる。

 第6チャクラでは、外的な(生物学的な)機能と、内的な(象徴的な)機能がつながり重なる。これは第6チャクラの適正な色が、ロザリン・ブリエール師が指摘するように、紫色(第1チャクラの赤と第5チャクラの青が重なった色)ということを考えても面白い。

 

第6チャクラと松果体、第3の目

 昔から第6チャクラは松果体と結びついていると言われ、松果体の重要性は古代エジプトでも知られていた。古代エジプト人は松果体の中に砂のような結晶があることも知っていて、それを「ナイルの沈泥」と呼んでいた。これは現代医学では脳砂と呼ばれる。

 松果体は光と密接に結びついた内分泌器官で、発生学的にもトカゲなどの頭頂眼と同じ起源と認められている。

 ムカシトカゲは頭のてっぺんに頭頂眼と呼ばれる3つめの眼がある。これは視床上部の上生体複合体由来で、遠い過去に眼であったものの名残りと言わ れている。この頭頂眼は実際の眼とよく似た構造をしていて、水晶体、網膜、脳に繋がる神経まであるが、生後4から6か月経つと色素のある不透明な鱗で覆わ れてしまう。(ウィキペディア「ムカシトカゲ」)

 現在のところ、哺乳類の松果体には外からの光を直接感じる機能は確認されていない。光センサにあたる光受容タンパクは、ヒトでは網膜でのみ確認さ れている。なので、人間では、目から入った光が網膜で検出され、その刺激に応じて松果体がメラトニン(概日リズムを調節するホルモン)を分泌するという理 解になっている。

 しかし哺乳類以外の脊椎動物(鳥類・爬虫類・両生類・魚類)では、松果体は光センサとしても働くことがわかっている。例えば、かつては植物の光受 容体とされていたクリプトクロムという青色光受容タンパクが、ヨーロッパコマドリなどの鳥の松果体で見つかっている。ニワトリの松果体からはロドプシン (視紅)と似た光受容タンパクが日本の研究者により発見され、ピノプシンと命名されている。

 さらに最近のウィスコンシン大学医学部の研究で、サルの松果体と網膜の両方でDMT(ジメチルトリプタミン)合成酵素の存在と、対応する遺伝子の 活動が確認されたりもしている。こんなふうに松果体と網膜の間には非常に密接な関係があり、やがてヒトの松果体でも光受容タンパクが発見される可能性は高 いと思う。

 (DMTは光受容体ではないが、臨死体験やヴィジョンを伴う特殊でダイナミックな変容・至高体験に深く関係していると考えられている。DMTについても書きたいことはいろいろある。)

 

内的な光によって、自分のまわりの世界が照される

 私の考えでは、現代人(とくに欧米人と欧米・物質主義化した日本人)は、「第3の目」(第6チャクラ+松果体)の機能が、古代の人間に比べて退化 していると思う。かつては比較的普通だった、物質を超えた世界を見たり、エネルギーの領域とやりとりする能力が極限にまで落ちていると思うのだ。

 (だから「目に見え、手で触れないものは存在しない」主義の人々や学者は、昔の人が日常的に経験したそういう領域との交流を、まとめて「神話や伝説、おとぎ話(fairly-tale)、未開の人々の迷信、ないしは幻覚・妄想」として片づけようとする。)

 人が「目に見えない(物質レベルを超えた)世界」と交流する力を失った原因は、文明の極端な物質主義化以外にもいろいろ考えられる。ジュリアン・ ジェインズやコリン・ウィルソンの言う右脳と左脳の二分化も重要と思われるし、自分が今とくに興味をもっているのは松果体の石灰化についてだが、やたら長くなるので今は書かない(別トピックとしてまとめてそのうちどこかに書く)。

 だが現在でも、遺伝や生い立ちのおかげで、「目に見えない世界」を見る能力がある程度残っている人がいる。生命に関わるような事故に遭ったり、臨 死体験をして能力が目覚めたり、あるいは長期の修業で目覚めさせた人などもいる。そいう能力を、人々は羨ましいと感じる。私に言わせれば、そういった能力 を羨ましがるのは、「本来自分にもその力があるはずだ」という内的な感覚ないし無意識の記憶と関係している。

 現代人の可視・知覚範囲を超えたエネルギーを見る能力によって描かれる世界は、人々を惹きつける。その記述から垣間見えるエネルギーの世界は光に 満ちていて、物質世界の刹那的視点を超えた意味があるように思えるからだ。それは心惹かれると同時にどこか懐かしくもあり、「自分はそれを知っている」と 感じさせる。

 人は「光」に惹かれるようにできている。人の内には内的な光があり、それはつねに外にある光を探している。第6チャクラはその光を見る器官なのだ。

 自分の内に光があるのを思い出せない時、人の人生は暗く心もとない(本人は暗いとさえ認識していないかもしれない----電灯がついて初めて、こ れまで部屋が暗かったんだと気づくように)。自分の中に光があることを思い出せず感じられない時、人は外の光の存在も忘れ、宇宙には秩序などなく、限られ た自分の人生の中で、目に見え手に触れるものだけがすべてであると決めて、短い時間の視点からしか振る舞わない。

 こういった状態にある人では、第6チャクラは小さくしぼんで力がない。オーラフィールドの高い周波数帯域に光がなく、色が冴えず、時にはしおれているように見え、時には暗く沈んでいることもある。

 そういった人の第6チャクラが何かのきっかけや経験で賦活され、光で満たされると、しばしの間、「世界が別のものに見える」経験をする。きっかけは、壮大で美しい自然の風景を見たり、歴史を通じて保たれてきた聖所など神聖な空間に足を踏み入れるといったことでも十分だ。

 ヒーリングでも第6チャクラを光で満たすと、ほとんどの人が目を閉じているのに「眩しい」「光が降っている」と感じる。そしてセッションが終って目を開けると、「世界が明るく、鮮やかに見える」経験をする。

 第6チャクラがよく機能している時、人はいともたやすく「光」について思い出す。それが「見える」からだ。自分の目(第6チャクラ/松果体)で光を見ることができれば、すべてのものが内側から変わる。

 そしてそれは、オーラフィールドを直接見ることである必要すらない。目で見ようと、内的なヴィジョンとして見ようと、第6チャクラを通して見れ ば、世界は生命=まばゆくゆらめき輝く無数の光から成り立っている。また第7チャクラを通して見れば/感じれば、世界は、すべての要素が緊密につながる、 光で編まれた一枚の光の織物だ。

 それは、人間としての形と寿命を超えた、大きな世界、意味を感じさせ、思い出させる。

 現代人の神経症、中毒・依存症、鬱的状態、逃避行動などは、自分が生きることの意味を感じられないことからきている。逆に言えば、生きることの意 味を感じることができれば、そして生きる意味は今の自分の状況に左右されないということが経験されれば、中毒や依存の多くは自然とその縛りつける力を失 う。

 そして自分自身が内側から支えられているのを感じることができれば、自然に私たちの目は他者に向く。

 今、社会にある不要な痛みや苦しみを減らすために何ができるか。奪われる必要のない生命が人の身勝手さによって奪われるのを止めるために、何ができるか。避けられるかもしれない病気から子供たちを守るために、自分には何ができるか。

 第6チャクラの視点は自分個人の利害を超え、人生を超えて、大きな視点、長い時間軸から世界を見ることを可能にする。

 そして第6チャクラの見るところにしたがって実際的な選択を行い(第5チャクラ)、行動をとる時(第1チャクラ)、第6チャクラは大地からのエネ ルギーで賦活され、安定し、さらによく機能する。これがヴィジョンと行動のポジティヴな連鎖であり、高い精神性に形を与えるということだ。


エネルギーの海 スピリット通信』2013年6月15日号(vol. 38)

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エネルギーのケア 放射線によるダメージの理解

 事故後の状況の分析、とくに食生活などで気をつけるべきことは、事故の直後から『ヒーラー&アルケミスト』の方に続けて書いてきたので、ここではエネルギー・ヒーリングの視点に絞って、専門的になり過ぎない程度に書いておく。

 放射線が肉体にダメージを与えるおもな仕組みは、DNAを損傷させることだ。DNAは通常の場合でも、複製ミス、代謝により発生する活性酸素、紫外線や宇宙線を含む自然放射線などによって損傷する。DNAの損傷は加齢やガン化の引き金になるが、それ自体は生きていく上で普通に起きる現象で、通常でも1日1細胞あたり50,000~500,000回ほど発生するとされる。

 こんなに頻繁にDNAのどこかに損傷が起きても我々が普通に生きていけるのは、肉体には、DNAが壊れていくはしから修理していくような極めて優れた修復機能が備わっているからだ。しかし細胞が年をとるとこの修復機能が低下し始める。修復速度が落ちて損傷の発生 速度に追いつかなくなると、いわゆる老化やガン化が目に見える形で起きてくる。細胞自体のダメージが激しい場合はアポトーシス(細胞死)に到る。

 細胞自体が老化し、DNAの損傷の発生数が修復速度を超えるようになると、損傷が蓄積し始め、たんぱく質の合 成が減少する。細胞内のたんぱく質が消耗すると、細胞自体が次第に損傷して死滅するものが増え、体の組織や器官の機能が低下し、病気や加齢症状となって現れると一般的には考えられている。

 放射線被曝では、通常の代謝や環境要因からのDNAの損傷に、放射線による損傷が加わる。その結果、細胞の生 命力が低下し、肉体や臓器の機能が低下する。軽度の被曝であっても細胞の再生・修復能力に追加の負担がかかるので、疲れやすさ、活動力の低下、免疫力の低下、怪我や病気からの回復力の低下などが起きる。

 このような体への負担は、「被曝は年間○ミリシーベルトまでは大丈夫」というように線引きできるものではない。

 1ベクレルという単位は、放射性物質が体の中で毎秒1個(1時間に3,600個)が崩壊して放射線を放つ量だ。だからたとえ1ベクレルであっても、それが通過していく臓器や周辺組織の細胞にダメージを与える。

 ただ健康な人ではDNAの修復機能が働き、ある程度までの追加の損傷数はカバーできるので、目に見える病気にまではならないというだけだ。体の修復機能がどの程度まで追加の損傷を処理できるかは、人によって違う。

 「100ベクレルのものまでは食べても安全」などと言い切る人は、医者でも学者でも、人間の体を機械のようにしか思っていないことがわかる。それは「小さな切り傷なら100個までは大丈夫」と言っているようなものだ。生命を生命と感じる人なら、小さな傷でも個体にとってはストレスだというのはわかるし、実際、傷が癒えるにもDNAの修復を行うにも、追加の材料やエネルギーなど体のリソースが消費される。

 ハンズオン・ヒーリングの視点から言えば、DNAの複製や修復にはエネルギーが必要だ。細胞のエネルギー・レベルが低下すると(充実度が落ちると)、複製ミスが出たり、修復が不完全になったり速度が落ちる。

 例えば怪我の傷跡や手術跡が残るのは、ハンズオン・ヒーリングの視点からは、体が回復しようとする時に、細胞が完全な自己複製をするのに必要なエネルギーが足りなかったためと考えられる。そのため、自己治癒が途中で止った形になっているのが「傷跡」だ。だからその部分の細胞に、不完全な再生(「傷跡」)のパターンを乗り越え、健全な形で複製を再開するのに必要なだけのエネルギーをたっぷり流してやると、古い傷跡や手術跡などは目に見えて癒え始める。

 私はこういうケースのヒーリングをたくさん扱ってきて、10年かそれ以上前の傷跡や手術跡さえ治るのを見てきた。大きく切る手術でも、直後にヒーリングを入れられれば、ほぼ跡が残らないぐらいにきれいに治ることは珍しくなく、怪我や手術で神経が断裂して残った部分的なマヒなどにも、はっきりと変化が出る。

 5年、10年も治らなかった傷が、ハンズオン・ヒーリングを受けて再び治り始めるという多数のケースは、エネルギーを介して細胞の再生能力に働きかけることが可能だということを示している。

 ガンの放射線治療の副作用は被曝のダメージと同じだが、放射線治療中の人にハンズオン・ヒーリングを並行して受けてもらうと、副作用がある程度(時には大幅に)抑えられる。これは放射線によるダメージから体が回復するのを助けられる可能性を示す。

 DNAの損傷を修復するには、DNA分子や補修酵素の物理的な材料と、合わせて追加のエネルギーが必要だ。そのどちらかが足りないと、修復ペースが落ちたり不完全になる。修復が追いつく以上の速度で損傷が起き続ける場合には(例 高濃度の汚染地に住んでいる場合や、放射性物質を含んだ食べ物を常食する場合)、DNAの損傷が蓄積していく負のスパイラルに陥る。

 DNAの損傷を防ぐには、物理的にその原因を除くか減らすことがもちろん最優先で、現状では外部・内部の被曝 を減らすために、あらゆる手だてをとるべきだ。その上で、ハンズオン・ヒーリングを追加のケアとして入れれば、スパイラルが下向きに落ち続けるのを歯止めすることができる。これにはシンプルなホームケアであっても助けになる。

 とくに成長期で細胞分裂の盛んな子供は、放射線からのダメージを受けやすいが、外部・内部被曝の要因が取り除かれれば(汚染地から出て、きれいで栄養豊富な食べ物を食べるようになれば)、回復も早い。これはチェルノブイリの子供たちの例でもはっきりわかっている。追加の放射性物質が体に入らなくなれば、残った放射性物質は徐々に排出され、体は癒えていくことができる。

 事故から1年余り。最初の頃は食事管理にも非常に気をつけていた人たちの中にも、精神的な疲労がたまってきている。だが「もう何をやっても無駄」と諦めさせようとする内的・外的圧力に負けてはいけない。子供たちのために、そして自分自身や家族のために、不要な病 気や痛みを避けるためにできることは、たくさんある。

<子供のあるお母さんのためのホームケア・タッチヒーリング(子供同伴可能・無料クラス)の実施を予定。詳細は決定次第サイトで告知>

エネルギーの海 スピリット通信』2012年6月24日号(vol. 36)

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第6チャクラ 「光」を見る力

 まずはVol. 31から引用。 

 ... 精神的な恐れや不安は人を救わない。人を成長させもしない。それは現状から目を覚まさせるためのショック療法になることはあるかもしれないが、長く続く恐れや不安の状態は、単純に生命としての人間を消耗させる。

 エネルギーの視点から言えば、恐れや不安はエネルギーを消耗させ、オーラ(エネルギー)フィールドを萎縮させる。エネルギーを消耗し続ければ、オーラフィールドは縮んだ状態で固まり、硬直し、人は必要な行動をとることも、変化を起こすこともできなくなる。 

 オーラフィールドが小さく縮まると、さらにささいなことでも気になり、不安をかき立てられるようになるので、あとは負のスパイラルである。

 行動したり、必要な変化を起こすには、エネルギーが必要なのだ。成長するためにも。それは単純に人間が「生命」であるということを考えてもわかる。

 ならば必要なのは恐れや不安ではなく、希望だ。そして希望というのは与えてもらうものではなく、自分で見つけるものである。

 混乱した状況や大変さの中でも、光のある方向を見分ける力。それが第6チャクラの一番大切な機能であり、基本的にすべての人が備えている能力でもある。

 生きることがもっともつらいのは、状況の苦しさ自体よりも、そのつらさや苦しさに意味を見いだせない時だ。自分がなぜ生きるのかということを思い出せれば、困難を乗り越える強さを見つけることはできる。そしてそれを思い出すのも、私たちの第6チャクラの機能だ。

 第6チャクラはすべての「見る」機能と「光」に関係するチャクラで、エネルギーシステムの解剖生理学的にも、とても興味深いチャクラでもある。

(引用ここまで)


第6チャクラ

 第6チャクラは額の真ん中か、人によってはそれよりやや低い、眉毛と眉毛の間に近いところに位置し、古くから「第三の目」と呼ばれてきた。仏像の額の真ん中にある白毫は「白い毛」と仏教用語集などには書いてあるが、位置といい丸い形といい、どう見ても第6チャクラを表している(第6チャクラそのものはもう少し直径が大きいが)。

 このチャクラを指さすように人さし指を近づけたり、尖ったものを向けたりすると、ほとんどの人が、むずむずするような感じや妙な不快感を覚える。普段はあまり気づかないが、実は多くの人でとても敏感なチャクラだ。

 肉体レベルでは目、内分泌腺では松果体に結びついている。組織レベルでは皮膚に対応する。これからもわかる通り、あらゆるレベルで「光」と関係の深いチャクラである。

 色は紫。カリフォルニア大学ロサンジェルス校のヴァレリー・ハント博士の実験では、ヒーラーや透視能力者が、対象者の体に「紫色」を見た場合、 900 Hz帯域のエネルギーに対応していた。また同じ実験で「紫色」と識別されたものをスペクトラム分析すると、さらに100-200 Hzの青と740-900 Hzの赤の波形も含まれていることがわかった。

 紫色の第6チャクラには、赤=第1チャクラと青=第5チャクラの性質が合わさって含まれる。これはこのチャクラの働きを理解するのにとても重要な点だ。

 第6チャクラの色を藍色(インディゴ)とする本もあるが、紫とするか藍色とするかで、このチャクラの機能に対する理解が変わってくる。

 エネルギーそのものであるチャクラでは、色(つまり周波数帯域)の変位や転位が比較的容易に起きるので、「第6チャクラは藍色!」と思い込むことでこのチャクラを藍色に維持することは可能だ。問題はそれが適切で健全なことなのかどうかということ。

 精神世界やニューエイジにはまっている人の中には「周波数は高ければ高いほどいい」と思っている人がいるが、それは迷信だ。人間としてバランスがとれるためには、大地/物質世界へのグラウンディング(赤)と高い世界とのつながり(青)の両方が欠かせない。肉体と大地につながることができないまま高い精神性に手を伸ばしても、そんなコンタクトは不安定で精度を欠き、逃避的な性質を帯びる。

 第6チャクラの本来の色が赤と青の両方を含んだ「紫」というのは、このチャクラの機能が物質レベルでの生命力と高い精神性の重なるところにあることを示している。だからこのチャクラは「魂の座」とも呼ばれる。第4チャクラ、ハートチャクラが目に見えない世界、アストラル界への扉であるのと同じように、第6チャクラは肉体に宿る魂の直接的な扉だ。


第6チャクラの機能 あらゆる意味で「見る」こと

 第6チャクラは、あらゆる「見る」機能と「光を感じる」機能に関係する。「見る」とは、文字通り肉体の目で見ることから、形のないものを象徴的に「見る」ことまでを含む。

 肉体レベルの「視力」にはたくさんの要素が関係していて、単純に第6チャクラの機能がよいか悪いかだけで決まるわけではない。例えば乱視や色覚異常などは遺伝的要素が強い。他方、緑内障や白内障は体質・環境から来る肉体的な要素が強い(だから緑内障や白内障のヒーリングには、目の構造と病理をよく理解した上で、関係するパーツや組織に直接働きかけることが必要だ)。

 「見る」機能自体、単純に「目」だけの機能ではない。視神経を通して伝わる信号が脳によって解釈されて初めて、「見る」という感覚を経験できる。色の識別といったことさえ、基本的には成長期に学び、条件づけられていくものだということは2010年6月配信号に書いた。

 こんなふうに、肉体・物質レベルで「見る」ことは、たくさんの要素が関わる複雑な現象だ。単純に第6チャクラの機能の良し悪しだけから決まるものではない。

 それでも、第6チャクラにエネルギーを流して賦活したり、そこにたまりやすい慢性の緊張をほぐすだけで、多くの人は「ものがはっきり見える」「まわりが明るく見える」「色が鮮やかに見える」ことを経験する。この反応は即座だ。

 それに対して、「近くのものは見にくいが、遠くはよく見える」という加齢による視力の変化は、むしろ「見る」機能の象徴的パターンとして理解するのがいい。大ざっぱに言えば、「老眼」は本来、「近くが見えない=身の回りのささいなことやどうでもよい不完全さは目に入らない」「遠くがはっきり見える=世の中を大きな視点で俯瞰できる、先のことを見通せる」ようになる人生の段階と対応している。

 人生経験を通して人格の角(かど)がとれ、懐(ふところ)の深さを身につけた所で、諸々のことをおおらかに受け入れ(あるいは気にするのを止め)、人生の中で本当に重要なこと、大切なこと、未来の世代のために関わることを視野の中心に据えられることが、この段階の理想である。こういうふうに成熟するなら、それは「老眼」ではなく「成熟眼」で、その意味において望ましいことなのだ。

 しかし、角もとれず懐の深さも加わらず、自己を中心に固定された視点、態度、考え方だけが目立つ場合は、それは衰えと言われても仕方ない。「視点が固定される」というのが、文字通り肉体の視力面と、象徴的に「物事の見方」という両方の意味であることがわかるだろうか。第6チャクラの「見る」機能には、つねにこの二重の意味が込められている。

 「遠くを見通し、光のありかを知り、子供たち、さらにその子供たちのことまでを考えて、何をしなければならないかを語れる智恵」が、混迷の時期である今、切に必要とされている。

(続く)

エネルギーの海 スピリット通信』2011年12月14日号(vol. 35)

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アストラル界について

 アストラル界について、自分自身の観察と経験に基づいてしっかりと語ることのできる専門家は非常に少ない。

 過去にはD. フォーチュンやW. E. バトラーのような、心理学の知識と理解に基づいてアストラル界との取り組みを語り、指導することのできた優れた専門家・教育家がいたが、現在書かれたり出 されている本のほとんどは、過去の文献から知識を抜き出して集めたり、伝聞・推察的なものが多く、自身がアストラル界の現象にがっぷり取り組み、臨床、研 究、後進ヒーラーの指導まで行っている人はほとんどいない。ディーン・ラムスデンはそういう専門家の一人だ。

 日本では、アストラル的な現象は「霊現象」「幽霊」「先祖供養とたたり」といった、おどろおどろしく迷信的な内容でしか話題にならないが、実際のアストラル界は、物質世界と同じくらい膨大で多様な一つの世界である。

関連記事「アストラル界、生命の輝きと光の性質

 以下、ラムスデンの「Astral World Basics(アストラル界の基本知識)」から。

 アストラル界についての先入観ほど、アストラル界そのものについての理解を阻むものはない。それは多く、子供の頃から抱いてきたり、ポピュラーカ ルチャーにより刷り込まれた恐れや思い込みだ。

 アストラル界は、我々が日常生活を営む三次元の物質世界から異なる、いわば第四の時空に存在する。そこには肉体をもたない多くの生命が住んでおり、これらのあるものは物質世界と関わることを学んでいる。それを人は「霊」「幽霊」「天使」や「悪魔」などと呼んで きた。

 人間は過去何千年もの間、アストラル界との接触を求め、探ってきた。魔術師、魔女、神官、シャーマンなどは、この目に見えない領域と関わる方法を 学んだ。

 近代のエネルギー・ヒーラーも、クライアントのエネルギー体のエーテル・レベルの構造にくっついたアストラル・レベルの生命や物体に出くわすことがままある。

 アストラル界はつねに有害あるいは邪悪な影響であるわけではない。実際、現時点での私の考えは、アストラル界はつねに物質界と並行して存在し、そして物質界の進化の過程に大きく有益な役割を果たしてきたというものだ。

 色々な意味で、アストラル界は物質界の「陽」に対して感覚界の「陰」と言えるかもしれない。それは受容的で、流動的であり、物質宇宙に組み込まれた、構造のあるバウンダリと自然法則の世界に対比されるものだ。

 エネルギー・ヒーラーがアストラル・レベルの現象に遭遇したなら、それをクライアントの発達について理解するための重要な入り口とする道もある。 それは人間のパーソナリティ(人格)よりも深いレベルにつながっているからだ。アストラル的な影響はクライアントを、その魂としてのアイデンティティに、 より明確に結びつける。

 人間の本質はエネルギー・レベルの意識的存在であり、肉体の死によって限られず、有機的なエントロピーによって制限されない。肉体としての死は避けられないが、魂は人生のレッスンをすべて吸収し、進化へと向かう。

 アストラルの領域は、継続的な魂の発達を邪魔するものではなく、むしろそのために欠かすことのできないパートナーであると私は思う。アストラル界と取り組むことは、魂の成長を促す力と取り組むことである。アストラル界のエネルギーないし存在と向かい合うことは、短く限られた肉体の寿命が課す制限を打ち破ることだからだ。

 直線的な時間の限られた枠組みを繰り返し越えることによって、我々の自己アイデンティティは溶融され、再構築される。そこから「自 己の精神は不死なのだ」という現実に深く触れることが可能になる。

 アストラル界との予期しない遭遇は、臨死体験のような生命を脅かす出来事、変性意識状態を引き起こすタイプの精神的儀式、あるいは向精神性ドラッグ(アヤワスカ、ペヨーテ、シロシビンを含むキノコなど)を使用した場合に起こりうる。

 しかしより普通には、夢の状態で経験される。眠っている状態でも目覚めている状態でも、あるいは眠りと覚醒の間に存在する入眠時の状態のいずれでも可能だ。それは外部の観察者には、ヒーリング経験の時の変性意識状態と似 たものに見える。

 エネルギー・ヒーラーは、物質世界、エーテル界、アストラル領域の間の生きた掛け橋として働き、クライアントの自分自身とまわりの世界の本質の知覚がシフトするのを支えることで、クライアントが成長するのを手助けすることができる。

 このようなシフトが起きる時、古い形の「現実」の視点は薄れていき、新しい、より統合された現実がとって代わる。「現実」の見方が変化する時、「現実」を見る本人自身が変化する----より正確には、より高い精神的な 知覚と視点を思い出し始める。

 それが起きる時、つまり自己の本質が思い出される時、人生のあらゆるものが変わり始める。新しい可能性に目覚め、自分の人生の多くの隠された影響に気づき始める。

 この経験によって、人生の観客でいつづける代わりに、自分の人生を自らのものにし、生き始めることができるようになる。ここからすべてが変わるのだ。

(2010年5月執筆 Copyright Dean Ramsden/ディーン・ラムスデンが全版権を所有)

エネルギーの海 スピリット通信』2011年7月18日号(vol. 34)

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言葉の力とチャクラ

 第5チャクラに関連して、言葉の力について少し書いておこうと思う。

 言葉を律するというのは伝統的に、エネルギーを制御するための基本的な訓練の一つだ。神社であげられる祝詞、教会のミサ、そして魔術やファンタ ジー物語に出てくる呪文などは、言葉のパワーを象徴的に示した例。

 しかし、言葉を律することでエネルギーを管理し使いこなすことは、本当は日常生活の中で も大切なのだ。

言葉は内面の映し鏡

 ユング派の分析家などならもちろん、言葉のニュアンスやも、たらされるイメージに非常な注意を払う。

 それはある意味、伝統的なシャーマンが細心の注 意を払って言葉を扱う態度にも似ている。

 両者はいずれも、言葉の後ろには膨大な深層意識の領域とパワーが存在するということを知っているからだ。

 もちろんヒーリングに携わる人間も、言葉のもつ力と意識的な使い方については重々心得ておかなければならない。

 しかし実際には、ヒーリングや精神 性について学んでいる人でも、意外と基本を知らないのだな感じることがままある。

 あるいはクライアントに対する配慮は できても、言葉の力を意識的に使いこなすまでに届いていないなと思うこともある。

 意識的な訓練を経ていない人では、日常的な言葉遣いは、その人の内面のシンプルな映し鏡だ。

 無意識の言葉使いには、成育環境や親の影響が強く出る。とくに人が感情的になった時、口をついて出るのはしばしば、親から自分が言われた否定的な 言葉だ。

 子供時代を通して自分の無意識に刻み込まれた否定的な言葉は、我々を縛り、ストップをかけ、あるいは感情的になった時に配偶者や子供、親しい 人々にぶつけられて相手を無意味に傷つける。

 心理療法を受け始めた人は、自分の無意識がどれだけ親から詰め込まれた否定的な言葉でいっぱいであるかに気づき、がく然とする。自分のものだと 思っていた考えが、実は自分のものではなかったことに気づく。

 これはとても重要な自己の癒しと成長のステップだ。

 自分の言葉使いの無意識のパターンに気づき始めることは、自分について知り始めるための非常に重要な鍵であり、それは精神的な道のりを歩むための 最初の一歩でもある。「汝自身を知れ」、そしてそのもっともわかりやすく重要な鍵は、自分の使う言葉なのだ。

言葉とエネルギー

 School of Healing Arts and Sciencesのフラワーエッセンス療法の集中研修では、繰り返し「言葉の力」と、祈りやアファメーションについて教えてきた。

 アファメーションや祈り の言葉は細心の注意を払って選ばれ、そしてエネルギーを以て魂を吹き込む必要がある。

 だが、言葉を律することでエネルギーを管理し、効率よく使う習慣は、生活の一部になるべきなのだ。

 お祈りをする時だけよい言葉を選んでも、普段の 生活で使う言葉に自己否定や悲観的態度、社会や家族から受け継いだ無意識のパターンに染まった言葉を使い続けるなら、どうしてアファメーションが形をとれ るだろう。祈りが応えられた時にそれに気づけるだろう。

 言葉を律することが重要なのは、言葉は思考を制し、エネルギーを動かすから。我々の内的パターンは言葉に出るが、逆に言葉のパターンを変える 時、思考のパターンを変え、内的パターンを変化させることができる。

 これはエネルギーが肉体に影響し、肉体がエネルギーに影響するのと同じ二方向性の仕組 みだ。

 言葉が与える重大な影響をすべての古代文化は肌身に感じており、日本では「言霊(ことだま)」という言い方でそれを表した。「言葉に魂が宿る」、 言葉のもつ生命力とパワーをこう表現したのだ。

 語り手を離れたあとも言葉は独立のエネルギー体として存在し続け、さまざまな影響を与えると古代の人は感じ とっていた。

 人間同士のコミュニケーションだけでなく、祈祷や祝詞など、「神」や目に見えない存在とのコミュニケーションにも、エネルギーの通路としての「神 聖な言葉」は欠かせなかった。

 「祈り」は明晰に言葉という「形」にしなければならないので、なんとなく思ったり、頭の中で考えていてもそれは祈りではな い。

 聖職者は本来、言葉の力をマスターした者として「神聖な言葉」、祈りの専門家だった。

 必要に応じて適切な言葉を選んで祈りを織り上げ、エネルギー という生命をのせて解き放つ。そして言葉にエネルギーをのせることができるためには、すべてのチャクラがよく機能している必要がある。

 とりわけ第1チャクラの生命力と第2チャクラの感情の力は欠かせない。第1チャクラと第2チャクラが充実していない人は、声に力がない。 もそもそと生気のない声で祈りやアファメーションを読まれても、そこにエネルギーを形にする力は伴わない。

 他方で、言葉の力と沈黙の力は表裏一体。逆説的なようだが、沈黙できない人には言葉の力を使いこなすことはできない。

 いくらしゃべるのがうまく ても、時に応じて口を閉じることができない人は、エネルギーを垂れ流しにしているのと同じだ。あるいは一方的に祈りを述べるだけで、祈りに対する答えに耳 を傾けることができない。

 必要な時に口をつぐみ、必要な時に明晰に言葉にする。

 これができる人は、言葉として表現する力と、それを発するタイミングという第5チャクラのパ ワーを身につけている人である。

 そしてそれはそのまま、第5チャクラの「音を形にする」「高い世界に描かれた青写真を、物質世界に実現する」能力につなが る。


 言葉の力については、ヒーリング・セッションでの言葉の使い方などにからめて、もう少し書く。

エネル ギーの海  スピリット通信』2009年10月15日号(vol. 27)

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伝統的な「式」とエネルギー

 第5チャクラの話の途中だが、またちょっと寄り道をする。

 講座などで話をしていて、「風呂の水を共有することは感情のエネルギーを共有すること」とか、必ずどよめきが起きるトピックが幾つかあるが(笑)、その一つ。

 すべての「式」(典礼、式典、儀式)は、もともとエネルギーを動かし、まとめ、操作するためにある。

 だから本来は、目的や意図の設定、場所選び、手順、さまざまな象徴的要素の配置、式を受ける人や参加する人のエネルギーをどう動かし、まとめ、方 向づけるかなどについて熟知した専門家がいて、式を組み立て、当日の采配を通してエネルギーをもっとも効率よく、最良の方向に導く。

 古代ではこういったことは当たり前だったが、現代では、こういった形で式を組み立て執り行うことのできる専門家は少なくなっている。式を組み立てるための知識と、エネルギーを制御するための訓練の両方を学べる場所が、ほとんど存在しなくなっているからだ。

 日本での一般の祭祀や冠婚葬祭にしても、エネルギーのレベルで何が起きているかはまったく感知の外で、形式的に手順を踏んでいるだけのことが多い ように思う。(チャペルでの挙式用にバイトの欧米人をニセ牧師として雇うとか、神社がバイトの女の子に巫女をやらせるとか、エネルギーについて理解してい たらあり得ない。)

 聖職者としての仕事には本来、さまざまな式の組み立てと取り扱いが含まれる。そして外的な「組み立て」「取り扱い」方法だけでなく、エネルギーのレベルでどういうことが起きるか、それはなぜかを理解し、それを制御することができなければいけない。

 伝統的な聖職者の訓練の大きな部分は、このエネルギーの制御能力を鍛えることにあり、訓練に何年もかかるのはそのためである。北米先住部族のメディスンマン/メディスンウーマンや、チベットのラマの訓練についても同様だ。

 教会の典礼が、信者ですらない日本人も含め多くの人を惹きつけるのは、教会では伝統的に、荘厳できらびやかな儀式のパワーが理解され、しばしば効 果的に用いられているからだ。北米先住部族やチベットなど古代の伝統を残している文化では、さらに根源的な形で儀式のパワーが理解され、実践されている。

 

結婚式でオーラに何が起きるか

 なぜ式の背後にあるエネルギーについて理解することが重要なのか。それは、理解されているといないに関わらず、すべての式では、参加した人のエネ ルギーが一定の目的のために動かされ、影響を与えるからだ。とくに意識的な理解をもって制御されない場合、式は無意識に、自動的にその機能を果たす。

 例えば結婚式の目的は、二人の人間とその一族を結び合わせること。結婚式に出席したすべての人のエネルギーが、この目的のために集中され、二人の オーラ(エネルギー・フィールド)をしっかりと結びつける。参列者が50人なら50人分のエネルギーが、200人なら200人分のエネルギーが、二人の上 に注がれ、二人の人生を結びつけるために使われるわけだ。

 式が美しいもので参加者が非常に感動したりすれば、そのパワーはさらに倍増する。

 そして出席者のお祝いの気持ちとともに、「二人は結婚した」「二人は夫婦だ」「夫婦は決して別れてはいけない」「一度結婚したら添い遂げるもの だ」といった、日本人の集団深層意識の中の結婚についてのイメージ(=エネルギーの形)が、二人のオーラの中にしっかりと刻み込まれる。

 よい意味でも悪い意味でも、これが結婚式のパワーである。結婚前の恋愛関係の間なら別れてしまったかもしれないような不一致や難しい状況に直面し ても、何とか別れずにやっていくことができるのには、このエネルギーの枠組みの力(=式に参列した人たちのエネルギーの支え)が大きい。

 逆に、虐待や暴力があってどう考えても別れるべきなのに、「結婚」という枠組みを破るのがタブーに感じられ恐ろしく思われる場合にも、この枠組み とそこに込められた集団深層意識のエネルギーが関係する。(もちろんそれがすべてではなく、「共依存とエネイブラー」といった本人自身の心理的な問題も存 在するが)。

 式によって作り出されるエネルギーの枠組みは、よく働けば祝福と支えであり、否定的に出れば一種の呪縛だ。だからそれを最大限ポジティヴな力として働くように形をまとめ、方向づけるのが、聖職者という「式のプロフェッショナル」のあるべき役割なのだ。

 結婚に比べて離婚のプロセスが圧倒的に長く、難しいものになるのも、二人を結びつけている多数の人のいわばエネルギーのロープを少しずつ切りなが ら、自分を相手から引き離していく過程になるからだ。また集団無意識によって自分の中に刻み込まれた「結婚に失敗したら社会的な敗者」といったイメージの 圧力も大きい。

 

離婚式の必要性

 ここで私の以前からの持論だが、結婚式を行うなら、離婚する時には「離婚式」も行うべきなのだ。法的な手続きや社会的形式だけでなく、エネルギー 面できちんと処理を行うなら、二人のオーラ・フィールドを分離させ、再び独立した個人として互いに新しい人生を歩んでいくことがはるかに楽になる。

 あらゆる努力をした上でなお離婚をするのが最良の選択だと決断したなら、結婚式のエネルギー的枠組みを外し、式を通して二人を結びつけた多数の人たちのエネルギーを与えてくれた人たちに返すべきだ。それによって自分もエネルギーの枠組みから解放される。

 そして過去の結婚生活自体が難しいものだったとしても、成長の機会としての結婚の経験に感謝して、最後に相手を祝福して手放すことができれば、離 婚の経験を暗く惨めなものにしてしまうのを防ぐことができる。むしろ離婚という形で一つの関係を終え、そこから自分自身について学べることを学び、これか ら先の人生に生かそうと決意することで、離婚も成長の一つのステップ、ひいては「参入儀礼」に変えることができるのだ。

 そして自分一人でそういったステップを踏んでいくことが難しい時に、専門の援助者の手を借りることができれば、どれほどいいだろう。(離婚に伴う心理的なプロセス自体は、もちろん心理療法を通して扱っていくことが可能だし望ましい。)

 子供がいて離婚するような場合にも、離婚式のような形を通して否定的ではない別れ方ができれば、子供たちへのインパクトは弱められる。そしてきちんと別れれば、必要に応じて新しい形で関係を結び直すことも容易になる。

 離婚式といったことが実際に可能でない場合でも、最低限、結婚式に出席したすべての人に対して離婚の事実を報告し、これまでの支えに対する感謝と ともに、これからよりいっそうよく生きてく決意のようなものを書面でもいいから伝えることをしておけば、エネルギーの整理と呼び戻しにつながる。

エネルギーの海 スピリット通信』2009年7月29日号(vol. 26)

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第5チャクラ

 さて、話題をチャクラに戻そう。第5チャクラの番だ。

 第5チャクラはのどに位置する。色は青で、カリフォルニア大学ロサンジェルス校でのヴァレリー・ハント博士の実験では、ヒーラーや透視能力者は、100Hz-240Hzの間と、800  Hz帯域のエネルギーを「青色」として識別する。

 臓器ではおもにのどや肺を含めた呼吸器、内分泌腺では甲状腺と副甲状腺に結びついている。組織レベルでは筋膜と結合組織に対応する。

 第1、2、3のチャクラが物質世界での活動に対応するのに対し、第5、6、7のチャクラは人間の内的世界と精神面に対応している。第4チャクラはその中間にあって、外面と内面、物質と精神の二つの世界をつなぐ役割をもつ。

 第5チャクラの基本色は青だが、これも人によって、深いコバルトブルーから明るい空色まで色味に違いがある。このチャクラが枯渇したり弱い人では、薄く力のない、かすれたような青色。甲状腺の機能の異常も、このチャクラに表れる。

 ちなみにオーラ・フィールド(生体エネルギー場)の青は、伝統的に精神性の色と言われる。普段から内省的で自己の内面に目を向ける人や、高い世界 に思いを向けて過ごす人のオーラは青が多い。α波の出るような静かなメディテーションをした後にも、オーラの全体が青色になる。

 外向的、物質的なタイプの人のオーラは基本的に黄色や暖色系で、青色はあまり見られない。しかし誰でも、脈拍が130を超える(息の切れるよう な)運動をしばらく続けると、オーラの全体がオレンジ色になり、運動の後、さらに青色にシフトすることが知られている。つまり激しい運動をした後には、自 然にメディテーションに近い内省的な状態に入る。激しい運動後の爽快で落ち着いた気分というのは、α波が出ている状態なわけだ。

 第5のチャクラの重要な機能は、肉体の「形」を保持すること。神智学などの伝統的な用語で「エーテル体」と呼ばれるエネルギー体は、このチャクラ に結びついている(バーバラ・ブレナンの本ではこれは「エーテル体テンプレート」と呼ばれているが)。また体中の筋膜と結合組織もこのチャクラにつながっ ている。

 もう一つの重要な機能は、時間との関係性。

 第5チャクラはある意味、神秘に満ちて、とても興味深いチャクラだ。限りなく合理的で秩序だっているのだが、頭だけで理解することのできない奥深さがある。

 

第5チャクラ:肉体面での影響

 第5チャクラと結びついているエーテル体は、伝統的ヒーリングでは、「肉体の完璧な青写真(鋳型、テンプレート)」であるとも言われる。その視点からは、私たちの肉体の形は、この青写真ないし鋳型に沿って形成される。

 だが多くの人で、肉体はこの鋳型から部分的に「滑り落ち」ている。「滑り落ちる(slip)」というのは妙な表現だが、そうとしか言いようがな い。(このレベルで作業をするヒーラーには、その感じがわかるだろう。)「ぶれる」あるいは「ずれる」と言ってもいい。本来ならばぴったりとはまっている ものが、ずれたり部分的に外れたりしている状態だ。

 肉体とこの鋳型(テンプレート)の間のずれを起こすのは、直接的には怪我や外傷、事故、慢性的に肉体に加えられるストレスなどだ。乱暴な手術が原因になることもある(すべての手術ではない。適切に行われた手術は、むしろこのずれを修正することができる)。

 怪我や手術の傷の治りが遅い場合に、エーテル体に働きかけるヒーリングを受けると、傷の治りが加速することがよくある。また傷跡として残っている ものでも、目に見えて傷組織が正常化していくこともある。私の経験上、この場合の効果は傷の古さにはほとんど関係ない(ブログにクライアントの体験談など も載せてあるが、10年以上前の傷でもハンズオン・ヒーリングの効果は出る)。

 肉体の外傷以外にも、自分があるべき道から外れて生きることは、基本的に自分自身の青写真と肉体との間に乖離をもたらす。その状態が長く続けば、やがて肉体の健康にも影響が出ることは目に見えている。

 エーテル体に対する肉体のずれを修正して本来の状態に戻すことができると、肉体の形に大きな変化が起こせる。例えばボディワークのロルフィングは 筋膜に直接働きかけるが、アイーダ・ロルフの教えに忠実な古典的ロルフィングが体の形を整えるのに優れているのは、このことに関係している。腕のよいロル ファーは、よく発達した第5チャクラをしていて、本人が意識するとしないに関わらず、肉体とエーテル体に同時に働きかけている。

 私はこれまで二百数十回のロルフィングを受けてきているが、これは自分のヒーラーとしての能力を支える土台の一つになっている思う。強く、安定してバランスのよい肉体は、魂にとっても必然的に住み心地のよいものだし、物質世界での活動能力を大いに高める。

 

第5チャクラ:音と沈黙の力

 第5チャクラはその位置から想像がつく通り、のどの機能にも関係している。のどは発声と自己表現の座だ。

 声を出しての自己表現は、第5チャクラの創造性の表現としてわかりやすい。しかし見落とされがちなのは、沈黙のパワーもまたこのチャクラの機能だ ということだ。音と沈黙は表裏一体であり、沈黙はむしろ音のマトリクス(母体)である。沈黙という空間の中で、個々の音が時間軸に沿って発せられていく 時、言葉や音楽が生まれる。

 だから、第5チャクラの機能を高めるには、声を使ったり、外的に何かを作り出したりして自己表現を行うのと同じくらい、沈黙の中で時間を過ごすことが重要だ。沈黙に耐えることのできない人は、本当の意味で声と言葉の力を身につけていない。

 いつもおしゃべりの絶えない人の言葉は、一つ一つが軽い。第5チャクラの力を体得している人は、普段は言葉少なくても、ここぞという時に本当に必要なことを明晰に語ることで、言葉の力をフルに発揮させることができる。

 

第5チャクラのヒーリング

 第5チャクラはもともとエネルギーを送り出すチャクラの一つなので、ヒーリングでもこのチャクラからエネルギーを入れることはしない。無理にエネ ルギーを押し込もうとすると、エネルギーが逆流して、クライアントはのどがむずむずしたり、咳をしたり、何かを吐き出したいような感覚におそわれる。

 カタルシス(吐き出すことで浄化を行う)的なアプローチに慣れている人は、こういった反応をよいことだと解釈するかもしれないが、カタルシスはつ ねにエネルギーを消耗することに気づくべきだ。時には、時間をかけてクライアントに流したエネルギーが、その後のカタルシス反応ですべて吐き出されてしま うことすらある。

 あちらこちらのヒーラーを転々としてきた人の中には、このカタルシス反応が癖になっていて、エネルギーが体に流れ始めるやいなや、咳をしたり体を 揺さぶるなどして吐き出してしまう人が時々いる。これは健全なことではない。少し専門的になるが、ハンズオン・ヒーリングとカタルシス的な心理プロセスを 同一セッションの中で組み合わせることの問題点はここにある。

 ハンズオン・ヒーリングを通して肉体の回復や治癒を支えるためには、肉体に馴染みのよいエネルギーが有機的な形で流され、体はそれを水を飲むように自然に飲み干すのが望ましいのだ。そうすればエネルギーは体に染み渡り、本人が心身ともに充実するのを助けることができる。

 ヒーリングで第5チャクラの目詰まりをとったりバランスをさせることもできる。また第5チャクラと密接に結びついている甲状腺と副甲状腺に直接働きかけることもできる。だが自己ヒーリングもそれと同じくらい重要だ。

 自分でできて、効果的な第5チャクラの整え方は二つ。

 一つは、声を使うこと。好きな物語や詩の音読、カラオケ、なんでもいいが、意識的に、能動的に声を使う時間をとること。

 もう一つは、沈黙のうちに内省的に時間を過ごすこと。静かな場所で一人になって、自分自身の内的おしゃべりを止め、まわりの音にひたすら耳を傾けてみる時間をとろう。「聞く」こともまたこのチャクラの機能だからだ。

 クラスでよく勧めるのは、禅寺などで瞑想したり、しずかに座って時間を過ごすことだ。京都の竜安寺はわかりやすいのでよく挙げるのだが、こういった歴史のあるお寺の静謐な空間は、第5チャクラにとって「馴染みの」空間であり、癒しになる。

 第5チャクラとその周辺については、次の号でもう少し書く。

エネルギーの海 スピリット通信』2009年5月30日号(vol. 25)

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