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June 23, 2005

マナティーと泳ぐ(フロリダ)

manatee1フロリダ州クリスタルリヴァーの野生のマナティ おうゆい (C) 2000

 11月、ようやく時間を作ってマナティのいる入り江に出かけた。

 朝早く、雨空の中をダイヴショップの船で自然保護区までつれていってもらう。

 ダイヴマスターによれば「そろそろ目を覚まし始める頃だから」というが、朝7時過ぎにならないと起きてこないというのは、野生動物としてはずいぶん寝坊だ。

 ブイとロープで仕切られた向こうは州のマナティ保護水域なので、人間は入ってはいけない。保護水域から離れたところに船をつけ、とりあえずシュノーケルと足ひれをつけて水の中に入るが、水は薄緑ににごっていて、雨空であることと合わせて視界はきわめて悪い。

 2メートル先が見えるかどうかというほとんど沼状の水の中を泳いでいると、突然目の前に白っぽい岩のようなものが見えた。水底の岩かと思ったら、それがするすると動き、最後にぷっくりした「しっぽ」が視界に入って、初めてマナティーなのだと気づいた。大きい、というより巨大(!)。

 マナティーはジュゴンと同じシレニア(海牛)目に属し、姿形はよく似ているが、厳密に言えば別の種。ジュゴンよりもかなり大きく、しっぽが厚手のうちわのようにまるくてぷっくりしている。ジュゴンのしっぽはイルカのように分かれている。

 突然目の前に現れたやつは4メートル近くあったと思うが、すぐに濁った水の中に消えてしまった。その後40分近く水の中をうろうろしていたが、愛想のいい子供の(といっても1メートル半はあった)マナティーをなでることができた以外、遭遇はなかった。

 肌寒い天気の中を3mmのウェットスーツのみという軽装だったので、さすがに体が冷え、この日はそれ以上の探索はあきらめる。「今日はやつら、まだ寝ているみたいだ」というダイヴマスターの言だった。

 翌日はうって変わっての晴天。この日はマナティーたちが確実に起きている時間を狙い、9時過ぎにボートに乗る。

 保護水域の近くまで来ると、何頭かのマナティーがまるで待ちかまえていたように泳ぎ寄ってきた。

 「船のロープをかむのが好き」というダイヴマスターの言葉通り、錨を沈めるやいなや、子供づれのお母さんまで含めて、みんなで集まって船から下がっているロープやアンカーラインをかじりだす。

 人間が水の中に入ってきてもロープかじりに夢中である。驚かさないようにそっ
と近寄ると、こちらの姿を認めて親しげにすり寄ってきた。「マナティの側からコンタクトを主導するのでない限り、マナティにさわってはならない」というフロリダ州条例はこれでクリア。

 頭や背中をなでてやると、大きな体を驚くほどなめらかにくるりと回転させてお腹を見せ、まるで犬のように「お腹かき」をねだる。

 手触りは、言っては悪いがぼろ雑巾と革ジャンのあいのこのよう。この手触りに陸上の動物で一番近いのはゾウかサイだろう。実際、マナティは分類学上ゾウの遠い親戚だ。ぽこっとしたひれ足の先にはゾウのような爪がついている。

 イルカの皮膚はぴかぴかつるつるだが、それは2時間に1皮というペースで皮膚が生え替わるためで、手でこすってやるとぽろぽろ垢がでる。これは人間の垢擦りと同じでイルカにとっても気持ちいいらしい。

 マナティの場合はコケは生えているは、フジツボを山のようにくっつけているのもいるわで、皮膚の生え替わりはかなりスローペース。そし大概、体のどこかに傷跡がある。これはほとんどが、のんびり水の中を浮いているところを、水上を飛ばしていくモーターボートのプロペラでやられたものだ。

 マナティの唯一の天敵は人間であり、とくに保護条例が敷かれてマナティを傷つける一切の行為が禁止されているフロリダで、病気以外にマナティの死傷を引き起こすのはモーターボートだ。このため、保護水域の近くではすべての船に徐行が義務づけられ、州のパトロール員による監視も行われている。

 しかしお人好しのマナティたちは、相変わらず船を見れば寄って来るし、止まっている船のプロペラにかじりついてみたり、こちらがやきもきするぐらいにのんきだ。

 幸い厳しい保護策が功を奏し、マナティを愛する人たちによる怪我をしたマナティの救助努力なども実って、いまだ絶滅状態であることに変わりはないものの、フロリダのマナティの数は少しずつ増えている。

 それにしても、体長3〜4メートル、重さ半トンはある動物たちに水の中で取り囲まれるのはちょっとした経験。姿が見えなくなったかと思うと、体当たりしてくるのがいたりする。もちろん向こうは遊んでいるつもりなのだが、突然、下からこの巨体で突き上げられたりすると、最初はちょっとあせる。

 根っから遊び好きの彼らは、寝ているワニにもちょっかいをだしたりするそうだ。

 正面から見るマナティの顔は、はっきりいって相当のへちゃむくれ。
 しかしあるのかないのかよくわからない小さな目は、のぞき込むと、何とも言えない思慮深さと独特の知性、それに茶目っ気が秘められている。研究者によれば、この点のような目で視力は結構よく、色も見分けるという。ゾウの親戚なら、おそらく記憶力も相当いいだろう。

 ダイヴマスターの話では、マナティたちはブイとロープで仕切られた保護水域のことを理解していて、人間にかまわれたくない(あるいは人間をかまいたくない)時には、ロープの向こう側にひっこんでいるらしい。

 子供のマナティがお母さんの脇に頭をつっこんでいる。この子は何をしているのか...と思ったら、後から読んだ本に「マナティの乳首は脇の下にある」と書いてあった。

 浅いところで水底近くに浮かび、短いひれ足をぽんと付きだしてじっとしているのがいる。近寄っても動かない。よく見ると目を閉じて、これは明らかに寝ているのだった。

 マナティはイルカと同じで、脳の半分づつで眠りをとる。5分くらいして息継ぎの時間になると、水上に浮かび上がり鼻先だけ出して空気を吸い、またぽよぽよと水底に沈んでいく。

 1時間半ほど水の中で遊んだ後、引き上げることにする。船がそろそろと動き出すと、子供のマナティが「もういっちゃうの」という顔で水の中から頭を出してこちらを見上げる。その様子が明らかに寂しそうで、後ろ髪を引かれる。

 人間たちと遊ぶことがほんとに楽しいらしい。

 1度マナティと泳いだ人たちはマナティのことを愛さずにいられないというが、事実に違いない。

 イルカの場合、人間とのつきあいは友好的ではあれ、わりと淡々としているが、マナティの場合は明らかに愛着的だ。

 私がイルカにあこがれてきたのは子供の頃からだが(ダイビングのライセンスもイルカに近づきたいというただその一念でとった)、これでマナティも私の胸の中に住み込むこととなった。

 異なる種の動物と種の境界を超えて、互いに対等な形で一つの経験を分かち合うことができる時、そこには他のどんな経験からも得られないよろこびがある。

 それは、自分という命が確かに他の命とつながっているのだという生命の普遍さが、まぎれもない真実として自分の中で実感される時、そして生命そのものへの限りない愛しさを覚える瞬間だ。

(2000年11月記)

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