ヒーリングを通しての奉仕活動(カナダ)
カナダから帰ってきて、いまだ気分高揚状態。こんなに楽しく充実した時間を過ごしたことは(学生たちを教えている間を別にして)近年あまりない。
11月、なにをしに暖かなフロリダを出て北風の吹くカナダ(緯度だけ見れば北海道よりさらに北)まで出かけてきたかというと、ロザリン・ブリエール師の率いるヒーラーのグループに加わり、社会奉仕プログラムの一環として、先住部族の居留地にヒーリングを行いにいっていた。
私がかつての勤め先のヒーリングスクールを辞めてからブリエール師のもとに出入りしてきたのは、この奉仕プログラムに参加し、同じようなプログラムを日本で始めるためのノウハウを学びたいというのが理由の一つにあった。
毎日朝は9時半に集合。その日のブリーフィングや先日からの注意事項などの伝達を受け、10時を過ぎた頃から仕事が始まり、遅い日は夜11時頃まで、食事時間を除いて休みなしでヒーリングを行う。
先住部族の人々でありさえすれば、誰でも無料でヒーリングが受けられる。(先住部族は日本ではまだ「インディアン」とも呼ばれているが、「ネイティブアメリカン」、もっとも正しい呼称は「ファースト・ネイション」。)
「患者が1人でも残っている限り真夜中になっても仕事を続ける」というのがコミットメントだったが、さすがにそんなに遅くまで待つ人はいなかった。重症過ぎて会場に来られない人や入院中の人のためには、2組ほどのチームが往診治療に派遣された。
選ばれて参加したヒーラーは5人1組でチームを組み、5日間で治療した患者のべ800人以上。
肩こり、事故の古傷、喘息などから糖尿病や胆石、白内障、ガンの療養中、麻薬やアルコール中毒から回復中の人、生後数ヶ月の赤ちゃんからお年寄り、地元のギャングにいたるまで、ありとあらゆる年代層と病気が出そろう。
集まったヒーラーも多くはプロとして仕事をしている人だが、各自のスタイルや方法論の違い(そしてエゴやプライド)を手放し、チームとして一体となり、一人の患者のために自分の持ち場を守って最善を尽くすことを学ぶ。
一定水準のヒーラーがなにしろ5人がかりで治療に当たるのだから、効果はパワフルだ。患者一人につき40分以内がターゲットのセッション時間。そして多くの場合、即座に目に見える形で症状が軽減していく。
とくに私にとって貴重だったのは、訪れる人々のほとんどが「(アメリカではやっているらしい)エネルギーヒーリング」などというものについて何も知らず、ただ知り合いからの口伝えで「病気が治るらしい」とだけ聞いてやってきたということだ。
ヒーリングについて前もっての知識は何もなく、ただ「病気が治るかもしれない」というシンプルな期待だけを抱いてテーブルに横たわる人々。そしてそういった人たちの症状を現に軽減させあるいは回復に導けるという、ある意味では純粋な形で病気治療に携わる喜びだ。
そしてもちろん、アメリカでもカナダでも200年以上の迫害の歴史をくぐり抜け、今も社会的に苦闘するファーストネイションの人々、その子供たちやお年寄りという、もっとも切実に必要とされるところに癒しのエネルギーを届けることができるという喜びもある。
会場となったのはスクワミッシュ族の居留地内にある体育館。
急ごしらえに並べられたテーブルやイスの回りを、順番待ちに退屈した子供たちが叫びながら走り回るわ、セッション中のヒーラーたちの後ろに立って作業をじっと観察する人はいるわ(ハンズオンヒーリングというのは、先住部族の人たちにとってもかなり怪しいものなのである)、その中をライムグリーンの運動靴を履いたブリエール師が元気に走り回り、テーブルごとに注意や指示を与えて回る。
かつて自分が勤めていた大手のヒーリングスクールでは、会場からステージ、イスの並び方一つに到るまですべて完璧に設定され、美しい音楽のかかる「スピリチュアルな空間」の中でヒーリングをするのが当たり前だった。
だが、自分が本当にいたかったのは、この体育館のような雑多な環境の中で、朝から晩まで立ちっぱなしで病気の人々と接し、その痛みをやわらげ、より大きな癒しのサイクルの一部となれる、そういう場だったのだと改めて思った。
そしてこういう形、こんなレベルで仕事のできるヒーラーを10人でも20人でも日本に育てることができれば、幸せだと思った。
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アッシジの聖フランシスコの祈り
主よ、我を汝の平和の使いとなしたまえ
憎しみのあるところに愛を
苦痛のあるところに許しを
不和のあるところに調和を
疑いのあるところに信頼を
誤りのあるところに真実を
絶望のあるところに希望を
悲しみあるところに喜びを
暗闇のあるところに光を
もたらさんがために
慰められることよりも慰めることを
理解されることよりも理解することを
愛されることよりも愛することを
我に求めせしめたまえ
与えることにより 人は受けとり
許すことにより 人は許され
死ぬことを通してこそ
人は永遠の生に生まれ変わらんがためなり。
(英語テキストからの翻訳/王由衣)
(2000年11月記)
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