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June 26, 2005

クジラと泳ぐ(ドミニカ共和国、シルバーバンク)

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シルバーバンクのザトウクジラ おうゆい(C) 2003

 これまでにイルカやアシカの話はしたが、クジラの話をまだしていないので、少し書いておこうと思う。

 野生のクジラ(ザトウクジラ)に触れる機会があるたびにいつも感じるのは、イルカたちとの違いだ。

 騒がし屋で好奇心旺盛で、「驚く」なんて言葉は辞書になく、気分が乗っている時にはそれこそ体当たりの勢いで寄ってくるイルカたちに比べ、クジラは驚くほど繊細でデリケート。

 クジラを見つけて小舟を近づける間、船底をばたばた歩いて音を立てたりするだけでそれを感じ取り、神経質なクジラや用心深い子供連れのメスは、すっと泳ぎ去ってしまう。

 スピードが勝負のイルカたちとの水遊びと違い、クジラに近づくためには、できるだけ静かにするりと水に入って水面に浮かび、相手が落ち着いてくれるのを待つ。それからゆっくりと間合いをとって近づいていく。決してクジラに向かって一直線に泳ぎよるようなことはしてはだめだ。

 大人のザトウクジラは体長14メートル前後、重さ30トン。しかし長く白い胸ビレをゆったり動かしながら水の中を泳ぎ回るその姿は、優美の一言に尽きる。

 初めて水中でクジラを見たドミニカ共和国沖のシルヴァーバンク。青緑の水の中、白くぼんやりと輝くような胸ビレを広げ、体を回転させて踊る姿を見た時、まるで水の中に羽を広げた天使のようだと思った。

 クジラたちの行動は性格や年齢、役割に応じてさまざまだ。

 時に「ダンサー(踊り手)」と呼ばれるクジラに出会うことがある。求愛モードに入っているカップルのダンサーたちに出会うことができたら幸運だ。

 まるで人間の恋人たちのように愛する相手のことしか目に入らない彼らは、まわりを泳ぐ人間の存在に気づきはしても眼中にない。ゆっくりと繰り返し繰り返し、その巨体を優雅にひねり、回転させ、時にまるで手を取るように胸ビレを合わせたりしながら、踊り続ける。その姿はうっとりするほど美しい。

 日によってはクジラたちの姿があまり見えず、代わりに歌だけが聞こえてくる時もある。

 こんな日はクジラたちはみな深いところに潜り、互いの歌に耳を傾けているかのようで、ボートを長距離、何カ所かに移動させても、やはりかすかに響く歌だけが聞こえてくる。水の中に入ると、イルカのソナーのハイピッチとはまったく違う、深く響くような振動が体にぶうんと響く。

 胸に響く求愛の歌を、長く尾を引くように歌うオスクジラたちは、「シンガー(歌い手)」と呼ばれる。

 だが、何にもましてクジラたちと関わることの喜びを満喫させてくれるのは、好条件の中で子供クジラと出会うことができた時。

 シルヴァーバンクスはメスのザトウクジラたちにとっては子育ての場所で、オスたちにとってはそのメスたちに出会い求愛する場所だ。子供を連れたメスのクジラには、必ず「エスコート(護衛役、同伴役)」と呼ばれるオスのクジラが付き添っている。

 子供連れであっても母親が神経質だったり、エスコートが攻撃的であったりすると、船を近づけただけて泳ぎ去ってしまうか、エスコートに阻まれて母子クジラに近づくことができない。

 今でも忘れることのできない出会いは、とても鷹揚な性格の母親が、これも紳士的で穏やかなエスコートに付き添われ、天真爛漫で好奇心いっぱいの赤ん坊クジラを伴っていた時。

 体がまだ黒くなりきらない幼いクジラは、体長5メートルほど。母親のおなかの下に隠れ、母親がそれを白い胸ビレで抱くようにして泳いでいる姿が、胸を打つ。

 呼吸をするために母子が水面近くに上がってきたところで、お母さんのあごの下から頭をのぞかせていた子クジラと目があった。

 手をひらひらさせておいでおいでをすると、子クジラは興味を引かれたようで、母親の下から出てこちらに近づいてきた。

 それはいいが、生まれて間もないクジラは、実は体のコントロールが十分にきかない。ちょっと近づいて見てみるつもりできたのだろうが、動き出したら突進状態になって止められない。

 あやうく頭突きを食わされそうになるところをよけて、そこで子クジラと見つめ合った。

 きっと私は、この生まれてあまり間もない子クジラが初めて見た人間だっただろう。小さな丸い目の中に「目の前に浮いてるの、生き物なんだ!」と認識したかのような、発見の喜びが輝く。あの子クジラの表情は今でも忘れられない。

 そしてその喜びを体に表すかのように、子クジラは体をひねって踊り出した。

 まだよくコントロールのきかない小さな白い胸ビレで水面をたたき、尾ビレを振り回し、体を回転させながら水中を上下したり、お母さんに抱きついたり、それからまたこちらに近寄ってきたりする。

 動きをよく見ていないと、子供とは言え2メートル近くある尾ビレでひっぱたかれそうにもなる。

 子クジラに気をとられていると、自分の真下に母親の巨体があって、それが呼吸のために水面めがけてせり上がって来ているのにふと気づき、あわてたりもした。

 そして子クジラが人間と遊び回る間、エスコートは少し離れたところで静かにそれを眺めていてくれた。

 途中、本当にわずか数センチというところで踊る子クジラの体当たりを交わした私と南アフリカ人のダイブマスターは、どちらともなく水面に顔を出し、シュノーケルをはずして大笑いした。

 元気いっぱいのちびクジラのスタミナや恐るべし、途中の授乳をはさんで3時間近くも踊り浮かれていた。

 やがて母クジラはそろそろ移動することに決めたようで、その泳ぎのペースに人間が着いていけなくなると、子クジラも母親のおなかの下に戻っていき、エスコートとともに泳ぎ去った。

 「10年以上この海に通い詰めているが、こんな経験は初めてだ」と同じボートに乗っていた1人が言っていた。私にとっても、水の中で過ごす最高に幸せな人生の1日だった。

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 この時は、その翌日にイルカ責めに合うというおまけも付いた。

 シルヴァーバンクでは探すのはクジラなので、イルカにはとくに注意を払うわけではない。しかしイルカの方から勝手にこちらを見つけて、追いかけてくることがある。

 「遊んでいけよ!」とまるで挑発するようにボートのまわりを取り囲んではね回る。

 クジラを相手にする時のように神経を使う必要は何一つなく、口笛を吹いたりボートのヘリをかんかんたたいて「わかった、遊びに行くぞ」とシグナルを返し、水に飛び込めば、大喜びのマダライルカたち数十頭のお出迎えだ。

 この日は延々1時間あまり、イルカと泳ぎ回ることができた。

(2003年2月記)

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