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June 27, 2005

ヒーリングを通しての奉仕活動(カナダ)(2)

 カナダのファーストネイション(先住部族)居留地での奉仕活動から帰る。

 アメリカ国内での経済・保安両面の世知辛い状況を反映してだろう、今年は参加ヒーラーの数が定員に達しなかった。

 そんな中でもアメリカ各地やヨーロッパから手弁当でやってくる参加者はもちろん、やる気満々。私は日本での滞在を終えて、そのまま直接カナダのバンクーバーに飛んだ。

 ロザリン・ブリエール師のコミュニティに足を踏み入れて今年で5年目。初日の朝にミーティングルームを見回せば、まわりは友人や知人だらけだ。

 やってきた患者は一人残らず治療するというコミットメントのもと、4人1組でチームを組んで、朝の10時から夜の11時近くまで次々と訪れる人々の治療に当た
る。

 私も旧知の古株ヒーラー2人に、これが初参加という1人と一緒に、上は部族の長老、酋長(チーフ)から下は赤ちゃん、小学生までの様々な病気、症状と向かい合った。

 ヒーリングとは何かといったことは知らず、ただ知人からの口伝えに「病気やいろんな症状がよくなるらしい」とだけ耳にして訪れてくる人たちを迎え、治療を行いながら、奉仕活動としてのヒーリングは、やはり自分にとってヒーリングの意味を再認識する原点だとつくづく感じる。

 朝から夜まで立ちっぱなしで仕事をするので、3日目くらいに入ると、普段から足腰を鍛えていないヒーラーは端から見ても相当つらそうだ。

 しかしそんなことはお構いなしに、患者の振り分け係であるブリエール師のご主人は、ヒーリングが終わり患者がベッドから降りるやいなや、チームに一息を着く間も与えず次の患者を置いていく。

 「すべては患者のために」の合い言葉のもと、チームはただちにモードを切り替え、次の患者を笑顔で迎える。

 普段から耳にたこができるほど言われているように体を鍛え、長時間の肉体ストレスがそれほど苦痛にならないヒーラーでは、3日目頃から一種のハイ(高揚)状態になってくる。

 1日目はどうしてもチームの調整期間。メンバーは普段それぞれ、プロのヒーラーやヘルスケアの専門家として仕事をしている。そこからくる自分のやり方へのこだわりや、プライド、エゴなどをたたんで、チームとしてのオーラ(エネルギーフィールド)を形成していく。

 この調整時期を過ぎてチームの息が合ってくると、一つのチームは互いのエネルギーフィールド(オーラフィールド)を共有する。つまりセッション中、ヒーリング用にチューニングされた4人分のヒーラーのエネルギーが自分の中を巡るようになる。

 これでハイにならないはずがない(笑)。

 このおかげで、時間中にまとめる暇のない患者のカルテを貴重な昼食時間を割いて整理するといった精神的余裕も生まれる。夜の仕事を終えて、チームとそのまま夜食を食べにレストランになだれ込み、一騒ぎしてホテルに帰り着いたら深夜零時を過ぎていたりなんてことにもなったりする(一晩と言わず)。

 そして翌朝ももちろん元気に仕事だ(笑)。

 先住民居留地での奉仕活動を通してブリエール師が成し遂げようとしているのは、単なる個々の病気の治療やヒーラーの臨床教育だけではない。

 まだ息の白くなる早春のカナダの冷たい空気の中を、会場となっている居留地の体育館へ歩いて向かいながら、「我々が癒そうとしているのは八世代に渡る憎しみ」というブリエール師の言葉を、幾度となく自分の中で繰り返した。

 それは北米先住部族(「インディアン」)とヨーロッパからの移住者との間の、不幸な歴史について指している。

 八世代あまりにわたり居住地を奪われ、虐殺され、迫害され、今なお差別され続けて現在に到る、北米先住部族の抱える深い傷。それを背景とするアルコールや薬物依存、心の病。あるいは国の医療制度から適切な扱いや治療を受けることができないままにおいておかれる、様々な慢性病。

 それに対してただ無償でハンズオン・ヒーリングという小さな助けを差し出すこと。

 それを受けとるかどうかを決めるのは部族の人々。どんなタイミングで受け取り、どのように反応するかを選ぶのも彼らであり、我々はただできることを黙って差し出すのみ。

 差し出すものが受けとられ、部族の中の癒しの一助となっていくまでには長い時間、場合によっては幾世代かの時間がかかるかも知れない。長い時間をかけて刻まれた民族の魂の傷の癒しには時間がかかる、それは当たり前だ。

 だが、体育館の床を走り回りながら、時にヒーリング中のテーブルに駆け寄り、ヒーラーたちの手元を見ていた少女が、家に帰って見よう見まねで両親の体に手を当てたと聞いた時、希望の光を見たと思った。

 居留地を訪れるアメリカやヨーロッパのヒーラーたちは、部族の人々が今も維持する、一つの部族全体がそのメンバーの一人一人を包み支える、昔ながらの人間の絆のあり方、そしてまた大地との深いつながりを経験する。そしてそのようなつながりを体感的に学び、現代社会の偏りの中で育てられてきた自己の一部を癒す機会を与えられる。

 差し出すヒーリングが、癒しにかかる時間をわずかでも短くすることができたなら、それで「介入者」としてのヒーラーの仕事は果たされる。

 癒えるのは魂自身、肉体自身、その力。ヒーラーの仕事の第一義はそれを真実として見てとることであり、そうしてその視点から魂と肉体を支えることに他ならないからだ。

 居留地のある北ヴァンクーヴァーは、桜の花に彩られていた。北に見える近隣の山々は、まだまぶしい雪の冠をいただき、その麓、まだ冷たい風の中に花開く淡いピンクの桜の花は、思いもかけない場所で懐かしいものに出会うよろこびを与えてくれた。

 次は白頭鷲たちの飛び交う初冬に戻ってこられるといい、そう思った。

(2004年4月記)

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