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June 30, 2005

子供のない女性の恵み

魂の視点から見た約束ごと、というのがある。その一つ。

自分の子供のいない女性は、自動的にすべての子供の母親になる。
どこでも、誰の子供でも、それこそ世界のどこにいても、一人一人の子供の幸せを願い、必要な時には守り、手助けするのがその役割。

この人生で、意識的に自分の子供をもたない選択をして生きる女性を、「世界の母」とも呼ぶ。これには上の意味合いと、もう一つ別の意味合いがある。

世界が大きな変革期を迎え、新しい時代の魂を生み出す必要が出てくる時期、多くの女性たちが独身で、あるいは結婚しても、子供をもたずに生きる。彼女たちは、家庭のある女性たちが夫や子供の面倒見に注ぎ込むエネルギーを、人類の中に、新しい、より精神的な価値を生み出すのを支えることに向ける。

すべての子供をもたない女性が、世間の物差しで自分をはかって子供のないことを恥じる代わりに、それを意識的な「選択」に変え、その恵みをまわりと分かち合って生きられれば、世界はどれほど優しいものに変わるだろう。

あなたが子供をもたない女性なら、次に子供たちとすれ違う時、何も特別なことはしなくてもいい。ただ、優しい視線を投げかけ、「目に見えない神の手が、この子供たちを守ってくれますように」そう祈って欲しい。

この国中の女性たちがそう祈り始める時、私たちは幼い命をよりよく守れる。

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02. 祈り」カテゴリの記事

Comments

はじめまして。現在結婚して2年目。あるヒーラーの人によれば、現在の夫は魂の片割れ、ツインソウルの相手らしいのですが、それだけ絆が深まっていることも納得するほどふたりで仲良く生活を築いています。私はまさにこのブログの子供を産まないことを考えのひとつに入れているひとりです。まだ完全に答えが出ている状態ではありません。そんな時にユイワンさんのブログを目にすることができ、幾分気持ちがすっきりしました。

子供を産まないという選択をすることは相当な責任も感じるべきことだとも感じています。しかし、やはり、子供を産まない人生は充分にありえます。母性や人を育てる気持ち、相手を思いやる気持ちはいろいろなところで発揮されると思います。世界の子どもはもちろん、恋人、配偶者、仕事で出会う相手、日常生活で出会う人々、自分の親でさえ、あるときには自分が親の気持ちなることを学べる相手になりえるはず。

子供を産むこと(授かること)について今はまだはっきりとした答えが出ません。いずれにせよ、答えが出るまでも出た後も自分に一生懸命生きるのみです。

Posted by: あんな | March 29, 2006 at 12:31 PM

初めまして。いずみと申します。
そろそろ、親から結婚を…とせっつかれている年頃です。
でも、子どもはいらないと思っています。
わたし虐待に走るだろうなと思えるからです。

子どもを持たない生き方が肯定されるって言うのは何だかとても肩の荷が下りたようでホッとしました。でも、それだけに責任重大だ…とも思いました。

生きるってことは決して楽なことではないのですね。責任がかかってくるのですね。

このブログ、面白かったです。また読ませていただきます。

Posted by: いずみ | January 15, 2006 at 10:36 AM

はじめまして。
私も子供のない女性です。
夫もいません。
現在47才・・。
いろいろあって、こういう人生になりました。
将来に不安がないと言ったらうそになります。

友人も、結婚していても子供がいなかったり、
子供がいても離婚していたりという方が多いです。

王さんのこの考え方、捉え方は素晴らしいと思いました。
自動的に「全ての子供の母」になってしまった私ですが、トラウマがきつく、懐が狭いのでとても子供は扱えない人間です。

でも、そんな自分の状態には何の関係もなしに、こういう立場が与えられてしまったことを
今、感慨深く思いました。

「彼女たちは、家庭のある女性たちが夫や子供の面倒見に注ぎ込むエネルギーを、人類の中に、新しい、より精神的な価値を生み出すのを支えることに向ける。」

そのような人間に、私もなれれば幸せです。

ヒーリングやスピリチュアリズムの世界は資質がなくて多分だめですが、せめて自分をちゃんと愛せる人にはなって行きたいと思います。


Posted by: 羽星 | December 26, 2005 at 07:49 PM

ユイワンさんのオープンレクチャーに出席させていただいたことがある者です。この記述に感激いたしましたのでコメントさせていただきます。
私は精神的虐待を受けたことがきっかけで、「私は絶対に子どもを持たない」と、思春期の頃に決めてしまっていました。それは幼い自分を守るための必死な決心でした。親子関係というものに絶望してしまっていたので。
現在、子どもを持つのは難しい年齢になっていますが、これまで全く迷いはありませんでした。でも子どもを産み育てるということと同等の無償の行為を、人生のどこかで行なうべきだと思っておりました。それでユニセフへの寄付などを行っていました。
でも最近、「自分の母性を虐待の犠牲にすることはない」ということに、ふと気づきました。私は現在フラワーエッセンス療法のクライアントであり、これまでチコリー、ベイビーブルーアイズや、マリポサリリー、フェアリーランタン、ブラックアイドスーザン等を服用してきていることと関係があると思います。
そしてユイさんのこの記述に、本当に心のどこかがふっと楽になり、自分の中でこれまで閉ざされた母性愛のエネルギーを解放できるようになった気がします。
今の子どもさんは、育っていくこと自体に不安を抱えていると感じています。何もできませんが、ただ祈っていようと思います。
ありがとうございました。

Posted by: ヴィオラ | July 28, 2005 at 09:58 PM

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