« 卒業、任職 | Main | グラハム・ハンコック『タリズマン 秘められた知識の系譜』 »

July 31, 2009

伝統的な「式」とエネルギー

 第5チャクラの話の途中だが、またちょっと寄り道をする。

 講座などで話をしていて、「風呂の水を共有することは感情のエネルギーを共有すること」とか、必ずどよめきが起きるトピックが幾つかあるが(笑)、その一つ。

 すべての「式」(典礼、式典、儀式)は、もともとエネルギーを動かし、まとめ、操作するためにある。

 だから本来は、目的や意図の設定、場所選び、手順、さまざまな象徴的要素の配置、式を受ける人や参加する人のエネルギーをどう動かし、まとめ、方 向づけるかなどについて熟知した専門家がいて、式を組み立て、当日の采配を通してエネルギーをもっとも効率よく、最良の方向に導く。

 古代ではこういったことは当たり前だったが、現代では、こういった形で式を組み立て執り行うことのできる専門家は少なくなっている。式を組み立てるための知識と、エネルギーを制御するための訓練の両方を学べる場所が、ほとんど存在しなくなっているからだ。

 日本での一般の祭祀や冠婚葬祭にしても、エネルギーのレベルで何が起きているかはまったく感知の外で、形式的に手順を踏んでいるだけのことが多い ように思う。(チャペルでの挙式用にバイトの欧米人をニセ牧師として雇うとか、神社がバイトの女の子に巫女をやらせるとか、エネルギーについて理解してい たらあり得ない。)

 聖職者としての仕事には本来、さまざまな式の組み立てと取り扱いが含まれる。そして外的な「組み立て」「取り扱い」方法だけでなく、エネルギーのレベルでどういうことが起きるか、それはなぜかを理解し、それを制御することができなければいけない。

 伝統的な聖職者の訓練の大きな部分は、このエネルギーの制御能力を鍛えることにあり、訓練に何年もかかるのはそのためである。北米先住部族のメディスンマン/メディスンウーマンや、チベットのラマの訓練についても同様だ。

 教会の典礼が、信者ですらない日本人も含め多くの人を惹きつけるのは、教会では伝統的に、荘厳できらびやかな儀式のパワーが理解され、しばしば効 果的に用いられているからだ。北米先住部族やチベットなど古代の伝統を残している文化では、さらに根源的な形で儀式のパワーが理解され、実践されている。

 

結婚式でオーラに何が起きるか

 なぜ式の背後にあるエネルギーについて理解することが重要なのか。それは、理解されているといないに関わらず、すべての式では、参加した人のエネ ルギーが一定の目的のために動かされ、影響を与えるからだ。とくに意識的な理解をもって制御されない場合、式は無意識に、自動的にその機能を果たす。

 例えば結婚式の目的は、二人の人間とその一族を結び合わせること。結婚式に出席したすべての人のエネルギーが、この目的のために集中され、二人の オーラ(エネルギー・フィールド)をしっかりと結びつける。参列者が50人なら50人分のエネルギーが、200人なら200人分のエネルギーが、二人の上 に注がれ、二人の人生を結びつけるために使われるわけだ。

 式が美しいもので参加者が非常に感動したりすれば、そのパワーはさらに倍増する。

 そして出席者のお祝いの気持ちとともに、「二人は結婚した」「二人は夫婦だ」「夫婦は決して別れてはいけない」「一度結婚したら添い遂げるもの だ」といった、日本人の集団深層意識の中の結婚についてのイメージ(=エネルギーの形)が、二人のオーラの中にしっかりと刻み込まれる。

 よい意味でも悪い意味でも、これが結婚式のパワーである。結婚前の恋愛関係の間なら別れてしまったかもしれないような不一致や難しい状況に直面し ても、何とか別れずにやっていくことができるのには、このエネルギーの枠組みの力(=式に参列した人たちのエネルギーの支え)が大きい。

 逆に、虐待や暴力があってどう考えても別れるべきなのに、「結婚」という枠組みを破るのがタブーに感じられ恐ろしく思われる場合にも、この枠組み とそこに込められた集団深層意識のエネルギーが関係する。(もちろんそれがすべてではなく、「共依存とエネイブラー」といった本人自身の心理的な問題も存 在するが)。

 式によって作り出されるエネルギーの枠組みは、よく働けば祝福と支えであり、否定的に出れば一種の呪縛だ。だからそれを最大限ポジティヴな力として働くように形をまとめ、方向づけるのが、聖職者という「式のプロフェッショナル」のあるべき役割なのだ。

 結婚に比べて離婚のプロセスが圧倒的に長く、難しいものになるのも、二人を結びつけている多数の人のいわばエネルギーのロープを少しずつ切りなが ら、自分を相手から引き離していく過程になるからだ。また集団無意識によって自分の中に刻み込まれた「結婚に失敗したら社会的な敗者」といったイメージの 圧力も大きい。

 

離婚式の必要性

 ここで私の以前からの持論だが、結婚式を行うなら、離婚する時には「離婚式」も行うべきなのだ。法的な手続きや社会的形式だけでなく、エネルギー 面できちんと処理を行うなら、二人のオーラ・フィールドを分離させ、再び独立した個人として互いに新しい人生を歩んでいくことがはるかに楽になる。

 あらゆる努力をした上でなお離婚をするのが最良の選択だと決断したなら、結婚式のエネルギー的枠組みを外し、式を通して二人を結びつけた多数の人たちのエネルギーを与えてくれた人たちに返すべきだ。それによって自分もエネルギーの枠組みから解放される。

 そして過去の結婚生活自体が難しいものだったとしても、成長の機会としての結婚の経験に感謝して、最後に相手を祝福して手放すことができれば、離 婚の経験を暗く惨めなものにしてしまうのを防ぐことができる。むしろ離婚という形で一つの関係を終え、そこから自分自身について学べることを学び、これか ら先の人生に生かそうと決意することで、離婚も成長の一つのステップ、ひいては「参入儀礼」に変えることができるのだ。

 そして自分一人でそういったステップを踏んでいくことが難しい時に、専門の援助者の手を借りることができれば、どれほどいいだろう。(離婚に伴う心理的なプロセス自体は、もちろん心理療法を通して扱っていくことが可能だし望ましい。)

 子供がいて離婚するような場合にも、離婚式のような形を通して否定的ではない別れ方ができれば、子供たちへのインパクトは弱められる。そしてきちんと別れれば、必要に応じて新しい形で関係を結び直すことも容易になる。

 離婚式といったことが実際に可能でない場合でも、最低限、結婚式に出席したすべての人に対して離婚の事実を報告し、これまでの支えに対する感謝と ともに、これからよりいっそうよく生きてく決意のようなものを書面でもいいから伝えることをしておけば、エネルギーの整理と呼び戻しにつながる。

エネルギーの海 スピリット通信』2009年7月29日号(vol. 26)

|

« 卒業、任職 | Main | グラハム・ハンコック『タリズマン 秘められた知識の系譜』 »

07. 体と心 チャクラとエネルギー」カテゴリの記事