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February 09, 2010

アストラル界、生命の輝きと光の性質

Holygrail_2

『AVATAR』、余談

 第5チャクラに関連して「言葉の力については...もう少し書く」と先号で書いたが、映画の『AVATAR(アバター)』が話題になっているので、ちょっとハート・チャクラとアストラル界の話に戻りたい。

 ちなみに「『AVATAR』、おすすめ!」というのはブログのリストにも書いた。

 何しろ教皇庁が「この映画は復興異教主義(neo-paganism)につながる」と批判している。ヴァチカンの新聞 L'Osservatoreは「自然崇拝に結びついた精神主義に拘泥した作品」と書き、ヴァチカンのスポークスマンは「自然を『新しい神』に仕立てること の危険について法皇は憂慮している」等々。

 つまり、「異教主義(Paganism)」を復興させることに興味のある人は、ぜひ見るべきだということだ(笑)。

 ヨーロッパの歴史を通して「異教」として排斥迫害されたものの中には、私が「古典神学」と呼ぶ、古代エジプトにつながる、キリスト教より古い神学体系が含まれている。

 これはアレクサンドリアの大図書館が焼き打ちに遭うまでは、古今の智恵の伝統を統合した体系として学ばれ教えられていたものだ。

 この体系においては、「自然」は神の表象であり、具現であり、神の「体(からだ)」そのものである。自然の中の要素はすべて、樹木も花も動物も、空も大地も海も、そして人間も、その魂だけでなく肉体も含めて、宇宙の秩序と神性の体現だ。

 自然の中の生きとし生けるもの、自然の中に存在するすべてのものは神聖であり、「神」という全体の一部である。この思想はまた、アルケミー(精神的錬金術、魂の進化の階梯を金の精練過程に喩える伝統)の理解と実践の源流でもある。

☆ 異教主義の歴史についてもっと知りたい人に おすすめの本
タリズマン 秘められた知識の系譜(上)』『タリズマン(下)

 

惑星パンドーラの光景とアストラル界の質感

 映画の件から話がそれた。話したかったのはアストラル界についてだった。(このあたりも参照 →「第4チャクラ(ハート・チャクラ)とアストラル界」「第4チャクラ ハートの力」)

 「『AVATAR』を見て鬱状態になる人が続出」というニュースを読んだ。映画で描かれている美しい世界から、普通の現実に引き戻されて生きなければならないことがたまらなく嫌で、鬱になるのだという。

 それを読んで、「こういった人たちこそ、アストラル界を経験することを学べばいい」と思った。『AVATAR』を見ながら、そこで描かれる世界、その色彩とテクスチャ、花や樹木など自然の内側から発する光の感じなど、上方アストラル界の姿そのものだと思ったからだ。

 アストラル界の自然の風景はとても美しいが、物質世界の風景と明らかに違う質感がある。そこを訪れたことのある人には「ああ、あの感じ」とわかる。

 映画を見た後で、アストラル界の総合専門家を自任するつれに「これ、アストラルの風景の質だよね」と確認したが、つれもしっかり同意していた。

 この独特の質感は、アストラル界の光景に馴染みのない人には、いくら言葉で説明してもなかなか伝わらない。ところがCGで描かれた惑星パンドーラの風景が、その感じにそっくりなのだ。


アストラル界独特の色彩と光

 そう言えば何年か前、ブログにこんな記事を書いた。

 「12月に動物の魂について話をした。その中で、動物の夢についてもちょっと触れた。

 年末に実家に立ち寄り、両親の飼っているわんぱくチワワと遊んでやった。チワワが遊び疲れ、毛布の上で寝息を立て始めたので、小さな胸にそっと耳をつけて、どんな夢を見ているのか確かめてみた。

 夢の世界はアストラル界とつながっている。そこでは人間も動物も、自分の内的な世界と外の世界が一つになる。

 アストラル界独特の風景というのがある。すべての色合いが不思議な鮮やかさと輝きに満ちている。この世界の光は太陽の光ではなく、ものの内側から発せられる輝きだ。

 どこまでも続く、チワワの肩ほどの草丈の草原。たくさんのチワワがいて、群れになって蝶々や小鳥を追いかけたり、お互いにじゃれ合っていた。

 チワワはその大きさからもずいぶん特殊な犬種なので、そうか、もっとみんな他のチワワたちといっしょに遊ぶ機会が欲しいのだなと思った。」

 私が意識的にアストラル界と関わり始めたのは、アメリカに住んでいた頃、最初のヒーリングスクール(BBSH、バーバラ・ブレナン・スクール・オブ・ヒーリング)に通い始めてその2年目だ。

 同じ頃にヴァージニア州のパスワーク・センター(Sevenoaks Pathwork Center)に通い始め、おまけに考古学者マイケル・ハーナーの主催するシャーマニズムのワークショップにも通ったりしたこともあって、短い期間にものすごく大量のアストラル・レベルの経験をした。

 それはもう、アストラル界を上から下まで、「死んだ人の霊からパワーアニマルや妖精まで」みたいな感じでなかなか大変だったが(笑)、自分にとってアストラル界はとても楽しく過ごせる場所の一つだと発見したのもこの時期。

 アストラル界の上の方は、とにかく色彩が豊かで美しい。私は水彩やパステルを使って絵を描くのが好きだが、アストラル界の色彩は物質世界のどんな画材でもまねできない鮮やかさだ。ただ、その色の見え方が物資世界とはっきり違っている。

 この見え方の違いはどこから来るのだろうとずっと考えていたが、ある時、ロビン・ウィリアムス主演の『奇蹟の輝き』という映画を見た。「この流れるような、色がむちゃくちゃ豊富なのに、暗いんだか明るいんだかわからない感じは、アストラル界そっくりだなー」と思いながら見ていて、気がついた。

 映画のCG部分の「暗いのか明るいのわからない」感じは多分当時のCG技術の限界で、明確な光源としての太陽の光の感じやまぶしさのある輝き感が出せていなかったからだと思うのだが、そこから、アストラル界独特の風景は、光源の違いから来るのだと思いいたった。

 そこからもう一度よくよくアストラル界を観察してみると、色が、それぞれのものの内側からの光でなりたっている。

 物質世界では、物の形を見るのも太陽や電灯の光によってだし、色を見るのも外部の光の反射によってだ(ものの表面に反射された波長が目に入り、色として識別される)。

 しかしアストラル界の風景では、色は内側からの光で「色」として見える。だから色彩がとても豊かで鮮やかなのに、外部の光を反射する表面のまぶしさのようなものはない。代わりに動物も植物も昆虫も鉱物も、あらゆるものが内側からの光で灯されている。

 光源が外部ではなく、それぞれの内側にあるのだ。それは私にとっては生命の輝きとでも表現したい感覚で、ここでは本当に「生命=光=色彩」なのだ。

 私にとって、また世界中のシャーマンや「異教」的伝統を保つ先住部族の人々にとって、この世界は物質世界と同じくらい現実である。自然霊(ネイチャースピリット)やいわゆる「妖精」なども、この世界の住人だ。

 アストラル界における光の性質に気がついてから、20世紀前半の魔術の本では、アストラル界やその構成物質の両方が「Astral Light(アストラル光)」と呼ばれているのも、これを指していたのだと納得がいった。

 アストラル界では、すべての存在は自分の内部からの光で照らされる。この光が内に籠もったり遮られていれば、その存在は必然的に暗く見える。これは隠しようも繕いようもない。

 だからアストラル界のうんと下の方が、物や人の形も判然としないくらいに暗いのも、そういうことなのだ。

 お互いに持ち寄る内面の光=生命の輝きで構成されている世界。


アストラル界と物質世界の間の扉

 アストラル界全体の視覚イメージとして一番近いのは、先に挙げた映画『奇跡の輝き』で、これはアストラルの領域を上から下まで幅広く、すごく実感のある感じで表現している。意識の焦点が移るとどんどん場所が切り替わってしまうとりとめのなさも、まさにそうだ。

 アストラル界では自己の内面=外部の環境・状況なので、シャーマニズムの修業で徹底した感情(とくに「恐れ」)の浄化と意識の集中訓練が必要とされるのも、このためだ。

 意識的に集中せずにアストラル界に足を踏み入れるとどんな感じなのかは、夢の中を思いだしてもらえばいい。夢ももちろん、アストラル的経験だ。

 これに対して、アストラル界の比較的上の方の感じを見事にヴィジュアルで表現しているのが『AVATAR』だった。

 だから『AVATAR』の惑星パンドーラの世界が恋しいと感じる人は、アストラル界を旅することを学ぶべきなのだ。そして映画の物語の中でなく、自分で実際に「生きた生命の輝き」の世界を旅する驚きや楽しみを経験するべきだ。

 古代の人たちにとっては、アストラル界は物質世界と普通につながっていた。夢と現実を厳密に区別しない文化では、人は比較的自由にアストラル界の経験との間を行き来できた。

 オーストラリアのアボリジニを始め、シャーマニズムやドリーム・タイムの伝統を保持している文化はみな、このことを覚えている。西洋でもすくなくとも中世、人々が妖精や精霊の存在を信じ、目にしたり、やりとりをしていた頃まで、人の意識とアストラル界の間には行き来できる扉があった。

 時代を追い、人々の意識が物質面に偏り、夢を「本当のことではない」と考えるようになったあたりから、アストラル界とのつながりは薄れていった。現代の欧米文化圏では、この扉はほとんどの時間、閉められたままである。

 だが、それは取り戻すことのできるつながりなのだ。

 道筋の一つは、感覚を開いて自然と交感すること。もう一つはメディテーションや夢との取り組み、つまり自己の内面の世界との交感。そして作業の鍵は、この二つの世界をつなぐハート・チャクラ(第4チャクラ)だ。

エネルギーの海 スピリット通信』2010年2月3日号(vol. 28)


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マイケル・ハーナー『シャーマンへの道




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