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December 18, 2014

ヒーリング界の潮目 訪れる変化と必要とされるもの

 家(うち)にはプロのヒーラーが二人いる。ヒーラーとして仕事をしてきた経験も、ヒーリングを教える現場での経験もお互い長い。

 アメリカの広告式の言い方をすれば「二人合わせて45年の経験」みたいな(笑)

 仕事中はそれぞれの仕事スペースにこもっているが、顔を合わせている間は(食事の間なども)だいたいずっと何かしら話し合っている。

 多いトピックはやはりヒーリングのことだ。具体的な技術についての話や方法論、体系論などについてのこともあり、ヒーリング界の動向やこの先の展望といったことも話題に上がる。

 もちろん、うちのパートナーの持ち場は広く欧米圏で、私の選んだ持ち場は日本なので、現状分析や見通しなどについては多少、視点の差異もあるが、大局的な展望は一致している。

 2014年はヒーリング界でも大きな世代交代が起きた年だ。そして人々と社会の移り変わるニーズに合わせ、ヒーリングに求められるものも変化しつつあることがはっきりした年だ。

 80年代、90年代に型を作られたニューエイジ的なヒーリングのやり方が、すでに時代遅れであるのは言うまでもない。

 「年をとり肉体面でチャレンジのあるクライアントと働く機会が増え、そのために医療と補完的に働けるヒーラーの需要が高まっている。そこではパーソナルプロセスを行わせるための知識よりも、エネルギーをバランスさせるヒーリングの根本的な技術の方がより重要だ。新しくヒーラーになろうとする人は、効果の高い、効率のよい肉体のヒーリング技術を学び、身に付けることがいっそう重要になっていると認識するべきだ」(ディーン・ラムスデン

 アメリカではベビーブーマー世代が老齢期に入り、それが重要な社会の潮目になるというのは、ダニオン・ブリンクリーやロザリン・ブリエール師も語っている。

 私の考えでも肉体のヒーリングの重要性は増していく。(それがエネルギーの技術と解剖生理学の知識を結びつけるためのクラスを教え続けている理由だ)

 ただそうなっていく理由はアメリカと日本で幾分異なるし、また「ヒーリング」がすでに一つの分野として築かれ、ある程度の社会的立場を確立しているアメリカと、「ヒーリング」という名称自体が明確な枠組みを得損ね、現状、単なる「リラクセーション」と同義で用いられている日本では、克服しなければならないチャレンジにも違いがある。

 日本はある意味、「バーバラ・ブレナン以前のアメリカ」と同じような地点に立っていると言えるかもしれない。

 ブレナンは「ヒーラーに転じたNASA出身の気象物理学者」として社会の表舞台に上がり、華々しく注目を集め、「専門の職業学校としてのヒーリングスクール」を創始し、ヒーリングというものの認知度を欧米で一気に高めた。ブレナンの活動がもっとも急成長を遂げた90年代に私はそれを間近で見ていた。

 だが解決策は、日本版バーバラ・ブレナンを作り出すことではない。日本でなされなければならないのは、突出したカリスマによってではなく、多数の自立した、そして献身的にヒーリングの道を歩む個々人の連携と努力によってチャレンジを克服することだ。

 それが自立した個々人によって構成される「意識的なグループ」を通し、草の根レベルから行われていくことが重要なのだ。

 むやみに「新しい何か」を探すことからは答えは得られない。流行(はやり)ものはいずれ廃れる。これはヒーリングの分野であっても例外はないというのは、この世界を長く見てきた人なら誰でも知っている。

 本当に必要なのは、近代ヒーリングを生み出した流れの本流にまで回帰し、そこから生きた水を汲み直すことだ。

 ヒーリング本来の目的は二つ。肉体面では免疫を含めた自己回復能力を高めて、依頼者(クライアント)の肉体が病気や怪我からより速やかに、完全に回復するよう助けること。心の面では依頼者自身が内的な癒しと成長を経験し、より意識的な生き方を身につけ、人生の意味を見つけるのを助けること。

 ヒーラーの役割は依頼者のために、この二つの領域の一方または両方で、「エネルギー」を介して手助けをすることだ。

 ヒーラー修行の道を歩む人は、ヒーリングの本質的な役割を再認識し、同時に自分を取り囲む社会の現状を分析して、自分の仕事の枠組みを作り出さなければならない。そしてそのために必要な技術と能力を身に付けていかなければならない。

 ヒーリングを教える側は、ヒーラーとなろうとする人間に、出来合いの型をパッケージとして手渡すのではなく、自らの手で生きた流れから水を汲むことを教えることができなければならない。そのためにはもちろん、教え手自身が水のありか、汲み方について経験を通し熟知していることが必要だ。

 ヒーリングには、人間の体と心の癒しのために、他のどんな方法でも可能でない多くのことが可能であり、その意味ではその必要性、重要性は失われることはない。

 そしてヒーラーが自ら生きた水を汲むことを知っていれば、社会や人の変化に合わせ、ヒーリングの本質そのものは失うことなく、自らを変えていけるのだ。

 このことを理解して、ヒーリングという分野が長期的に健全な形で成長し、欧米に追いつくような形で社会に受け入れられていくために。それによってできるだけ多くの生命にヒーリングを届けることができるようにするために、必要なのはどういうことか、自分には何ができるか、どうするべきかを考えて行動できるヒーラーたちが、今、切に求められている。

 2015年もまた、さまざまな領域で大きく激しい変化の年になるだろうが、生命のために奉仕するヒーリングという技(わざ)を自らの大切な道として、献身と勇気をもって歩む人たちには、間違いなく実りの多い年となるはずだ。

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