01. ヒーラーという仕事 光を運ぶ

August 19, 2016

南フランス集中研修 参加者の感想と写真(1)

 6月に行った南フランス集中研修の参加者の感想の一部です。

 ヨーロッパでの集中研修はだいたい3年に1度のペースで予定しています。基本的には統合ヒーリング科とフラワーエッセンス療法科の学生・卒業生のための研修ですが、School of Healing Arts and Sciencesで長く学んできた履歴のある人の参加もあります。

 ヨーロッパでの研修は、アルケミーの道程に深く惹かれる多くの人にとって、自分自身の魂の記憶と向かい合う機会になります。




              (1)

 ルルド、すがすがしい場所でした!!
 水と空気が本当に魂のごちそうになりました。

ルルドの町

[ルルドの町を守るように取り囲む丘から、聖域を見たところ]


             ☆ ☆ ☆


              (2)

 フランス研修、大変お世話になりました。ありがとうございました。

 私は帰国後1週間ほどは、体調を崩していましたが 、その後、南西フランスでいただいた滋養の効果か、ずいぶんと元気に過ごしています 。

 はじめて行った場所でしたが、オクシタニアの自然や街並みなどどれをとっても、私が焦がれていた風景でした。

 ルルドに集う方々や受け入れる方々の様子は、とても尊いものとして心に残りました 。

 自分一人では、フランスの中でも南西部に行くことを選択肢に入れることもなかったと思いますし、実際に行く力もなかったと思います。

 先生とみなさんの力に乗せていただいて行くことができたのだろうな、と思います。

 盛り沢山すぎて未だ記憶の整理が追いつきませんが、漏らすことなく経験を刻み込んで、今後に役立てていきたいです。

カタリ派の城塞

[城塞の案内役をお願いしたのは、歴史学者で、オクスフォード大学のローズ奨学生たちにカタリ派の歴史を教えているジェイムズ・マクドナルド氏]


             ☆ ☆ ☆


              (4)

 改めまして、フランス研修では大変お世話になりました。

 毎回リトリートや集中研修に参加させてもらって思うことですが、家族や仕事のコミュニティから一人離れ、外に出ることの大切さを今回は特に実感している感じです。

 特に、今回はルルドやカタリ派の城を巡るということが関係しているのかいないのか、 準備段階から、ずっと「内的な光」や「巡礼」について思いめぐらすことが多かったように思います。

 実際に、ルルドで土地の存在のチャネリングをした経験は、宗教としてのキリスト教や聖母の存在は、自分にとって大きな光の存在の「象徴」でしかなかったのだと、 気づかせてくれました。

 お陰で(?)あんなに欲しかったロザリオ熱も冷め、オクシタニアの十字架を手に入れたことで、何だか妙に落ち着いてしまいました(笑)

ルルドの薔薇  今回、過去生の記憶について考えることが多かったように思います。 肝心な記憶については未だにはっきりとした形で思い出せていませんが、過去を思い出すということ自体を、勘違いしていたのかも知れません。 ドラマや映画のようなファンタジーというか、 そんな劇的なものを想像していました。

 でも、実際に縁を感じている様々な場所に赴き感じたことは、劇的なビジュアルではなくて、内的に感じた確かにその場所にいたことがあるという確信でした。

 そこには怒りや、恨みや悲しみの感情は不思議と感じられず、 (もっとおどろおどろしい感情が出てくるのかと思いこんでいた) その土地に感じている懐かしさと再びその土地に戻ることが出来た嬉しさをしみじみと感じていたのでした。

 自分では過去の人生を思い出すことは 「今の人生でのプラスになる、プラスにしたい」と願っているにも関わらず、実際の日常では過去での体験が、今の人生の中で足かせになっているのではないかと感じることが多く、思いだすこと自体、躊躇していたのかも知れません。

 クラスで、先輩が「今だったら、信仰のために死んだりできない」(そんな感じのことを) というような話をしていた時に、自分だったらどうだろうと思って聞いていました。 その時に多分、自分なら、信じていることを曲げてまで生きていたくないと思っただろうなと感じていました。

 でも、その土地に足を運んでみて感じたことは、想像と全く違っていました。 過去生の自分は、迫害されて辛い人生を送って仕方なく死んでいったと 思いこんでいたのですが、 今回フランス研修を終えて思うのは、その時の自分は、信仰を貫き生きることがとても幸せだったんだと。 その生き方をとても誇りに思っていたように思うのです。 だから、その時の生き方への憧れを今も手放せないでいるんじゃないかと。

奇跡のメダイ教会

 プロバンスの修道院に着いたころにはもう、この頃の自分と同じようには生きていくことはできないんだと感じて少しさびしい気もしましたが・・・。

 何にせよ、 オクシタニアにはまた行かなくちゃ。

 ありがとうございました。


             ☆ ☆ ☆


カタリ派の城塞


             ☆ ☆ ☆

              (5)

 [研修の後に先輩たちと足を伸ばした]ゴルドの村とセナンク修道院はとってもとっても美しかったです! ロクシタン ゴルド村店がありましたが、そこの店先にオクシタニアの十字架が飾ってあり、感激!・・・したのに、ぼんやりして写真撮るの忘れてしまいました。

 またオクシタニアには絶対戻って何日間か過ごすぞー!と心に誓いました。

セナンク修道院


             ☆ ☆ ☆

 





研修に参加したインターンのブログ記事
 http://ameblo.jp/sageandspirit/entry-12177255607.html
 http://ameblo.jp/sageandspirit/entry-12180237638.html

このブログ内の関連記事
カタリ派の村と城 乗馬トレッキング/南フランス

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October 30, 2015

ヒーリンングは仕事にできるか 現状、お金、将来性...

ヒーラーという仕事


 私は日本向けの活動の他に、アメリカ複数地域のヒーリング・コミュニティとつながりがあり、最近ではヨーロッパにも足を伸ばしたりして、さまざまな場所で、仕事としてのヒーリングの現況について耳にする立場にある。

 同時に仕事の一環として、ハンズオンヒーリングの普及、そして人間の肉体と魂の両面に関わるヒーリングの伝統の普及を助けるために、ヒーラーの教育・訓練を行っている。

 そういった中で出てくる切実な質問 ------少数の突出した才能の人は別にして、「普通の人間」がヒーリングを仕事としてやっていくことはできるのか。また、どうしたらやっていけるのか。あるいはやっていくための土台を自分自身のために、またヒーリング界全体のために、築いていけるのか。

 アメリカでも日本でもヨーロッパでも、ヒーリングを学ぶ人たちの間で口にされる、この切実な問いをテーマに書いておきたい。


ハンズオンヒーリング

アメリカでの受け入れの現状


 現在の西欧化された社会の中で、ヒーリングには、日の当たる正当な職業になれる土台があるのか。

 これについて手応えを得るには、近代ハンズオンヒーリングが生まれ、現在も補完・代替医療の普及の中心的現場であるアメリカでの現状について見るのがいいと思う。

 私が政府機関の立場の目安として使うのは、米国国立代替医学センター(CAM)の見解とポリシーだ。

 CAMは通常の科学的・西洋医学的方法論を中心に、さまざまな代替療法に対しても、実験とリサーチによる実証を求める立場をとる。

  同時に、今でも西洋医学界の主要な部分を占める「証明されていないからインチキだ」的な教条主義に陥らず、効果や作用機序の証明されていない療法についても、「推定中」の療法としてリストし、報告されている効果や、作用機序についての仮説を挙げ、さまざまな実験リサーチを支援し、常識的・実用的視点から見解をまとめていくだけの良識がある。

 いわば、アメリカにおける一般医学と代替医学の境目を象徴している機関と言える。

CAMのリサーチプロトコルや意見を読みたい人は、以下のサイトで(英語)
  National Center for Complementary and Alternative Medicine(CAM)

 CAMでは、代替療法の中の「エネルギー医学」を、以下のタイプに分類している。

(1)治療作用の機序と効果が、従来の物理的方法で測定・確認できるもの。
   これには音波や電磁波、可視光線、磁場、レーザー光線などを用いた治療法が含まれる。

(2)治療作用の機序と効果が、従来の物理的方法でまだ確認されていないもの(「推定中の療法」)

 これには、人間の肉体を包むエネルギーフィールド(バイオフィールド)を想定して治療を行う技術、中国気功やセラピューティックタッチ、ハンズオンヒーリングなどが含まれる。

 また、漢方や鍼灸、ホメオパシー、祈りによる癒しまでこのカテゴリに入れられている。

 つまり、現在の物理科学や西洋医学の視点から証明できないものは、とりあえず一緒くただ。

 漢方までが「作用機序の説明されていない療法」に入れられるのは「ちょっと待て」という感じだ。

 数百年の歴史しかない近代西洋医学に比べ、漢方はその何倍もの長さの歴史と実績を持つ伝統医学なのだから。この辺の視点は、西洋医学の奢りと言われても仕方ない。

 だが言い換えれば、このように西洋医学の視点にこだわる政府の担当者が、セラピューティックタッチや他のハンズオンヒーリングを現存の「推定中」の治療法として認め、実験による証明や実用の可能性について触れ、作用機序についての仮説を紹介する必要性を感じるところまで、時代は来ている。

 「全体としてエネルギー医学は、CAMでももっとも議論の的となるアプローチである。......しかしエネルギー医学はアメリカの市場で人気を得つつあり、大学などの医療センターでのリサーチの対象ともなっている。」(CAMのサイトから)

 こういった政府系機関の歩みと並行して、アメリカでは相当数の大学医学部や大病院が、ヒーラーを交えた臨床リサーチを行っている。

 リサーチには、痛みをやわらげたり傷の治りを早くするといったシンプルなものから、自閉症など、現代西洋医学で対応できない問題の治療までがとりあげられている。

 (例 ジョンズ・ホプキンス大学医学部付属の研究機関で、子供の難病治療で知られるケネディ・クリーガー・インスティテュートにて、ロザリン・ブリエールが参加して行われたリサーチ「子供の自閉症と脳の外傷に対するエネルギー・ヒーリングの効果」

 教条的な懐疑論者による反対を(リサーチの内容だけでなく、学内や院内の政治的圧力も含め)克服していかなければならないため、進展はスローだが、10年、20年前に比べれば状況は進んでいる。

 「市場で人気を得ている」のは一定の効果があるからで、また「人間のからだを全体として見る」アプローチを含め、通常の医療からは得られないものをエネルギー医学が提供するからだ。

 この先、リサーチに用いられる測定機器の進歩と比例して、ハンズオンヒーリングの科学的裏付け作業も進んでいくだろう。

 この点、アメリカの看護学界は実用性をモットーとし、大学教育も現場も、臨床に効果のあるものはどんどん取り入れるという立場をとっている。

 そこから、セラピューティックタッチを看護科の正規の履修科目としている大学もあり、ロザリン・ブリエールやバーバラ・ブレナンの専門プログラムは、カリフォルニア州の看護師の継続教育単位として認められている。

 アメリカはこういった面ではやはり先を行く。

 日本の医療のあり方は、基本的にアメリカで起きていることを後追いしていくので、やがてアメリカ側で、ヒーラーが看護師や物理療法士などと同様、医師と協力して仕事をするのが当たり前になれば、日本でもそういう流れになっていくだろう。

 こういった流れに関しては疑いはない。質問は「そうなるかどうか」ではなくて、「そうなるまでに、あとどれくらい時間がかかるか」だ。


ヒーラーにとっての現状

過渡期の困難と必要な努力


 時代と医療の流れがそういう方向に向かって動いていることに疑いはない。

 しかし、それは現在、まだ実現されていることではない。今はハンズオンヒーリングが、共同医療の一分野となる、そのゴールに向かっての過渡期に当たる。

 その中で、ヒーリングに携わっていきたいと望む人は、以下の2つについて考えなければならない。

 このような時期に、

(1)自分がヒーラーとしてやっていくためには何が必要か。

(2)ヒーリングが社会的に認められ、やがては共同医療の当たり前の一部となっていくための土台を築くのに、自分はどう貢献できるか。

 つまり、自分自身の人生と、ヒーリング分野にとっての長期的なゴールの両方について考えることが求められる。

 私は教える仕事に時間をとり始める前は、フルタイムの(週40-50セッション行う)ヒーラーとして仕事をしてきたし、ヒーラーとしてフルタイムで仕事をしている友人知人も多くいる。

 95年にアメリカの大手ヒーリングスクールを卒業した頃、「卒業生は半年以内にフルタイムになれる」と聞かされていた。実際、半年経つ頃にはそれまでやっていた仕事をすっぱり辞めてヒーリングに専念できるようになっていた。

 だが現在では同じヒーリングスクールで「卒業生の中でヒーリングをフルタイムの仕事にできるのは数十人に1人程度」という話も聞く(医療関係者やマッサージ療法士などとしてすでに仕事をしている人が、ヒーリングを仕事に組み合わせる場合を除いた数字)。それもまた現状の一部だ。

 このスクールは私がいた頃から色々な変化があり、原因として考えられることは幾つかある。(「拡大期に教育の質よりも学生数を増やすことに力を入れ過ぎた」「心理プロセスに重点を置きすぎて、実用的な臨床教育に力を入れなかった」などは、原因の一部だと思う。)

 それはともかく、それなりの技術があるヒーラーでも、食べていくのがやっと、あるいはパートタイム程度の仕事しかないというようなケースがあることも、現実の一部として否定しない。

 現状、技術や教育のあるヒーラーがヒーリングを専門の仕事としていくことが必ずしも容易ではないのは、なぜだろう。

 一つには、ヒーラーの教育や技術レベルについて一定の基準が確立されていない。そのため「ヒーリング」を手軽なスピリチュアルビジネスの1つとしか考えていない人々や、ヒーラーを自称する怪しい人々によって、質のよいヒーラーの存在が隠され、見つけられにくくなっている、あるいはヒーリングそのもののイメージが怪しいものにされている現状がある。

 また、専門的な形で仕事をするヒーラーにはどんなことが可能なのか、期待できるのかといった情報が、社会にまだあまり普及していないこともある。

 そのため日本では、「ヒーリング」というのは、「なんとなく気持ちよくなる(いわゆる「癒される」)こと」程度にしか思っていない人は多い。(「温泉に入って癒される」というのと同じレベル)

 他方で「ヒーリングさえ受ければ人生のすべての問題が解決される」といった、新興宗教まがいの売り文句を掲げる自称ヒーラーに騙される人も出てくる。

 これは、まじめに仕事をしているヒーラー自身が、クライアントや一般の人々に対する啓蒙に関わっていく必要があることを示している。

 「いずれ誰かすごい人が世間を説得してくれる」的な構えではなく、自分というヒーラーが、自らの人となりと技術をもって、まわりの人々に影響を与えていくことが必要とされている。

 そのためには、分野外の専門家にも理解される形でヒーリングについて語れるよう、また結果を通して説得できるよう、勉強を続け、腕を磨いていくことが必要だ。

 それはきわめて草の根的努力だが、同時に水瓶座時代のパラダイムに沿うものでもある。

 魚座時代のパラダイムが末期に向かうにつれ、少数の大物が一つの分野をリードしていく時代は、必然的に終わる。しかし今はまだ、水瓶座の光となる「自立した個人と理性的判断に基づくネットワーク」が、安定した形で敷かれていない。

 これもまた、二つの時代がオーバーラップする過渡期の難しさだ。


現実的な質問

「ヒーリングは職業として成り立つのか」


 ではハンズオンヒーリングは「職業」として成り立つのか?

 単純に仕事として成り立つかどうかは、受ける側がお金を払う(お金という形のエネルギーの代価を、ヒーラーのエネルギーや時間と交換する)にあたいすると感じるなら、成り立つのだし、そうでなければ成り立たない。

 水瓶座時代の影の一つとして、雑多な情報があふれる情報洪水の中に、価値のある情報が埋められてしまって見つけにくくなるという現象がある。

 これはヒーラー探しについても同じで、インターネットでもさまざまなレベル、種類のヒーラーが混在し、探す側の視点が広範に散らされる。ネットのホームページや宣伝文だけを見る一般の人には、腕のよい、人となりの優れたヒーラーとそうでない人間の見分けは、必ずしもすぐにはつかない。

 しかし、一度セッションを受けて「確かに対価を払う価値がある」と感じたなら、その人は定期のクライアントになるか、ヒーリングを必要とする他の人たちへの橋渡しになってくれる。

 宝石は、つかんだ人に目があればその価値はちゃんと分かる。

 社会の経済状況がどうあれ、腕のよいヒーラー、結果を出せるヒーラー、人間性でクライアントから求められるヒーラー。あと腕はそこそこでも、自信満々で仕事がプロらしく、クライアントに安心感を与えるヒーラーなどは、フルタイムで成り立っている。

 これに対して、自分の道に自信や確信のないヒーラー、そしてそれゆえに自分のすべてをヒーラーとしての仕事に投げ入れない人は、ヒーリングをフルタイムの仕事にはまずできない。

 仕事は始めてみたものの固定クライアントがつかない人は、いったん依頼者(クライアント)の視点に立って、「自分というヒーラーと時間を過ごすことから、相手は何を得られるのか」について、正直に見直してみる。

 そして腕を磨き、よい仕事のできるヒーラーに自分を育てながら、自分の仕事の価値を正しく評価してくれる依頼者に出会う機会を増やすにはどうしたらいいかを考える。

 このためには、やはりネットの情報洪水を乗り越えて行かなければならないので、時間と手間はかかるし、ネットメディアを賢明に効率よく使いこなすための勉強や工夫もいる。

 だがどのような場合でも、ヒーラーとしての道にコミットして、こつこつとよい仕事をしていけば、クライアントの層を築いていくことが必ずできる。今この時代において、ヒーリングはまぎれもなく必要とされており、ニーズ自体はそこにあるのだから。

 このために私がコミットしているのは、数は少なくてもいいから、技術的にも人間的にも信頼のおけるヒーラーを社会に送り出すことだ。

 週末セミナーで細切れの知識やテクニックを教え、大量の自称ヒーラーを生産することは、長期的にはヒーリングが社会に受け入れられていくためには役立たない。

 ヒーリングスクールの価値は、そこから輩出するヒーラーの質によってのみはかられる。重要なのはそこから社会に出て行くヒーラーの質であって、数でもなければスクールの知名度でもない。

 現によい仕事をして、一人一人の依頼者を、経験を通してヒーリングを信頼してくれる支持者に変えていくヒーラーたちこそが、今この時期におけるヒーリング普及の礎だから。


お金をとるか、とらないか


 これは時々耳にする議論だが、私の視点はこうだ。

  生活のためにお金を稼がなくてよい経済的ゆとりがあって(例えば家や配偶者が資産家とか)、必要な自己教育に費やす資金もある人には、お金を取らずにヒーリングに携わるというオプションもある。

 そして、才能あるヒーラーがそういう環境に恵まれ、慈善的な形で仕事をすることを選ぶなら、それはすばらしいことだと思う。

 しかし、それはあくまで自分自身の選択として内に秘めるべきであり、自分がお金をとらないからといって、お金を受けとって仕事をするヒーラーを見下したり、自分より人間的・精神的に劣ると考えることはできない。

 事実、お金をとるかとらないかは、ヒーラーの腕や人間性を見分ける尺度ではない。

 お金をとって、その上で本当にプロフェッショナルな仕事をする人の方が、お金をとらず、代わりにプロの職業倫理にも従わないような形でヒーリングをする人より、はるかに健全だ。

 仮に金銭の授受はなくても、プレゼントを受けとったり、自分を「精神的に素晴らしい人」だと思ってもらうことで満足を得たりしているなら、それはエネルギーのレベルでは「無償」ではないことにも気づくべきだ。

  お金をとってヒーリングを仕事にするということは、プロとしての職業倫理を受け入れ、守ることを意味する。ヒーラーとしての倫理規範には、通常の医療関係者や心理療法士が守るのと同じレベルの倫理と、それよりさらに精妙なエネルギー・レベルでのクライアントの心身に対する配慮が含まれる。

 お金をとらずにヒーリングをする人の中には、お金をとらないことを、こういった倫理規範を無視してもよい言い訳にする人もいる。「私は善意でやってるのだから....」と。

 お金をとろうがとるまいが、他の人にセッションをするにあたって、援助専門家の倫理(精神的・感情的・肉体的に依頼者の福利を守るためのルール)について考え、それを守ろうと尽力することをしない人間は、やはり信頼にあたいしない。

 他方ヒーラーが、医者や看護師や心理療法士、その他医療に携わる人間が守るのと同等の職業倫理を守り、自己教育に励み、ベストを尽くして依頼者と向かい合うなら、もちろん仕事(自分がつぎ込む時間とエネルギー)に対する正当な代価として、お金を受けとることができる。

 「ヒーラーの仕事は精神的だから、お金をとることはふさわしくない」と考える人がいたら、それは的はずれだ。牧師だって坊さんだって、働いて収入を得ている(支払いの形式は「寄付」や「お布施」という建前ではあっても)。

 「ヒーラーはお金をとってはならない」と決めつける人は、自分自身の中でお金のテーマが影になっている。自分が健全な形でお金を受けとる方法を知らないために、他の人がそうするのに反感を覚えるのだと言ってもいい。

 大部分のヒーラーにとっては、自分や家族の生活を支えるために、またヒーラーとしての自己教育を続けていくためにも、収入をもたらす仕事は必要だ。人間としてのヒーラーの時間やエネルギー配分について、依頼者の立場から考えてみるとよい。

 似たようなレベルのヒーラーがいたとしよう。

 一人は9時から5時まで生活のための仕事をして、夜や週末の空いた時間、残ったエネルギーでセッションをする。これはかなり大変なことで、ヒーラー自身、自分の健康管理や感情のニーズを満たすための十分な時間はとれないし、家庭のある人なら家族にもしわよせがいく。

  もう一人は、ヒーリングをメインの仕事とし、時間とエネルギーをフルにつぎ込んで依頼者と向かい合う。こなせるセッション数も多いので経験も豊富だし、ヒーラー自身、自分の健康管理や感情のニーズを満たしたり、自己教育にかけるためのゆとりがあり、それがセッションの質にも反映される。

 自分のヒーラーには、どちらであって欲しいだろうか。


個人的な旅路

ヒーラーのよろこびとチャレンジ


 最初にニューヨークのバーバラ・アン・ブレナンのヒーリングスクール(Barbara Brennan School of  Healing、BBSH)に足を踏み入れた時、私は自分がヒーラーになるなどとは思ってもいなかった。

 ただ、その本に書かれてあることが本当なのか、それとも手の込んだ詐欺なのかを確かめたかったのだ(本当に(笑))。

 BBSH に入るまではヒーリングの世界とは縁もなく、人間として狭い肉体の中に入っているのも、ごちゃごちゃとした集団の中にいるのも嫌い(私のクラスは124名の入学生からはじめて88名が卒業。この100名前後の大人数が1つの大部屋でクラスを受けるので、それはごちゃごちゃの人混みだっ た)。

 当たり前のように1年時の成績はなんとか進級に足る程度で、ほめられたものではなかった。

 だが2年になって、アストラル界での作業に触れた時、目に見えない世界が自分にとってきわめてよく活動できる領域だと気がついた。自分には明らかにこういった世界と関わっていく才能があり、また楽しいのだということがわかった。(アストラル界はいわゆるシャーマンたちが活動する領域)

  さらに3年になって、エネルギーレベルでの再形成といったテクニカルな作業や、第5レベルのガイドとの共同作業などが入ってくるにいたって、自分の道はこれだという確信が生まれた。

 目に見えない世界と関わり、それを物質世界につなげていく作業は、とにかく楽しかった。

 いったん内的確信が目覚めてからは、自分はプロのヒーラーとしてやっていくのだと信じて疑わなかったし、実際、卒業から半年のうちにフルタイムどころか、数か月先まで依頼者の待ちリストが一杯になっていた。

  仕事をしながら、自分の内的変化に応じて依頼者の数や種類が変わっていくことも何度も経験した。

 待ちリストを消化するため毎日8セッションから9セッション、週5日、6日というようなペースで働いて、疲れて燃え尽き気味になり、やる気が落ちてくると、新規の依頼者の数も減り始める。

 特定の病気に興味を持つと、その病気の依頼者が続けてやってくる。

 こうして何年もフルタイムで仕事をした後、教える仕事に集中するため、いったん個人セッションを閉じた。

 だが1年ほどセッションをせずにいた間、ヒーラーとしての自分の感覚が鈍ってくるのを感じ、そしてそれが教える仕事にも反映されるのに気づいて、セッションを再開した。

 今も1日が48時間あっても足りないぐらいやりたいことがあって忙しいのだが、それでもセッションは続けていかなければならないと思っている。

  依頼者と向かい合うことなしにはヒーラーは成長しない。依頼者をとらなくなったヒーラーは、教師や指導者としての成長はあっても、ヒーラーとしての成長は頭打ちになる。これは自分の手応えだけでなく、まわりの実例を見ていて感じることだ。

 そしてまた、依頼者の体に手を置く機会があるたびに感じるのは、ハンズオンヒーリングという形で人々や動物の手助けができるのは、自分にとって純粋なよろこびであるということ。

 ヒーリングの最中は、すべてのことを忘れて、ただ依頼者の体と魂、そこに住む神と向かい合い、そしてそれが肉体を通して、生きることのよろこびを味わい、また自らの最大限の可能性を発揮するのを助ける経験と一つになれる。

 それが麻痺した神経を活性化させることであれ、目詰まった感情エネルギーを流れさせることであれ、クライアントのオーラにひっかかったアストラル生命体をひっばり出してその「家」に送り返すことであれ、純粋にその経験が楽しいのだ。

 この純粋なよろこびの経験がない時、ヒーラーとしての仕事はどこかで行き詰まるだろう。

 ヒーリングの作業を通し、自分の中の神を感じ、それと向かい合う神が相手の中に息づいていることを経験すること。1度でもその経験をしたなら、ヒーラーは本当の意味で、外的な仕事としてだけでなく、内面からヒーラーになる。

 今この時代、ヒーラーの仕事には2つの面がある。

 一つは、肉体を持った人間として地上に生き、その中でベストを尽くす物質世界の「仕事」として。

 もう一つは、人の内に神を見、それを通して人が癒えることを可能にする、本当の意味での神聖な業(わざ)として。

 この両方は矛盾するものでも、相反するものでもなく、一つの人間のうちに同時に存在するべきものだ。それをバランスさせて保つことが、この時代においてヒーラーとして生きることを選ぶもののチャンレンジなのだ。

(『ヒーラー&アルケミスト』  2006年4月号に掲載した記事に情報を更新し再加筆)


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December 18, 2014

ヒーリング界の潮目 訪れる変化と必要とされるもの

 家(うち)にはプロのヒーラーが二人いる。ヒーラーとして仕事をしてきた経験も、ヒーリングを教える現場での経験もお互い長い。

 アメリカの広告式の言い方をすれば「二人合わせて45年の経験」みたいな(笑)

 仕事中はそれぞれの仕事スペースにこもっているが、顔を合わせている間は(食事の間なども)だいたいずっと何かしら話し合っている。

 多いトピックはやはりヒーリングのことだ。具体的な技術についての話や方法論、体系論などについてのこともあり、ヒーリング界の動向やこの先の展望といったことも話題に上がる。

 もちろん、うちのパートナーの持ち場は広く欧米圏で、私の選んだ持ち場は日本なので、現状分析や見通しなどについては多少、視点の差異もあるが、大局的な展望は一致している。

 2014年はヒーリング界でも大きな世代交代が起きた年だ。そして人々と社会の移り変わるニーズに合わせ、ヒーリングに求められるものも変化しつつあることがはっきりした年だ。

 80年代、90年代に型を作られたニューエイジ的なヒーリングのやり方が、すでに時代遅れであるのは言うまでもない。

 「年をとり肉体面でチャレンジのあるクライアントと働く機会が増え、そのために医療と補完的に働けるヒーラーの需要が高まっている。そこではパーソナルプロセスを行わせるための知識よりも、エネルギーをバランスさせるヒーリングの根本的な技術の方がより重要だ。新しくヒーラーになろうとする人は、効果の高い、効率のよい肉体のヒーリング技術を学び、身に付けることがいっそう重要になっていると認識するべきだ」(ディーン・ラムスデン

 アメリカではベビーブーマー世代が老齢期に入り、それが重要な社会の潮目になるというのは、ダニオン・ブリンクリーやロザリン・ブリエール師も語っている。

 私の考えでも肉体のヒーリングの重要性は増していく。(それがエネルギーの技術と解剖生理学の知識を結びつけるためのクラスを教え続けている理由だ)

 ただそうなっていく理由はアメリカと日本で幾分異なるし、また「ヒーリング」がすでに一つの分野として築かれ、ある程度の社会的立場を確立しているアメリカと、「ヒーリング」という名称自体が明確な枠組みを得損ね、現状、単なる「リラクセーション」と同義で用いられている日本では、克服しなければならないチャレンジにも違いがある。

 日本はある意味、「バーバラ・ブレナン以前のアメリカ」と同じような地点に立っていると言えるかもしれない。

 ブレナンは「ヒーラーに転じたNASA出身の気象物理学者」として社会の表舞台に上がり、華々しく注目を集め、「専門の職業学校としてのヒーリングスクール」を創始し、ヒーリングというものの認知度を欧米で一気に高めた。ブレナンの活動がもっとも急成長を遂げた90年代に私はそれを間近で見ていた。

 だが解決策は、日本版バーバラ・ブレナンを作り出すことではない。日本でなされなければならないのは、突出したカリスマによってではなく、多数の自立した、そして献身的にヒーリングの道を歩む個々人の連携と努力によってチャレンジを克服することだ。

 それが自立した個々人によって構成される「意識的なグループ」を通し、草の根レベルから行われていくことが重要なのだ。

 むやみに「新しい何か」を探すことからは答えは得られない。流行(はやり)ものはいずれ廃れる。これはヒーリングの分野であっても例外はないというのは、この世界を長く見てきた人なら誰でも知っている。

 本当に必要なのは、近代ヒーリングを生み出した流れの本流にまで回帰し、そこから生きた水を汲み直すことだ。

 ヒーリング本来の目的は二つ。肉体面では免疫を含めた自己回復能力を高めて、依頼者(クライアント)の肉体が病気や怪我からより速やかに、完全に回復するよう助けること。心の面では依頼者自身が内的な癒しと成長を経験し、より意識的な生き方を身につけ、人生の意味を見つけるのを助けること。

 ヒーラーの役割は依頼者のために、この二つの領域の一方または両方で、「エネルギー」を介して手助けをすることだ。

 ヒーラー修行の道を歩む人は、ヒーリングの本質的な役割を再認識し、同時に自分を取り囲む社会の現状を分析して、自分の仕事の枠組みを作り出さなければならない。そしてそのために必要な技術と能力を身に付けていかなければならない。

 ヒーリングを教える側は、ヒーラーとなろうとする人間に、出来合いの型をパッケージとして手渡すのではなく、自らの手で生きた流れから水を汲むことを教えることができなければならない。そのためにはもちろん、教え手自身が水のありか、汲み方について経験を通し熟知していることが必要だ。

 ヒーリングには、人間の体と心の癒しのために、他のどんな方法でも可能でない多くのことが可能であり、その意味ではその必要性、重要性は失われることはない。

 そしてヒーラーが自ら生きた水を汲むことを知っていれば、社会や人の変化に合わせ、ヒーリングの本質そのものは失うことなく、自らを変えていけるのだ。

 このことを理解して、ヒーリングという分野が長期的に健全な形で成長し、欧米に追いつくような形で社会に受け入れられていくために。それによってできるだけ多くの生命にヒーリングを届けることができるようにするために、必要なのはどういうことか、自分には何ができるか、どうするべきかを考えて行動できるヒーラーたちが、今、切に求められている。

 2015年もまた、さまざまな領域で大きく激しい変化の年になるだろうが、生命のために奉仕するヒーリングという技(わざ)を自らの大切な道として、献身と勇気をもって歩む人たちには、間違いなく実りの多い年となるはずだ。

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July 08, 2014

エミリー・コンラッドとヴァレリー・ハントの訃報

 4月にムーヴメント教育家のエミリー・コンラッドが亡くなったことは、その日のうちに知った。だがその2か月前にヴァレリー・ハント博士も亡くなっていたことは、ロザリン・ブリエール師から聞かされるまで知らなかった。

 コンラッドは享年79歳、ハントは97歳。いずれも亡くなる間際まで研究と教育活動の一線で現役だった。

 ロザリン・ブリエールの『光の輪』やバーバラ・ブレナンの『光の手』を読んだ人は覚えていると思うが、1970年代にハントがブリエールとともにアイーダ・ロルフやコンラッドを交えてUCLAで行った研究は、まさに近代ヒーリングの方向性を指し示す礎になり、それ以降の研究者やヒーリング界の流れに大きな影響を与えた。

 ヴァレリー・ハントとエミリー・コンラッド、ロザリン・ブリエールの3人はプライベートでも親しく、互いに影響し合い、またチャレンジに満ちた近代ヒーリングの先駆者としての道を歩む中で支え合った。

 この5月にブリエール師と落ち合った時、私の顔を見るや否や師はまっ先にこう語り出した「......年上の2人が自分より先にいくだろうことはわかっていたけれど、ほとんど同時に彼女たちを失うことになるとは思っていなかった......」。


 「時代が過ぎゆく」ということを日々、肌に感じることが増えているのだけれど、ヒーリング界でも変化が続いている。その多くは水面下でだが、実際に川に足を踏み入れている者には、まぎれもなくその流れを感じることができる。


エネルギーの海 スピリット通信』2014年7月1日号(vol. 39)

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May 08, 2013

ハンズオン・ヒーリング集中研修、卒業の意味(ボルネオ島)

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 最近は時間が流れるのがとにかく早く、思ったことはすぐに書いておかないとそのままになってしまうので、ちょっと走り書きっぽくなるかもしれないが書きとめておく。

 先週のボルネオでの集中研修で、ハンズオン・ヒーリング科から2人の新しい卒業生を出した。

 最近の日本では「卒業」というのは、「辞める」「去る」ということを遠回しに言うために使われているようだが、School of Healing Arts and Sciencesでの「卒業」は意味がまったく違う。

 秘教の伝統に根付くスクール(学びの場)/コミュニティにおける卒業というのは、「新しい場所に昇る」ということだ。

 それは、一方的に学び、受けとり、育まれる「学生」の立場から、育み、与え、教える責任の一端を自分なりのやり方で引き受ける立場へと変化するということでもあり、同時に自分自身が、それまで可能でなかったような大きく、新しく、高い形での学びを開始できるスタート地点に立ったということだ。

 この大きく、新しく、高い形で学び、働き始めることを可能にするのは、スクール/コミュニティに流れ込んでいる伝統の力が、正式の卒業生となった人たちを背後から後押しするようになるからだ。

 この意味で、智恵の伝統につながるスクール/コミュニティでの「卒業」とは、去ることではなくて、むしろコミュニティの中においてより重要な役割を担うようになることを意味する。

 卒業生の一人一人は、コミュニティにとっての礎石であり、後を続く学び手たちにとっての支えとなるものだ。

 そして自分を育て支えてくれたホーム・コミュニティにしっかり根を張り、それを変わらぬ魂の滋養を受けとる井戸とし、同時に堅固な足場として、外の世界、より大きな社会/コミュニティに向かって働きかけていくために、さらに自分を広げ、育てていく。

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        後輩たちががんばって手配したお祝いのケーキ(パンダン風味)

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November 16, 2012

ロザリン・ブリエール師の訪問、世代、夢を通してのコミュニケーション

 かなり長くほったらかしになっていた『ヒーラー&アルケミスト』(有料メールマガジン)の案内ページを整理、更新しました。

 アメリカでヒーリングスクールの学生だった1993年からずっと続けてきた活動で、当時は季刊でニュースレターを印刷し、航空便で送り出していました(おそろしく懐かしい)。

 2003年に月刊のメルマガ形式になってからは、仕事の忙しさに比例して、月ごとの配信量にかなり(…)波ができています。にも関わらず、核になる購読者の人たちは私のペースを理解して気長についてきてくれ、ありがたい限りです。

 他では書けないような踏み込んだ記事や専門的な内容も書くことができるのは、核になる読者層が安定していて、私にとって、1年、2年と時間をまたいでも話しかけることのできる器になっているからです。

 震災の直後から状況分析と放射能対策の記事が多く続いていましたが、それも定期的にアップデートを載せつつ、従来のテーマでの執筆にも戻りたいと思っています。

                  ☆

 有料メルマガの記事は、3年以上前のものはテーマ別の総集編にまとめてeBooks(PDF書籍)として販売予定。

 3年以内のものについては基本的に購読者以外に公開することはありませんが、2012年5月号に書いた以下の記事は、少し特別な2012年の思い出として、抜粋・加筆転載しておきます。





5月のできごと

 5月に重要な出来事があった。

 この日のために、4年あまりかけてじわじわと手はずを整え、ゆっくりゆっくりと話を進めた。

 まず、会話を通してそれとなく日本のよさをアピールし、師匠のバカンス先候補に含めてもらう。

 「日本に行ってみてもいいかな」と感じるようになってもらった所で、会うたびにそっと話に織り込んだり、メールのやり取りの際に触れたりしてフォローする。

 ここに2年ぐらいかけた。(「決断する準備ができてない時に決断を迫られるのが大嫌い!」と公言する師匠には、押しつけがましいアプローチは禁物)

 やがて2年前にやや具体的なプランにこぎ着けたところで、幸いなことに「どうせ日本に行くなら、あなたの教え子たちにも会ってみたい」と言っていただく。

 しかしその年は師匠側の都合で旅行案は中止。昨年はもちろん大震災のごたごたで、来てもらうことはできなかった。

 めげずに、ドイツでの研修で会ったりする度にやんわりしつこくフォローをしつつ、ようやく今年の5月に具体的な日程を入れられるところまでこぎ着ける。

 ここで、メインの滞在と観光は京都だが、合間に東京で学生たちに会う時間を予定に入れてよいと許可をもらう。

 いったん許可をもらったら、おもむろにヒーリング・クリニックを設定(笑)。

 「せっかく学生たちに会うなら、 どうせだから彼女らの仕事ぶりも見ていきませんか」みたいな感じで堀を埋めて(笑)、まったくのプライベートの旅行中に1日がかりの東京訪問を挟み込む許可をもらい、手はずを整えた。

 旦那さんをつれた師匠のプライベートに邪魔が入らないようにするため、公表も避け、クリニック運営の手伝いスタッフにも「お客さんがある」という以外知らせなかった。

 ぎりぎりまで師匠の気が変わることも可能性としてあったので、実際に前日に、早朝の新幹線に乗るよう駅での待ち合わせ時間を伝えて同意を取り付けるまで、私としては予断を許されなかった(笑)。

 とくに師匠は朝起きが苦手なので「そんな早い時間は無理」と言われたら、遅い時間の切符を買い直して渡し、うちのつれ(ディーン・ラムスデン)に同伴してもらって、自分だけ先に東京に向かう代替案とかも用意していた。

 そして当日、無事に東京。

 とりあえず短時間でもクリニックでの学生たちの仕事ぶりを見てもらうことができればいいという構えでいた。(旦那さんが東京見物をしたがっていたので)

 ところがいざ親に連れられた子供たちが到着し始め、方々のベッドでヒーリングが始まるや、ブリエール師はただちにフル稼働モードに。午前・午後と、昼食を挟んで延べ6時間のクリニックに休みもとらずにつきあい、ヒーリングに加わり、学生たちの指導までしていただいた。

 「役に立つことが重要なのよ」という口癖の通り、時間を一時も無駄にすることなく、クライアントからクライアントに移動し、アドバイスを与え、時にはシーツの折畳みさえ手伝う「世界的ヒーラー」の姿は、学生たちにとっても忘れられないものとなったと思う。

 師にとっては、クリニックに参加したヒーラーたちの技術レベルの高さとクライアントへの献身的な気配りに加え、チームの一体感とグループの器の緊密さと安定感に、とてもうたれたようだった。

 私にとっては、「流れを織りつなぐ」という仕事の一端を無事、形にすることができ、また手塩にかけて育ててきたヒーラーたちの仕事ぶりをよしとしていただいて、活動を次の段階に広げる礎石が敷かれた日だった。

 そしてこれもまた人生の1日、先はまだ長い。



コミュニティ、世代

 私は9年かけて神学課程を卒業して、ブリエール師の教会(Healing Light Center Church、HLCC)の牧師になったが、今でも定期的に研修に出かける。もともとヨーロッパが好きなのと、ドイツの研修ではほぼ毎回、式や儀礼が行われるので、今はドイツに行くことが多い。

 講義はもうノートをとることもなく、会場の後ろの方に(犬連れの人がいる時はそのそばに…)座って、お呼びがあったら手伝いに行く。式がある時には教会の聖職者の一人として場を支え、儀礼がある時にはメディスンウーマンとしてのブリエール師の助手を務める。

 だから通い続けるのは、通常の意味で研修を受けるというより、そばにいる間に手伝えることを手伝わせてもらうため。同時に、卒業後もHLCCのコミュニティに残る今は数少ない聖職者の一人として、師の仕事をエネルギー的に支えさせてもらうため。

 師とコミュニティをエネルギー的に支えるためには、指導者としての師が今、どんなところに立って、どんなヴィジョンを見、どのように学生たちを導いているか。コミュニティがどのような状態にあり、そこに通う人たちが教えられることをどのように理解し、消化しているかを、目で見、肌で感じ続ける必要がある。



夢を通してのコミュニケーション

 師のヴィジョンについては、いつもテレパシー的に感じているし、また夢を通して指示を受けとることも多い。

 それが一方的な思い込みでないと言えるのは、あることを言わねばならないと思い、それをTwitterで発言したら、間髪入れず同じことをブリエール師がコミュニティのメーリングリストで言われたり、「今はこれを教える必要がある」とクラスのテーマを選ぶと、同時期にブリエール師も同じテーマでアメリカ側で教えているといったことが、もうずっと続いているからだ。

 それ以外にも、師の身に起きることを夢で告げられて、それが現実になったりしたこともある。

 夢を通してのコミュニケーションについては、5月に学生たちにかけられた言葉の中で、「私はYuiに夢を通して指示を出し、それはちゃんと伝わる。だからあなたたちも、クラスで何か新しく教えて欲しいことがあれば、自分の中でそれをまとめて、それから夢を通して彼女にお願いしなさい」という言葉を通して確認された。

 つまり師と私の間にある夢を通してのコミュニケーションを、学生たちにも実践しろと言われた。

 こういった師弟間や同僚間のテレパシー的やりとりは、例えば一つ前の世代まではハワイの伝統的ヒーラーの間でも当たり前のこととされていたと、以前書いた。こういった能力/習慣は近代化された多くの伝統で失われてしまったが、残っている所には残っていて、そしてなお実際的な形で用いることが可能だということ。

(後略)

(『ヒーラー&アルケミスト』2012年5月配信号から)

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May 10, 2011

近況 福島での奉仕活動から戻りました(2011年5月)

 福島でのハンズオン・ヒーリング奉仕活動(5/6-5/8)終了。大熊町、浪江町の被災者の方々を中心に、お子さんから70代の方まで50名以上に施術を受けていただくことができました。

 多数の方から支援とご希望をいただき、6月も同じチームを引き連れて同地に戻ります。

 活動の内容報告は準備中。

 関連して、東北地方での活動の緊急度が高いため、6月に東京で予定していたヒーリング・クリニックの日程は、福島での活動に差し替えられることになりました。

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