01. ヒーラーという仕事 光を運ぶ

January 11, 2020

英語講座『援助する者の倫理』

『The Ethics of Caring』
Kylea Taylor
(Hanford Mead) 

 

 心理療法家、ヒーラー、聖職者、ボディワーカー、カウンセラーなど、深層心理や変成意識状態、精神的道程などの領域を含めてクライアントに関わる仕事をする人のために書かれた本。関係性と仕事の倫理について、精神的かつ実用的な形で書かれており、援助専門家の必読書といっていい。

 

Most therapists and other caregivers...(omitted)... authentically care for their clients. Many caregivers on occasion, however, feel burned out. We feel we have too many clients, too much stress in our own lives, and too little recreation. Each contributes to burnout. If our lives revolve primarily around our therapeutic or ministerial work, we disproportionately come into contact with the pain of the troubling times and difficult emotions of life. We are particularly vulnerable when we pay too little attention to our own psychospiritual journeys, when we do not acknowledge ourselves as each having an "inner child" of our own, when we do not put our own spiritual practice first, and when we do not schedule time for our own growth and care.... (omitted)When therapists' own care of themselves is in deficit, they have no care available for others either. Caregiver burnout diminishes authentic caring and makes therapists vulnerable to unethical behavior.... (omitted)Prevention of ethical misconduct seems to involve attention to self-care. Pacing our workload, balancing our lives with recreation, self-growth, professional continuing education, and personal spiritual practice can go a long way toward allowing us to look forward to time with our clients.
(p. 157-159, "Caregiver burnout")

 

 ほとんどの治療専門家や他の援助専門家は、自分のクライアントのことを本当に気遣っている。しかし、多くの援助専門家は時に、燃え尽きたように感じる。あまりにクライアントの数が多く、あまりに自分の生活にストレスがありすぎ、とれる休みがあまりに少なすぎると感じる。

 もし我々が人生をもっぱら治療専門家か聖職者としての仕事だけに費やすなら、不釣り合いに多くの、困難にある人々の痛みとつらい感情に接して、自分の人生を過ごすことになる。

 我々がとくに無防備になるのは、自分自身の心理的・精神的旅路に向ける注意が少なすぎる時。自分の中にも「内面の子供」がいることを自分に認めない時。自分の精神的プラクティスを優先しない時。そして自分自身の成長とケアに定期的に時間をとらない時だ。

 治療専門家自身のセルフケアが足りない時には、他者にケアを与えることもできない。援助専門家が燃え尽きて感じる時には、心からのケアを与えることが難しくなり、プラクティショナーは非倫理的な行動に陥りやすくなる。

 仕事における非倫理的な行いを防ぐには、セルフケアに注意を向けることが必要とされる。自分の仕事量をペース配分し、自分の生活を、休養、自己成長、専門的な継続教育、個人の精神的プラクティスで調和させること。そういったプラクティショナー自身のセルフケアは、クライアントとの時間を心待ちにすることができるようになるために、大きな効果がある。

 

辞書からは得られない表現と単語の解説

therapist
辞書の定義は「治療専門家、(とくに薬や手術に頼らず障害者の社会復帰を助ける)療法士」。アメリカで普通に「therapist」と言った場合には公的資格のあるpsychotherapist(心理療法家、心理療法士)を指す。
日本では「セラピスト」「カウンセラー」にはそういう含みはなく、とくに専門教育や資格がなくても名乗れる肩書きになっているので、一応注意が必要。

caregiver  
直訳は「面倒を見る人、擁護者、介護者」。ここではhelping professionと同義で、「援助専門家」と訳した。心理療法士や聖職者など、単なる専門知識と技術だけでなく、他者への深い関心と献身が必要とされる仕事に携わる人という意味合い。

care, caring  
直訳は「世話、面倒見」だが、ここでは療法士や援助専門家の仕事を指す。

vulnerable  
ここでは普通の「○○○に対して弱い、無防備である」という意味で使われている。

practice  
直訳は「習慣、練習、実習」だが、精神的な文脈で使われる場合には「毎日、継続的に行われる(精神的)修養、修練、習慣」という意味。「My spiritual practice」と言えば「自分が毎日、継続的・習慣的に行っている精神的修練」(例えばメディテーション、ヨガ、お祈り、いろいろな宗教系の修行など)。「tantric practice」と言えば「タントラ系の修行」。

practiceには「仕事」という意味もあり、「medical practice」は医師としての仕事、時に医師の仕事場を指す。「ヒーラーとして仕事をしている」は「I have a healing practice」という。練習・修行・仕事という意味が一つの単語に込められているのはなかなか感慨深い。

practitioner(プラクティショナー)はしたがって、本来、「修練を積みつつ仕事に携わる治療家」である。いずれにしろ「習慣」と訳してしまうとこのような本来の意味が抜け落ちてしまうので、カタカナ書きで残した。

 

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May 11, 2018

天才ロルファー/ヒーラー、ドン・ヴァン・ヴリートの思い出

(2008年1月の『ヒーラー&アルケミスト』に書いた記事から抜粋、多少加筆)

                ☆

(前段)

 先号の記事でこう書いた。

 「ハンズオンのセッション後、居合わせた学生の1人といっしょにチェックしたが、あごから頬の輪郭ががすっきりと整い、目が大きくなっていて、おまけに一重だったのが二重に。

 状況を何も知らないもう1人の学生にも見てもらったが、目の大きさや形が明らかに変わり、顔の輪郭がすっきりとしたなどの変化が確認された。顔全体、まるでフェイスリフトでもしたみたいで、はっきりいって美人になっている。

 あごのかみ合わせを変え、頭蓋の形自体を調整したから、顔のバランスに変化が出るだろうということはわかっていたが、顔のリフトアップと目のサイズアップは想定外だった(笑)」

 あの後に本人からメールがあって、けっこう重要な点を書き落としたのに気づいた。

 「リフトアップ、目が大きく開いたこと、後頭部の形の変化(絶壁だったのが上がりました)。もう本当に驚きです。すごすぎます...」

 見た感じのリフトアップなら、リンパ・マッサージなどでも起きる。顔のむくみがとれれば、とりあえず肌に張りが出て目元もすっきりして見える。しかしそれは長持ちしない。 

 上記のハンズオン(ボディワーク+ヒーリング)の場合は、後頭部の形自体が目に見えるレベルで変わり、それで顔の筋肉と肌が全体的にぴんとはられてリフトアップし、目も形自体が大きく開く結果になった。

 もう一件、頭蓋をバランスさせる作業をした別のクライアントからもフィードバックがあった。

 「ボディワークは、なんと言っても顔のバランスがとれたということ。効果はセッション後すぐに現れましたが、翌日の顔と言ったら...いままでみたことがない顔でした。....ヒーリング、ボディワークともに、直後の変化もありますが、時間が経過してからの持続力を実感しています。」

 ボディワークは作業自体も楽しいが、こういう結果が安定して出てくるようになると、さらに面白くなってくる。

(本題)

 私が最初にボディワークを学んだのは、当時ニューヨークで仕事をしていたドン・ヴァン・ヴリートというヒーラー/ボディワーカーからだった。

 ロルフィング研究所で講師を務めたこともある彼は、ロルフィング界でもニューヨークのヒーリング界でも「天才」の呼び声が高く、ニューヨークのヒーラー間では、「治らないクライアントはあそこに送れ」とまで言われていた。

 広告も一切出さず口コミだけで、待ちリストは2年を超えた。彼のセッションを受けるためだけに、全米各地から飛行機でクライアントが通って来た「奇跡を起こす男」。

 同時にやはり、本を書くことなどとは無関係の人でもあった。彼の生物学ベース、細胞ベースのヒーリングとボディワーク理論は、超革新的というか、革新的過ぎて本などに収まらないとうか。

 コンティニュアムにも造形が深く、エミリー・コンラッドと共同で教えていたこともあり、コンラッド自身、細胞レベルでの体の理解などについて、ヴァン・ヴリートから大きな影響を受けたと語っている。

 私はニューヨークに住んでいた頃は、隔週ペースでヴァン・ヴリートからセッションを受けていた。

 二十歳の時にカリフォルニアで自転車に乗っていて車にはねられ、頭の形が少し歪んでいた。ヴァン・ヴリートに会う以前にも100回くらいロルフィングを受けていたが、歪んだ頭の形に変化はなかった。

 それがヴァン・ヴリートとの1回目のセッションで、いとも簡単に完全に修正されてしまった。セッションの後で鏡を見てびっくりというその経験は、実は私自身のものでもあり、「こんなボディワークを学びたい!」と思った原点でもある。

 ヴァン・ヴィリートからボディワークを学んで、ロルフィング研究所の正規のトレーニングに通うことも考えたが、「いや、僕の教えることをやっていけばいいよ」と軽く断言され、その考えはお蔵入りになった。

 ヴァン・ヴリートはセッション中も、ボディワークをしながら細胞の微小管が光の通り道である話とか、ミトコンドリアのこととか、超早口でしゃべり続ける。

 ある日そんなおしゃべりの中で「ダスカロスがヒーリングをするところをビデオで見たけど、彼がやっているのと僕がやっているのは、同じことだな」と語り出した。

 「ダスカロスは自分のやっていることを、第何レベルの大天使がどうとか、そういった形而上的な言葉で記述するし、僕は細胞や生物学の言葉で記述する。でも、やっていること、起きていることは同じなんだよ」。

 他の人間がこんなことを言ったら、「いっちゃってる危ない人」くらいにしか思わないが、普段から自分を飾ったり売り込むことにまったく興味のない「天才・生物学おたく」ヴァン・ヴリートの言葉は、実に事実然としていた。

 この、ある意味ものすごく神秘的でもある言葉は、今でも肉体との取り組みの際に、私の中で「で、それは結局どういうことになんだろう」と問われ続ける問いになっている。

 肉体ベースのハンズオンヒーリングの奥は深く、限りなくエキサイティングだ。それはアルケミーの教えの通り、人間の肉体が文字通り「一つの宇宙」であり、体と向かい合うことは、もっとも直接的な形で宇宙と向かい合うことだからだと、私は思う。

 

 


Originally published in 2008. Refreshed in May 2018.

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August 19, 2016

南フランス集中研修 参加者の感想と写真(1)

 6月に行った南フランス集中研修の参加者の感想の一部です。

 ヨーロッパでの集中研修はだいたい3年に1度のペースで予定しています。基本的には統合ヒーリング科とフラワーエッセンス療法科の学生・卒業生のための研修ですが、School of Healing Arts and Sciencesで長く学んできた履歴のある人の参加もあります。

 ヨーロッパでの研修は、アルケミーの道程に深く惹かれる多くの人にとって、自分自身の魂の記憶と向かい合う機会になります。




              (1)

 ルルド、すがすがしい場所でした!!
 水と空気が本当に魂のごちそうになりました。

ルルドの町

[ルルドの町を守るように取り囲む丘から、聖域を見たところ]


             ☆ ☆ ☆


              (2)

 フランス研修、大変お世話になりました。ありがとうございました。

 私は帰国後1週間ほどは、体調を崩していましたが 、その後、南西フランスでいただいた滋養の効果か、ずいぶんと元気に過ごしています 。

 はじめて行った場所でしたが、オクシタニアの自然や街並みなどどれをとっても、私が焦がれていた風景でした。

 ルルドに集う方々や受け入れる方々の様子は、とても尊いものとして心に残りました 。

 自分一人では、フランスの中でも南西部に行くことを選択肢に入れることもなかったと思いますし、実際に行く力もなかったと思います。

 先生とみなさんの力に乗せていただいて行くことができたのだろうな、と思います。

 盛り沢山すぎて未だ記憶の整理が追いつきませんが、漏らすことなく経験を刻み込んで、今後に役立てていきたいです。

カタリ派の城塞

[城塞の案内役をお願いしたのは、歴史学者で、オクスフォード大学のローズ奨学生たちにカタリ派の歴史を教えているジェイムズ・マクドナルド氏]


             ☆ ☆ ☆


              (4)

 改めまして、フランス研修では大変お世話になりました。

 毎回リトリートや集中研修に参加させてもらって思うことですが、家族や仕事のコミュニティから一人離れ、外に出ることの大切さを今回は特に実感している感じです。

 特に、今回はルルドやカタリ派の城を巡るということが関係しているのかいないのか、 準備段階から、ずっと「内的な光」や「巡礼」について思いめぐらすことが多かったように思います。

 実際に、ルルドで土地の存在のチャネリングをした経験は、宗教としてのキリスト教や聖母の存在は、自分にとって大きな光の存在の「象徴」でしかなかったのだと、 気づかせてくれました。

 お陰で(?)あんなに欲しかったロザリオ熱も冷め、オクシタニアの十字架を手に入れたことで、何だか妙に落ち着いてしまいました(笑)

ルルドの薔薇  今回、過去生の記憶について考えることが多かったように思います。 肝心な記憶については未だにはっきりとした形で思い出せていませんが、過去を思い出すということ自体を、勘違いしていたのかも知れません。 ドラマや映画のようなファンタジーというか、 そんな劇的なものを想像していました。

 でも、実際に縁を感じている様々な場所に赴き感じたことは、劇的なビジュアルではなくて、内的に感じた確かにその場所にいたことがあるという確信でした。

 そこには怒りや、恨みや悲しみの感情は不思議と感じられず、 (もっとおどろおどろしい感情が出てくるのかと思いこんでいた) その土地に感じている懐かしさと再びその土地に戻ることが出来た嬉しさをしみじみと感じていたのでした。

 自分では過去の人生を思い出すことは 「今の人生でのプラスになる、プラスにしたい」と願っているにも関わらず、実際の日常では過去での体験が、今の人生の中で足かせになっているのではないかと感じることが多く、思いだすこと自体、躊躇していたのかも知れません。

 クラスで、先輩が「今だったら、信仰のために死んだりできない」(そんな感じのことを) というような話をしていた時に、自分だったらどうだろうと思って聞いていました。 その時に多分、自分なら、信じていることを曲げてまで生きていたくないと思っただろうなと感じていました。

 でも、その土地に足を運んでみて感じたことは、想像と全く違っていました。 過去生の自分は、迫害されて辛い人生を送って仕方なく死んでいったと 思いこんでいたのですが、 今回フランス研修を終えて思うのは、その時の自分は、信仰を貫き生きることがとても幸せだったんだと。 その生き方をとても誇りに思っていたように思うのです。 だから、その時の生き方への憧れを今も手放せないでいるんじゃないかと。

奇跡のメダイ教会

 プロバンスの修道院に着いたころにはもう、この頃の自分と同じようには生きていくことはできないんだと感じて少しさびしい気もしましたが・・・。

 何にせよ、 オクシタニアにはまた行かなくちゃ。

 ありがとうございました。


             ☆ ☆ ☆


カタリ派の城塞


             ☆ ☆ ☆

              (5)

 [研修の後に先輩たちと足を伸ばした]ゴルドの村とセナンク修道院はとってもとっても美しかったです! ロクシタン ゴルド村店がありましたが、そこの店先にオクシタニアの十字架が飾ってあり、感激!・・・したのに、ぼんやりして写真撮るの忘れてしまいました。

 またオクシタニアには絶対戻って何日間か過ごすぞー!と心に誓いました。

セナンク修道院


             ☆ ☆ ☆

 





研修に参加したインターンのブログ記事
 http://ameblo.jp/sageandspirit/entry-12177255607.html
 http://ameblo.jp/sageandspirit/entry-12180237638.html

このブログ内の関連記事
カタリ派の村と城 乗馬トレッキング/南フランス

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November 30, 2015

信頼できるヒーラー、プラクティショナーの探し方、選び方



 

 2015年4月から10月にかけてメールマガジン『エネルギーの海 スピリット通信』Vol. 45 - Vol 52に掲載した記事をまとめ、加筆修正したものです。




 

 

実用ガイド

 

「ヒーラー、エネルギー療法家、プラクティショナーの探し方、選び方」

 

・自分が求めるヒーラーやプラクティショナーを見つける
・時間と費用を実りのある形で使う
・不要なトラブルを賢く避けて通る

 

   2002年に「ヒーラー、セラピスト、ボディワーカー、フラワーエッセンス・プラクティショナーの選び方」をニュースレターに執筆し、2006年にブログに移して公開していた(現在取り下ろし)。
 

 

 これは「ヒーリングやボディワーク、各種のホリスティック療法のプラクティショナーについて、自分が依頼者(クライアント)だったらこう選ぶ」というテーマで、「業界の内部事情に詳しく、経験豊富な消費者」の視点から書いたものだった。

 核になる基本的な考え方や重要なポイントは12年前と変わっていないが、ヒーリング界の現状や、インターネット(とくにSNS)の普及など、情報探しの実用面で変化した部分はいろいろあり、全面的に情報を更新し、大幅に書き直すことにした。

 また用語についても日本の現状に合わせ整理することにした。

 たとえば、心理療法(サイコセラピー)が普及しているアメリカでは、会話の中で「セラピスト」と言えば普通に心理療法士をさすが(そうでない場合は「マッサージセラピスト」「フィジカルセラピスト」と具体的に言う)、日本で「セラピスト」と言えば、おもにアロマやリフレの施術者を指すといった点だ。

 以下の文中で「プラクティショナー」と言った場合には、ボディワーカー、フラワーエッセンス療法プラクティショナー、アロマセラピストなど、「ホリスティック療法分野の専門家として施術やセッションを行う人」を一括して含む。

 

 プラクティショナーとは、「専門家、療法家レベルの長期教育や訓練を受けて仕事をしている人」と定義しておく。

 ヒーリングや各種療法の選択ということでは、アメリカでは多くの補完療法が通常医療の一環として組み込まれるようになっており、ヒーラーやプラクティショナーとして仕事をする人間の数も日本に比べてはるかに多く、分野に多様性と厚みがある。そのため選択や選り好みの範囲も広い。

 日本では長期教育を経たヒーラー/エネルギー療法家や、療法家のレベルで仕事をするフラワーエッセンス療法プラクティショナーの数はまだ少ない。その他のホリスティック分野の療法家についても同様だ。

 したがって自分に最適なヒーラーやプラクティショナーを見つけるには、手間だけでなく時間がかかることもある。

 それでも、よいヒーラーやプラクティショナーを探し当てるためのポイントを知り、それについて考えてみることは、「今、自分にとって必要な手助けを与えてくれるヒーラーやプラクティショナー」「長期的に、自分にとって実りの大きい関係を結べるヒーラー、プラクティショナー」を見つけるために大切だ。

 同時に、ヒーリングやホリスティック療法について知識を持ち、いろいろと調べ、自分自身のためによく考えて選ぶことのできる「賢い消費者」が増えることで、ヒーリングやホリスティック療法の分野を、より信頼性のあるものに育てていくことができる。

 この分野に興味のある人たちが、依頼者(クライアント)として広い視野を持ち、賢くなってくれること。

 それが草の根レベルから、ヒーリングやフラワーエッセンス療法、その他のホリスティック療法分野を信頼性のあるものに育て、社会に普及していくための何よりの助けになる。

 なお、ヒーラーやプラクティショナーとして「実践する側」からの考え方については、Webクラスのヒーリング・トラック「ヒーラーのための近代補完・代替療法 概論」の内容も参考にして欲しい。



最初に考えてみること

 

「どうしてヒーリングを受けるのか」

 

 ヒーリングの効果や意味については、ヒーラーのロザリン・ブリエールやバーバラ・ブレナン、また看護師向けのヒーリング手法であるセラピューティック・タッチの創設者ドロレス・クリーガーの本に、多く参考になる内容がある。

 短くまとめられたリストとしては、アメリカの心理学博士マリヨ・プレオが「人々がエネルギー・ヒーリングを求める一般的な理由」として以下の項目を挙げている。

 

医療面での理由

 

・通常の医学的治療を受けており、追加のサポートとして

 

・慢性症状があり、通常の医学的治療では一定以上に症状が改善しないため(自己免疫性の病気、アレルギー、神経の症状、ホルモンのアンバランス、消化器の問題、慢性の炎症など)
・生殖器系の問題(不妊など)
・抗がん治療中のサポートおよび治療後の回復のサポートとして
・腰痛、首の痛み
・顎関節症、肩、ひじや膝、股関節、手首など関節の痛みや悩み
・骨折、ねんざ、脱臼などの怪我
・臓器移植後のサポート
・手術前後のサポート

 

心理面での理由

 

・深いレベルで自分の話に耳を傾けてもらえることが、病気と向かい合っていく上での支えになる
・感情の癒しのサポートが欲しい
・自分で止められない否定的な思考パターンを変えたい
・仕事や生活、健康面でのストレスがある
・不眠に悩んでいる
・心理療法を受けており、追加のサポートとして

 

精神性面での理由

 

・人生の目的や使命についてより広い視野を得るために

 

(一部略)

 

 

 なお上記の内容は人間の依頼者の視点からだが、ヒーリングを受けるのは人間に限らない。私自身、これまでに犬や猫のヒーリングを多く引き受けてきたし、アメリカ人の同僚で馬のヒーリングの専門家もいる。

 

ステップ1 やること

 

 

 ブリエールやブレナンのように優れたヒーラーの書いた本や、上のリストを参考にしながら、「なぜ自分はヒーリングを受けたいのか」について考えてみよう。

 

 自分が求めているのは肉体面でのヒーリングか、心や感情面でのヒーリングか。

 具体的に気になっている悩みや問題、症状があるか。

 はっきり優先するニーズや、受け取りたいと思うことがあるか。

 こういったことをざっとリストしてみよう。

 最初はとにかく思いつく限り書き出してみて、それからそれを眺めて、整理していくとよい。

 重要な項目はどれか。それほど優先ではない項目はどれか。

 ヒーリング以外にはどんなモダリティ(専門分野)が助けになりそうか。

 こうしてまとめたリストは、ヒーラーやプラクティショナーに最初の相談をする時にも役立つ。

 からだの面で具体的に何とかしたいことがあれば、必要なのは肉体への働きかけが得意なヒーラー/エネルギー療法家だ。だから最初の問い合わせでそれについて訊いてみる。

 ケースによってはヒーリングより、ロルフィングのような深いボディワークの方が早く効果が出るかもしれない。

 一般的な形で心や感情面でのサポートを求めているなら、選択の範囲は広い。

 自然や植物が好きな人には、フラワーエッセンス療法も優れたオプションだ。ヒーリングと併用もできる。

 関係性エネルギー・ヒーリングのように、人間関係とそれにまつわる自己の心理的成長のサポートに専門化したヒーリングの分野もある。

 

 もちろんヒーラーはエネルギーを通して働きかけるので、肉体面に重心を置いてヒーリングをしても、感情面、精神性面にも影響は及んでいく。

 

 あるいは感情や人間関係を中心にヒーリングを受けていたら、気になっていたからだの悩みがいつのまにか軽減していたというようなこともある。

 最初の入り口がからだの悩みであっても、ヒーリングのセッションを続けていくうちに、取り組みの焦点が内面深くに向かっていくこともままある。

 あるいは当初の理由だったからだの問題が解決されて、それで終わりという場合もあるし、それはそれでいい。

 「とくにこれといった悩みや問題はないけど、ヒーリングというものが気になって……」という人もいる。そんな場合、求めているのは精神的な成長や、人生の次のステップに踏み込むためのサポートかもしれない。

 「自分自身ヒーリングの勉強をしたくて、まずそれがどんなものなのかを経験したい」というのも、まっとうな理由だ。

 重要なことは、ヒーラーを探し始める前に、自分のゴールやニーズについて考え、それをある程度、整理しておく。それによって最初の問い合わせの際にも、焦点を絞って必要な質問をすることができる。



<重要な注意点>
 深刻な心的外傷(トラウマ)や明らかなPTSDがある場合は、何よりもまず正式資格のある心理療法士、それもトラウマやPTSDの専門家の助けを求める。その上で、ヒーリングやフラワーエッセンス療法を追加のサポートとして考える。

 


参考

・ロザリン・ブリエール『光の輪
 英語で読める人は原書で 『Wheels of Light

・バーバラ・ブレナン『光の手(上)』『光の手(下)』 
 英語で読める人は原書で 『Hands of Light

・バーバラ・ブレナン『癒しの光(上)』『癒しの光(下)

・ドロレス・クリーガー『セラピューティック・タッチ
 英語で読める人は原書で 『Therapeutic Touch






情報集めのツール

 実際の情報集めに入る前に、そのためのツールについてみておこう。



インターネット

 

 ヒーラーを探すには精神世界系の雑誌と口コミくらいしかなかった昔と比べ、今はインターネットの検索でかなりの情報を掘り起こすことができる。

 

 ただしインターネットは便利だが欠点もあり、決して万能ではない。


利点
・時間のある時にどこからでも情報探しができる
・キーワードを使って素早くピンポイントで探しものができる
・他の媒体では見ない種類の情報がいろいろ見つかる


注意点
・インターネット上に上げられていないものは探せない
・他の媒体に比べて無責任な情報や不正確な情報の割合が多い(情報のソースをチェックし、裏をとることが欠かせない)

 

 重要なのは、インターネットはあくまで実際の物事についての情報や手がかりを集めるためのツールであると忘れないこと。

 クラスでもよく言うが「地図は地図であって、実際の地形ではない」。

 インターネットは2Dの「地図」に過ぎず、「実際の地形」ははるかに多様で込み入っていて、何より3Dの立体だ。インターネットは現実の限られた部分をなぞって映しているに過ぎない。

 

検索作業

 

 必要な情報を探すのには検索エンジンを使うわけだが、検索結果の表示順位は検索サービスによって操作されていることは知っておく。

 検索の大手はGoogle、Yahoo、Bingの3つだが、興味のある人は、特定の検索ワードをこの3つで検索して結果を比べてみるといい。

 Googleはとくに利用者の個人情報や閲覧歴を大量に保管し、それに合わせて情報を並び替えて表示する。またGoogleの広告やブログを利用している会社や個人のサイトやブログは検索上位に表示される。

 Yahooのカテゴリ検索(ディレクトリ)は、そもそもYahooによって登録されているサイトしか表示されないので、データの幅が非常に狭い。

 いずれどの検索サービスを使っても、検索エンジン対策(SEO)をしていないサイト(ホームページ)は上位に表示されにくい。

 つまり、自分が探している腕のよいヒーラーやプラクティショナーについての情報が、たくさんあるスパム・サイトの下に埋もれて見つからないこともあり得る。

 なので、検索結果の表示順には捕われないこと。上位に表示されるサイトは実際に情報量の多いものであることもあれば、単に更新頻度が高いとか、SEOに予算や手間をかけているだけのこともある。

 時には探している情報が見つかるまで、検索ワードの組み合わせを工夫しながら、何ページでも結果を繰っていくことが必要かもしれない。

 

 あるいはこの手順を試してみよう。

 

 自分が探しているものを明確に心に思い描く。

 それから「そこにたどり着くにはどんなキーワードを使えばいいのか」と自分自身に問いかけ、心を静めて耳を傾ける。

 これはガイダンス・プロセスのマイクロ・バージョンだが、練習を続けていると、検索エンジンを使って情報を探すといった特定作業の際にも、「自分の欲しいものを探し当てるには、こういう検索ワードを使えばいい」といった直感が働くようになってくる。

 

 

 

精度の高い情報を集めるには

 

 インターネットを使って確かな情報を集めるためには、以下の習慣が欠かせない。

 

      • 一つのソースに頼らず、複数のソースから情報を集める

 

      • 見つけた情報を鵜呑みにせず、裏をとる

 

      • Twitterなど細切れの情報は、そのソースにあたって全体を見る

 

      • 初めて目にする資格や肩書きは、それが何を意味するのかを調べる

 

      • 普段から自分が興味のある分野について知識を広げ、蓄えておく

 

    • ヒーリングに関することであっても、常識的判断を手放さずに

 

 その上で、自分に最適なヒーラーやプラクティショナーを見つけるためには、ネットの情報やメールのやりとりだけに頼らず、最終判断は実際に会ってからするのがよい。

 対面のトライアル(お試し)セッションがあるならそれを受けてもいいし、クラスや茶話会があるならそれに出向いてもいい。Skypeの事前面談を提供しているヒーラーもいる。

 仮に自分が希望しているのが遠隔のセッションであっても、自己の癒しや成長のための長期のサポートを求めているなら、このステップは省かない方がいい。

 少なくとも1度は対面セッションをしてからでないと、遠隔セッションの依頼を受け付けないヒーラーもいる。これは良心的なやり方だ。

 実際に顔を合わせることがベストだが、どうしても可能でない場合にはSkypeが次善の方法になる。

 ヒーリングの実践経験が長く、遠くから相手のオーラフィールドをチェックする技量がすでに身についているのでもない限り、ネット上の文章やメールのやりとりだけで、相手の「存在感」を正確につかむのはなかなか難しい。

存在感=「オーラフィールドの質、パワー、大きさ」+「グラウンディングの度合い(からだを通して大地に根付いているか)」



オンラインのイメージと実物を照合することで、第六感を育てる

 サイトやメールからのイメージと、実際に顔を合わせた際の存在感は、見事に一致する時もあるし、「え?」と思うほど食い違うこともある。

 

 サイトの文章が、ヒーラー自身の考えや経験から自分自身の言葉で書かれている場合には、サイトからの印象と本人の人となりはそれなりに一致する。

 他方、他人の言葉を丸写しにしたり、他のサイトの内容をコピペしたり、受けたセミナーの宣伝文句をそのまま載せているような場合には、本人の人となりはつかみにくい。

 

 ギャップはネガティブなものだけではない。「メールや電話のやりとりでは愛想のない人だと思ったけど、会ってみたら実直で頼りになりそう」といった、ポジティブなギャップが経験されることもある。

 会う前の印象と会ってみての手応えが大きく違った場合には、どうしてそう感じたのかをふり返ってみる。今すぐ「答え」を出さなくてもいいから、自分自身の反応に意識的に気づいて、内的にメモをとる。

 ギャップ感の理由は、相手に起因する外的なものかもしれないし、自分自身の内的な理由かもしれない。

 どちらの場合でも、自分の感じたことに注意を払い、それを意識にとめるようにすることで、

 

(1)明らかに現実とは違うイメージがネット上に提示されている場合に、それに気づける「直感」「第六感」が育つ

(2)自己の無意識のニーズ、期待や不安に気づき、それを「顔の見えない相手」にどう投影するかに気づくことで、自分自身の内面に光が当てられる

 

 こういった経験を重ねていけば、自分自身の内面が整理され、明晰になっていき、それにつれて、求めるものを見つける能力が育っていく。

 つまりインターネットをツールとして使いつつ、それに頼り切りにならず、オンラインのイメージと三次元の立体的な現実をつきあわせる。この意識的な照合作業を習慣にすることで、自分自身の第六感を実用的に伸ばしていくことができる。

 この習慣は、ガイダンス(目に見えない世界とのコミュニケーション)プロセスを学んでいく際にも役立つし、自己の癒しの道のりを歩いていくための重要な助けにもなる。

 

 

 

信頼できる人からの口コミと顔の見えるネットワーク

 

 インターネットは便利だけれども限界がある。実際の世界はインターネットよりはるかに広く、豊かで複雑だ。実際に存在していても、ネット上に上げられていないものは見つけることはできない。

 そしてネットに上げられないものの中に、結構肝心な情報がある。

 私の同僚で言えば、経験の長い古参のヒーラーやプラクティショナーほど自分のサイトやホームページを持っていない。もちろんブログやSNSもやっていない。腕がよく、実績があり、紹介や口コミだけでクライアントが集まるので、必要がないのだ。

 私がニューヨークに住んでいた頃、月に2回は欠かさずセッションを受けにいっていた天才的ロルファー兼ヒーラーがいた。ニューヨーク周辺のヒーラーたちの間ではよく知られ、待合室で他のヒーラーや、大手ヒーリングスクールの幹部と出くわすこともあった。

 ヒーラーやボディワーカーの間で「治らないクライアントは彼のところへ送れ」とまで言われていたその腕前に、依頼者もアメリカ中から飛行機に乗ってやって来ていた。

 最初に出会ったのは、彼がコンティニュアムの創始者エミリー・コンラッドと共同で教えたボディワークの集中研修だった。だから私にとっては
「ボディワークとエネルギーヒーリングが統合された時には、どんなことが可能なのか」に開眼させてくれた人で、彼から学んだ思想と技術は、今も私が行うヒーリングの土台の一部になっている。

 このロルファー兼ヒーラーは、ネット上に何の足跡もない。検索などかけても手がかりゼロ。紙媒体の広告も出していない。ただ口コミと、他のヒーラーやボディワーカーからの紹介だけで、長い時には2年先まで予約がいっぱいになっていた。

 こういう「ネット・プレゼンス(ネット上の存在)ゼロ」のヒーラーを見つけるには、ヒーリング界の口コミに通じている人間や、内輪の情報がやり取りされるネットワークにつながっていることが必要だ。

 そしてまたこういうヒーラーを見つけることに限らず、信頼できる人からの口コミと、興味を同じくする知人同士のネットワークは、よいヒーラーやプラクティショナーを探すための最良のツールだ。それはインターネット上の「顔の見えない口コミ」よりもずっと優れている。



専門家からの紹介

 もしすでに信頼する専門家、ヒーラーやプラクティショナーの知り合いがいて、その人から他のヒーラーやプラクティショナーを紹介してもらえれば、それが一番よい。

 信頼できる人からの紹介はやはり頼りになる。

 私はアメリカに住んでいた間、からだのメンテナンスとして定期のロルフィングを欠かさず、計260回ほど受けている。だから引っ越しの際には、行く先で新しいロルファーを確保することがとても重要だった。

 最初のフル・シリーズを受けたのはワシントンDCだったが、縁はおもしろいもので、それから10年以上経ってフロリダに引っ越した時、なんとその最初のロルファーと再会。

 この人はアイーダ・ロルフから直伝で訓練を受けた、まさに古株の熟練ロルファーだった。セッションルームの本棚に並んでいたロザリン・ブリエールの本をきっかけに、ロルフィングやヒーリング界についての話もいろいろするようになった。

 それから何年かしてハワイに引っ越すことにした際には、ロルフィング・インスティテュートのリストからハワイのロルファーの項を印刷し、その中から推薦できる人を彼女に選んでもらった。

 何しろ古参なので、アイーダ・ロルフが現役だった時期に訓練を受けたロルファーや、そのすぐ後の世代についてよく知っている。おかげで引っ越してすぐに、文句なく腕のよいロルファーを見つけることができた。

 よいプラクティショナーは、よいネットワークをもっている。そして腕のよいプラクティショナーが推す同僚は、やはり腕がよいものだ。



ヒーラーやプラクティショナーのネットワーク

 

 しっかりとした形で仕事をしているヒーラーには、ヒーリング分野の先輩、同僚や、他の療法分野の専門家とつながるネットワークがある。

 「依頼者のために少しでもよい仕事をしたい」と望むヒーラーは、継続的な自己教育と合わせて、自己のケアを怠らない。

 エネルギーを用いて仕事をするヒーラーにとって大切なセルフケアは、精神面・感情面でのサポートと、からだのメンテナンスだ。よいヒーリングをするためには、自分のからだとエネルギーをベスト・コンディションに保つ努力が欠かせない。

 

 感情面でのサポートは、プライベートでの充実した生活や人間関係から。

 精神面での支えは、同僚同士のサポート・グループや、仕事上について相談できるスーパーヴァイザーから。

 からだ面でのセルフケアは、食生活や運動などの自己管理が基本になるが、それに加えて、ボディワーク(ロルフィング、各種のマッサージやリフレ)や、必要に応じていろいろな療法やヒーリングを受ける。

 他の人からセッションを受けること、とりわけ自分が行うのと異なる形のからだへのアプローチを経験することは、エネルギーの幅を広げ、より多くのエネルギーをグラウンディングさせる力を身につけるのにも役立つ。

 専門家としての自覚をもって仕事をしているヒーラーやプラクティショナーは、つねに自分の専門分野や、広く補完・代替医療の分野について学び、情報を集めている。

 こうして自分の知識と経験を通し集めた情報は、自分自身のために使えるだけでなく、自分のクライアントを助けるための優れたデータベースになる。

 とくに実際に顔を合わせて話し、互いの仕事の内容や人となりについて知る同僚、専門家同士のつながりは、安心してクライアントを紹介したり、追加の療法が必要な際に自分のクライアントを送るための重要なネットワークだ。

 

 

 

 

  ヒーリングであれ、それ以外の療法であれ、分野が違っても仕事の姿勢やレベルが似ている人たちは、自然にネットワーク(つながり)を形成する。

 ヒーリングやフラワーレメディを手軽な「スピリチュアル」ビジネスとしか考えていない人たちは、やはり似た者同士でつながって、自分の視点を補強するようなグループを作る。

 他方、ヒーリングを一般社会に受け入れられるような健全な形で確立したいと願う人たちがいる。こういった人たちの一部は、現在の日本で、単純に「ヒーリング」という名称で自分の仕事を定義することの難点に気づき、より意味のあるネットワークを作ることに目を向けつつある。

 実際、日本の現状では「ヒーラー」を名乗る人たちのやっていることがピンからキリまであり過ぎて、ヒーリングを真剣に学び実践していきたい人たちは、むしろ他の分野でよい仕事をしている専門家や療法家とネットワークを形成した方がよいと思うことも増えた。

 だからヒーリングを仕事にしたい人にとってのネットワーキングのポイントは、「同業」かではなくて、「自分と似た志(こころざし)、姿勢をもっているか」だ。

 よい仕事をする人は、他のよい仕事をする人を認める。良心的に取り組む人は、他の良心的な取り組みをする人を認める。

 良心的でよい仕事をするヒーラーや療法家(プラクティショナー)同士のネットワークが築かれていくのは、ヒーリングや療法分野にとってよいことだし、必要なことだ。

 それによって通常医療との協力関係も築きやすくなる。

 そしてもう一つ、こういうネットワークが大切な理由がある。

 よいヒーラーは、必要に応じて自分の依頼者(クライアント)を他のヒーラーや療法家、医療の専門家に送ることをためらわない。それは「依頼者にとって何がベストか」を第一に考えることが、癒しに携わる者の倫理だからだ。

 セッションの依頼があっても、何らかの理由で、その依頼者にとって自分が最適のヒーラーでない場合がある。

 例えば、ヒーラーが忙がし過ぎて、クライアントに必要な頻度でセッションできない場合や、自分が専門でない分野の知識や技術が必要とされる場合。

 ヒーリングより、他の療法が効果的と思われる場合もある。

 例えばからだの歪みやねじれなど構造的な問題について相談された場合、肉体に働きかけて構造レベルで変化を起こす技量があるヒーラーなら対応できる。しかしそういう技量がない場合には、ヒーリングよりまずロルフィングのような構造系のボディワークに行ってもらった方が、早く結果が出る。

 ヒーリングにはヒーリングでしかできない「多くのこと」があるが、ヒーリングだけで「すべてのこと」ができるわけではない。

 フラワーレメディにはフラワーレメディの、アロマセラピーにはアロマセラピーの、薬草療法には薬草療法の優れたところ、得意とするところがある。ロルフィングのようなボディワークや漢方、鍼灸についてもそうだ。

 そして通常医療についても。

 ヒーリングを求める人にとっては、それらを組み合わせて最適なサポートを受けられることがもっともいい。

 しかしその手助けができるためには、ヒーラーは病気や薬についての基礎的な知識、ホリスティック医療や補完・代替療法の分野について広く知っていることが必要だし、必要に応じて通常医療の診察や他の療法を受けてもらうようクライアントに伝える判断力と良識も必要だ。

 そして自分のクライアントを紹介できる、信頼のおける同僚ヒーラー/エネルギー療法家、他分野のプラクティショナー、医療の専門家などのネットワークをもっていればさらによい。

 こういうネットワークは、ヒーリングや補完医療の分野で仕事をしていく中で築かれていくものだ。それはいわゆる「コネ」ではないし、「コネ」的なものであるべきでもない。

 自分自身のヒーラー、プラクティショナーとしての仕事のやり方や姿勢を通して、共振的に同じような姿勢をもっている人たちとの間で生まれるのが、理想のネットワークだ。

 あるヒーラーがこういうネットワークにつながっているかどうかは、以下の点を見てみると判断しやすい。

(1)必要に応じて推薦できる同僚ヒーラーや療法家のリストをもっている。
(2)本人も、他のヒーラーやプラクティショナーから推薦を受けている(同僚から信頼されている)。



顔の見える情報

 ネットの口コミも参考にはなるが、面識のない(名前も知らない)相手からの情報は、ソースとしての信頼度について判断するという追加のステップが入る。

 それに対して知人、友人、同僚など面識のある相手なら、情報ソースとしての信頼度はあらかじめ判断できる。

 そして自分が興味のある分野のヒーラーや療法家からセッションを受けたことのある人から話を聞ければ、とても参考になる。

 ヒーリングや補完療法について勉強をしている人なら、クラスやワークショップでの情報交換も積極的にするといい。

 これらは顔の見える口コミで、匿名の口コミよりずっと頼りになる。

 そして情報はできるだけたくさん集めて、複数の角度から判断する習慣を身につけよう。これはヒーリングや補完療法に限らず、とくにネットでの情報集めには欠かすことができない。

 できるだけたくさんの人やソースから集めることで、情報はより客観的でバランスのとれたものになる。

 また人それぞれの視点には、個人の経験や副次的な利益のフィルターがかかっている。極端なほめちぎりや貶しを目にしたら、さらに情報を集めて全体像を捉えるべきだ。ほめ方や貶し方が極端で感情的であるほど、追加の情報が必要だ。

 どれほど献身的なヒーラーであっても、すべての依頼者を相手の望む通りに満足させることはできない。場合によってはプロとして責任のある行動をとったために(できないことは「できない」と言うなど)、依頼者から疎まれるようなこともある。

 しかし情報を集めて全体を見渡せば、よいヒーラーの評判はやはりよいものだ。

 そして全体的な評判と、ヒーラーのウェブサイトやブログ、SNSの内容の間には整合性(しっくりくる感じ)がある。 



自分のエネルギーフィールドに蓄えられる「プラスα」

 自分に必要な情報に運よく突き当たるためのコツのようなものがあるか。一見すぐ目につくところにない貴重な情報への扉を開いてもらうためには、どうしたらいいのか。

 そのような「コツ」は確かにある。

 真剣に自分自身の癒しや成長を願い、そのための手助けをしてくれる人や教えてくれる人との出会いを求める気持ち。

 普段の生活の中で、いつも他の人や生命のことを思いやり、できる限りの手助けをする慈愛ある態度。

 エネルギーであれ物質であれ、自分自身が恵まれているものを、他の人や生命に分け与えることを惜しまない気前のよさ。

 多くの人にとって役立つ目的のために、自分自身のエネルギーを費やすのを惜しまない態度。

 こういったものは、その人のエネルギーフィールドの中に「プラスα」として蓄積される。

 こういう態度や姿勢が日々の生活の中で維持され、「プラスα」の蓄積があるレベルを超えると、傍目には「運がいい」としか見えないような形で、自分に必要な情報やきっかけ、縁に恵まれるようになる。

 エネルギーフィールドに保持されている真摯な態度や熱意、献身、慈愛などの質は、見る目のある人には即座に察知される。

 精神的な道のりを長く歩いていると、出会ったばかりの人からわけもわからず親切にされたり、見つけたばかりの先生や修行の先達からおもむろに大切なことについての手引きを与えられ、あるいは扉を開けてもらえることがある。それはこの質を察知しているのだ。

 そしてその蓄積は、表面的な繕いや一時的な態度の変化で作り出すことはできない。

 その意味では、自己の癒しを求め、そのための手助けを求めることは、すでに精神的な道のりの始めだということができる。そしてよいヒーラーは、そのための援助者になれる。

 


 

 

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October 30, 2015

ヒーリンングは仕事にできるか 現状、お金、将来性...

ヒーラーという仕事


 私は日本向けの活動の他に、アメリカ複数地域のヒーリング・コミュニティとつながりがあり、最近ではヨーロッパにも足を伸ばしたりして、さまざまな場所で、仕事としてのヒーリングの現況について耳にする立場にある。

 同時に仕事の一環として、ハンズオンヒーリングの普及、そして人間の肉体と魂の両面に関わるヒーリングの伝統の普及を助けるために、ヒーラーの教育・訓練を行っている。

 そういった中で出てくる切実な質問 ------少数の突出した才能の人は別にして、「普通の人間」がヒーリングを仕事としてやっていくことはできるのか。また、どうしたらやっていけるのか。あるいはやっていくための土台を自分自身のために、またヒーリング界全体のために、築いていけるのか。

 アメリカでも日本でもヨーロッパでも、ヒーリングを学ぶ人たちの間で口にされる、この切実な問いをテーマに書いておきたい。


ハンズオンヒーリング

アメリカでの受け入れの現状


 現在の西欧化された社会の中で、ヒーリングには、日の当たる正当な職業になれる土台があるのか。

 これについて手応えを得るには、近代ハンズオンヒーリングが生まれ、現在も補完・代替医療の普及の中心的現場であるアメリカでの現状について見るのがいいと思う。

 私が政府機関の立場の目安として使うのは、米国国立代替医学センター(CAM)の見解とポリシーだ。

 CAMは通常の科学的・西洋医学的方法論を中心に、さまざまな代替療法に対しても、実験とリサーチによる実証を求める立場をとる。

  同時に、今でも西洋医学界の主要な部分を占める「証明されていないからインチキだ」的な教条主義に陥らず、効果や作用機序の証明されていない療法についても、「推定中」の療法としてリストし、報告されている効果や、作用機序についての仮説を挙げ、さまざまな実験リサーチを支援し、常識的・実用的視点から見解をまとめていくだけの良識がある。

 いわば、アメリカにおける一般医学と代替医学の境目を象徴している機関と言える。

CAMのリサーチプロトコルや意見を読みたい人は、以下のサイトで(英語)
  National Center for Complementary and Alternative Medicine(CAM)

 CAMでは、代替療法の中の「エネルギー医学」を、以下のタイプに分類している。

(1)治療作用の機序と効果が、従来の物理的方法で測定・確認できるもの。
   これには音波や電磁波、可視光線、磁場、レーザー光線などを用いた治療法が含まれる。

(2)治療作用の機序と効果が、従来の物理的方法でまだ確認されていないもの(「推定中の療法」)

 これには、人間の肉体を包むエネルギーフィールド(バイオフィールド)を想定して治療を行う技術、中国気功やセラピューティックタッチ、ハンズオンヒーリングなどが含まれる。

 また、漢方や鍼灸、ホメオパシー、祈りによる癒しまでこのカテゴリに入れられている。

 つまり、現在の物理科学や西洋医学の視点から証明できないものは、とりあえず一緒くただ。

 漢方までが「作用機序の説明されていない療法」に入れられるのは「ちょっと待て」という感じだ。

 数百年の歴史しかない近代西洋医学に比べ、漢方はその何倍もの長さの歴史と実績を持つ伝統医学なのだから。この辺の視点は、西洋医学の奢りと言われても仕方ない。

 だが言い換えれば、このように西洋医学の視点にこだわる政府の担当者が、セラピューティックタッチや他のハンズオンヒーリングを現存の「推定中」の治療法として認め、実験による証明や実用の可能性について触れ、作用機序についての仮説を紹介する必要性を感じるところまで、時代は来ている。

 「全体としてエネルギー医学は、CAMでももっとも議論の的となるアプローチである。......しかしエネルギー医学はアメリカの市場で人気を得つつあり、大学などの医療センターでのリサーチの対象ともなっている。」(CAMのサイトから)

 こういった政府系機関の歩みと並行して、アメリカでは相当数の大学医学部や大病院が、ヒーラーを交えた臨床リサーチを行っている。

 リサーチには、痛みをやわらげたり傷の治りを早くするといったシンプルなものから、自閉症など、現代西洋医学で対応できない問題の治療までがとりあげられている。

 (例 ジョンズ・ホプキンス大学医学部付属の研究機関で、子供の難病治療で知られるケネディ・クリーガー・インスティテュートにて、ロザリン・ブリエールが参加して行われたリサーチ「子供の自閉症と脳の外傷に対するエネルギー・ヒーリングの効果」

 教条的な懐疑論者による反対を(リサーチの内容だけでなく、学内や院内の政治的圧力も含め)克服していかなければならないため、進展はスローだが、10年、20年前に比べれば状況は進んでいる。

 「市場で人気を得ている」のは一定の効果があるからで、また「人間のからだを全体として見る」アプローチを含め、通常の医療からは得られないものをエネルギー医学が提供するからだ。

 この先、リサーチに用いられる測定機器の進歩と比例して、ハンズオンヒーリングの科学的裏付け作業も進んでいくだろう。

 この点、アメリカの看護学界は実用性をモットーとし、大学教育も現場も、臨床に効果のあるものはどんどん取り入れるという立場をとっている。

 そこから、セラピューティックタッチを看護科の正規の履修科目としている大学もあり、ロザリン・ブリエールやバーバラ・ブレナンの専門プログラムは、カリフォルニア州の看護師の継続教育単位として認められている。

 アメリカはこういった面ではやはり先を行く。

 日本の医療のあり方は、基本的にアメリカで起きていることを後追いしていくので、やがてアメリカ側で、ヒーラーが看護師や物理療法士などと同様、医師と協力して仕事をするのが当たり前になれば、日本でもそういう流れになっていくだろう。

 こういった流れに関しては疑いはない。質問は「そうなるかどうか」ではなくて、「そうなるまでに、あとどれくらい時間がかかるか」だ。


ヒーラーにとっての現状

過渡期の困難と必要な努力


 時代と医療の流れがそういう方向に向かって動いていることに疑いはない。

 しかし、それは現在、まだ実現されていることではない。今はハンズオンヒーリングが、共同医療の一分野となる、そのゴールに向かっての過渡期に当たる。

 その中で、ヒーリングに携わっていきたいと望む人は、以下の2つについて考えなければならない。

 このような時期に、

(1)自分がヒーラーとしてやっていくためには何が必要か。

(2)ヒーリングが社会的に認められ、やがては共同医療の当たり前の一部となっていくための土台を築くのに、自分はどう貢献できるか。

 つまり、自分自身の人生と、ヒーリング分野にとっての長期的なゴールの両方について考えることが求められる。

 私は教える仕事に時間をとり始める前は、フルタイムの(週40-50セッション行う)ヒーラーとして仕事をしてきたし、ヒーラーとしてフルタイムで仕事をしている友人知人も多くいる。

 95年にアメリカの大手ヒーリングスクールを卒業した頃、「卒業生は半年以内にフルタイムになれる」と聞かされていた。実際、半年経つ頃にはそれまでやっていた仕事をすっぱり辞めてヒーリングに専念できるようになっていた。

 だが現在では同じヒーリングスクールで「卒業生の中でヒーリングをフルタイムの仕事にできるのは数十人に1人程度」という話も聞く(医療関係者やマッサージ療法士などとしてすでに仕事をしている人が、ヒーリングを仕事に組み合わせる場合を除いた数字)。それもまた現状の一部だ。

 このスクールは私がいた頃から色々な変化があり、原因として考えられることは幾つかある。(「拡大期に教育の質よりも学生数を増やすことに力を入れ過ぎた」「心理プロセスに重点を置きすぎて、実用的な臨床教育に力を入れなかった」などは、原因の一部だと思う。)

 それはともかく、それなりの技術があるヒーラーでも、食べていくのがやっと、あるいはパートタイム程度の仕事しかないというようなケースがあることも、現実の一部として否定しない。

 現状、技術や教育のあるヒーラーがヒーリングを専門の仕事としていくことが必ずしも容易ではないのは、なぜだろう。

 一つには、ヒーラーの教育や技術レベルについて一定の基準が確立されていない。そのため「ヒーリング」を手軽なスピリチュアルビジネスの1つとしか考えていない人々や、ヒーラーを自称する怪しい人々によって、質のよいヒーラーの存在が隠され、見つけられにくくなっている、あるいはヒーリングそのもののイメージが怪しいものにされている現状がある。

 また、専門的な形で仕事をするヒーラーにはどんなことが可能なのか、期待できるのかといった情報が、社会にまだあまり普及していないこともある。

 そのため日本では、「ヒーリング」というのは、「なんとなく気持ちよくなる(いわゆる「癒される」)こと」程度にしか思っていない人は多い。(「温泉に入って癒される」というのと同じレベル)

 他方で「ヒーリングさえ受ければ人生のすべての問題が解決される」といった、新興宗教まがいの売り文句を掲げる自称ヒーラーに騙される人も出てくる。

 これは、まじめに仕事をしているヒーラー自身が、クライアントや一般の人々に対する啓蒙に関わっていく必要があることを示している。

 「いずれ誰かすごい人が世間を説得してくれる」的な構えではなく、自分というヒーラーが、自らの人となりと技術をもって、まわりの人々に影響を与えていくことが必要とされている。

 そのためには、分野外の専門家にも理解される形でヒーリングについて語れるよう、また結果を通して説得できるよう、勉強を続け、腕を磨いていくことが必要だ。

 それはきわめて草の根的努力だが、同時に水瓶座時代のパラダイムに沿うものでもある。

 魚座時代のパラダイムが末期に向かうにつれ、少数の大物が一つの分野をリードしていく時代は、必然的に終わる。しかし今はまだ、水瓶座の光となる「自立した個人と理性的判断に基づくネットワーク」が、安定した形で敷かれていない。

 これもまた、二つの時代がオーバーラップする過渡期の難しさだ。


現実的な質問

「ヒーリングは職業として成り立つのか」


 ではハンズオンヒーリングは「職業」として成り立つのか?

 単純に仕事として成り立つかどうかは、受ける側がお金を払う(お金という形のエネルギーの代価を、ヒーラーのエネルギーや時間と交換する)にあたいすると感じるなら、成り立つのだし、そうでなければ成り立たない。

 水瓶座時代の影の一つとして、雑多な情報があふれる情報洪水の中に、価値のある情報が埋められてしまって見つけにくくなるという現象がある。

 これはヒーラー探しについても同じで、インターネットでもさまざまなレベル、種類のヒーラーが混在し、探す側の視点が広範に散らされる。ネットのホームページや宣伝文だけを見る一般の人には、腕のよい、人となりの優れたヒーラーとそうでない人間の見分けは、必ずしもすぐにはつかない。

 しかし、一度セッションを受けて「確かに対価を払う価値がある」と感じたなら、その人は定期のクライアントになるか、ヒーリングを必要とする他の人たちへの橋渡しになってくれる。

 宝石は、つかんだ人に目があればその価値はちゃんと分かる。

 社会の経済状況がどうあれ、腕のよいヒーラー、結果を出せるヒーラー、人間性でクライアントから求められるヒーラー。あと腕はそこそこでも、自信満々で仕事がプロらしく、クライアントに安心感を与えるヒーラーなどは、フルタイムで成り立っている。

 これに対して、自分の道に自信や確信のないヒーラー、そしてそれゆえに自分のすべてをヒーラーとしての仕事に投げ入れない人は、ヒーリングをフルタイムの仕事にはまずできない。

 仕事は始めてみたものの固定クライアントがつかない人は、いったん依頼者(クライアント)の視点に立って、「自分というヒーラーと時間を過ごすことから、相手は何を得られるのか」について、正直に見直してみる。

 そして腕を磨き、よい仕事のできるヒーラーに自分を育てながら、自分の仕事の価値を正しく評価してくれる依頼者に出会う機会を増やすにはどうしたらいいかを考える。

 このためには、やはりネットの情報洪水を乗り越えて行かなければならないので、時間と手間はかかるし、ネットメディアを賢明に効率よく使いこなすための勉強や工夫もいる。

 だがどのような場合でも、ヒーラーとしての道にコミットして、こつこつとよい仕事をしていけば、クライアントの層を築いていくことが必ずできる。今この時代において、ヒーリングはまぎれもなく必要とされており、ニーズ自体はそこにあるのだから。

 このために私がコミットしているのは、数は少なくてもいいから、技術的にも人間的にも信頼のおけるヒーラーを社会に送り出すことだ。

 週末セミナーで細切れの知識やテクニックを教え、大量の自称ヒーラーを生産することは、長期的にはヒーリングが社会に受け入れられていくためには役立たない。

 ヒーリングスクールの価値は、そこから輩出するヒーラーの質によってのみはかられる。重要なのはそこから社会に出て行くヒーラーの質であって、数でもなければスクールの知名度でもない。

 現によい仕事をして、一人一人の依頼者を、経験を通してヒーリングを信頼してくれる支持者に変えていくヒーラーたちこそが、今この時期におけるヒーリング普及の礎だから。


お金をとるか、とらないか


 これは時々耳にする議論だが、私の視点はこうだ。

  生活のためにお金を稼がなくてよい経済的ゆとりがあって(例えば家や配偶者が資産家とか)、必要な自己教育に費やす資金もある人には、お金を取らずにヒーリングに携わるというオプションもある。

 そして、才能あるヒーラーがそういう環境に恵まれ、慈善的な形で仕事をすることを選ぶなら、それはすばらしいことだと思う。

 しかし、それはあくまで自分自身の選択として内に秘めるべきであり、自分がお金をとらないからといって、お金を受けとって仕事をするヒーラーを見下したり、自分より人間的・精神的に劣ると考えることはできない。

 事実、お金をとるかとらないかは、ヒーラーの腕や人間性を見分ける尺度ではない。

 お金をとって、その上で本当にプロフェッショナルな仕事をする人の方が、お金をとらず、代わりにプロの職業倫理にも従わないような形でヒーリングをする人より、はるかに健全だ。

 仮に金銭の授受はなくても、プレゼントを受けとったり、自分を「精神的に素晴らしい人」だと思ってもらうことで満足を得たりしているなら、それはエネルギーのレベルでは「無償」ではないことにも気づくべきだ。

  お金をとってヒーリングを仕事にするということは、プロとしての職業倫理を受け入れ、守ることを意味する。ヒーラーとしての倫理規範には、通常の医療関係者や心理療法士が守るのと同じレベルの倫理と、それよりさらに精妙なエネルギー・レベルでのクライアントの心身に対する配慮が含まれる。

 お金をとらずにヒーリングをする人の中には、お金をとらないことを、こういった倫理規範を無視してもよい言い訳にする人もいる。「私は善意でやってるのだから....」と。

 お金をとろうがとるまいが、他の人にセッションをするにあたって、援助専門家の倫理(精神的・感情的・肉体的に依頼者の福利を守るためのルール)について考え、それを守ろうと尽力することをしない人間は、やはり信頼にあたいしない。

 他方ヒーラーが、医者や看護師や心理療法士、その他医療に携わる人間が守るのと同等の職業倫理を守り、自己教育に励み、ベストを尽くして依頼者と向かい合うなら、もちろん仕事(自分がつぎ込む時間とエネルギー)に対する正当な代価として、お金を受けとることができる。

 「ヒーラーの仕事は精神的だから、お金をとることはふさわしくない」と考える人がいたら、それは的はずれだ。牧師だって坊さんだって、働いて収入を得ている(支払いの形式は「寄付」や「お布施」という建前ではあっても)。

 「ヒーラーはお金をとってはならない」と決めつける人は、自分自身の中でお金のテーマが影になっている。自分が健全な形でお金を受けとる方法を知らないために、他の人がそうするのに反感を覚えるのだと言ってもいい。

 大部分のヒーラーにとっては、自分や家族の生活を支えるために、またヒーラーとしての自己教育を続けていくためにも、収入をもたらす仕事は必要だ。人間としてのヒーラーの時間やエネルギー配分について、依頼者の立場から考えてみるとよい。

 似たようなレベルのヒーラーがいたとしよう。

 一人は9時から5時まで生活のための仕事をして、夜や週末の空いた時間、残ったエネルギーでセッションをする。これはかなり大変なことで、ヒーラー自身、自分の健康管理や感情のニーズを満たすための十分な時間はとれないし、家庭のある人なら家族にもしわよせがいく。

  もう一人は、ヒーリングをメインの仕事とし、時間とエネルギーをフルにつぎ込んで依頼者と向かい合う。こなせるセッション数も多いので経験も豊富だし、ヒーラー自身、自分の健康管理や感情のニーズを満たしたり、自己教育にかけるためのゆとりがあり、それがセッションの質にも反映される。

 自分のヒーラーには、どちらであって欲しいだろうか。


個人的な旅路

ヒーラーのよろこびとチャレンジ


 最初にニューヨークのバーバラ・アン・ブレナンのヒーリングスクール(Barbara Brennan School of  Healing、BBSH)に足を踏み入れた時、私は自分がヒーラーになるなどとは思ってもいなかった。

 ただ、その本に書かれてあることが本当なのか、それとも手の込んだ詐欺なのかを確かめたかったのだ(本当に(笑))。

 BBSH に入るまではヒーリングの世界とは縁もなく、人間として狭い肉体の中に入っているのも、ごちゃごちゃとした集団の中にいるのも嫌い(私のクラスは124名の入学生からはじめて88名が卒業。この100名前後の大人数が1つの大部屋でクラスを受けるので、それはごちゃごちゃの人混みだっ た)。

 当たり前のように1年時の成績はなんとか進級に足る程度で、ほめられたものではなかった。

 だが2年になって、アストラル界での作業に触れた時、目に見えない世界が自分にとってきわめてよく活動できる領域だと気がついた。自分には明らかにこういった世界と関わっていく才能があり、また楽しいのだということがわかった。(アストラル界はいわゆるシャーマンたちが活動する領域)

  さらに3年になって、エネルギーレベルでの再形成といったテクニカルな作業や、第5レベルのガイドとの共同作業などが入ってくるにいたって、自分の道はこれだという確信が生まれた。

 目に見えない世界と関わり、それを物質世界につなげていく作業は、とにかく楽しかった。

 いったん内的確信が目覚めてからは、自分はプロのヒーラーとしてやっていくのだと信じて疑わなかったし、実際、卒業から半年のうちにフルタイムどころか、数か月先まで依頼者の待ちリストが一杯になっていた。

  仕事をしながら、自分の内的変化に応じて依頼者の数や種類が変わっていくことも何度も経験した。

 待ちリストを消化するため毎日8セッションから9セッション、週5日、6日というようなペースで働いて、疲れて燃え尽き気味になり、やる気が落ちてくると、新規の依頼者の数も減り始める。

 特定の病気に興味を持つと、その病気の依頼者が続けてやってくる。

 こうして何年もフルタイムで仕事をした後、教える仕事に集中するため、いったん個人セッションを閉じた。

 だが1年ほどセッションをせずにいた間、ヒーラーとしての自分の感覚が鈍ってくるのを感じ、そしてそれが教える仕事にも反映されるのに気づいて、セッションを再開した。

 今も1日が48時間あっても足りないぐらいやりたいことがあって忙しいのだが、それでもセッションは続けていかなければならないと思っている。

  依頼者と向かい合うことなしにはヒーラーは成長しない。依頼者をとらなくなったヒーラーは、教師や指導者としての成長はあっても、ヒーラーとしての成長は頭打ちになる。これは自分の手応えだけでなく、まわりの実例を見ていて感じることだ。

 そしてまた、依頼者の体に手を置く機会があるたびに感じるのは、ハンズオンヒーリングという形で人々や動物の手助けができるのは、自分にとって純粋なよろこびであるということ。

 ヒーリングの最中は、すべてのことを忘れて、ただ依頼者の体と魂、そこに住む神と向かい合い、そしてそれが肉体を通して、生きることのよろこびを味わい、また自らの最大限の可能性を発揮するのを助ける経験と一つになれる。

 それが麻痺した神経を活性化させることであれ、目詰まった感情エネルギーを流れさせることであれ、クライアントのオーラにひっかかったアストラル生命体をひっばり出してその「家」に送り返すことであれ、純粋にその経験が楽しいのだ。

 この純粋なよろこびの経験がない時、ヒーラーとしての仕事はどこかで行き詰まるだろう。

 ヒーリングの作業を通し、自分の中の神を感じ、それと向かい合う神が相手の中に息づいていることを経験すること。1度でもその経験をしたなら、ヒーラーは本当の意味で、外的な仕事としてだけでなく、内面からヒーラーになる。

 今この時代、ヒーラーの仕事には2つの面がある。

 一つは、肉体を持った人間として地上に生き、その中でベストを尽くす物質世界の「仕事」として。

 もう一つは、人の内に神を見、それを通して人が癒えることを可能にする、本当の意味での神聖な業(わざ)として。

 この両方は矛盾するものでも、相反するものでもなく、一つの人間のうちに同時に存在するべきものだ。それをバランスさせて保つことが、この時代においてヒーラーとして生きることを選ぶもののチャンレンジなのだ。

(『ヒーラー&アルケミスト』  2006年4月号に掲載した記事に情報を更新し再加筆)


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August 08, 2015

人生の折り返し地点

 リトリートで学生たちと話やディスカッションをしながらいろいろ考えたことがあるので、幾つかメモしておこうと思う。

 ディスカッションで繰り返し戻っていったテーマの一つに「折り返し地点」というのがあった。自分の人生の折り返し点という意味だ。

 もちろん人によってその時期は大幅に違う。人生の比較的早期にそこに達する人もあれば、人生を終わる間際に気づくこともある。だが、意識的な形で生きようとするすべての人に、「自分はここまで人生を歩いてきた。残りの人生をどう生きるべきなのか」と、真剣に考え始める時期が来る。

 私は、折り返しを迎える理想の時期は、自分の人生の実時間のやはり折り返し(半ば)当たりだろうと思っている。で、日本の女性ならとりあえず平均寿命の90歳までは生きるとして、40から45歳前後が、自分のこれまでの生き方とこれからの生き方について、意識的に、真剣に考えてみるのに適した時期ということになる。

 寿命の短い時代には、この時期が訪れるのも早かった。人生50年なら、折り返し地点は25歳だ。実際、そういった時代に生きていた人々は、感情的にも今とは比べようもなく早く成熟し、人生についての覚悟を決めていた。

 十代のはじめに元服した若者たちは、その日から自分は(戦役なども含め)大人として、責任をもって生きなければならないということを受け入れていた。

 リンカーンは「人は40歳になったら自分の顔に責任を持たねばならない」と言った。それは、40になる頃には、その人の生き様が顔に出るという意味だ。

 遺伝的に整った顔立ちを与えられていても、荒んだ生き方をすれば老化も早く、それ以上に品性の有無が顔立ちに出る。もらった顔の骨格が完璧なものでなくとも、自分に忠実に正直に、充実して生きている人の顔立ちは、生気にあふれて美しい。

 親にもらった遺伝的な顔立ちを超えて、自分らしさ、自分の魂の形が顔や普段の表情にも表れるような生き方をしてきたか。それとも自分の親と同じような表情を作り、同じような仕草をし、同じような言葉を使ってきたか。

 ロザリン・ブリエール師は、「母親と同じ生き方をすると、中年を過ぎて腰の形まで同じになる」と言った。母親と同じ生き方をしてきた女性は、母親と同じ体形になる。遺伝と条件付けが、魂に勝ってしまうのだ。放っておけば、同じような老い方をするだろう。

 遺伝形質を乗り超え、家族の条件付けを乗り超えることが、魂にとってのチャレンジであり、魂の進化の表現だ。

 40代というのはまた、個人的な生き方から社会の中での生き方に役割の中心がシフトしていく(べき)時期でもある。

 子供のいない女性なら、自分の生き方についてすでに幾つかの選択がなされ、ある程度先の道筋が視野に入っているだろう。子供のある女性なら、子育てが一段落して、人生をまた自分のために焦点させ始めることが可能になる時期だ。

 先にも書いたが、それぞれの魂にとって「折り返し」のタイミングは異なる。だが、普段から自分の魂と向き合う生活をしている時、人はそのタイミングを感じることができる。

 仮にそのタイミングの実感がなかったとしても、平均的なタイミングに当たる40半ば当たりで人生をふり返り、自分の歩む道にコミットし直し、この先さらによりよい生き方、充実した生き方をするにはどうしたらよいかを考えてみるのは賢明なことだ。

 自分はこれまでの生き方に正直に満足しているか。どれだけのことを成し遂げてきたか。これから先、残りの時間を使って、どんなことを実現し、成し遂げたいか。そのために必要なのはどんな変化や準備か。

 この人生の残りの時間で、どうしてもやっておきたいことは何か(それをなさずに向こう側に帰ったとしたら、とことん後悔するのはどんなことか)。 現実的に、この人生の残りの時間で可能でないことは何か。次の人生に預けるために、この人生ではいったん手放し、次の人生のための足場を作っておくべきことは何か。

 チャクラの機能で言えば40代は、第1チャクラから第3チャクラまでの物質世界での機能と、第4チャクラの人間関係能力という土台作りを一通り終えて、「社会に対して自分は何を与え、貢献したいのか」という第5チャクラの社会的役割を担い始める時期。

 そしてさらに、「この人生で終わりではない、人は生き続ける」という第6チャクラの「魂の視点」を視野に含め、それを実際に人生の中に統合し始めていく時期である。

 40代の折り返し地点から先は、20代、30代には抽象的に考えていたこういった概念が、実感をもって捕らえられ、生きられるようになる時期なのだ。

(『ヒーラー&アルケミスト』2009年5月配信号)

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December 18, 2014

ヒーリング界の潮目 訪れる変化と必要とされるもの

 家(うち)にはプロのヒーラーが二人いる。ヒーラーとして仕事をしてきた経験も、ヒーリングを教える現場での経験もお互い長い。

 アメリカの広告式の言い方をすれば「二人合わせて45年の経験」みたいな(笑)

 仕事中はそれぞれの仕事スペースにこもっているが、顔を合わせている間は(食事の間なども)だいたいずっと何かしら話し合っている。

 多いトピックはやはりヒーリングのことだ。具体的な技術についての話や方法論、体系論などについてのこともあり、ヒーリング界の動向やこの先の展望といったことも話題に上がる。

 もちろん、うちのパートナーの持ち場は広く欧米圏で、私の選んだ持ち場は日本なので、現状分析や見通しなどについては多少、視点の差異もあるが、大局的な展望は一致している。

 2014年はヒーリング界でも大きな世代交代が起きた年だ。そして人々と社会の移り変わるニーズに合わせ、ヒーリングに求められるものも変化しつつあることがはっきりした年だ。

 80年代、90年代に型を作られたニューエイジ的なヒーリングのやり方が、すでに時代遅れであるのは言うまでもない。

 「年をとり肉体面でチャレンジのあるクライアントと働く機会が増え、そのために医療と補完的に働けるヒーラーの需要が高まっている。そこではパーソナルプロセスを行わせるための知識よりも、エネルギーをバランスさせるヒーリングの根本的な技術の方がより重要だ。新しくヒーラーになろうとする人は、効果の高い、効率のよい肉体のヒーリング技術を学び、身に付けることがいっそう重要になっていると認識するべきだ」(ディーン・ラムスデン

 アメリカではベビーブーマー世代が老齢期に入り、それが重要な社会の潮目になるというのは、ダニオン・ブリンクリーやロザリン・ブリエール師も語っている。

 私の考えでも肉体のヒーリングの重要性は増していく。(それがエネルギーの技術と解剖生理学の知識を結びつけるためのクラスを教え続けている理由だ)

 ただそうなっていく理由はアメリカと日本で幾分異なるし、また「ヒーリング」がすでに一つの分野として築かれ、ある程度の社会的立場を確立しているアメリカと、「ヒーリング」という名称自体が明確な枠組みを得損ね、現状、単なる「リラクセーション」と同義で用いられている日本では、克服しなければならないチャレンジにも違いがある。

 日本はある意味、「バーバラ・ブレナン以前のアメリカ」と同じような地点に立っていると言えるかもしれない。

 ブレナンは「ヒーラーに転じたNASA出身の気象物理学者」として社会の表舞台に上がり、華々しく注目を集め、「専門の職業学校としてのヒーリングスクール」を創始し、ヒーリングというものの認知度を欧米で一気に高めた。ブレナンの活動がもっとも急成長を遂げた90年代に私はそれを間近で見ていた。

 だが解決策は、日本版バーバラ・ブレナンを作り出すことではない。日本でなされなければならないのは、突出したカリスマによってではなく、多数の自立した、そして献身的にヒーリングの道を歩む個々人の連携と努力によってチャレンジを克服することだ。

 それが自立した個々人によって構成される「意識的なグループ」を通し、草の根レベルから行われていくことが重要なのだ。

 むやみに「新しい何か」を探すことからは答えは得られない。流行(はやり)ものはいずれ廃れる。これはヒーリングの分野であっても例外はないというのは、この世界を長く見てきた人なら誰でも知っている。

 本当に必要なのは、近代ヒーリングを生み出した流れの本流にまで回帰し、そこから生きた水を汲み直すことだ。

 ヒーリング本来の目的は二つ。肉体面では免疫を含めた自己回復能力を高めて、依頼者(クライアント)の肉体が病気や怪我からより速やかに、完全に回復するよう助けること。心の面では依頼者自身が内的な癒しと成長を経験し、より意識的な生き方を身につけ、人生の意味を見つけるのを助けること。

 ヒーラーの役割は依頼者のために、この二つの領域の一方または両方で、「エネルギー」を介して手助けをすることだ。

 ヒーラー修行の道を歩む人は、ヒーリングの本質的な役割を再認識し、同時に自分を取り囲む社会の現状を分析して、自分の仕事の枠組みを作り出さなければならない。そしてそのために必要な技術と能力を身に付けていかなければならない。

 ヒーリングを教える側は、ヒーラーとなろうとする人間に、出来合いの型をパッケージとして手渡すのではなく、自らの手で生きた流れから水を汲むことを教えることができなければならない。そのためにはもちろん、教え手自身が水のありか、汲み方について経験を通し熟知していることが必要だ。

 ヒーリングには、人間の体と心の癒しのために、他のどんな方法でも可能でない多くのことが可能であり、その意味ではその必要性、重要性は失われることはない。

 そしてヒーラーが自ら生きた水を汲むことを知っていれば、社会や人の変化に合わせ、ヒーリングの本質そのものは失うことなく、自らを変えていけるのだ。

 このことを理解して、ヒーリングという分野が長期的に健全な形で成長し、欧米に追いつくような形で社会に受け入れられていくために。それによってできるだけ多くの生命にヒーリングを届けることができるようにするために、必要なのはどういうことか、自分には何ができるか、どうするべきかを考えて行動できるヒーラーたちが、今、切に求められている。

 2015年もまた、さまざまな領域で大きく激しい変化の年になるだろうが、生命のために奉仕するヒーリングという技(わざ)を自らの大切な道として、献身と勇気をもって歩む人たちには、間違いなく実りの多い年となるはずだ。

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July 08, 2014

エミリー・コンラッドとヴァレリー・ハントの訃報

 4月にムーヴメント教育家のエミリー・コンラッドが亡くなったことは、その日のうちに知った。だがその2か月前にヴァレリー・ハント博士も亡くなっていたことは、ロザリン・ブリエール師から聞かされるまで知らなかった。

 コンラッドは享年79歳、ハントは97歳。いずれも亡くなる間際まで研究と教育活動の一線で現役だった。

 ロザリン・ブリエールの『光の輪』やバーバラ・ブレナンの『光の手』を読んだ人は覚えていると思うが、1970年代にハントがブリエールとともにアイーダ・ロルフやコンラッドを交えてUCLAで行った研究は、まさに近代ヒーリングの方向性を指し示す礎になり、それ以降の研究者やヒーリング界の流れに大きな影響を与えた。

 ヴァレリー・ハントとエミリー・コンラッド、ロザリン・ブリエールの3人はプライベートでも親しく、互いに影響し合い、またチャレンジに満ちた近代ヒーリングの先駆者としての道を歩む中で支え合った。

 この5月にブリエール師と落ち合った時、私の顔を見るや否や師はまっ先にこう語り出した「......年上の2人が自分より先にいくだろうことはわかっていたけれど、ほとんど同時に彼女たちを失うことになるとは思っていなかった......」。


 「時代が過ぎゆく」ということを日々、肌に感じることが増えているのだけれど、ヒーリング界でも変化が続いている。その多くは水面下でだが、実際に川に足を踏み入れている者には、まぎれもなくその流れを感じることができる。


エネルギーの海 スピリット通信』2014年7月1日号(vol. 39)

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May 08, 2013

ハンズオン・ヒーリング集中研修、卒業の意味(ボルネオ島)

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 最近は時間が流れるのがとにかく早く、思ったことはすぐに書いておかないとそのままになってしまうので、ちょっと走り書きっぽくなるかもしれないが書きとめておく。

 先週のボルネオでの集中研修で、ハンズオン・ヒーリング科から2人の新しい卒業生を出した。

 最近の日本では「卒業」というのは、「辞める」「去る」ということを遠回しに言うために使われているようだが、School of Healing Arts and Sciencesでの「卒業」は意味がまったく違う。

 秘教の伝統に根付くスクール(学びの場)/コミュニティにおける卒業というのは、「新しい場所に昇る」ということだ。

 それは、一方的に学び、受けとり、育まれる「学生」の立場から、育み、与え、教える責任の一端を自分なりのやり方で引き受ける立場へと変化するということでもあり、同時に自分自身が、それまで可能でなかったような大きく、新しく、高い形での学びを開始できるスタート地点に立ったということだ。

 この大きく、新しく、高い形で学び、働き始めることを可能にするのは、スクール/コミュニティに流れ込んでいる伝統の力が、正式の卒業生となった人たちを背後から後押しするようになるからだ。

 この意味で、智恵の伝統につながるスクール/コミュニティでの「卒業」とは、去ることではなくて、むしろコミュニティの中においてより重要な役割を担うようになることを意味する。

 卒業生の一人一人は、コミュニティにとっての礎石であり、後を続く学び手たちにとっての支えとなるものだ。

 そして自分を育て支えてくれたホーム・コミュニティにしっかり根を張り、それを変わらぬ魂の滋養を受けとる井戸とし、同時に堅固な足場として、外の世界、より大きな社会/コミュニティに向かって働きかけていくために、さらに自分を広げ、育てていく。

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        後輩たちががんばって手配したお祝いのケーキ(パンダン風味)

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November 16, 2012

ロザリン・ブリエール師の訪問、世代、夢を通してのコミュニケーション

 かなり長くほったらかしになっていた『ヒーラー&アルケミスト』(有料メールマガジン)の案内ページを整理、更新しました。

 アメリカでヒーリングスクールの学生だった1993年からずっと続けてきた活動で、当時は季刊でニュースレターを印刷し、航空便で送り出していました(おそろしく懐かしい)。

 2003年に月刊のメルマガ形式になってからは、仕事の忙しさに比例して、月ごとの配信量にかなり(…)波ができています。にも関わらず、核になる購読者の人たちは私のペースを理解して気長についてきてくれ、ありがたい限りです。

 他では書けないような踏み込んだ記事や専門的な内容も書くことができるのは、核になる読者層が安定していて、私にとって、1年、2年と時間をまたいでも話しかけることのできる器になっているからです。

 震災の直後から状況分析と放射能対策の記事が多く続いていましたが、それも定期的にアップデートを載せつつ、従来のテーマでの執筆にも戻りたいと思っています。

                  ☆

 有料メルマガの記事は、3年以上前のものはテーマ別の総集編にまとめてeBooks(PDF書籍)として販売予定。

 3年以内のものについては基本的に購読者以外に公開することはありませんが、2012年5月号に書いた以下の記事は、少し特別な2012年の思い出として、抜粋・加筆転載しておきます。





5月のできごと

 5月に重要な出来事があった。

 この日のために、4年あまりかけてじわじわと手はずを整え、ゆっくりゆっくりと話を進めた。

 まず、会話を通してそれとなく日本のよさをアピールし、師匠のバカンス先候補に含めてもらう。

 「日本に行ってみてもいいかな」と感じるようになってもらった所で、会うたびにそっと話に織り込んだり、メールのやり取りの際に触れたりしてフォローする。

 ここに2年ぐらいかけた。(「決断する準備ができてない時に決断を迫られるのが大嫌い!」と公言する師匠には、押しつけがましいアプローチは禁物)

 やがて2年前にやや具体的なプランにこぎ着けたところで、幸いなことに「どうせ日本に行くなら、あなたの教え子たちにも会ってみたい」と言っていただく。

 しかしその年は師匠側の都合で旅行案は中止。昨年はもちろん大震災のごたごたで、来てもらうことはできなかった。

 めげずに、ドイツでの研修で会ったりする度にやんわりしつこくフォローをしつつ、ようやく今年の5月に具体的な日程を入れられるところまでこぎ着ける。

 ここで、メインの滞在と観光は京都だが、合間に東京で学生たちに会う時間を予定に入れてよいと許可をもらう。

 いったん許可をもらったら、おもむろにヒーリング・クリニックを設定(笑)。

 「せっかく学生たちに会うなら、 どうせだから彼女らの仕事ぶりも見ていきませんか」みたいな感じで堀を埋めて(笑)、まったくのプライベートの旅行中に1日がかりの東京訪問を挟み込む許可をもらい、手はずを整えた。

 旦那さんをつれた師匠のプライベートに邪魔が入らないようにするため、公表も避け、クリニック運営の手伝いスタッフにも「お客さんがある」という以外知らせなかった。

 ぎりぎりまで師匠の気が変わることも可能性としてあったので、実際に前日に、早朝の新幹線に乗るよう駅での待ち合わせ時間を伝えて同意を取り付けるまで、私としては予断を許されなかった(笑)。

 とくに師匠は朝起きが苦手なので「そんな早い時間は無理」と言われたら、遅い時間の切符を買い直して渡し、うちのつれ(ディーン・ラムスデン)に同伴してもらって、自分だけ先に東京に向かう代替案とかも用意していた。

 そして当日、無事に東京。

 とりあえず短時間でもクリニックでの学生たちの仕事ぶりを見てもらうことができればいいという構えでいた。(旦那さんが東京見物をしたがっていたので)

 ところがいざ親に連れられた子供たちが到着し始め、方々のベッドでヒーリングが始まるや、ブリエール師はただちにフル稼働モードに。午前・午後と、昼食を挟んで延べ6時間のクリニックに休みもとらずにつきあい、ヒーリングに加わり、学生たちの指導までしていただいた。

 「役に立つことが重要なのよ」という口癖の通り、時間を一時も無駄にすることなく、クライアントからクライアントに移動し、アドバイスを与え、時にはシーツの折畳みさえ手伝う「世界的ヒーラー」の姿は、学生たちにとっても忘れられないものとなったと思う。

 師にとっては、クリニックに参加したヒーラーたちの技術レベルの高さとクライアントへの献身的な気配りに加え、チームの一体感とグループの器の緊密さと安定感に、とてもうたれたようだった。

 私にとっては、「流れを織りつなぐ」という仕事の一端を無事、形にすることができ、また手塩にかけて育ててきたヒーラーたちの仕事ぶりをよしとしていただいて、活動を次の段階に広げる礎石が敷かれた日だった。

 そしてこれもまた人生の1日、先はまだ長い。



コミュニティ、世代

 私は9年かけて神学課程を卒業して、ブリエール師の教会(Healing Light Center Church、HLCC)の牧師になったが、今でも定期的に研修に出かける。もともとヨーロッパが好きなのと、ドイツの研修ではほぼ毎回、式や儀礼が行われるので、今はドイツに行くことが多い。

 講義はもうノートをとることもなく、会場の後ろの方に(犬連れの人がいる時はそのそばに…)座って、お呼びがあったら手伝いに行く。式がある時には教会の聖職者の一人として場を支え、儀礼がある時にはメディスンウーマンとしてのブリエール師の助手を務める。

 だから通い続けるのは、通常の意味で研修を受けるというより、そばにいる間に手伝えることを手伝わせてもらうため。同時に、卒業後もHLCCのコミュニティに残る今は数少ない聖職者の一人として、師の仕事をエネルギー的に支えさせてもらうため。

 師とコミュニティをエネルギー的に支えるためには、指導者としての師が今、どんなところに立って、どんなヴィジョンを見、どのように学生たちを導いているか。コミュニティがどのような状態にあり、そこに通う人たちが教えられることをどのように理解し、消化しているかを、目で見、肌で感じ続ける必要がある。



夢を通してのコミュニケーション

 師のヴィジョンについては、いつもテレパシー的に感じているし、また夢を通して指示を受けとることも多い。

 それが一方的な思い込みでないと言えるのは、あることを言わねばならないと思い、それをTwitterで発言したら、間髪入れず同じことをブリエール師がコミュニティのメーリングリストで言われたり、「今はこれを教える必要がある」とクラスのテーマを選ぶと、同時期にブリエール師も同じテーマでアメリカ側で教えているといったことが、もうずっと続いているからだ。

 それ以外にも、師の身に起きることを夢で告げられて、それが現実になったりしたこともある。

 夢を通してのコミュニケーションについては、5月に学生たちにかけられた言葉の中で、「私はYuiに夢を通して指示を出し、それはちゃんと伝わる。だからあなたたちも、クラスで何か新しく教えて欲しいことがあれば、自分の中でそれをまとめて、それから夢を通して彼女にお願いしなさい」という言葉を通して確認された。

 つまり師と私の間にある夢を通してのコミュニケーションを、学生たちにも実践しろと言われた。

 こういった師弟間や同僚間のテレパシー的やりとりは、例えば一つ前の世代まではハワイの伝統的ヒーラーの間でも当たり前のこととされていたと、以前書いた。こういった能力/習慣は近代化された多くの伝統で失われてしまったが、残っている所には残っていて、そしてなお実際的な形で用いることが可能だということ。

(後略)

(『ヒーラー&アルケミスト』2012年5月配信号から)

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