シンシナティからホノルルへタッチダウンし、とんぼ返りでガラパゴス行き。
自分としても相当尋常でないスケジュールだが、船の予約は1年前から入れてあったので、後から追加でどんどん仕事ができても、物事には優先順位というものがある(笑)。
出発当日、空港へ向かう時間ぎりぎりまでできる仕事を済ませて、えいっと飛び出た。
ガラパゴスの海の豊かさ、ダイナミックさはダイバーたちの間では伝説的で、その経験は文章や写真だけで語り尽くせるものではない。ただその手触りをちょっとでも感じてもらえるようなエピソードを、幾つか書いておこうと思う。
ガラパゴスの海(昼)
ガラパゴスはエクアドルの領内にあり、空港のあるバルトラ島を除いて、諸島全体が国立海洋保護区域になっている。
エクアドル政府が諸島の自然保護にかけている努力は大変なもので、その賢明さと徹底した姿勢には頭が下がる。
自然に与える人間の影響がこれだけ厳しく制限、管理されている場所だからこそ、海も陸の生き物たちも、こんなに親しげな顔を向けてくれるのであることは疑いがない。

泊まり込みのダイブボートで回るガラパゴスでのお目当ては幾つかあったが、アシカはなんと言ってもそのトップに入る。
島の岸壁沿いにダイヴィングをする間、何度もアシカたちが水中バレエを披露に来た。
ダイヴァーを見つけると猛スピードで水中を急降下してきて、すばらしく優雅な曲線を描いて目の前を通り過ぎる。こちらの視線を捕まえたことを確認すると、自由自在に体をひねり、くるくる回転し、八の時を描いて飛び回り、見事な水中サーカスを披露してくれる。
一区切りがつくと、まるで「どう?」と反応を確かめるようにゆっくりこちらの顔をのぞき込みながら、大きな目をくりくりさせて通り過ぎる。
大型の水中カメラを構えた写真家が照明を向けたりしようものなら、大喜びでそのまわりを飛び回り、カメラをのぞき込む。それからダイヴァーには手の届かないような遙かな深みに向かって、すうっと降りていく。
プラザ島の浅瀬では、船の上からアシカの姿が見えたので、スキューバの代わりにシュノーケルで水に入った。
向こう側の岸に大きなオスが、何頭かのメスや子供たちといる。アシカのオスはハーレムを形成して縄張り性が強く、テリトリーを侵すものは、他のオスはもちろん、人間でも容赦しない。
たまに不注意にテリトリーに踏み込んで噛まれる人があって、重さ何百キロの巨大なオスに噛まれたりすれば、運が悪いと何十針も縫うようなはめになる。
岩場のオスの様子を時々うかがいながら辺りを泳いでいると、案の定、好奇心いっぱいのメスたちが人間を見つけてかまいにくる。
水面を追いかけたり追いかけられたりして遊んでいると、突然、膝におかしな痛みを感じた。「??」と思いながら手を伸ばすと、ひげ...? 猫のひげを十倍くらい太く、固くしたようなひげが手に触れる。
振り返ったら、メスのアシカが膝にかぶりついていた。いたずらをする時の子犬のような無邪気な顔で、膝にかじりついたまま、こちらの顔を見ている。
「そういうことをしてはだめよ」という目で見つめ返すと、口をはなす。で、目を離すと、今度は肘にかぷり。相変わらず大きな目をくりくりさせて顔を見る。見つめ返すと、また口をはなす。
これで一応、「肘や膝にはかじりついてはだめ」ということを理解したようで、今度はフィン(足ひれ)をかじりにかかる。
フィンぐらいなら歯形をつけられてもどうということはないので、好きにさせていると、海底にダイバーを見つけて、お茶目アシカは急降下。全然気が付いていないダイバーを上から急襲し、カメラのレンズにかぷり。
このダイバーは後で「アシカの口の中の写真をとったしまった」と言っていた。
アシカたちの好奇心の旺盛なこと、いたずら好きなことは目を見張るばかりで、それは同時にかなり高い知性の働きを示している。
バルトロメ島の近くでガラパゴスペンギンとシュノーケリングする機会もあったが、こちらはとにかく早い。体長30センチの小さな体で、ぴゅんぴゅん水の中を飛び回る。姿を見つけて水に入ると、次の瞬間には7、8メートル先を泳いでいる。
フンボルト海流の流れ込む冷たい海をペンギンを追いかけて夢中で泳いでいると、突然、海イグアナがつつ〜っと横を泳いでいく。
目標を切り替えてこっちを追いかけてみるが、これも結構なスピードだ。ひれがあるわけでもないハ虫類のイグアナが、波に揺られながら水を切って泳いでいく姿はかなり不思議でもあり、なんだか妙に気分がなごむ。
水の中では大急ぎのペンギンも、いったん陸にあがってしまうと実にのんびりしている。岩の上にあがってくつろいでいるところに水際からポルトガル人の写真家が近づき、顔から10センチのところにカメラを近づけたりしても、全然意に介さない。
水際からというのは陸から近づく方法がないためで、近くまでパンガ(大きめのゴムボート)で行って、そこからペンギンのいる岸壁まで泳いでいく。
言うまでもないが、ガラパゴスは肉体派のための行き先であって、楽をして観光して回りたい人には向いていない。体力のない人には、赤道直下の刺すような紫外線だけでもずいぶんつらいだろう。
ダーウィン島の近くでは、予期していなかった幸運にありついた。
乗船中は朝6時起床、6時半には1本目のダイブ開始というスパルタ式スケジュール。その日の午前中の2本は、悪名高いガラパゴスの急流の中を岩にしがみつき、フジツボだらけの岩にぼこぼこ打ち付けられながら匍匐前進しつつハンマーヘッドシャークや他の大物が通りがかるのを待つというもので、さすがに消耗したダイバーの半数が午後の3本目を休むことにした。
気を利かせたダイブマスター兼自然観察員がバードウォッチングを提案。
パンガに乗って島の岸壁の鳥たちを見て回り、ダーウィンズ・アーチと呼ばれる岩礁に向けて進んでいると、突然、大量の小さなクジラのような生き物に囲まれていた。
「Melon-headed whales(カズハゴンドウ)!」ダイヴマスターが興奮した声で叫ぶ。「ガラパゴスでもとても珍しい。最後に見たのは何年も前だ」。
ハンドウイルカよりも小柄なちびクジラたちが200頭くらいの群で、ボートを取り巻いて泳いでいる。群にはマイルカも混じっていて、時々水からジャンプする。
みんなはしばらくパンガの上から写真をとったりしていたが、そのうち「もうこれはたまらん」ということになり、急いで船にシュノーケリングのギアをとりに戻った。
それから先ほどのポイントに向かい、幸いもう1度、群を見つけなおすことができた。
水に入ると、カズハゴンドウたちのおしゃべりが聞こえてくる。イルカのにぎやかなおしゃべりとも、ザトウクジラの音楽的な歌とも違う、ハイピッチで均一な感じの声だ。
群の中でもさらに数頭づつがぴったりよりそい、小さなグループを作って並んで泳いでいる。ハンドウイルカのように口先が突き出ておらず、頭に丸みがあって、小柄なこととも合わせて何ともかわいらしい。
水の上から200頭くらいと見たのだが、遙かに深いところにもたくさんいるようだ。後で調べたら、カズハゴンドウは通常数百頭から時に千頭以上の群で動くらしい。
以前、海好きのスタッフが「ジャック・マイヨールの本に出ている、南洋のタヒチの辺りにいる不思議な生き物」と教えてくれ、「そのうち探しに行くか」などと話していたのだが、まさかガラパゴスで出会えるとは思わなかった。
海は広く、そして限りなく予測がつかない。
ガラパゴスの海・夜
ガラパゴスの海を特徴づけるのは、暖流と寒流が同時に流れ込むことで形成される複雑な海流の流れと、プランクトンの多さから来る透明度の悪さだ。
同じ11月の日でも、ポイントや水深によって水温は22度〜28度と開きがある。
プランクトンの多さはしかし魚の豊富さと、それを食べるサメやマグロなどの大型魚類の多さを意味し、またマンタやジンベイザメのようなプランクトン食性の魚たちをこの海域に集めることにもなっている。
しかし時に見通しが3、4メートルを割るような透明度の悪さと予測のつかない潮の流れは、「ダイバーが流される海」としての評判の元にもなっている。海中で、あるいは浮上後に流されてしまい、船に拾い上げられるまで数時間海を漂う羽目になった人の話なども聞くし、何年か前に日本人ダイヴァーが4人流されて帰ってきていないなどという話もある。
そんなところで真っ暗な夜の海の中に降りていくのは、穏やかなハワイ島の海でのナイト・ダイブとはひと味違う。
夜になってやや荒れ始めた海を、ウォルフ島の北側に向けてパンガが進む。
月もでていないあたりは星明かり以外、完全な暗闇だ。その闇の中を水に飛び込み、手元のダイブライトだけを頼りに潜行する。
アラスカから来た2人のダイバーがそのフロンティア精神を発揮してどんどん先に進んでいくので、後を追う。
突然、目の前を横切ったのは、ハンマーヘッドシャークの流麗な姿。
昼間のダイブでは40メートル以上の深いところを泳いでいることが多く、なかなか近くで見ることができなかった。しかしここでは、15メートルほどの深さを行き来して、繰り返しダイブライトの光の中にその姿を浮かび上がらせた。
何しろ水が濁っているので、4メートルより先にあるものは見えない。姿が見えた時には、それは目の前にいるのだ。
ダイブプランで指定された50分が過ぎたので、浮上を始める。水面に出ると、海は先ほどよりもさらに荒れ模様で波が高く、流れも速くなっている。
30メートルほど先にパンガの姿を見つけ、ライトでシグナルを送ってこちらの姿を確認したのを確かめると、流されないように待つ。波が高く、他のダイヴァーを引き上げるのに苦労しているようで、時間がかかる。
冷たい海に浮かびながら波をかぶりつつ空を見上げると、満点の星空だ。
やがてパンガに引き上げられて、船への帰路をたどる。パンガの運転手が時々、岸壁にライトを投げかけて位置を確かめる以外、互いの顔も見えない。
顔を上げれば左手にカシオペア、右手にプレアデスの散開星団が目に入る。視線を海に落とすと、パンガの立てる波がプランクトンの生物発光でちらちらと光る。
波の中に光っては消える、はかなげな光は海の星...。
風に吹かれながら空の星と海の星を見つめ、これまでで最高に詩的なダイヴの1つだと思った。
もう一つ、これと並んで印象深い経験になったのは、イサベラ島北側のポイントでの夜のダイブ。
暗い海の中、透明度も例によってきわめて悪い。深さ10メートルほどの浅瀬で底が砂地になっているところを進んでいくと、大きなものがさっと体の横を通る。
あわててライトで追いかけ、それがアシカであることに気づくのに一瞬、間があった。真っ暗な海の中をさえこんなに自由に泳ぎ回っているのかと、さすがに驚く。
あっちへこっちへと何頭ものアシカがライトの中を横切り、ただでさえ透明度の悪い水の中を砂を舞い挙げるので、ダイブライトの光も放散状に乱反射して、あたりをぼんやりと照らすだけ。
限りなく無重力に近い中性浮力の状態で水の中に浮かびながら、ぼんやりとした光の中を突然目の前に現れては消えるアシカの姿、ライトの光を反射して光るその大きな瞳は、限りなく夢の経験に近かった。
「語りかけ」
(オライア・マウンテン・ドリーマーの詩)
おまえが生活のためにどんな仕事をしているのか、そんなことに興味はない。おまえが何に、痛むほど焦がれるのかを知りたい。魂が渇望するものに出逢うのを夢見ることができる、そんな勇気があるのかを。
おまえの歳がいくつであるか、そんなことに興味はない。愛、自分の夢、生きるという冒険のために、愚か者のように見える危険をおかすことができるのかどうか、それを知りたい。
おまえの月がどんな惑星と角度を作っているか、そんなことに興味はない。知りたいのは、おまえが自分の悲しみの核に触れたことがあるのか、生の裏切りによって切り開かれたことがあるのか、さらに訪れる苦痛から逃れようと身を縮めて自分を閉じてしまったことがあるのかどうかだ。おまえは、私とおまえ自身の痛みに耐えることができるのか、それを隠したり、偽ったり、なおそうとしたりせずに。おまえは、私とおまえの喜びに耐えることができるのか、荒野で踊りながら歓喜が指先からつま先まで満たすのを許すことができるのか、注意を促したり、現実的になれと警告したり、人間であることの限界を思い出させようとしたりせずに。
おまえの話が本当であるのかどうか、そんなことに興味はない。知りたいのは、おまえが自分に忠実であるために他の人間を失望させることができるのかどうかだ。裏切り者ととがめられても、自分の魂を裏切らずにいられるのか。おまえは信じるということができるのか、そしてそのことによって信頼に値するのか。毎日がきれいなものでない時にも美を見ることができ、その存在から自らの生を汲み上げることができるのか。おまえは、おまえと私の失敗に耐えられるのか、そうしてなお湖の端に立ち、銀の月に向かって「Yes!」と叫ぶことができるのか。
おまえがどこに住み、どれだけの金があるのか、そんなことに興味はない。知りたいのは、おまえが嘆きと絶望の夜を過ごした後に起きあがって、疲れ切り、骨まで打ちひしがれてなお、子供たちのためにしなければならないことをすることができるのかどうかだ。
おまえが誰であるのか、どうしてここにきたのか、そんなことに興味はない。知りたいのは、おまえが私といっしょに炎のまっただ中に立って、なお縮みあがらずにいられるのかどうかだ。
おまえがどこで、なにを、誰から学んだか、そんなことに興味はない。すべてのものが崩れ落ちる時、おまえを内側から支えるのは何なのか、それをこそ知りたい。そしておまえが自分自身とともに孤独であることができるのか、すべてが無に帰する瞬間に、ともにあるものを本当に好きでいられるのかどうかを。
(訳:王由衣)
(2002年11月記)
All photos by Yui Wang (C) 2002