Roger Zelazny: The Great Book of Amber: The Complete Amber Chronicles, 1-10 (Chronicles of Amber)
(ロジャー・ゼラズニイ『アンバー・クロニクル(第1巻から第10巻、総集編)』)
ロジャー・ゼラズニイは非常に好きな作家。昔、日本語で読んだ作品も好きだったが、英語で読むようになってからは、その文章と表現力の見事さにはほとんど酔わされるものがある。
アンバー・シリーズは2巻だけ読んで、全部読み通してなかったのだが、全10巻の総集編というのを見つけて、正月の読書用に買ってしまった。
最初は仕事からの頭休めによいヒロイック・ファンタジーのつもりで読み出したのだが、読み出したらけっこう本を置くのが難しい(笑)。
アンバーは世界の中心であり、唯一の真の世界である。そしてその「影」として無数の世界が存在し、我々の地球も、その無数の「影である世界」の1つに過ぎない。
アンバーの王族の血を引くものは、「パターン」と呼ばれる光の神聖幾何学図形を歩み通すイニシエーションを受けることで、これらの「影世界」を自由に移動することができるようになる。
「真世界」アンバーでの出来事は、すべての「影世界」に影響を与え、反映される。膨大な年月を生きるアンバーの九王子の一人である主人公は、一族の陰謀や王位を巡っての闘争に身を投じながら、真世界と影世界を行き来し、その過程で「自分自身」について学び、変貌を遂げていく。
アンバーの王族の設定は、ギリシャ神話的なきわめて人間的な神と、より形而上的な神の性質を併せ持っていて、私などは、人間の魂がやがて人間のレベルを超えて進化していく過程をメタファーに含んだ物語だなと思ったりする。
こういったテーマの上に、流麗な文章で、読み出したら止められないアクション満載のストーリーを描き出すゼラズニイは、やはりさすが。
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オリジナルのシリーズ(1巻から5巻)は、先を読むのが待ちきれないくらい面白く読み通した。登場キャラの魅力、背景描写の重厚さ、スリリングに始まり、
やがてほとんど叙事詩的な規模に広がっていくストーリーと、どれも文句なし。ゼラズニーの作品群の中でも高く評価されるシリーズというのもわかる。
しかし、オリジナル・シリーズの主人公コーウィンの息子、マーリンを主役にした続編(6巻目以降)に入って、読み進むスピードががっくり落ちた(1日2、3ページのカタツムリ・ペース)。
うーん。ストーリーはスリリングと言えばスリリングで、背景になっているアンバーと混沌の宮廷の設定などは相変わらず魅力なのだが、いかんせん、主人公に魅力がない。
オリジナル・シリーズの主人公コーウィンは、アンバーの九人の王子の一人であるけれども、3分の2ヒーロー/3分の1悪漢みたいな感じで、必要があれば敵の寝首をかくことも厭わないハードボイルドのキャラである。その彼が、次第に人間愛に目覚め、一種の崇高さと使命感を身につけていく過程は、読んでいて実
によかった。
しかし息子のマーリンは(まあ、数百年から数千年も生きている他のアンバーのキャラに比べて若いというのもあるかもしれないが)、
人のいい甘ちゃんぶりを通り越して、友情には厚いかもしれないが、女に弱く、頭も悪い魔術師としかいいようがない。(アーサー王伝説からとった「マーリン」という名前に、その辺が意図的であることを含ませてあるつもりなのかもしれないが。)
「ストーリー展開を複雑にするためだけに、主人公に間抜けな行動をとらせてはならない」というのは、ディーン・クンツが書いている小説作法の1つだが、ここではゼラズニーは明らかにそのパターンにはまっている。
確かにこれを書いた頃、ゼラズニーは闘病生活に入る少し前くらいで、最盛期の頃の冴えがなくなっているのは、仕方ないのかもしれない。
しかし続編の5冊は、回り道のための回り道的ストーリー作りと、スタイリッシュなだけで内容のない長々と続く会話を整理して、2冊くらいにまとめておいて欲しかった。魅力のないキャラを主人公に、ストーリーを5冊分にひっぱるのは無理がある。
少し前に「もう読み進まない」と書いたが、気を変えて、突貫作業で残りの300ページくらいを読んでみたが、作品の質も面白さも、やっぱりオリジナル・シリーズとは比べようもない。最後の巻などは、ゼラズニーらしからぬ雑さで、急ぎ書きまとめられたような感がある。
そう言えば、フランク・ハーバートのデューン・シリーズの最後の作品も、急いで乱雑に書き殴ったような感じで「ちょっとちょっと」と思ったが、作家の体力とエネルギーの衰えは、やはり作品の勢いや質に反映されるということかもしれない。