12. 聖職・説教

October 25, 2016

聖母コネクション(イシスとマリア)

Notredame1sq_2  このアイコンは、パリのノートルダム大聖堂のステンドグラスの聖母像。

 聖母の足もとには女神イシスの象徴である牛の角を象った三日月があり、古代イシス教団の流れを受け継いでいることを示す。

 (Notre Dame=我らが聖母)

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August 19, 2016

南フランス集中研修 参加者の感想と写真(1)

 6月に行った南フランス集中研修の参加者の感想の一部です。

 ヨーロッパでの集中研修はだいたい3年に1度のペースで予定しています。基本的には統合ヒーリング科とフラワーエッセンス療法科の学生・卒業生のための研修ですが、School of Healing Arts and Sciencesで長く学んできた履歴のある人の参加もあります。

 ヨーロッパでの研修は、アルケミーの道程に深く惹かれる多くの人にとって、自分自身の魂の記憶と向かい合う機会になります。




              (1)

 ルルド、すがすがしい場所でした!!
 水と空気が本当に魂のごちそうになりました。

ルルドの町

[ルルドの町を守るように取り囲む丘から、聖域を見たところ]


             ☆ ☆ ☆


              (2)

 フランス研修、大変お世話になりました。ありがとうございました。

 私は帰国後1週間ほどは、体調を崩していましたが 、その後、南西フランスでいただいた滋養の効果か、ずいぶんと元気に過ごしています 。

 はじめて行った場所でしたが、オクシタニアの自然や街並みなどどれをとっても、私が焦がれていた風景でした。

 ルルドに集う方々や受け入れる方々の様子は、とても尊いものとして心に残りました 。

 自分一人では、フランスの中でも南西部に行くことを選択肢に入れることもなかったと思いますし、実際に行く力もなかったと思います。

 先生とみなさんの力に乗せていただいて行くことができたのだろうな、と思います。

 盛り沢山すぎて未だ記憶の整理が追いつきませんが、漏らすことなく経験を刻み込んで、今後に役立てていきたいです。

カタリ派の城塞

[城塞の案内役をお願いしたのは、歴史学者で、オクスフォード大学のローズ奨学生たちにカタリ派の歴史を教えているジェイムズ・マクドナルド氏]


             ☆ ☆ ☆


              (4)

 改めまして、フランス研修では大変お世話になりました。

 毎回リトリートや集中研修に参加させてもらって思うことですが、家族や仕事のコミュニティから一人離れ、外に出ることの大切さを今回は特に実感している感じです。

 特に、今回はルルドやカタリ派の城を巡るということが関係しているのかいないのか、 準備段階から、ずっと「内的な光」や「巡礼」について思いめぐらすことが多かったように思います。

 実際に、ルルドで土地の存在のチャネリングをした経験は、宗教としてのキリスト教や聖母の存在は、自分にとって大きな光の存在の「象徴」でしかなかったのだと、 気づかせてくれました。

 お陰で(?)あんなに欲しかったロザリオ熱も冷め、オクシタニアの十字架を手に入れたことで、何だか妙に落ち着いてしまいました(笑)

ルルドの薔薇  今回、過去生の記憶について考えることが多かったように思います。 肝心な記憶については未だにはっきりとした形で思い出せていませんが、過去を思い出すということ自体を、勘違いしていたのかも知れません。 ドラマや映画のようなファンタジーというか、 そんな劇的なものを想像していました。

 でも、実際に縁を感じている様々な場所に赴き感じたことは、劇的なビジュアルではなくて、内的に感じた確かにその場所にいたことがあるという確信でした。

 そこには怒りや、恨みや悲しみの感情は不思議と感じられず、 (もっとおどろおどろしい感情が出てくるのかと思いこんでいた) その土地に感じている懐かしさと再びその土地に戻ることが出来た嬉しさをしみじみと感じていたのでした。

 自分では過去の人生を思い出すことは 「今の人生でのプラスになる、プラスにしたい」と願っているにも関わらず、実際の日常では過去での体験が、今の人生の中で足かせになっているのではないかと感じることが多く、思いだすこと自体、躊躇していたのかも知れません。

 クラスで、先輩が「今だったら、信仰のために死んだりできない」(そんな感じのことを) というような話をしていた時に、自分だったらどうだろうと思って聞いていました。 その時に多分、自分なら、信じていることを曲げてまで生きていたくないと思っただろうなと感じていました。

 でも、その土地に足を運んでみて感じたことは、想像と全く違っていました。 過去生の自分は、迫害されて辛い人生を送って仕方なく死んでいったと 思いこんでいたのですが、 今回フランス研修を終えて思うのは、その時の自分は、信仰を貫き生きることがとても幸せだったんだと。 その生き方をとても誇りに思っていたように思うのです。 だから、その時の生き方への憧れを今も手放せないでいるんじゃないかと。

奇跡のメダイ教会

 プロバンスの修道院に着いたころにはもう、この頃の自分と同じようには生きていくことはできないんだと感じて少しさびしい気もしましたが・・・。

 何にせよ、 オクシタニアにはまた行かなくちゃ。

 ありがとうございました。


             ☆ ☆ ☆


カタリ派の城塞


             ☆ ☆ ☆

              (5)

 [研修の後に先輩たちと足を伸ばした]ゴルドの村とセナンク修道院はとってもとっても美しかったです! ロクシタン ゴルド村店がありましたが、そこの店先にオクシタニアの十字架が飾ってあり、感激!・・・したのに、ぼんやりして写真撮るの忘れてしまいました。

 またオクシタニアには絶対戻って何日間か過ごすぞー!と心に誓いました。

セナンク修道院


             ☆ ☆ ☆

 





研修に参加したインターンのブログ記事
 http://ameblo.jp/sageandspirit/entry-12177255607.html
 http://ameblo.jp/sageandspirit/entry-12180237638.html

このブログ内の関連記事
カタリ派の村と城 乗馬トレッキング/南フランス

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July 15, 2016

南フランス研修 ヒーラー・アルケミストの修行と夢を形にする力

カタリ派の城塞

[カタリ派の城塞ケリビュス城から、緑の山並みを臨むSHASの学生・卒業生たち/南フランス ]


今年のヨーロッパ旅行

 この6月はほぼまるまるヨーロッパにいた。

 前半はアムステルダムで、欧米の学生向けの関係性エネルギー療法のクラス。

 その後パリに戻り、日本からの学生たちとオルリー空港で落ち合って、南フランスの「水の聖域」ルルドで統合エネルギー療法のクラス。(ルルドでのクラスについてはもう一つのメルマガの方に書く)

 続いてカルカッソンヌのシテに移動し、そこを拠点にオクシタニアに位置するカタリ派の城塞を回った。

 グループとしての旅程の終了後も、多くの学生は自分が興味のある南フランスの聖地や修道院を目指し、散って行った。



ヒーラー・アルケミストの修行と夢を形にする力

 こういう行動力、実現力は、School of Healing Arts and Sciences(SHAS)の専門課程の学生や卒業生たちの特性だ。それは専門課程に入り、いろいろ転がされながら学んでいくうちに育っていく能力でもある。

 自分自身が本当にやりたいこと、行きたいところを決めたら、それに視線を向け、エネルギーをため始める。夢に導かれ、自分の魂と行き先のあいだの共振(リソナンス)に引っ張られ、またクラスメートに支えられ励まし合いながら、歩き続ける。

 最初は到達できる距離は短いかもしれないが、新たな目標を決めて歩くことを繰り返すたびに、やがて届くことのできる距離は伸びて行く。

 子供の頃から行きたかった(けれど大人になる過程であきらめていた)場所を訪れるために、時間とエネルギーをかけて準備をすることも、「普通のこと」になる。

 そしてそれは、この人生での自分の目的を形にするという、さらに長い旅路を歩き通すための底力になっていく。

カタリ派の城塞

[写真:ペイルペルテューズ城の石段を登る]

 SHASの専門課程では、統合エネルギー療法科なら平均9年、フラワーエッセンス療法科なら7年ぐらい、卒業までにかかる(もっと長い人もいる)。自分自身のヴィジョンに向けてひたすら歩いていく持久力がないと、在籍は続かない。もちろん、すでに道を先に立って歩いている先輩たちがいるので、彼女らの存在を励みに後に続くという、本来、伝統的な学びの場によって提供されたきた形の支えがある。

 今回の参加者の中には、子供のいるお母さんたちもいた。彼女たちは、お金や時間のことを配偶者と交渉し、子供たちのめんどうや家のことを調整しながら、夢であった旅行を実現させた。それは独り身の人より余分に必要とされる努力だが、そこから身につく粘り強さやしなやかな 意志の力は、間違いなく、プラクティショナーとして仕事や活動を続けて行くための追加の財産だ。

 ヒーリングやアルケミーを学ぶ過程を通して身につけてきた、形のないものに形を与える力。それが、普通の人が最初から「無理」と考えて諦めてしまうような目標を追いかけ、実現することを可能にする。

 そしてアルケミーの学びの視点からは、より重要なのは、目的を実現していく過程で身につく、自分自身の夢を見続ける力、意志の力と粘り強さ、そして一つのことに向けてエネルギーをためて形にしていく技術。つまり「夢をかなえる、やりたいことを実現する力」自体だ。

ケリビュス城

 こうしてこつこつとアルケミストは、高い世界のヴィジョンと物質世界を結びつける力を自分の内に育てる。

 時間をかけ、自分自身の努力を通して身につけた力は、生涯を通して自分の足場となる。

 それは「フラワーエッセンスを使って人々や動物の手助けをする」「自然と人をつなぐ仕事をする」といった、この人生での目標を実現するための足場にもなる。

[写真:ケリビュス城へ登る道には、スコッチブルームやヤロウの花]



Flower Medicine: Essence, Remedy, Healing』2016年7月8日号(Vol. 36)から(部分)

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April 11, 2016

「女性が大地の智恵と力を取り戻すために」レクチャーを無料公開

 Webレクチャー・シリーズから、2013年8月「女性が大地の智恵と力を取り戻すために」を無料公開にしました。

 mp3ファイルで視聴できます(再生時間55分)。クリックするとファイルが開きます。ファイルが大きいので、接続環境によりロード完了して音が出るまでに数分ほどかかります。

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August 08, 2015

人生の折り返し地点

 リトリートで学生たちと話やディスカッションをしながらいろいろ考えたことがあるので、幾つかメモしておこうと思う。

 ディスカッションで繰り返し戻っていったテーマの一つに「折り返し地点」というのがあった。自分の人生の折り返し点という意味だ。

 もちろん人によってその時期は大幅に違う。人生の比較的早期にそこに達する人もあれば、人生を終わる間際に気づくこともある。だが、意識的な形で生きようとするすべての人に、「自分はここまで人生を歩いてきた。残りの人生をどう生きるべきなのか」と、真剣に考え始める時期が来る。

 私は、折り返しを迎える理想の時期は、自分の人生の実時間のやはり折り返し(半ば)当たりだろうと思っている。で、日本の女性ならとりあえず平均寿命の90歳までは生きるとして、40から45歳前後が、自分のこれまでの生き方とこれからの生き方について、意識的に、真剣に考えてみるのに適した時期ということになる。

 寿命の短い時代には、この時期が訪れるのも早かった。人生50年なら、折り返し地点は25歳だ。実際、そういった時代に生きていた人々は、感情的にも今とは比べようもなく早く成熟し、人生についての覚悟を決めていた。

 十代のはじめに元服した若者たちは、その日から自分は(戦役なども含め)大人として、責任をもって生きなければならないということを受け入れていた。

 リンカーンは「人は40歳になったら自分の顔に責任を持たねばならない」と言った。それは、40になる頃には、その人の生き様が顔に出るという意味だ。

 遺伝的に整った顔立ちを与えられていても、荒んだ生き方をすれば老化も早く、それ以上に品性の有無が顔立ちに出る。もらった顔の骨格が完璧なものでなくとも、自分に忠実に正直に、充実して生きている人の顔立ちは、生気にあふれて美しい。

 親にもらった遺伝的な顔立ちを超えて、自分らしさ、自分の魂の形が顔や普段の表情にも表れるような生き方をしてきたか。それとも自分の親と同じような表情を作り、同じような仕草をし、同じような言葉を使ってきたか。

 ロザリン・ブリエール師は、「母親と同じ生き方をすると、中年を過ぎて腰の形まで同じになる」と言った。母親と同じ生き方をしてきた女性は、母親と同じ体形になる。遺伝と条件付けが、魂に勝ってしまうのだ。放っておけば、同じような老い方をするだろう。

 遺伝形質を乗り超え、家族の条件付けを乗り超えることが、魂にとってのチャレンジであり、魂の進化の表現だ。

 40代というのはまた、個人的な生き方から社会の中での生き方に役割の中心がシフトしていく(べき)時期でもある。

 子供のいない女性なら、自分の生き方についてすでに幾つかの選択がなされ、ある程度先の道筋が視野に入っているだろう。子供のある女性なら、子育てが一段落して、人生をまた自分のために焦点させ始めることが可能になる時期だ。

 先にも書いたが、それぞれの魂にとって「折り返し」のタイミングは異なる。だが、普段から自分の魂と向き合う生活をしている時、人はそのタイミングを感じることができる。

 仮にそのタイミングの実感がなかったとしても、平均的なタイミングに当たる40半ば当たりで人生をふり返り、自分の歩む道にコミットし直し、この先さらによりよい生き方、充実した生き方をするにはどうしたらよいかを考えてみるのは賢明なことだ。

 自分はこれまでの生き方に正直に満足しているか。どれだけのことを成し遂げてきたか。これから先、残りの時間を使って、どんなことを実現し、成し遂げたいか。そのために必要なのはどんな変化や準備か。

 この人生の残りの時間で、どうしてもやっておきたいことは何か(それをなさずに向こう側に帰ったとしたら、とことん後悔するのはどんなことか)。 現実的に、この人生の残りの時間で可能でないことは何か。次の人生に預けるために、この人生ではいったん手放し、次の人生のための足場を作っておくべきことは何か。

 チャクラの機能で言えば40代は、第1チャクラから第3チャクラまでの物質世界での機能と、第4チャクラの人間関係能力という土台作りを一通り終えて、「社会に対して自分は何を与え、貢献したいのか」という第5チャクラの社会的役割を担い始める時期。

 そしてさらに、「この人生で終わりではない、人は生き続ける」という第6チャクラの「魂の視点」を視野に含め、それを実際に人生の中に統合し始めていく時期である。

 40代の折り返し地点から先は、20代、30代には抽象的に考えていたこういった概念が、実感をもって捕らえられ、生きられるようになる時期なのだ。

(『ヒーラー&アルケミスト』2009年5月配信号)

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January 01, 2015

2015年はじめのあいさつ

 グレゴリオ暦の新年、おめでとうございます。

 今年は2014年以上に賢明さと注意力の必要とされる年です。

 なお自分という魂がやろうと思ってきたことから目を離さず、大地に足を踏ん張り、向かっていきましょう。

 すべての人にとって実りの多い年でありますように。

Ourlady_lourdesblog_2

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June 20, 2014

「アルケミーの系譜とアルケミストの道のり」オンライン・レクチャー

 2013年のWebクラスから、12/5に行ったテーマ・レクチャーを公開しておきます。

 クラスでは12/5と12/19の2回に分けて「精神的世界史 アルケミーの系譜 東洋と西洋 道はどこにつながる 自分という魂の道を見つける」というタイトルで行われた講義の前半です。

 School of Healing Arts and Sciencesでアルケミー(精神的錬金術)を学びたいと思うすべての人に聞いてほしい内容です。

精神的世界史 アルケミーの系譜とアルケミストの道のり

(mp3ファイル、30分。ファイルが大きいので接続環境によって音声が出るまでに数分ほどかかります)


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November 17, 2013

大切なものを確認しに エジプト旅行 [Tweetまとめ(7)]

2010年10月2日

子供の頃、1年だけ富士山の麓の町で過ごした。目の前にそびえる富士山を見ながら、森の中で木に登ったり虫を探したり、ワサビの自生する清水の流れ込む石造りのプールで遊んだっけ。三島大社も馴染みのたむろ場所

この夏は広島に戻っている時間はなかったけれど、また時間を作りたい。宮島の神様にもご挨拶をしなければ

世界各地を旅したり住んできたけれど、日本の自然にまさる優しい自然はない。ヨーロッパの自然は美しいけれど、人と自然の間に一線がある。日本の自然は、人を懐の中に入れてくれる

2010年10月3日

いろんなことが一気に動き出して、すごい勢いで来年の予定を立ててる

2010年10月5日

つれと私は、「旅行」の感覚が違う。向こうは基本的に腰を落ち着けていたい人。私はやりたいこと(仕事や修業)のためなら、年に6、7回の海外も当たり前のようにこなすし、環境の変化は楽しい

ヒーラーの友人たちからも「年なのかもしれないけど、仕事のための旅行はもういいって感じ」とか聞かされる(「ま、みんな私より年配ではあるのだが」と思いやりを示すべきか、「もう燃え尽きてんのか」とつっこむべきか)

2010年10月6日

というわけで(?)、機嫌よく留守番してくれるつれを置いて、再び旅行へ...

2010年10月12日

今ここ http://twitpic.com/2wtdw0

スフィンクス 写真のアングルからわかる通り、しっかり両脚の間から見上げてます

両脚の間でメディテーションを終えた後、秘密の記録庫があるという右脚の下もチェック

2010年10月14日

(注) スフィンクスの近くは一般の観光では入れません

大ピラミッド。まずは、これが「墓」だとか「20年で造営された」とかいうあり得ない[教科書的考古学の]説明を何とかして欲しい

大ピラミッド内の王の間を2時間占有。リサーチ系の人らは機材を持ち込んで、石室や石棺内の放射線を測定したり、被験者のキルリアン写真をとったり、やりたい放題

2010年10月16日

ちなみにこの旅行、特殊なツアーグループに同行してるのだけど、カイロからルクソール行きの飛行機に乗り遅れて空港で一夜を明かしたりとか、ロジスティクスはむちゃくちゃです

行軍なみの移動スタイルで、睡眠も食事もろくにとれない日がほとんど。断眠断食の苦行をしながら(笑、重要なポイントを突いて、現地ガイドに無理難題を強いながらすごい勢いで突破みたいな

旅の半ばにしてすでに脱落者が発生。リーダー(異端のエジプト研究で名をはせる研究者・大学教授)も壊れかけてます。優れた研究者=人格者でないことは心得ておくべきだった

(注)ジョン・アンソニー・ウェストではありません(念のため)

リーダーが完全に壊れてグループと同行を拒否。クライシスです(笑

グループが崩壊状態につき、どう見ても軍隊上がり(将校クラス)の兄ちゃんがイニシアチブをとって仕切りに入る

ラジオでDJをやっているおばちゃんがリーダーをカウンセリング説得中。続いてドキュメンタリー映画の製作者から、このような事態のスピリチュアルな意味についてのスピーチが

スリランカから来たアーユルヴェーダのお医者さんが、みんなの気持ちを静めるために、ドーシャをバランスさせる歌を歌ってくれています。ってどういう混成部隊だ(笑

外的な事態はえらいことになってるけど、個人的にはものすごく実りの多い旅行になってる不思議。探していたものがどんどん見つかっている

2010年10月17日

また次の犠牲者(脱落者)が。昨日から船での移動だが、1泊後、アーユルヴェーダのお医者さんが「この船の住環境は健康被害レベル」と乗船継続を拒否。合わせて4名がカイロに戻ってった

まわりはみんな体調(または精神状態)を壊し、腹痛や変な咳をしている。まったくぴんぴんしているのは私一人だと、誰かが指摘。確かに

私? ダイビングでこれよりはるかに非人間的な環境の船に泊まり込んだりしてるので、こんなもんだと割り切ればOK。鮮度の怪しそうな食べ物さえ避ければ...

鮮度の怪しい食べ物を避ける →  食べられるものがほとんどない(笑

「軍の食事よりひどい」って、アメリカの軍人上がりに言わせる食事ってどうだ

といいつつ、今朝はエドフのホルス神殿に立ち寄る。ここでもものすごい収穫が(ご機嫌)

ナイル川の途上にあるエスナの神殿に立ち寄れないのが残念。前回来た時、どう見ても「人間のオーラ」を示しているとしか思えないヒエログリフを見つけて写真に撮ったが、それがぼけていたので、今回はちゃんとしたのを撮りたかったのに

2010年10月18日

食事については、欧米基準のへっぴり腰で好き嫌いを言ってるのではない。私はタイやマレーシアの屋台で食事もするし、市場で買い食いもする。エジプトでも、街角の小汚い屋台でおじさんが揚げてるファラフェルとかターメイヤとかだったら食べたい

しかし、この船の食べ物は本能的に危険な匂いがする

っていうか、カットフルーツなんか、クレオソートか何か消毒薬の匂いがするんだが(笑

しょうがないので、今日の夕食もトマトとキュウリだけにしとこう

と思ったら、カットトマトが消毒薬臭かった(怒

まだ5日くらいの日程を残して、ドラマは終る気配を見せません

リーダー(エジプト学者・大学教授)は、都合の悪いときは「気分が悪い」と言って部屋に閉じこもって出てこない。食事に出てきたと思ったら、ひたすら現地ガイドに大声で怒鳴り散らしている

揚げ句「外部から精神的攻撃を受けてる」とかって

それはカルトの教祖とかが責任転嫁をするのに使うせりふだ

古代エジプトについての非常に興味深い知識や情報を掘り起こしている研究者だけに残念

教訓 研究者はほとんどの場合、実践者ではない。知恵の伝統を研究している人が、知恵を体得しているとは限らない

ただ、さすがの私も今朝は切れた。チェックアウト前なのに部屋に入ってきて荷物を勝手に外に出そうとする[船の]スタッフに「チェックアウトまで入ってくんな、持ち物に触んな!!」と怒鳴りつけました

ヒーリングに使うオイルとかを大量に買い込んでいるので、旅行中を通して温度やエネルギー管理にずっと注意を払っている。ヒーリングの道具を守ってるヒーラーを怒らせるな

この時点でかなりの人がツアーそのものから脱落したり、アクティビティへの参加を拒否...

実のところ、私もこのあたりで引き上げたい気分だが、そうはいかない。なぜかというと、エジプトのアルケミーに関連して、どうしても見たいものが一番最後の日程にあるから(笑。負けられません、見るまでは

2010年10月19日

ちなみに外的な条件はむちゃくちゃだが、私自身は願ってきたことが日々、どんどんかなっているので、きわめて機嫌はよい。どこの神殿に行っても収穫あり

エジプト政府の許可が必要で、この学者が行かなくなったら、まず誰も行かなくなるだろう場所が幾つもあるので、それもどうしても今回行っておきたい

希望者にはオプションとして出されていたアブシンベル行きが何の予告もなくキャンセル。私は先回行っているし、今回、朝の2時起きで出かけるつもりなどなかったから別にいいのだが、アブシンベルで写真撮影をしたかった人らがそうとう怒っています

「1週間前から予約しないとフライトが一杯でとれない」って、それなら現地オプションとか言ってないで、エジプト入り前に希望者の予約をとっておけよ

夜中の1時過ぎにカイロ着

ツアーの最初に泊まったホテルに戻るはず。そこなら最低限のニーズは満たされることがわかっていたので、いくらなんでもここから先、ゴタゴタは起こせないだろうと踏んでいたら間違いだった(笑

2010年10月20日

何の説明もなく違うホテルに降ろされる。リーダーの判断で「最初よりもっといいホテルに変更」って、全然よくなってないんだが。何より、これだけむちゃくちゃな旅を引き回された参加者の、ただひたすら馴染みのある安全なホテルに戻りたがってた心理を察しろ

悟りの境地で部屋に荷物を入れてもらったら、バスルームの天井から水漏れして床が水浸し(ここ笑うところ)。フロントに電話したら「今、修理の人間を送ります」って、夜中の2時に求められるのはそういう対処ではないだろ

どのみちインターネットのプリペイドカードを買わねばならない。フロントに出向いて苦情を申し立てると、ささっと部屋を変えてくれた。爆発した参加者がロビーでリーダーに向かって大声で怒鳴り立てていたのは、フロントの対応改善に役に立ったかもしれない

やっと部屋に落ち着く。朝の3時。そして明日も早起きだ(笑

何はともあれ、ものすごく重要なダシュールのピラミッド群、それからサッカラ。エジプトのピラミッドや遺跡を見るのに注意を払うこと。それは、古いものほど精密に築かれ、新しいものほど雑に積まれているという、避けがたい事実

エジプトでは、ものすごく重要な現実が、目の前に当たり前のように積まれている。そして考古学者は、それを見えないふりをする

ベドウィンの経営するレストランで昼食

庭をでっかい秋田犬の子犬みたいなのが走り回ってる。それにしてもでか過ぎる...

よーく見てみると      ライオンの赤ちゃん

食事を中断して、飼い主らしきおじさんのところへダッシュ。抱っこさせてくれる? え 20ポンド?

この誘惑には勝てないので抱っこさせてもらう。でかっ 重っ(喜

何はともあれ、検問で1時間近く待たされたが、エジプトの官僚制度を無事乗り越えて、観光警察に付き添われながら、アブグラブの遺跡を見る。これでツアー部分の旅程終了!

2010年10月21日

あとは静かに潜伏。頭の中には、すでに次のエジプト滞在の青写真が...(笑

ちなみに、エジプト旅行がこういうものだと思わないでください。先回の滞在は、本当にエジプトは地上の天国といいたくなるくらい完璧だったので、私の中では今もそれが基準

エジプトにはもう少しいるが、集団行動でなくなるので、少し落ち着いて作業する時間がもてる

2010年10月22日

カイロからの移動手配を、ツアーの現地手配[係だった]担当者に頼む。業界の事情を知っているので、たぶん会社を通さず、知り合いをバイトで雇ってよこすんだろうなと予想していたら...

...来ました どう見ても個人所有の、ほこりだらけの赤いヒュンダイが(笑。まあ、真面目そうなおじさんなのでよしとする

ホテルが国道沿いだったので、カイロの渋滞に巻き込まれずにただちに高速へ。それほど込んでない道路を120キロで飛ばして結構快適    と思ってたら

すいませんが でかい段ボール箱背負って、高速道路を歩いて横切らないでもらえますか おじさんたち

運転手はクラクションは鳴らしてもスピードを落とす気配なし(笑

マレーシアの交通事情もなかなかだが、エジプトはもっとすごかった

抜き打ちのスピード違反取り締まりに捕まる

現金で罰金200ポンド徴収。それ払ったら、運転手のバイト代が多分ほぼ吹っ飛ぶ。かわいそうなのでこちらがもつ。通行料と思うことにしよう

運転手は、アラビア語交じりのつたない英語で「100キロが制限なんだよ」と説明しておいて、チェックポイントを出るや否や、ただちに120キロ走行復帰(笑

カイロから北へ向けて2時間も走ると、植物の感じが変わって来る

お... 雨

ぶどう畑だ。この辺はワインを造ってたっけな

風が海の湿気を含んだ地中海の気配

予定よりずっと早く都市の外縁に着いた。都市のゲートがアラビア語でなく、おもむろにギリシャ語表記(喜

帰ってきた

2010年10月23日
今ここ http://twitpic.com/301074

図書館のあった場所から見た湾はこの角度

2010年10月25日

帰路。再び深夜のアブダビ通過中

普通ならこんな大きな旅行をした後は、頭を仕事モードに切り替えるのに少し時間がかかるのだが、今回はすでに頭もすっきり切り替わり済み(統合過程のタイムラグがなくなってきたのか)

作業中のこと、青写真を実行に移すべきことなど、手を付けるのが待ち遠しい。エジプトで得たものを(情報もエネルギーも)すべて器に放り込んで作業開始

東洋、西洋、北米先住部族の伝統。この三つを受け継いで保存と統合の手助けをするのがこの人生での目標。[自分と]エジプトとの関係を確立し直すことが、そのために必要な最後のピースだった

もちろん、合計1カ月あまりを過ごしただけで「確立完了」などという非現実的なことは言わない。知恵とエネルギーを組み上げるのに必要なだけ、何度でも戻っていく

2010年10月26日

「エジプト文明は、原始的なものから段階的に発達したのではない。それは遺産なのだ」ジョン・アンソニー・ウェスト

2010年10月27日

エジプト旅行のアウトラインもまだ出さないうちに恐縮ですが(笑)、こちらの方がエジプトにいる間に仕上がっていたので、先にブログに 「エジプトで外乗

2010年10月31日

精神の宿らぬ科学は魂のない肉体、そして宗教が科学を否定するのは、魂が自分の宿るべき肉体を否定するようなもの

2010年11月1日

何年もたって、やっとブログのタイトルの意味が形になってくる 「女神の青い蓮...」

2010年11月9日

ナイルは蓮の花 NASA Earth Observatoryから見たナイル

Nile_light

☆ 2010年 エジプト旅行のアウトライン

[Twitterアカウント Healing Alchemy

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November 08, 2013

[Tweetまとめ(6)]旅行 大切なものを確認しに ヨーロッパ

2010年8月2日

2012年は例えて言えば「冬至」だ。そこで闇が底をつく。まわりは真っ暗でも、それは世界の終りではないし、またそこから突然一気に世界が明るくなるわけでもない。しかしここから先、徐々にゆっくりと光は増していく

2010年9月2日

「わたしの考え、感情、希望、夢を伝えるためにもわたしは書く」ディーン・クンツ

好きなYouTube動画:象の背中/旅立つ日

やわらか戦車」 (YouTube動画) 戦争に対する日本の若者の答えはこれかなと思って、つれ(イギリス人)に見せたら、「武士道はどこにいった?!」と嘆いていた

2010年9月4日

明日ヨーロッパへ。ミュンヘンの最高気温15度って、荷詰めがめんどくさい。つれは久しぶりのヨーロッパ(先回のイギリス、ストーンヘンジ/チャリスウェル以来)につき、かなり興奮中

2010年9月5日

他人から頭を押さえられるのが何より嫌いなつれが、この世で唯一頭の上がらない人=ロザリン・ブリエール師(笑。私の任職式以来のお目通りで、研修参加はさらに久しぶりなので、それもあって結構ハイテンション

幸いブリエール師はまだまだ元気だが、その前の世代で生き残っていた教師たちが、引退する準備をしている気配がある

「エジプト人は知識について直接語ることをせず、それを芸術や彫刻に組み込んで、その効果が感情に働きかけるようにした」ジョン・アンソニー・ウェスト

2010年9月6日

突然の嵐で飛行機が遅れ、クアラルンプールでの乗り継ぎを逃した。開き直って[エティハドが手配してくれた]空港ホテルでの一泊を楽しむ

昨晩からエティハドとアブダビ経由ミュンヘン行きフライトを交渉中。他の航空会社ならその場で再予約がとれるのに、三食付きで空港ホテルに泊まらせ翌日夜のフライトを再予約って、なんだこの中近東系のまったりペース

3回目の電話でやっと「予約確認できた」というので油断してたら、断りなしにフライト変更されてる。電話後にAmadeusのデータベースで確認して初めて気がついた。いや、早い便への変更だからいいんだけど、うっかり者の乗客だったら乗り継ぎ逃すんじゃないか、これ(笑?

エティハドが恐るべしなのか、クアラルンプール・オフィスが恐るべしなのか?(笑

2010年9月7日

無事アブダビ通過中。到着が1日遅れになるため、時差ボケ調整の時間なしに研修へ突入

2010年9月8日

ミュンヘンから車で2時間のホテルに到着。先回と違う施設だが、ここも60年代ニューエイジの雰囲気満開...

師匠(ロザリン・ブリエール師)とちょっとおしゃべりしたが、きわめて元気そう。心配だったストーム師の治療経過も良好とありがたいニュース

[つれによるこの時のライブブロギングはこちら Live Blogging at Higher Chakra Intensive with Rosalyn Bruyere

2010年9月10日

「『すべての病気は感情に原因がある』と決めつけることは、ヒーラーに優越感を感じさせるのみで、クライアントにとっては助けにならない」ロザリン・ブリエール

2010年9月11日

ドイツ研修の好きな点 犬の同伴自由。それもボルゾイのミックスとかボクサーとか、でっかいのがごろごろしてる(笑

床に転がってるボクサーをかまってたら、師匠が(犬のいる所に私がいることをご存知)。「明日の夕方、卒業式があるから手伝って」って、師匠、また前日告知ですか(笑

何にせよ、数百人はいるドイツのHLCCコミュニティから、十数年目にしてめでたく3人目の卒業生・聖職者が誕生

伝統の継承。知恵への愛があるか。それも単に自分が使える知識を求めているだけか

2010年9月16日

研修を終えて、中休みに北イタリアに移動。トスカーナの山野辺を馬でトレッキング。今日はチコリとクィーンアンズレースと黄色いキク科の花の咲き乱れる野原を横切る

2010年9月18日

トスカーナの森の道は、行っても行ってもドデカテオン系のピンク紫の花が群生。馬を降りてフラワーエッセンス作りに入れないのが残念(笑

野いばらやブラックベリーの薮の中を駆け抜けるので、買ったばかりの乗馬用カーディガンがすでにぼろぼろ。腕もひっかき傷だらけ。でも馬の背から手を伸ばして食べる野生のブラックベリーは、驚くほど甘い

トスカーナの自然のエネルギーをオーラフィールドにたっぷり詰めて、学生やクライアントのために持って帰る

2010年9月24日

パリで調べもの。グラハム・ハンコックとロバート・ボーヴァルが指摘していた、パリの「魔都」度を確認。ルーブルの敷地のピラミッドは見事にオリオンの三つ星配置。中心のピラミッドから、カルーゼル凱旋門を通ってコンコルド広場のオベリスクまでの線は、ルクソール神殿の映し鏡

2010年9月25日

パリのノートルダム(Notre-Dame=我らが聖母)大聖堂が、イシス信仰につながるものであることもチェック。無数のステンドグラスにまぎれて、月をいただく聖母の像。これは南ドイツの「黒い聖母」伝承のある教会を回った時にも見た

ヨーロッパからいったん帰宅準備。しかし自宅にいるのは時差ボケも抜け切らない数日程度で、再び大旅行へ。帰るのは10月の末近く。勘のいい人は私の動線を追って、次の行き先がどこかわかるはず(笑

「10年分くらいの旅行をまとめてしてるみたいだなー」と思って気がついたが、この秋の旅行で、神学修士課程での9年間を総まとめしてる。学んだことをすべて自分の中に統合し、ここから人生の新しい段階に向けて皮を脱ぐために

建前「改革派教会の牧師」、実質「イシス信仰の流れを汲み、イエスの妻マグダラのマリアを中興の祖と仰ぐ一団の司祭(アルケミーの体系保存も任務)」(笑

2010年9月26日

生きれば生きるほど、子供の頃に描いた夢、十代の頃に抱いた理想に一歩一歩近づけていることがうれしい

2010年9月29日

忙しさにまぎれて、この10年つっぱしって来た。でも手元にあるものを新しく、大きく生まれ変わらせるには、どうしても一度足を止めて、エネルギーを全部集め直すしかないのだなと実感する

2010年9月30日

…と言っも仕事自体を休むわけではないが(笑

大きな旅行はやっぱり大きい。ヨーロッパでは、自分にとって大切なものを確認し直してきたように思う

自分にとって大切なものを確認したら? やはり「大切(本質的)でないもの」を整理にかかるしかない。惰性で引きずっているものや、旧いやり方も含めて

さて次の旅行の準備...

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[Tweetまとめ(5)]暗闇から目を背けることは光を求めることではない

2010年6月23日

私は長年シーシェパードの支援者だし、半端でない額の寄付もしてきたが、このタイミングでマグロの解放とか、優先順位が違うと思う。メキシコ湾はどうした

2010年7月7日

そう言えば、生まれ故郷にずーっと帰ってない。広島の市内、原爆公園は歩いていける距離だったので、よく時間を過ごした

アメリカに住んでいた頃、よく「日本のどこで生まれたのか」と訊かれた。「ヒロシマ」というと、いつも相手はそのまま口をつぐみ、あたりは気まずい雰囲気に包まれた

なんでなのかがわかったのは、ゾクチェン・コミュニティの修業に出かけた先で、ニューヨークから来ていた女性作家に会った時。例のごとき質問に「ヒロシマ」と答えると、「ああ、ごめんなさい! 私たちはとんでもなくひどいことをしたわ!」と謝られた

女性作家はユダヤ系アメリカ人だったが、こんな人ばかりではない。「原爆を落として、これ以上日本に死者が出るのを防いでやった」とかぬかすやつと、思いきり喧嘩をしたこともある

こんなことを思い出していると、アメリカでの生活がものすごい昔のことみたいに思える

しばらく前までシーシェパードに送っていた分の支援を、ライフボートに切り替えることにする http://www.lifeboatjapan.org

お金はリソース/エネルギー。活用するには、寄付でさえも実効力のあるところに送らねば

団体運営の難しさは、人が増えて、さまざまなエネルギー(参加者の無意識のアジェンダ/欲求)が流れ込むようになると、当初の理想と理念に忠実であるのが非常に難しくなること(このへんも記事かかねば)

とりあえず、ホリスティック・ヘルス系の犬と猫用フード80キロほど送っといた

2010年7月18日

チャネリング・メッセージ「自然、生と死、季節と巡り

2010年7月20日

動物のデーヴァとコミュニケーションが成り立つと...(実体験)「ねずみ物語

2010年7月29日

「闘牛は動物虐待」スペインのカタロニア州で禁止条例。大変おめでたい。散々痛めつけあらかじめ弱らせておいた雄牛を、ショーとして殺す最低の見せ物。勇敢さなどとはほど遠い

2010年7月30日

子供の虐待死。やる気のない役人に命を守る仕事を振らないで欲しい。本当に子供を守りたい人を集めて一から部署を作って欲しい

そこで働く人がつねにベストの状態で仕事できるよう、ヒーリングやフラワーエッセンスなどあらゆる支援を与えさせて欲しい

2010年7月31日

目の前に広がる地上の世界と、高い世界の現実の間にはあまりに乖離があり過ぎる。この世界を肉の目で見ている限り、精神的な文献で語られることなど信じられないのがむしろ普通だと思う

日々丁寧にニュース報道を読んでいく時、人間の醜さ、愚かさ、浅はかさは底を知らないように見える。だが、目の前で起きていることに目をつぶり、宗教や精神の世界に救いを求めるのは逃避だ

私はあえて暗いニュースも避けずに読む。無垢な生命が傷つけられ、時に死に追いやられることを防ぐため、地上にある不必要な苦しみと痛みを少しでも減らすために「何かをしなければ」「行動をとらなくては」という自分の中の思いを燃やし続けるため

2010年8月12日

子供の虐待死防止活動「ひまわり署名プロジェクト

2010年8月13日

子供は親の「所有物」ではない。欧米から持ち込まれたその勘違いが核家族を生み、コミュニティ全体で子供を育てる枠組みを破壊した

今回の人生では自分の子供を生まない選択をした女性に思い出して欲しい。すべての子供たちは自分の子供だと

2010年8月19日

8月のオープンスクールを終えて考えたこと。今20代半ばから30代半ばの「端境期」世代の人たちの道

迷うのは悪いことではない。何も気づきも考えもしないより、迷って悩める方が、もちろんいい。悩み、探すのは魂の力だから

ただ、悩んだり迷うこと自体を、目的や生き方のスタイルにしないこと。自分には行く先があり、必ずそこにたどりつくと決めること

物心ついた時からゲームをして育った神経回路は、両刃の剣だと思う。うまくすれば、内面と外面の世界を容易に渡る力。悪くすれば、内面の無意識に歯止めがかからず、外の世界に行動化

内面の闇の行動化には、自己破壊を含む。そして「引きこもり」はスローな自己破壊行為

2010年9月30日

「戦争のない状態=平和」ではない。「波風の立たない状態=調和」ではない。平和も調和も、能動的に努力して守り、維持するもの

チベットの嘆きを忘れるべからず

2010年11月7日

子供虐待防止 オレンジリボン運動

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