1月のワークショップの2日ほど前にインフルエンザにかかり、派手に症状が出た。
いつもなら風邪にかかって発熱するようなことになるのは、日本で仕事を終えてアメリカ側に帰ってからなので、熱は出るにまかせて、絶食し、漢方かハーブにビタミン、ミネラルのサプリメントだけで治す。
しかし今回は長めの滞在がたたったようで、仕事の日程を終える前に熱が出てしまった。ワークショップの当日になっても熱は下がらず、結核患者のような不気味な咳も止まらないので、漢方薬とビタミンに加えて、とりあえず咳と発熱から来る体力の消耗を防ぐために、10年以上飲んだことのなかった「総合感冒薬」(解熱鎮痛剤+気管支拡張剤+鎮咳剤+抗ヒスタミン剤)を飲んだ。
「風邪薬」とはいっても風邪を治すのではなく、単に一時的に症状を抑えるだけのものであることは百も承知。出るべき症状を抑え込んでしまうことで体の自然治癒プロセスを邪魔し、おそらく長引かせることになるだろうことも承知。
しかし仕事はこなさねばならない(と、自分の身のためになるより多分多すぎるリジッド気質が言う)。
「風邪薬」を飲んで10分もたたないうちに頭がぼおっとし、まるで雲の上でも歩いているように足が地に着かなくなる。熱は下がり始め、咳もややおさまったが、体全体が自分のものではない感じがする。
あまり気持ちが悪く、こんな状態ではレクチャーもできないので、翌日は単品のアスピリンとコデイン系の咳止めに切り替え、結局ワークショップを終えるまで4日間アスピリンと咳止めの世話になった。
総合感冒薬から単品に切り替えて、足が地に着かないふらふら感は消えたが、風邪薬の後遺症か、体全体が自分のものでないような奇妙な感じは消えない。
1週間、食べ物の味がまったく感じられないのは風邪のせいかとも思ったが、まるで体全体が鉛のように無感覚になっていて、足の裏や手の反射帯をマッサージしても体の反応がないのが気持ち悪い。
(アスピリンは常備薬としているので原因ではない。アスピリンは、アレルギーさえなければ、鎮痛解熱剤の中では、肝臓に負担をかけるアセトアミノフェンや腎臓に負担をかけるイブプロフェンなどよりずっと安全で、効き目も優れている。ただし小さな子供には与えてはいけない。)
漢方とヴィタミン剤だけで対応している時は、熱が出ている時には、つらいながらも必要なことが起こっている手応えがあるし、体の不快感も、そこで何が起こっているのかが感じられる(「肝臓に負担が来ている」とか「腎臓の機能が落ちている」とか)。
手当てが「当たり」の場合も「はずれ」の場合も、それを感じることができる。
しかし風邪薬を1日飲んだだけで、体の感覚が鈍くなり、こういったことがまったく感じられなくなってしまった。風邪の症状の不快感をマヒさせることで、すべての内的な感覚もマヒさせてしまったようだ。
仕事を終えた翌日空港に向かい、いつもなら重い荷物を引きずったり、バッグを肩にかけて歩き回ったりすると、じきに肩や首、腰に痛みを感じ始めるのだが、そういった肉体の大きなレベルの感覚までいかれてしまっている。
そこにあるはずの痛みや体の不快感を感じることができないという不気味な状態が、アメリカに帰ってからも数日続いた。
人間の健康維持にとって、痛みや体の不快感を感じられないことほど、脅威はない。
健康な人ほど体の不快感には敏感なのであって、だから体が望まないことをすればすぐにわかるし、体の不調にもすぐに気づいて、問題を修正することができる。
体によくないものを口に入れればおいしくないと感じるし、体が欲しているものを食べると確かなうれしさというか満足感が感じられる。
ただしこれは、砂糖やアルコールなど体が中毒しているものを食べて得る「中毒者の喜び」とは別物。例えば野菜不足が続いた時に久しぶりに食べる新鮮なサラダを、口と体、体中の細胞が喜ぶ生命感的な満足感だ。
健康でエネルギーのバランスがとれた人では、肉体に問題や症状が起きる前に、エネルギーのレベルでのアンバランスが不快感や痛みとして感じられ、それによって速やかに好ましくない状態を修正することができる。
バランスの乱れが実際に病気に到る前に、修正することができるのだ。(ただしこのような人は感覚は敏感だが、同時に適度の耐性や耐久力も備えているのであって、その点、単なる過敏症とは違う)。
現代人が本当に健康な状態に体を維持できないのは、この初期の不快信号、エネルギーのレベルでのバランスの乱れや滞りに気づくことができないためだ。また、体にいいものとよくないものを口に入れた時に、区別することができなくなっていることもある。
そのため多くの人は、普段から体に耳を傾けて体が必要としている手入れをし、必要なものを食べ、体が望まない悪習慣や食べ物を排除するという基本的な維持管理ができていない。
そして体が実際に肉体レベルで病気になるまで、何かがおかしいと気づくことができない。
私の場合、処方薬はおろか、アスピリンを除けば西洋医学系の薬剤は体に入れなくなって10年以上になる。それで今回の風邪薬体験もひときわ強烈だったのだろうが、それにしても、風邪薬などの「薬」は、明らかに日本人の身体感覚のマヒに一役買っていると、身をもって知った。
西洋医学系の薬は基本的に、物理的に症状を抑え込むか、感じずに済むよう回路を遮断するものであって、問題を根本から癒すものではない。治るのは、薬が症状を抑えている間に、体が自分の治癒力によって回復するのだ。
しかし、多くの日本人は(もちろんアメリカ人もそうだが)、「症状」(=体からの信号)を感じる回路を遮断するための薬を日常的に使い過ぎて、体とエネルギーが慢性的な半マヒ状態になっている。
体の感覚能力の中で、不快感に関する部分だけをマヒさせることはできない。できるのは感覚全体をマヒさせることだけだ。そしてこの感覚マヒ状態を、日本人の多くは「痛みがない=楽な状態」と思っているのではないか。
もしそうだとしたら、これはかなり恐ろしいことだ。
例えば私の例では、「風邪薬」によって頭痛がとれ、咳が止まり、また鼻づまりがとれて眠れるようになったことは確かに「楽になった」のだが、それに伴う薬の副作用(体と感覚のマヒ)の方が気になって、薬を飲み続けることができなかった。
しかし普通の人はこんなに強い薬を何日も(場合によったら1週間、2週間と)飲み続けるのであろうと考えると、これはえらいことだと思う。
西洋医学の中でも免疫学と外科、そして適切に使用される抗生物質は、人類の寿命を延ばすのに貢献した。しかし現在乱用される抗生物質、そして対症療法的な内科・外科治療や精神科治療は、人間の健康を損なう部分も大きくなりつつある。
これを書いた数日後、アメリカの高校生の間ではやっている新しい「ヤク」があるというニュースを見た。それは「風邪薬」。
咳止めと鼻づまりをとる作用のあるやつだというから、日本で言う「総合感冒薬」と似たような成分だろう。それを通常の服用量の何倍かを一気に飲むことで、体が痛みを感じなくなるのが「クール」だという。「ナイフで腕を切っても痛くない」と、高校生の一人が語っていた。
つねに新しい「ヤク」を開発することに熱心なアメリカの高校生たちは、私が経験したようなマヒ効果に気づき、さっそくそれを「応用」し始めたようだ。
日本の社会の病理も深いが、アメリカのそれも深刻だ。
(2002年1月記)