07. 体の手入れ 食べる 鍛える 楽しむ

May 16, 2009

東京で玄米(改訂版)

 東京生活中は、とにかく体とエネルギー(オーラフィールド)の浄化に腐心するというのは、過去の『ヒーラー&アルケミスト』などで書いてきた。

 とくに最近はもう、週末は講座を教え、平日はヒーリングのクラスかセッションと、ほぼまったく休みのない強行スケジュール実施中なので、毎日の健康管理がいっそう重要。

 コンスタントに体を浄化し、入れられるところでリフレクソロジーやリンパマッサージなどのセルフケアを入れる。

 Emergen-Cなどの水溶性ヴィタミンを中心にしたサプリも欠かせない。ボルネオにいる間にとくにサプリが欲しいと感じることはないが、東京に入るやいなや、毎日Emergen-Cを大量消費。

 食事管理も重要で、もっかの最大の味方は有機栽培の玄米。

 2008年9月に「東京で玄米」という記事を書いて、後半では、東京駅の大丸地下のビオ・マルシェの有機野菜&玄米のお弁当と、南青山のMaman Terraceというマクロビ・レストランを紹介した。

 ところが残念ながらMaman Terraceは閉店。ビオ・マルシェの方もお弁当は中止になってしまったらしい。

 キーワード検索の統計によると、このブログには「東京 玄米」をキーワードにたずねてくる人が結構ある。そういった方々への義理を果たすため(笑)、最近のお気に入りを書いておく。

りょくけんのデリ(松屋銀座店の地下)

 オーガニックではなく「ルーツ農法」で作られた野菜が、びっくりするぐらいおいしい。最初、9種類の野菜総菜(春キャベツのコールスローとか豆サラダとか)をちょっとづつ盛ったプレートが1400円とか、「え?」と思ったが、食べてみて、やみつき。自己アイデンティティーの確立された野菜と言うか。生気にあふれて、その野菜本来の味と香りが濃い。ローストした野菜に海塩だけをかけて食べるものもあるが、これも野菜の甘味におどろく。

ぎんざ泥武士(ファンケル・スクェアの8・9階)

 銀座で全面禁煙のレストランを探していて行きついた。雰囲気もいい、素材選びも徹底している、そしてしっかり手をかけて作られた料理はおいしい。文句ないです。値段はそれなりだけど、お昼に行っても結構混んでる。

オーガニックハウス (都内に6店舗)

 手軽で、まんべんなくおいしい。もっと増えて欲しい(笑)。

 

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June 25, 2005

風邪薬、恐るべし

 1月のワークショップの2日ほど前にインフルエンザにかかり、派手に症状が出た。

 いつもなら風邪にかかって発熱するようなことになるのは、日本で仕事を終えてアメリカ側に帰ってからなので、熱は出るにまかせて、絶食し、漢方かハーブにビタミン、ミネラルのサプリメントだけで治す。

 しかし今回は長めの滞在がたたったようで、仕事の日程を終える前に熱が出てしまった。ワークショップの当日になっても熱は下がらず、結核患者のような不気味な咳も止まらないので、漢方薬とビタミンに加えて、とりあえず咳と発熱から来る体力の消耗を防ぐために、10年以上飲んだことのなかった「総合感冒薬」(解熱鎮痛剤+気管支拡張剤+鎮咳剤+抗ヒスタミン剤)を飲んだ。

 「風邪薬」とはいっても風邪を治すのではなく、単に一時的に症状を抑えるだけのものであることは百も承知。出るべき症状を抑え込んでしまうことで体の自然治癒プロセスを邪魔し、おそらく長引かせることになるだろうことも承知。

 しかし仕事はこなさねばならない(と、自分の身のためになるより多分多すぎるリジッド気質が言う)。

 「風邪薬」を飲んで10分もたたないうちに頭がぼおっとし、まるで雲の上でも歩いているように足が地に着かなくなる。熱は下がり始め、咳もややおさまったが、体全体が自分のものではない感じがする。

 あまり気持ちが悪く、こんな状態ではレクチャーもできないので、翌日は単品のアスピリンとコデイン系の咳止めに切り替え、結局ワークショップを終えるまで4日間アスピリンと咳止めの世話になった。

 総合感冒薬から単品に切り替えて、足が地に着かないふらふら感は消えたが、風邪薬の後遺症か、体全体が自分のものでないような奇妙な感じは消えない。

 1週間、食べ物の味がまったく感じられないのは風邪のせいかとも思ったが、まるで体全体が鉛のように無感覚になっていて、足の裏や手の反射帯をマッサージしても体の反応がないのが気持ち悪い。

 (アスピリンは常備薬としているので原因ではない。アスピリンは、アレルギーさえなければ、鎮痛解熱剤の中では、肝臓に負担をかけるアセトアミノフェンや腎臓に負担をかけるイブプロフェンなどよりずっと安全で、効き目も優れている。ただし小さな子供には与えてはいけない。)

 漢方とヴィタミン剤だけで対応している時は、熱が出ている時には、つらいながらも必要なことが起こっている手応えがあるし、体の不快感も、そこで何が起こっているのかが感じられる(「肝臓に負担が来ている」とか「腎臓の機能が落ちている」とか)。

 手当てが「当たり」の場合も「はずれ」の場合も、それを感じることができる。

 しかし風邪薬を1日飲んだだけで、体の感覚が鈍くなり、こういったことがまったく感じられなくなってしまった。風邪の症状の不快感をマヒさせることで、すべての内的な感覚もマヒさせてしまったようだ。

 仕事を終えた翌日空港に向かい、いつもなら重い荷物を引きずったり、バッグを肩にかけて歩き回ったりすると、じきに肩や首、腰に痛みを感じ始めるのだが、そういった肉体の大きなレベルの感覚までいかれてしまっている。

 そこにあるはずの痛みや体の不快感を感じることができないという不気味な状態が、アメリカに帰ってからも数日続いた。

 人間の健康維持にとって、痛みや体の不快感を感じられないことほど、脅威はない。

 健康な人ほど体の不快感には敏感なのであって、だから体が望まないことをすればすぐにわかるし、体の不調にもすぐに気づいて、問題を修正することができる。

 体によくないものを口に入れればおいしくないと感じるし、体が欲しているものを食べると確かなうれしさというか満足感が感じられる。

 ただしこれは、砂糖やアルコールなど体が中毒しているものを食べて得る「中毒者の喜び」とは別物。例えば野菜不足が続いた時に久しぶりに食べる新鮮なサラダを、口と体、体中の細胞が喜ぶ生命感的な満足感だ。

 健康でエネルギーのバランスがとれた人では、肉体に問題や症状が起きる前に、エネルギーのレベルでのアンバランスが不快感や痛みとして感じられ、それによって速やかに好ましくない状態を修正することができる。

 バランスの乱れが実際に病気に到る前に、修正することができるのだ。(ただしこのような人は感覚は敏感だが、同時に適度の耐性や耐久力も備えているのであって、その点、単なる過敏症とは違う)。

 現代人が本当に健康な状態に体を維持できないのは、この初期の不快信号、エネルギーのレベルでのバランスの乱れや滞りに気づくことができないためだ。また、体にいいものとよくないものを口に入れた時に、区別することができなくなっていることもある。

 そのため多くの人は、普段から体に耳を傾けて体が必要としている手入れをし、必要なものを食べ、体が望まない悪習慣や食べ物を排除するという基本的な維持管理ができていない。

 そして体が実際に肉体レベルで病気になるまで、何かがおかしいと気づくことができない。

 私の場合、処方薬はおろか、アスピリンを除けば西洋医学系の薬剤は体に入れなくなって10年以上になる。それで今回の風邪薬体験もひときわ強烈だったのだろうが、それにしても、風邪薬などの「薬」は、明らかに日本人の身体感覚のマヒに一役買っていると、身をもって知った。

 西洋医学系の薬は基本的に、物理的に症状を抑え込むか、感じずに済むよう回路を遮断するものであって、問題を根本から癒すものではない。治るのは、薬が症状を抑えている間に、体が自分の治癒力によって回復するのだ。

 しかし、多くの日本人は(もちろんアメリカ人もそうだが)、「症状」(=体からの信号)を感じる回路を遮断するための薬を日常的に使い過ぎて、体とエネルギーが慢性的な半マヒ状態になっている。

 体の感覚能力の中で、不快感に関する部分だけをマヒさせることはできない。できるのは感覚全体をマヒさせることだけだ。そしてこの感覚マヒ状態を、日本人の多くは「痛みがない=楽な状態」と思っているのではないか。

 もしそうだとしたら、これはかなり恐ろしいことだ。

 例えば私の例では、「風邪薬」によって頭痛がとれ、咳が止まり、また鼻づまりがとれて眠れるようになったことは確かに「楽になった」のだが、それに伴う薬の副作用(体と感覚のマヒ)の方が気になって、薬を飲み続けることができなかった。

 しかし普通の人はこんなに強い薬を何日も(場合によったら1週間、2週間と)飲み続けるのであろうと考えると、これはえらいことだと思う。

 西洋医学の中でも免疫学と外科、そして適切に使用される抗生物質は、人類の寿命を延ばすのに貢献した。しかし現在乱用される抗生物質、そして対症療法的な内科・外科治療や精神科治療は、人間の健康を損なう部分も大きくなりつつある。

 これを書いた数日後、アメリカの高校生の間ではやっている新しい「ヤク」があるというニュースを見た。それは「風邪薬」。

 咳止めと鼻づまりをとる作用のあるやつだというから、日本で言う「総合感冒薬」と似たような成分だろう。それを通常の服用量の何倍かを一気に飲むことで、体が痛みを感じなくなるのが「クール」だという。「ナイフで腕を切っても痛くない」と、高校生の一人が語っていた。

 つねに新しい「ヤク」を開発することに熱心なアメリカの高校生たちは、私が経験したようなマヒ効果に気づき、さっそくそれを「応用」し始めたようだ。

 日本の社会の病理も深いが、アメリカのそれも深刻だ。

(2002年1月記)

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June 24, 2005

体の智恵

 知人夫婦から「誕生日のお祝いに」とディナーに連れ出された。

 フロリダ風の野外席のあるレストランだが、人気のあるところに予約を入れずに出かけたため、しばらくレストランの庭で待たさる。待っている間に蚊に食われた。普通の蚊でなく、白と黒の縞模様のついたちょっと凶悪そうな面構えのやつである。

 家に帰ってから、数カ所ずつ食われた左右の腕にアンモニアをぬった。大概の虫さされはこれでおさまるのだが、今回は全然おさまらず、常軌を逸してかゆい上に、さされた箇所が熱をもっていた。

 翌日、朝っぱらから無性に玄米を食べたくなって一日、玄米、梅干、海草サラダで過ごす。玄米は旅行から帰った後の浄化用に食べるだけで、普段は常食はしていない。

 夕方になってまだ何か体が欲している。棚を物色していて日本で買ってきた葛粉を見つけ、葛湯を飲むが、まだなにか足りない。と、棚の奥にある小豆に手が伸びる。小豆は味があまり好きでないので(和菓子が苦手)、普段は食べない食品だ。

 なぜ葛だの小豆だの浄化用の食べ物を体が欲すのるか...と考えて、はたと気づき、蚊にさされた箇所を鏡で見ると、広い地腫れをともなって熱をもっている。並の虫さされではない。明らかな免疫反応で、体が戦闘態勢に入っている。

 十数年来のバイブルである東城百合子氏の民間療法の本を引いたら「毒虫にさされた時の毒消しには小豆」とある。体が訴えていたのはこれか。

 さっそく生小豆を粉にひいて服用。翌日には地腫れはかなりおさまったが、「症状が消えてからも1週間は服用」のルールに従って1日数回飲み続け、ついでに小豆を煮て汁を飲む。ビタミンCもどんどん入れてやれ(グラム単位で)。

 徹底抗戦の甲斐あって、夕方には腕の腫れも熱も引いてきた。

 その日の夜のニュースで、日本脳炎に似た症状を引き起こす西ナイルウィルスをもった蚊がフロリダ中に広がっており、近隣の地域でも感染者や死者が出始めていると知った。私を刺した蚊が実際に病気持ちだったかどうかの確認はできないが、普通ではない体の反応の仕方から見て、可能性はあったかもしれない。

 しかし西ナイルウィルスとは、夏のフロリダは発生する病気の種類までしっかりと熱帯化している。

(2001年8月記)

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蜂蜜

 ニューヨークの友人からの贈り物。

 私が「この頃いい蜂蜜が手に入らない」とぼやいていたのを聞いて、「何とかしてやる」と一言。しばらくして届いたのが、それぞれ2キロはあろう特大サイズのガラスびん3つ。

 問題はその中身で、ホーリー、ブラックベリー、そしてクィーンアンズレースからとられた蜜(ちなみにこの友人はフラワーエッセンス・マニアではない)。私もトゥペロ(ミズキ)からライチの花までいろいろな蜂蜜を味わってきたが、ホーリーにクィーンアンズレースなんていうのは初めてだ。

 ブラックベリーとクィーンアンズレースはそば蜜のように黒く沈んだ色で、ややくせのある独特の風味。ホーリーは美しい赤みのかかった黄金色の蜜で、とても上品な味だ。

 エッセンスとハーブやエッセンシャルオイルの相乗的使い方というのがあるが、花の蜜もこれに加えると面白いかもしれない。使い方の手がかりとなるメタファーは、「蜜は花のもっとも奥深い部分から得られる、もっとも甘い要素ないし贈り物」。

 というわけで、ブラックベリーの蜜を入れた紅茶を飲み飲み書き物に励んでいる。

(2001年6月記)

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ベジタリアン食事事情(北カリフォルニア)

 ナムカイ・ノルブ・リンポチェの伝授会に参加するため、10年ぶりにカリフォルニアのベイエリアに足を踏み入れる。

 ベイエリアというのは、サンフランシスコとオークランドを中心とする湾岸地区のこと。今回の滞在はオークランドだが、橋向かいのサンフランシスコにはしばらく住んでいたこともあって、なじみの地域だ。

 今日はオフなので、久々のベイエリアの穏やかな気候に身を包まれながら、メリット湖の岸辺でアヒルたちにエサをやり、それからチャイナタウンに向かう。

 サンフランシスコの中華街は私の大好きなたむろ場所だった。本家の中華街が観光客向けになりすぎて地元華僑のために新たにできたクレメント地区の小中華街にも出かけたが、オークランドのチャイナタウンにはまだ足を踏み入れたことがなかった。

 アメリカの中とは思えない多様で新鮮な野菜と果物の並ぶ八百屋(ドリアンなんてどうやって輸入しているのだ)、漢方系の家庭薬の並ぶ雑貨屋などをのぞいていると、素食(ヴェジタリアン)のレストランを見つける。

 ちょうど昼時でもあり、これは入らずばなるまい。

 ビュフェに並んでいる料理を見ると、精進料理系の調理スタイルだ。中国の精進料理は、豆腐や湯葉、こんにゃく類を使って、「ここまでしなくても...」といいたくなるくらい「肉っぽい」見た目と食感を作り上げる。

 ちょっと薬膳風のスパイスのきいたスープは、きのこや海草をふんだんに使っていてじつにおいしい。

 一通り皿にとった料理を食べ終わってお茶を飲んでいると、私の食べ方が足りないと見たか、店のおばちゃんが「食べ放題なんだからもっと食べて! 今、新しい料理も出てきたからね」とはっぱをかけにくる。

 6ドル足らずの食べ放題でこんな手の込んだ料理を出して、さらに食べ方の足りない客に圧力までかけて、そんなことで商売が成り立つのか、おばちゃん。などと思いながら、一応勧められるままに菜の花となすびの料理の味を見に行く私も私か。

 ちなみに中国文化圏で菜食なのはたいがい仏教徒で、ここも観音様の大きな祭壇が店の中に据えられている。

 夕食は宿泊先の近くで見つけた韓国料理店へ。韓国の人が菜食に理解のあることを知っている私は、平然とビビンバを肉抜きで頼む。

 「韓国といえば焼き肉」くらいの認識しかない人も多かろうが、もともと仏教国の韓国には立派な菜食の伝統がある。

 「偏食」の私のために韓国通の父が見つけてくれたソウルの菜食専門店は、伝統的な韓国式精進料理のフルコースで、バラエティにとんだ30種類近い料理がテーブルを埋め尽くす。あれは今でも時々また食べたいと思う。

 さて、たいした期待はしていなかった8ドルのビビンバだが、前菜のキムチスープの後、大きな器に色鮮やかにもられた高級感のあるビビンバの具に、ご飯が別に添えられ、さらに野菜の付け合わせ11品がテーブルいっぱいに並んで、味も栄養価も大満足。最後にデザート代わりの甘い汁もの(韓国式甘酒)が出て、文句のないフルコースの食事だった。

 カリフォルニアの物価の安いことと合わせ、カリフォルニアのアジア文化圏では、外食だけでヴェジタリアンの健康な食生活の成り立つことをつくづく思い出す。

 こういった文化面の居心地のよさ、食生活の便利さの面でも、また地の利の面でも、カリフォルニアは私のニーズに合う。今住んでいる東海岸と比べれば、日本への飛行時間も3〜4時間縮まるし、時差も3時間縮まる。

 コンティニュアム・スタジオがあるのも、ロザリン・ブリエール師の本拠地も南カリフォルニアだ。エミリー・コンラッドにまで「もうカリフォルニアに引っ越したら」などと言われているのだが、しかし「古巣」のカリフォルニアに戻ることは、どうもしっくりこない。

 カリフォルニアに住むことがまぎれもなくぴったり合っていた、そしてうれしかった時期もあるのだが、西海岸のエネルギーパターンは、今の私自身のエネルギーに共鳴しないのだ。どうせアメリカに住まねばならないなら、東海岸の方が合っている。

 だが同時に、フロリダの「滞在」も恒久的なものではないことはわかっている...。

 ビミニは今も夢に見る。本当に何もない不便な島で、食糧事情も悪いのだが、あの海の色を見るだけで胸が躍る。不思議な懐かしさを覚える。この海を見ながら生活することができたらどんなにいいだろうと思う。

 ビミニ以外に唯一ここまで私の心を捕らえた土地は、イタリアのフィレンツェだけだ。しかし今のところ、ヨーロッパに住むことはできない。ヨーロッパから日本に向かう場合、時差ボケの調整が極端に難しくなるというのも理由の一つ。

 仕事で日本に頻繁に出かけなければならないという事情さえなければ、居住地の選択はそれほど複雑ではなくなるのだが...。

(2001年4月記)

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June 23, 2005

だいたいベジタリアン

 私は基本的に菜食だ。「基本的に」というのは例外があるためで、これは公の場でたくさんの人を相手に仕事をする期間に、食事を限られた形の外食に頼らなければならないような場合。こういう時には魚や鶏肉も、体が必要とする限りにおいて受けつける。

 ただしほ乳類の遺体はどんなことがあっても口には入れない。私はほ乳類は親戚だと思っている。人間と犬はDNAの75パーセント以上を共有する。これは豚や牛でも近い数字だろう。

 昔からヒンズー教や仏教の関係者は菜食だが、西洋にも主義として動物を食べなかった人たちがいる。レオナルド・ダヴィンチは厳格な菜食主義だったし、シュヴァイツァー博士もベジタリアンだった。

 ベンジャミン・フランクリンも菜食だったが、魚同士が共食いをするのを見てから、自分も魚は食べてよいことにしたらしい。

 私も20代の始めから10年ほどは、アメリカの動物権活動家に習って戦闘的なベジタリアンで通していた。しかしその後、幾つかの考えさせられる経験があって、今はその主義主張を和らげている。

 さて、コントロール・フリークのアメリカ国民は、レストランの食事でも自分が思ったとおりに料理を出させることに非常なこだわりをもっているので、そして都会なら結構ベジタリアンもいたりするので、外食でも肉なしでフルコースの食事をすませることは難しくない。

 レストランで「この料理を肉抜きで」「野菜の付け合わせを余分に」などと注文しても、いやな顔をされることはまずない。

 日本のレストランではこうはいかない。やったことがある人がいるかどうか知らないが、ちょっといいレストランで少しでも材料の改変を依頼するのは大事だ。

 バーバラ・ブレナンが来日中、ホテルの中華レストランで食事をとった時のこと。野菜を食べ足たりないという彼女のために、「エビとブロッコリーの炒め物」に、余分にブロッコリーを入れてもらうよう頼んだことがある。ウェイターは困った顔で「マネージャーと相談して参ります」と奥に引っ込み、5分以上戻ってこなかった。しばらくしてようやくマネージャーと一緒に、「シェフに了承してもらいましたので、そのようにいたします」と、ほっとした顔でやってきた。(ちなみにブロッコリー1房は追加料金だった(笑)。)

 ヒーリング関係者のアメリカの知人と日本を旅行する時は、これと似たエピソードにはことかかない。

 日本のレストラン業界では明らかに「肉を出されてよろこばない人はいない」と思っている。朝食の洋食セットメニューなどにも、有無を言わさず肉類がついてくる。

 私としては親戚の遺体が皿の上にのっているのを朝っぱらから見たくはないので、「つけあわせはベーコン、ハム、ソーセージのどれに?」と訊かれた時には「食べないのでいりません」と断る。こう言われたウェイターはまず間違いなく、こちらの言葉が理解できなかったかのようにもう一度リストを繰り返すか、「は??」と訳の分からない顔をする。2度目に同じことを繰り返してやっと通じる。

 「では代わりに野菜サラダをおつけしましょう」という気の利いた返事をもらったことは、長いホテル滞在歴の中でも数えるほどしかない。混乱したウェイターがマネージャーに相談に行き、そのあとでサラダのオファーが来たことは何度かある。

 「食べないなら残せば...」という向きもあるかもしれないが、このへんはまあ意地である。

 自宅で仕事をしている場合には自分で食事の管理ができるので、動物タンパクは卵と乳製品を基本にしてきわめて幸せにやっていける。

 さて、日本の北海道と同じ緯度に位置するニューヨークのウッドストックから北フロリダに移って、私の普段の食生活にも変化が起きている。

 フロリダと言って日本の人が思い浮かべるのはだいたい南フロリダ(マイアミやキー諸島)あたりだろう。しかしこういった亜熱帯気候の南フロリダと違い、北フロリダは温帯気候と亜熱帯気候の中間にあって(雪は降らない)、今一つ季節のパターンがはっきりしない。亜熱帯ならいっそサラダと果物中心でやっていけるのだが、そこまで暑くはない(10月になっても蚊はいるのに)。かといって、秋になっても穀物と根菜類中心の秋・冬型食生活に入るのもしっくりこない。

 スーパーに出かけても、季節感のまったく欠如した野菜や果物が並び、柑橘類をのぞけば、何がこの地域の旬なのかがまったく不明である。レタスや葉野菜類がやたらごつくて硬いのは、寒冷気候に適した野菜を無理矢理温かいところで育てるためだろうが、いずれにしろおいしくない。

 リベラルのメッカであるウッドストックにいた頃には、旬の有機野菜にありつくこともできて、外食でもベジタリアン・メニューが充実していたのだが、そんな贅沢は望むべくもない。

 というわけで、試行錯誤の末に結局落ちつているのが、アユールヴェーダ(インド式ベジタリアン)の食事だ。もともとインド料理は好きなこともあって、あまり風味のない大味の野菜でも、スパイスをたっぷりきかせて煮ればおいしく食べられる。天候と気温に合わせてスパイスと材料を調整し、寒い日にはスープ、暖かい日なら野菜ジュースを合わせれば、完璧な体調管理食だ。

 食べ物と健康管理については、エネルギー面でも(例えば外食の意義の半分は作り手のエネルギーを食べること)、栄養・生理学的面からも(例えば現在では地球上の80パーセントの土壌は「貧血」状態で、そこで作られた野菜は人間のヴィタミン・ミネラルの最低必要量をまかなえないこと、など)書きたいことが結構あるが、またにしよう。

(2000年10月記)

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