07. 体と心 チャクラとエネルギー

January 09, 2017

ハンズオン・ヒーリング/統合エネルギー療法とは

医療と統合エネルギー療法

 訓練された統合エネルギー療法家/プラクティショナーは、依頼者(クライアント)の生命エネルギー場(ヒューマン・エネルギーフィールド、HEF)に働きかけ、病気や怪我からの回復が速やかでスムーズなものになるようサポートします。

 統合エネルギー療法(ハンズオン・ヒーリング)は、ヒューマン・エネルギーフィールド(HEF)を介して、心と体の癒える力を高め、病気や怪我からの回復を促す療法です。

 西洋にはもともと「laying-on-of-hands(手当てによる癒し)」の伝統がありますが、アメリカでこの伝統を科学的なアプローチと組み合わせて発展させたのが、補完医療としてのハンズオン・ヒーリングです。

 現状、日本では「ヒーリング」という名称が、欧米の補完医療分野で用いられるのと大幅に異なる意味で使われるようになっており、 School of Healing Arts and Sciencesでは、依頼者や医療関係者とのよりよいインターフェイスを意図して「統合エネルギー療法」(Integrative Energy Therapy)の名称を用いています。

 SHASの「統合エネルギー療法」は、補完医療のレベルで行われるハンズオン・ヒーリングです。

 欧米の補完医療で実用化されているHands-on Healing(ハンズオン・ヒーリング)は、単なるリラクセーションを超えた具体的な効果をもたらすもので、「統合エネルギー療法」の名称は、より正確にその役割を伝えます。

 統合エネルギー療法では、肉体を包みそれを超えて存在する「場」として、ヒューマン・エネルギーフィールド(HEF、生命エネルギー場)を考えます。このフィールドは、私たちの心と肉体の状態や健康度をそのまま反映し、また心と体の関わりを媒介するものです。

 最新の統合医療(通常医療と補完医療を組み合わせた医療のアプローチ)が提唱するように、心の状態は肉体の健康に影響を与え、肉体の健康は心のあり方に影響を与えます。

 古い歴史のある東洋医学でも、「気」(エネルギー)のバランスが心身の健康の土台であり、病気は肉体に現われる前に「気」のバランスの乱れとして現われることが理解されてきました。

 統合エネルギー療法では、この心と体の関わりを媒介するヒューマン・エネルギーフィールドに、以下のような手法で直接働きかけることで、心と体が本来あるべき健全な状態を取り戻すのを助けます。

  • ヒューマン・エネルギーフィールド(生命エネルギー)を全体的にチャージして充実させる
  • 複数の周波数帯域に存在するエネルギーフィールド(エネルギー体)のそれぞれに適切に働きかけて、バランス、チャージ、クリア、リストラクチャリングを行う
  • 具体的なエネルギーの滞り(ブロック)をはずして流れを促す
  • エネルギーフィールドに存在する具体的な構造(チャクラやエネルギーのライン、チャクラ・コード)に直接働きかけて、機能を高めたり修復する

 エネルギー・フィールドに直接働きかけるアプローチから、統合エネルギー療法では、しばしば他の療法では可能ではない形で効果を引き出すことができます。

 複数のエネルギーフィールドを具体的に知覚し、直接作業を行うために専門的な訓練を受けたハンズオン・ヒーラー/統合エネルギー療法のプラクティショナーは、ヒューマン・エネルギーフィールドを介して健康の維持と回復の手助けをする専門家です。


補完医療としての統合エネルギー療法

 1970年代、ヴァレリー・ハント博士によるUCLAでの研究を皮切りに、近代ハンズオン・ヒーリングの確立者の一人であるロザリン・ブリエール博士は、エンジニアとしての教育背景を生かし、複数の癒しの伝統と知識を統合し、実際の臨床に生かせる体系として世に出しました。

 博士は現在、世界中で使用されている「(エネルギー)キレーション」と呼ばれるテクニックの創始者であり、NASAの気象物理学者出身のヒーラーとして日本でも知られているバーバラ・ブレナン博士も、ブリエール博士からハンズオン・ヒーリングを学びました。

 ブリエール博士は、米国国立衛生研究所「近代代替医学発案委員会」発足当時から顧問を務め、ハンズオン・ヒーリングと医学の仲立ちをし、補完医療の一環として推し進めてゆくために、病院や大学付属研究室での臨床研究に関わってきました。

 現在はジョンズ・ホプキンス医大付属ケネディ・クリーガー・インスティテュート(脳の外傷性障害や自閉症を含む発育障害のある子供たちの治療、臨床研究と専門家の継続教育で国際的に知られる医療機関)や シカゴ子供記念病院での臨床研究に参加し、またアリゾナ州立大医学部の統合医学プログラム、タイ・ソフィア・インスティテュートの応用ヒーリング修士課程 などで教鞭をとっています。

ケネディ・クリーガー・インスティテュートのサイトから、ブリエール博士の協力で行われたリサーチ「子供の自閉症と脳の外傷に対するエネルギー・ヒーリングの効果」についての報告

 「代替医療ではなく補完医療」というブリエール博士の言葉は、近代医学の主要な役割を認め、その上で、それをさらにエネルギーの視点と、クライアントの心と魂のケアの面から補うのが近代ハンズオン・ヒーリンの役割という考えを表現しています。

  School of Healing Arts and Scicensesでは、アルケミーの思想を柱に、自然と人間の関係を重視するアプローチを土台にしつつ、ブリエール博士の教えを汲み、地に足の着いた実用的な形で補完医療としての統合エネルギー療法を教えています。


人間としての成長のプロセスと統合エネルギー療法

 現代においては、心と体を癒すためのさまざまな療法があります。肉体のためには通常の西洋医療から鍼灸や漢方のような東洋の伝統医療、そして各種の補完療法や代替療法。心のためには心理療法などです。

 これらの専門分野と比べて、School of Healing Arts and Sciencesの統合エネルギー療法を特徴づけるのは、プラクティショナーの手から流れるエネルギーを用い、人間のエネルギー・フィールドに直接、働きかける点です。

 School of Healing Arts and Sciencesでは、 古くからの伝統に基づき、人間を「心と体」=「肉体・感情・思考・精神の4領域」からなる存在として捉え、そのすべてが生きた形でバランスされ、またそれぞれの領域が互いにバランスのとれた状態にあることを健康の定義とします。

 この原理について理解し、エネルギーの流れやフィールドの状態を知覚し、制御できるプラクティショナーは、エネルギーのチャージや共振作用を通して、心と体をつなぐ媒体であるヒューマン・エネルギーフィールド(HEF)に直接、働きかけます。

 そして依頼者が肉体の健康を取り戻すだけでなく、より全体的な形で「自分とは誰か」を経験し、病気や怪我からの回復を超えて成長し、癒しの過程を自己進化につなげていくのを助け、支えます。

 エネルギーを用いるセラピーにもさまざまな流派やスクールがあり、それぞれの流派やスクールで異なる視点や取り組みが強調されます。

 School of Healing Arts and Sciencesでは、アルケミーとヘルメス学派の伝統に基づいて、人間を「宇宙・自然の切り離しがたい一部」として受けとめ、癒しと成長の道すじにおいても、「内宇宙(自己)と外宇宙(大自然)の対応」の考え方と、宇宙・自然との関係性・絆(きずな)を重視します。

 自然との関係を重視するということは、実際面では、自然や生命に畏敬と愛情をもって関り、自分自身、そこから恵みや助けを受けとる。同時に自分に可能な形で他の生命に与え、手を差し伸べる。このような形で自然およびそこにある生命と関わり、生き、 働いていくことを意味します。

 療法の方法論自体においても、つねに宇宙・大自然の恵みと助けを背景に実践を行っていきます。


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June 15, 2013

第6チャクラ 「光を見る力」(続き)

 このメールマガジンで最後にチャクラの話をしたのはいつだったかなと思ったら、「エネルギーのケア 放射線によるダメージの理解」を書いたのが1年前で、「第6チャクラ 光を見る力」は1年半前、2011年12月だった。

 2011年という年は、自分の人生にずっと刻まれた標になるだろう。

 それまでの生き方や価値観が変わったわけではないが、現実面で対処したり考慮に入れなければならないことが一気に増えて、やろうと思っていたことの優先順位の徹底した整理が必要になった。いくつかのことについては手放し、あるいはやり方を変更せざるを得なかった。

 ヒーリングとフラワーレメディを智恵の伝統として保ち、人々の体と心に向かい合っていくことに変わりはない。だが、環境汚染や自己管理の不足からくる健康の問題や、現代人の中毒傾向からくる心身の悩みといったものに加え、広がる放射能汚染という、追加で対処していかなければならない課題が発生し た。

 広がる放射能汚染という現実は、多くの人の内的な亀裂----それまでは何となく隠しておけた、頭での理解と実際の行動の乖離----を表面化させたように思う。

 原発事故後の日本で生きるということと、第6チャクラの役割についてはいろいろ思うことがある。

 人間にとっての普遍的な「希望」というものがある。それは「自分は人間として幸せに、充実して生きることができる。自分の人生には意味がある」という内的な感覚のことで、それは人を内側から照す光だ。

 (「お金持ちになりたい」とか「楽に暮らしたい」とかいうのは単なる「目標」であって、「希望」ではない。それがどんなものであっても、物質的な目標自体は幸せを保証してくれるものではない。)

 現代人の多くは中毒的行動にはまっているが、それはこの本当の希望(内的な光)が見えない状態で生きるのが当たり前になってしまった社会で、その不安やつらさを紛らわせるための自己マヒ行動だ。

 どこかがおかしいと感じながら、それについて何もしないことを選ぶ時、人の中には認知的不協和音と呼ばれるものが生まれる。不協和音を止める唯一の方法は、現実を認め、それに対して正直な、あるいは現実的で意味のある行動をとることだ。

 行動をとらないことを選んだ場合、人によっては無意識の葛藤から来る神経症(ノイローゼ)的状態が生まれる。

 行動をとらず、かつ内的な不協和音から逃れようとして、自分の感覚や感情(つまり生命エネルギーの流れやオーラフィールド全体)を抑圧すれば、エネルギーの鬱的状態になる。

 中毒的な行動で自分をマヒさせる人も多い。これにはアルコール依存、アドレナリン・ラッシュを引き起こすようなギャンブルやオンラインゲーム、感情のドラマを伴う人間関係や恋愛への中毒など、色々なパターンがある。共通しているのは、生命エネルギーを散らして無駄に消費し、「おかしい」と感じる能力自体を鈍らせることだ。

 これらはいずれも不自然なエネルギーの消耗や低下を招き、慢性化すれば、心身のさまざまな不調や免疫力の低下、病的症状につながる。

 

内的に見る、外的に見る

 第6チャクラの役割は、内的にも外的にも「見る」ことだと書いた(「第6チャクラ 光を見る力」)。

 外的というのは実際に目で見ること。内的というのは、例えばヴィジョン、希望や夢のように、形はないが実体のある経験として「見る」こと。

 肉体の通常の可視範囲を超えたエネルギーの領域で「見る」ことは、外的世界と内的世界をつなぐ形で「見る」ことになる。

 第6チャクラでは、外的な(生物学的な)機能と、内的な(象徴的な)機能がつながり重なる。これは第6チャクラの適正な色が、ロザリン・ブリエール師が指摘するように、紫色(第1チャクラの赤と第5チャクラの青が重なった色)ということを考えても面白い。

 

第6チャクラと松果体、第3の目

 昔から第6チャクラは松果体と結びついていると言われ、松果体の重要性は古代エジプトでも知られていた。古代エジプト人は松果体の中に砂のような結晶があることも知っていて、それを「ナイルの沈泥」と呼んでいた。これは現代医学では脳砂と呼ばれる。

 松果体は光と密接に結びついた内分泌器官で、発生学的にもトカゲなどの頭頂眼と同じ起源と認められている。

 ムカシトカゲは頭のてっぺんに頭頂眼と呼ばれる3つめの眼がある。これは視床上部の上生体複合体由来で、遠い過去に眼であったものの名残りと言われている。この頭頂眼は実際の眼とよく似た構造をしていて、水晶体、網膜、脳に繋がる神経まであるが、生後4から6か月経つと色素のある不透明な鱗で覆われてしまう。(ウィキペディア「ムカシトカゲ」)

 現在のところ、哺乳類の松果体には外からの光を直接感じる機能は確認されていない。光センサにあたる光受容タンパクは、ヒトでは網膜でのみ確認されている。なので、人間では、目から入った光が網膜で検出され、その刺激に応じて松果体がメラトニン(概日リズムを調節するホルモン)を分泌するという理解になっている。

 しかし哺乳類以外の脊椎動物(鳥類・爬虫類・両生類・魚類)では、松果体は光センサとしても働くことがわかっている。例えば、かつては植物の光受容体とされていたクリプトクロムという青色光受容タンパクが、ヨーロッパコマドリなどの鳥の松果体で見つかっている。ニワトリの松果体からはロドプシン(視紅)と似た光受容タンパクが日本の研究者により発見され、ピノプシンと命名されている。

 さらに最近のウィスコンシン大学医学部の研究で、サルの松果体と網膜の両方でDMT(ジメチルトリプタミン)合成酵素の存在と、対応する遺伝子の活動が確認されたりもしている。こんなふうに松果体と網膜の間には非常に密接な関係があり、やがてヒトの松果体でも光受容タンパクが発見される可能性は高いと思う。

 (DMTは光受容体ではないが、臨死体験やヴィジョンを伴う特殊でダイナミックな変容・至高体験に深く関係していると考えられている。DMTについても書きたいことはいろいろあるが、また。)

 

内的な光によって、自分のまわりの世界が照される

 私の考えでは、現代人(とくに欧米人と欧米・物質主義化した日本人)は、「第3の目」(第6チャクラ+松果体)の機能が、古代の人間に比べて退化していると思う。かつては比較的普通だった、物質を超えた世界を見たり、エネルギーの領域とやりとりする能力が極限にまで落ちていると思うのだ。

 (だから「目に見え、手で触れないものは存在しない」主義の人々や学者は、昔の人が日常的に経験したそういう領域との交流を、まとめて「神話や伝説、おとぎ話(fairly-tale)、未開の人間の迷信、ないしは幻覚・妄想」として片づけようとする。)

 人が「目に見えない(物質レベルを超えた)世界」と交流する力を失った原因は、文明の極端な物質主義化以外にもいろいろ考えられる。ジュリアン・ ジェインズやコリン・ウィルソンの言う右脳と左脳の二分化も重要と思われるし、自分が今とくに興味をもっているのは松果体の石灰化について(これもやたら長くなるので、別トピックとしてまとめてそのうちどこかに書く)。

 だが現在でも、遺伝や生い立ちのおかげで、「目に見えない世界」を見る能力がある程度残っている人がいる。生命に関わるような事故に遭ったり、臨死体験をして能力が目覚めたり、あるいは長期の修業や訓練で目覚めさせた人などもいる。

 そいう能力を、人々は羨ましいと感じる。私に言わせれば、そういった能力を羨ましがるのは、「本来自分にもその力があるはずだ」という内的な感覚ないし無意識の記憶と関係している。

 現代人の可視・知覚範囲を超えたエネルギーを見る能力によって描かれる世界は、人々を惹きつける。その記述から垣間見えるエネルギーの世界は光に満ちていて、物質世界の刹那的視点を超えた意味があるように思えるからだ。それは心惹かれると同時にどこか懐かしくもあり、「自分はそれを知っている」と感じさせる。

 人は「光」に惹かれるようにできている。人の内には内的な光があり、それはつねに外にある光を探している。第6チャクラはその光を見る器官なのだ。

 自分の内に光があるのを思い出せない時、人の人生は暗く心もとない(本人は暗いとさえ認識していないかもしれない----電灯がついて初めて、これまで部屋が暗かったんだと気づくように)。自分の中に光があることを思い出せず感じられない時、人は外の光の存在も忘れ、宇宙には秩序などなく、限られた自分の人生の中で、目に見え手に触れるものだけがすべてであると決めて、短い時間の視点からしか振る舞わない。

 こういった状態にある人では、第6チャクラは小さくしぼんで力がない。オーラフィールドの高い周波数帯域に光がなく、色が冴えず、時にはしおれているように見え、時には暗く沈んでいることもある。

 そういった人の第6チャクラが何かのきっかけや経験で賦活され、光で満たされると、しばしの間、「世界が別のものに見える」経験をする。きっかけは、壮大で美しい自然の風景を見たり、歴史を通じて保たれてきた聖所など神聖な空間に足を踏み入れるといったことでも十分だ。

 ヒーリングでも第6チャクラを光で満たすと、ほとんどの人が目を閉じているのに「眩しい」「光が降っている」と感じる。そしてセッションが終って目を開けると、「世界が明るく、鮮やかに見える」経験をする。

 第6チャクラがよく機能している時、人はいともたやすく「光」について思い出す。それが「見える」からだ。自分の目(第6チャクラ/松果体)で光を見ることができれば、すべてのものが内側から変わる。

 そしてそれは、オーラフィールドを直接見ることである必要すらない。目で見ようと、内的なヴィジョンとして見ようと、第6チャクラを通して見れば、世界は生命=まばゆくゆらめき輝く無数の光から成り立っている。また第7チャクラを通して見れば/感じれば、世界は、すべての要素が緊密につながる、光で編まれた一枚の光の織物だ。

 それは、人間としての形と寿命を超えた、大きな世界、意味を感じさせ、思い出させる。

 現代人の神経症、中毒・依存症、鬱的状態、逃避行動などは、自分が生きることの意味を感じられないことからきている。逆に言えば、生きることの意味を感じることができれば、そして生きる意味は今の自分の状況に左右されないということが経験されれば、中毒や依存の多くは自然とその縛りつける力を失う。

 そして自分自身が内側から支えられているのを感じることができれば、自然に私たちの目は他者に向く。

 今、社会にある不要な痛みや苦しみを減らすために何ができるか。奪われる必要のない生命が人の身勝手さによって奪われるのを止めるために、何ができるか。避けられるかもしれない病気から子供たちを守るために、自分には何ができるか。

 第6チャクラの視点は自分個人の利害を超え、人生を超えて、大きな視点、長い時間軸から世界を見ることを可能にする。

 そして第6チャクラの見るところにしたがって実際的な選択を行い(第5チャクラ)、行動をとる時(第1チャクラ)、第6チャクラは大地からのエネルギーで賦活され、安定し、さらによく機能する。これがヴィジョンと行動のポジティヴな連鎖であり、高い精神性に形を与えるということだ。


エネルギーの海 スピリット通信』2013年6月15日号(vol. 38)

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June 27, 2012

エネルギーのケア 放射線によるダメージの理解

 事故後の状況の分析、とくに食生活などで気をつけるべきことは、事故の直後から『ヒーラー&アルケミスト』の方に続けて書いてきたので、ここではエネルギー・ヒーリングの視点に絞って、専門的になり過ぎない程度に書いておく。

 放射線が肉体にダメージを与えるおもな仕組みは、DNAを損傷させることだ。DNAは通常の場合でも、複製ミス、代謝により発生する活性酸素、紫外線や宇宙線を含む自然放射線などによって損傷する。DNAの損傷は加齢やガン化の引き金になるが、それ自体は生きていく上で普通に起きる現象で、通常でも1日1細胞あたり50,000~500,000回ほど発生するとされる。

 こんなに頻繁にDNAのどこかに損傷が起きても我々が普通に生きていけるのは、肉体には、DNAが壊れていくはしから修理していくような極めて優れた修復機能が備わっているからだ。しかし細胞が年をとるとこの修復機能が低下し始める。修復速度が落ちて損傷の発生速度に追いつかなくなると、いわゆる老化やガン化が目に見える形で起きてくる。細胞自体のダメージが激しい場合はアポトーシス(細胞死)に到る。

 細胞自体が老化し、DNAの損傷の発生数が修復速度を超えるようになると、損傷が蓄積し始め、たんぱく質の合成が減少する。細胞内のたんぱく質が消耗すると、細胞自体が次第に損傷して死滅するものが増え、体の組織や器官の機能が低下し、病気や加齢症状となって現れると一般的には考えられている。

 放射線被曝では、通常の代謝や環境要因からのDNAの損傷に、放射線による損傷が加わる。その結果、細胞の生命力が低下し、肉体や臓器の機能が低下する。軽度の被曝であっても細胞の再生・修復能力に追加の負担がかかるので、疲れやすさ、活動力の低下、免疫力の低下、怪我や病気からの回復力の低下などが起きる。

 このような体への負担は、「被曝は年間○ミリシーベルトまでは大丈夫」というように線引きできるものではない。

 1ベクレルという単位は、放射性物質が体の中で毎秒1個(1時間に3,600個)が崩壊して放射線を放つ量だ。だからたとえ1ベクレルであっても、それが通過していく臓器や周辺組織の細胞にダメージを与える。

 ただ健康な人ではDNAの修復機能が働き、ある程度までの追加の損傷数はカバーできるので、目に見える病気にまではならないというだけだ。体の修復機能がどの程度まで追加の損傷を処理できるかは、人によって違う。

 「100ベクレルのものまでは食べても安全」などと言い切る人は、医者でも学者でも、人間の体を機械のようにしか思っていないことがわかる。それは「小さな切り傷なら100個までは出血多量で死ぬことはない」と言っているようなものだ。

 生命を生命と感じる人なら、小さな傷でも個体にとってはストレスだというのはわかるし、実際、傷が癒えるにもDNAの修復を行うにも、追加の材料やエネルギーなど体のリソースが消費される。

 ハンズオン・ヒーリングの視点から言えば、DNAの複製や修復にはエネルギーが必要だ。細胞のエネルギー・レベルが低下すると(充実度が落ちると)、複製ミスが出たり、修復が不完全になったり速度が落ちる。

 例えば怪我の傷跡や手術跡が残るのは、ハンズオン・ヒーリングの視点からは、体が回復しようとする時に、細胞が完全な自己複製をするのに必要なエネルギーが足りなかったためと考えられる。そのため、自己治癒が途中で止った形になっているのが「傷跡」だ。だからその部分の細胞に、不完全な再生(「傷跡」)のパターンを乗り越え、健全な形で複製を再開するのに必要なだけのエネルギーをたっぷり流してやると、古い傷跡や手術跡などは目に見えて癒え始める。

 私はこういうケースのヒーリングをたくさん扱ってきて、10年かそれ以上前の傷跡や手術跡さえ治るのを見てきた。大きく切る手術でも、直後にヒーリングを入れられれば、ほぼ跡が残らないぐらいにきれいに治ることは珍しくなく、怪我や手術で神経が断裂して残った部分的なマヒなどにも、はっきりと動きに変化が出る。

 5年、10年も治らなかった傷が、ハンズオン・ヒーリングを受けて再び治り始めるという多数のケースは、エネルギーを介して細胞の再生能力に働きかけることが可能だということを示している。

 ガンの放射線治療の副作用は被曝のダメージと同じだが、放射線治療中の人にハンズオン・ヒーリングを並行して受けてもらうと、副作用がある程度(時には大幅に)抑えられる。これは放射線によるダメージから体が回復するのを助けられる可能性を示す。

 DNAの損傷を修復するには、DNA分子や補修酵素の物理的な材料と、合わせて追加のエネルギーが必要だ。そのどちらかが足りないと、修復ペースが落ちたり不完全になる。修復が追いつく以上の速度で損傷が起き続ける場合には(例 高濃度の汚染地に住んでいる場合や、放射性物質を含んだ食べ物を常食する場合)、DNAの損傷が蓄積していく負のスパイラルに陥る。

 DNAの損傷を防ぐには、物理的にその原因を除くか減らすことがもちろん最優先で、現状では外部・内部の被曝を減らすために、あらゆる手だてをとるべきだ。その上で、ハンズオン・ヒーリングを追加のケアとして入れれば、スパイラルが下向きに落ち続けるのを歯止め することができる。これにはシンプルなホームケアであっても助けになる。

 とくに成長期で細胞分裂の盛んな子供は、放射線からのダメージを受けやすいが、外部・内部被曝の要因が取り除かれれば(汚染地から出て、きれいで栄養豊富な食べ物を食べるようになれば)、回復も早い。これはチェルノブイリの子供たちの例でもはっきりわかっている。追加の放射性物質が体に入らなくなれば、残った放射性物質は徐々に排出され、体は癒えていくことができる。

 事故から1年余り。最初の頃は食事管理にも非常に気をつけていた人たちの中にも、精神的な疲労がたまってきている。だが「もう何をやっても無駄」と諦めさせようとする内的・外的圧力に負けてはいけない。子供たちのために、そして自分自身や家族のために、不要な病 気や痛みを避けるためにできることは、たくさんある。

エネルギーの海 スピリット通信』2012年6月24日号(vol. 36)



参考
エネルギー療法(ハンズオン・ヒーリング)無料クリニック
School of Healing Arts and Sciencesの社会奉仕活動の一環として、子供さんとご家族を対象に、定期的に無料施術を行っています。

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January 16, 2012

第6チャクラ 「光」を見る力

 まずはVol. 31から引用。 

 ... 精神的な恐れや不安は人を救わない。人を成長させもしない。それは現状から目を覚まさせるためのショック療法になることはあるかもしれないが、長く続く恐れや不安の状態は、単純に生命としての人間を消耗させる。

 エネルギーの視点から言えば、恐れや不安はエネルギーを消耗させ、オーラ(エネルギー)フィールドを萎縮させる。エネルギーを消耗し続ければ、オーラフィールドは縮んだ状態で固まり、硬直し、人は必要な行動をとることも、変化を起こすこともできなくなる。 

 オーラフィールドが小さく縮まると、さらにささいなことでも気になり、不安をかき立てられるようになるので、あとは負のスパイラルである。

 行動したり、必要な変化を起こすには、エネルギーが必要なのだ。成長するためにも。それは単純に人間が「生命」であるということを考えてもわかる。

 ならば必要なのは恐れや不安ではなく、希望だ。そして希望というのは与えてもらうものではなく、自分で見つけるものである。

 混乱した状況や大変さの中でも、光のある方向を見分ける力。それが第6チャクラの一番大切な機能であり、基本的にすべての人が備えている能力でもある。

 生きることがもっともつらいのは、状況の苦しさ自体よりも、そのつらさや苦しさに意味を見いだせない時だ。自分がなぜ生きるのかということを思い出せれば、困難を乗り越える強さを見つけることはできる。そしてそれを思い出すのも、私たちの第6チャクラの機能だ。

 第6チャクラはすべての「見る」機能と「光」に関係するチャクラで、エネルギーシステムの解剖生理学的にも、とても興味深いチャクラでもある。

(引用ここまで)


第6チャクラ

 第6チャクラは額の真ん中か、人によってはそれよりやや低い、眉毛と眉毛の間に近いところに位置し、古くから「第三の目」と呼ばれてきた。仏像の額の真ん中にある白毫は「白い毛」と仏教用語集などには書いてあるが、位置といい丸い形といい、どう見ても第6チャクラを表している(第6チャクラそのも のはもう少し直径が大きいが)。

 このチャクラを指さすように人さし指を近づけたり、尖ったものを向けたりすると、ほとんどの人が、むずむずするような感じや妙な不快感を覚える。普段はあまり気づかないが、実は多くの人でとても敏感なチャクラだ。

 肉体レベルでは目、内分泌腺では松果体に結びついている。組織レベルでは皮膚に対応する。これからもわかる通り、あらゆるレベルで「光」と関係の深いチャクラである。

 色は紫。カリフォルニア大学ロサンジェルス校のヴァレリー・ハント博士の実験では、ヒーラーや透視能力者が、対象者の体に「紫色」を見た場合、 900 Hz帯域のエネルギーに対応していた。また同じ実験で「紫色」と識別されたものをスペクトラム分析すると、さらに100-200 Hzの青と740-900 Hzの赤の波形も含まれていることがわかった。

 紫色の第6チャクラには、赤=第1チャクラと青=第5チャクラの性質が合わさって含まれる。これはこのチャクラの働きを理解するのにとても重要な点だ。

 第6チャクラの色を藍色(インディゴ)とする本もあるが、紫とするか藍色とするかで、このチャクラの機能に対する理解が変わってくる。

 エネルギーそのものであるチャクラでは、色(つまり周波数帯域)の変位や転位が比較的容易に起きるので、「第6チャクラは藍色!」と思い込むことでこのチャクラを藍色に維持することは可能だ。問題はそれが適切で健全なことなのかどうかということ。

 精神世界やニューエイジにはまっている人の中には「周波数は高ければ高いほどいい」と思っている人がいるが、それは迷信だ。人間としてバランスがとれるためには、大地/物質世界へのグラウンディング(赤)と高い世界とのつながり(青)の両方が欠かせない。肉体と大地につながることができないまま高 い精神性に手を伸ばしても、そんなコンタクトは不安定で精度を欠き、逃避的な性質を帯びる。

 第6チャクラの本来の色が赤と青の両方を含んだ「紫」というのは、このチャクラの機能が物質レベルでの生命力と高い精神性の重なるところにあることを示している。だからこのチャクラは「魂の座」とも呼ばれる。第4チャクラ、ハートチャクラが目に見えない世界、アストラル界への扉であるのと同じように、第6チャクラは肉体に宿る魂の直接的な扉だ。


第6チャクラの機能 あらゆる意味で「見る」こと

 第6チャクラは、あらゆる「見る」機能と「光を感じる」機能に関係する。「見る」とは、文字通り肉体の目で見ることから、形のないものを象徴的に「見る」ことまでを含む。

 肉体レベルの「視力」にはたくさんの要素が関係していて、単純に第6チャクラの機能がよいか悪いかだけで決まるわけではない。例えば乱視や色覚異 常などは遺伝的要素が強い。他方、緑内障や白内障は体質・環境から来る肉体的な要素が強い(だから緑内障や白内障のヒーリングには、目の構造と病理をよく理解した上で、関係するパーツや組織に直接働きかけることが必要だ)。

 「見る」機能自体、単純に「目」だけの機能ではない。視神経を通して伝わる信号が脳によって解釈されて初めて、「見る」という感覚を経験できる。色の識別といったことさえ、基本的には成長期に学び、条件づけられていくものだということは2010年6月配信号に書いた。

 こんなふうに、肉体・物質レベルで「見る」ことは、たくさんの要素が関わる複雑な現象だ。単純に第6チャクラの機能の良し悪しだけから決まるものではない。

 それでも、第6チャクラにエネルギーを流して賦活したり、そこにたまりやすい慢性の緊張をほぐすだけで、多くの人は「ものがはっきり見える」「まわりが明るく見える」「色が鮮やかに見える」ことを経験する。この反応は即座だ。

 それに対して、「近くのものは見にくいが、遠くはよく見える」という加齢による視力の変化は、むしろ「見る」機能の象徴的パターンとして理解する のがいい。大ざっぱに言えば、「老眼」は本来、「近くが見えない=身の回りのささいなことやどうでもよい不完全さは目に入らない」「遠くがはっきり見える=世の中を大きな視点で俯瞰できる、先のことを見通せる」ようになる人生の段階と対応している。

 人生経験を通して人格の角(かど)がとれ、懐(ふところ)の深さを身につけた所で、諸々のことをおおらかに受け入れ(あるいは気にするのを止 め)、人生の中で本当に重要なこと、大切なこと、未来の世代のために関わることを視野の中心に据えられることが、この段階の理想である。こういうふうに成 熟するなら、それは「老眼」ではなく「成熟眼」で、その意味において望ましいことなのだ。

 しかし、角もとれず懐の深さも加わらず、自己を中心に固定された視点、態度、考え方だけが目立つ場合は、それは衰えと言われても仕方ない。「視点が固定される」というのが、文字通り肉体の視力面と、象徴的に「物事の見方」という両方の意味であることがわかるだろうか。第6チャクラの「見る」機能に は、つねにこの二重の意味が込められている。

 「遠くを見通し、光のありかを知り、子供たち、さらにその子供たちのことまでを考えて、何をしなければならないかを語れる智恵」が、混迷の時期である今、切に必要とされている。

(続く)

エネルギーの海 スピリット通信』2011年12月14日号(vol. 35)

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February 21, 2011

英語を学ぶことの意味 エネルギーとチャクラの視点から

なぜ突然英語?

 これまでずっとやりたいと思っていて、そして「やって欲しい」というリクエストもそれなりにあったが、スケジュールの都合でお蔵入りになっていた講座をやってしまうことにした。「ヒーラーとアルケミストのための英語講座 英語講読/基礎集中」(3月5・6日)。

 インターネット時代になって、ヒーリングやアルケミー(精神的錬金術)の分野でも、驚くほどの量と質の文献や資料がインターネットや、Amazon.comのようなオンライン・ブックストアを通して手に入るようになった。

 しかしヒーリングやアルケミー、秘教分野の最重要な文献の多くは、日本語では読めない。こういったものはクラスで紹介したり、時間のある範囲で抜粋翻訳を「ヒーラー&アルケミスト」に載せたりしてきた。ディオン・フォーチュン(ダイアン・フォーチュン)の一部著作など、著作権の切れている重要文献で、完訳してPDF書籍にして発行予定にしているものもある。

 しかしそれ以外にも、重要な文献、興味深い文献や資料は無数にある。こういったものを、それぞれの興味に応じて掘り出し、読んでもらえるようになれば、どれほどいいだろう。それはヒーリグやフラワーエッセンス、アルケミーの分野の学びと研究に、とても大きくポジティブな影響を生み出すはずだ。

 それに、英語のできる一部の人間だけが情報を独占するのは、水瓶座時代のパラダイムにそぐわない。

 こういった長年の思いを込めて、今回の東京長期滞在でスケジュールに空きのあった3月はじめに、講座を押し込むことにした。(告知がぎりぎりになってしまったのは申し訳ない。)

 講座の詳細は案内ページにもあるが、英語の講読を一から再スタートしたい人、読解力の土台になる文法と文章の分析力を身に付けたい人は、この基礎集中講座に出て欲しい。

 その後、フォローアップとして電話で参加できる遠隔講座や週末夜の講座を準備している。最初の集中講座で土台を作って、後は興味のある文献をテキストに、自分にとって意味のある分野で語意を増やし、読解力を伸ばしていこうという仕組みだ。基礎的な読解力に自信のある人は、そのまま継続の講読講座シリーズに出てもらってもいい。

 4月または5月から始まる継続の遠隔講座のテキストには、(1)アルケミー(精神的錬金術)と古代からの知恵の伝統、(2)自然霊と天使/デー ヴァ&ネイチャースピリット(フラワーエッセンスに興味のある人向け)の少なくとも2種類を準備している。これらの分野のテキストを読み込みながら、合間 に関連話題のミニ・レクチャーや質疑応答を含め、テキストに含まれている実習などがあれば、それも平行してやっていこうという野心的な(笑)総合教育の試 みだ。

学ぶことはエネルギーの伝達を受けること

 学ぶ経験の質を何より左右するのは、教師が教える内容をどれだけ体得し(頭で理解するだけでなく)、その内容を伝えることにエネルギーを込めるかによる。これはヒーリングなどエネルギーを主要な媒体にするものはもちろんだが、すべての「教える」行為に当てはまる。

 学校の授業がつまらないことが多いのは、ほとんどの場合、教師は内容を知的に理解しているだけで、それを教えることに強い個人的な興味もなく、エネルギーも注いでいないからだ。英語教育も例に漏れない。

 私は自分自身が英語を第二外国語として学び、長くアメリカに住み、完全なバイリンガルとして過ごしてきた「学んで身につけ、自由に使いこなすようになった経験」を、自分のエネルギーフィールドの中にもっている。そしてできるだけ多くの人に、英語を「ツール」として使いこなせるようになって欲しいという真剣な思いをもっている。

 もちろん、自分が過去に日本の英語教育を受けてきているから、それを踏まえて、英語講読の勉強を再開するにはどうするのが効率がいいかという現実的なノウハウもある。だが、学ぶ側にとっての絶対的な違いは、エネルギー(オーラ)フィールドに蓄えられていて、他者に伝達可能な「経験の情報」なのだ。

 ヒーリングを学ぶ最良(ある意味、唯一本当の)方法は、優れたヒーラーのもとで実地指導を受け、その人のエネルギーフィールドに蓄えられた知恵と技術を直接吸収することだ。生きた人間のエネルギーフィールドから情報をエネルギーとして直接吸収する経験は、他の学びの方法でとって代えることはできな い。

 昔、ダニオン・ブリンクリーのもとを訪れ、しばらく時間を過ごしたことがある(彼がどういう人かと、その時のインタビュー記事はこちら 「未来からの生還者、ダニオン・ブリンクリーとのインタビュー」)。

 彼は臨死経験から甦った後も、他人が頭の中で考えていることをそのまま言葉として聞く能力を維持していた。考えていることがそのまま言葉として聞こえるのだ。なので、私が英語で考えていることは全部わかるだが、日本語で考えられると、言葉は聞こえるが意味がわからないと言っていた。

 そして彼と過ごす間に、どうしたものか、私にもその「能力」が伝染した。別の人が頭の中で考えていることが、明晰にではなく少しくぐもったような感じだが、「聞こえる」状態になった。一緒にいる間中、それは続き、家に帰ってからもその能力は残っていた。ただ幸か不幸か、時間が経つにつれて少しづつ能力はほつれていき(私が興味を失い、それを維持するための努力をしなかったこともあると思うが)1か月ぐらいでだいたい元通りになった。

 この時、「共振作用を通じての能力の直接伝達」という現象の存在に思い当たり、感銘を受けた。もちろんダニオン・ブリンクリーのような人間のパワフルなエネルギーフィールドの作用と、私自身の中にそれに共鳴する要素があったことは否めないのだが、それでも2日ほどの接触でこんなことが起こり、そしてそれが1か月も維持されたということは重要だ。

 同じことは必然的にハンズオン・ヒーリングを学ぶ際に起きる。そして英語のような語学学習でも起きるのだ。

 私が多くの大人に英語の学習を再開して欲しい理由は他にもある。それは脳の機能の再整備だ。別に英語でなくて他の言葉でも、それこそプログラミング言語とかでもいいのだが、英語は実用性の高さが格段に優る点で、動機を維持しやすい。

 そして語学の学習は正しくアプローチすれば、上位のチャクラ、とくに第5チャクラと第6チャクラの機能を高める働きもある(学校のおうむ返し型の英語教育では、もっぱら第3チャクラが使われる)。

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February 09, 2010

アストラル界、生命の輝きと光の性質

『AVATAR』、余談

 第5チャクラに関連して「言葉の力については...もう少し書く」と先号で書いたが、映画の『AVATAR(アバター)』が話題になっているので、ちょっとハート・チャクラとアストラル界の話に戻りたい。

 ちなみに「『AVATAR』、おすすめ!」というのはブログのリストにも書いた。

 何しろ教皇庁が「この映画は復興異教主義(neo-paganism)につながる」と批判している。ヴァチカンの新聞 L'Osservatoreは「自然崇拝に結びついた精神主義に拘泥した作品」と書き、ヴァチカンのスポークスマンは「自然を『新しい神』に仕立てること の危険について法皇は憂慮している」等々。

 つまり、「異教主義(Paganism)」を復興させることに興味のある人は、ぜひ見るべきだということだ(笑)。

 ヨーロッパの歴史を通して「異教」として排斥迫害されたものの中には、私が「古典神学」と呼ぶ、古代エジプトにつながる、キリスト教より古い神学体系が含まれている。

 これはアレクサンドリアの大図書館が焼き打ちに遭うまでは、古今の智恵の伝統を統合した体系として学ばれ教えられていたものだ。

 この体系においては、「自然」は神の表象であり、具現であり、神の「体(からだ)」そのものである。自然の中の要素はすべて、樹木も花も動物も、空も大地も海も、そして人間も、その魂だけでなく肉体も含めて、宇宙の秩序と神性の体現だ。

 自然の中の生きとし生けるもの、自然の中に存在するすべてのものは神聖であり、「神」という全体の一部である。この思想はまた、アルケミー(精神的錬金術、魂の進化の階梯を金の精練過程に喩える伝統)の理解と実践の源流でもある。

☆ 異教主義の歴史についてもっと知りたい人に おすすめの本
タリズマン 秘められた知識の系譜(上)』『タリズマン(下)

 

惑星パンドーラの光景とアストラル界の質感

 映画の件から話がそれた。話したかったのはアストラル界についてだった。(このあたりも参照 →「第4チャクラ(ハート・チャクラ)とアストラル界」「第4チャクラ ハートの力」)

 「『AVATAR』を見て鬱状態になる人が続出」というニュースを読んだ。映画で描かれている美しい世界から、普通の現実に引き戻されて生きなければならないことがたまらなく嫌で、鬱になるのだという。

 それを読んで、「こういった人たちこそ、アストラル界を経験することを学べばいい」と思った。『AVATAR』を見ながら、そこで描かれる世界、その色彩とテクスチャ、花や樹木など自然の内側から発する光の感じなど、上方アストラル界の姿そのものだと思ったからだ。

 アストラル界の自然の風景はとても美しいが、物質世界の風景と明らかに違う質感がある。そこを訪れたことのある人には「ああ、あの感じ」とわかる。

 映画を見た後で、アストラル界の総合専門家を自任するつれに「これ、アストラルの風景の質だよね」と確認したが、つれもしっかり同意していた。

 この独特の質感は、アストラル界の光景に馴染みのない人には、いくら言葉で説明してもなかなか伝わらない。ところがCGで描かれた惑星パンドーラの風景が、その感じにそっくりなのだ。


アストラル界独特の色彩と光

 そう言えば何年か前、ブログにこんな記事を書いた。

 「12月に動物の魂について話をした。その中で、動物の夢についてもちょっと触れた。

 年末に実家に立ち寄り、両親の飼っているわんぱくチワワと遊んでやった。チワワが遊び疲れ、毛布の上で寝息を立て始めたので、小さな胸にそっと耳をつけて、どんな夢を見ているのか確かめてみた。

 夢の世界はアストラル界とつながっている。そこでは人間も動物も、自分の内的な世界と外の世界が一つになる。

 アストラル界独特の風景というのがある。すべての色合いが不思議な鮮やかさと輝きに満ちている。この世界の光は太陽の光ではなく、ものの内側から発せられる輝きだ。

 どこまでも続く、チワワの肩ほどの草丈の草原。たくさんのチワワがいて、群れになって蝶々や小鳥を追いかけたり、お互いにじゃれ合っていた。

 チワワはその大きさからもずいぶん特殊な犬種なので、そうか、もっとみんな他のチワワたちといっしょに遊ぶ機会が欲しいのだなと思った。」

 私が意識的にアストラル界と関わり始めたのは、アメリカに住んでいた頃、最初のヒーリングスクール(BBSH、バーバラ・ブレナン・スクール・オブ・ヒーリング)に通い始めてその2年目だ。

 同じ頃にヴァージニア州のパスワーク・センター(Sevenoaks Pathwork Center)に通い始め、おまけに考古学者マイケル・ハーナーの主催するシャーマニズムのワークショップにも通ったりしたこともあって、短い期間にものすごく大量のアストラル・レベルの経験をした。

 それはもう、アストラル界を上から下まで、「死んだ人の霊からパワーアニマルや妖精まで」みたいな感じでなかなか大変だったが(笑)、自分にとってアストラル界はとても楽しく過ごせる場所の一つだと発見したのもこの時期。

 アストラル界の上の方は、とにかく色彩が豊かで美しい。私は水彩やパステルを使って絵を描くのが好きだが、アストラル界の色彩は物質世界のどんな画材でもまねできない鮮やかさだ。ただ、その色の見え方が物資世界とはっきり違っている。

 この見え方の違いはどこから来るのだろうとずっと考えていたが、ある時、ロビン・ウィリアムス主演の『奇蹟の輝き』という映画を見た。「この流れるような、色がむちゃくちゃ豊富なのに、暗いんだか明るいんだかわからない感じは、アストラル界そっくりだなー」と思いながら見ていて、気がついた。

 映画のCG部分の「暗いのか明るいのわからない」感じは多分当時のCG技術の限界で、明確な光源としての太陽の光の感じやまぶしさのある輝き感が出せていなかったからだと思うのだが、そこから、アストラル界独特の風景は、光源の違いから来るのだと思いいたった。

 そこからもう一度よくよくアストラル界を観察してみると、色が、それぞれのものの内側からの光でなりたっている。

 物質世界では、物の形を見るのも太陽や電灯の光によってだし、色を見るのも外部の光の反射によってだ(ものの表面に反射された波長が目に入り、色として識別される)。

 しかしアストラル界の風景では、色は内側からの光で「色」として見える。だから色彩がとても豊かで鮮やかなのに、外部の光を反射する表面のまぶしさのようなものはない。代わりに動物も植物も昆虫も鉱物も、あらゆるものが内側からの光で灯されている。

 光源が外部ではなく、それぞれの内側にあるのだ。それは私にとっては生命の輝きとでも表現したい感覚で、ここでは本当に「生命=光=色彩」なのだ。

 私にとって、また世界中のシャーマンや「異教」的伝統を保つ先住部族の人々にとって、この世界は物質世界と同じくらい現実である。自然霊(ネイチャースピリット)やいわゆる「妖精」なども、この世界の住人だ。

 アストラル界における光の性質に気がついてから、20世紀前半の魔術の本では、アストラル界やその構成物質の両方が「Astral Light(アストラル光)」と呼ばれているのも、これを指していたのだと納得がいった。

 アストラル界では、すべての存在は自分の内部からの光で照らされる。この光が内に籠もったり遮られていれば、その存在は必然的に暗く見える。これは隠しようも繕いようもない。

 だからアストラル界のうんと下の方が、物や人の形も判然としないくらいに暗いのも、そういうことなのだ。

 お互いに持ち寄る内面の光=生命の輝きで構成されている世界。


アストラル界と物質世界の間の扉

 アストラル界全体の視覚イメージとして一番近いのは、先に挙げた映画『奇跡の輝き』で、これはアストラルの領域を上から下まで幅広く、すごく実感のある感じで表現している。意識の焦点が移るとどんどん場所が切り替わってしまうとりとめのなさも、まさにそうだ。

 アストラル界では自己の内面=外部の環境・状況なので、シャーマニズムの修業で徹底した感情(とくに「恐れ」)の浄化と意識の集中訓練が必要とされるのも、このためだ。

 意識的に集中せずにアストラル界に足を踏み入れるとどんな感じなのかは、夢の中を思いだしてもらえばいい。夢ももちろん、アストラル的経験だ。

 これに対して、アストラル界の比較的上の方の感じを見事にヴィジュアルで表現しているのが『AVATAR』だった。

 だから『AVATAR』の惑星パンドーラの世界が恋しいと感じる人は、アストラル界を旅することを学ぶべきなのだ。そして映画の物語の中でなく、自分で実際に「生きた生命の輝き」の世界を旅する驚きや楽しみを経験するべきだ。

 古代の人たちにとっては、アストラル界は物質世界と普通につながっていた。夢と現実を厳密に区別しない文化では、人は比較的自由にアストラル界の経験との間を行き来できた。

 オーストラリアのアボリジニを始め、シャーマニズムやドリーム・タイムの伝統を保持している文化はみな、このことを覚えている。西洋でもすくなくとも中世、人々が妖精や精霊の存在を信じ、目にしたり、やりとりをしていた頃まで、人の意識とアストラル界の間には行き来できる扉があった。

 時代を追い、人々の意識が物質面に偏り、夢を「本当のことではない」と考えるようになったあたりから、アストラル界とのつながりは薄れていった。現代の欧米文化圏では、この扉はほとんどの時間、閉められたままである。

 だが、それは取り戻すことのできるつながりなのだ。

 道筋の一つは、感覚を開いて自然と交感すること。もう一つはメディテーションや夢との取り組み、つまり自己の内面の世界との交感。そして作業の鍵は、この二つの世界をつなぐハート・チャクラ(第4チャクラ)だ。

エネルギーの海 スピリット通信』2010年2月3日号(vol. 28)


☆ シャーマニズムに興味のある人に、手堅くしっかりした入門書はこれ
マイケル・ハーナー『シャーマンへの道

遠隔メディテーション・シリーズも、
アストラル・レベルの感覚とヴィジョンを育てるのに役立ちます
  (次回メディテーション・シリーズは4月開始)

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October 15, 2009

言葉の力とチャクラ

 第5チャクラに関連して、言葉の力について少し書いておこうと思う。

 言葉を律するというのは伝統的に、エネルギーを制御するための基本的な訓練の一つだ。神社であげられる祝詞、教会のミサ、そして魔術やファンタジー物語に出てくる呪文などは、言葉のパワーを象徴的に示した例。しかし、言葉を律することでエネルギーを管理し使いこなすことは、本当は日常生活の中でも大切なのだ。

言葉は内面の映し鏡

 ユング派の分析家などならもちろん、言葉のニュアンスやもたらされるイメージに非常な注意を払う。それはある意味、伝統的なシャーマンが細心の注意を払って言葉を扱う態度にも似ている。両者はいずれも、言葉の後ろには膨大な深層意識の領域とパワーが存在するということを知っているからだ。

 もちろんヒーリングに携わる人間も、言葉のもつ力と意識的な使い方については重々心得ておかなければならない。しかし実際には、ヒーリングや精神性について学んでいる人でも、意外と基本ができていないと感じることがままある。あるいは何年かの実地経験を積んで、クライアントに対する基本的な配慮はできても、言葉の力を意識的に使いこなすまでに届いていないなと思うこともある。

 意識的な訓練を経ていない人では、日常的な言葉遣いは、その人の内面のシンプルな映し鏡だ。

 無意識の言葉使いには、成育環境や親の影響が強く出る。とくに人が感情的になった時、口をついて出るのはしばしば、親から自分が言われた否定的な言葉である。子供時代を通して自分の無意識に刻み込まれた否定的な言葉は、我々を縛り、ストップをかけ、あるいは感情的になった時に配偶者や子供、親しい人々にぶつけられて相手を無意味に傷つける。

 心理療法を受け始めた人は、自分の無意識がどれだけ親から詰め込まれた否定的な言葉でいっぱいであるかに気づき、がく然とする。自分のものだと思っていた考えが、実は自分のものではなかったことに気づく。これはとても重要な自己の癒しと成長のステップである。

 自分の言葉使いの無意識のパターンに気づき始めることは、自分について知り始めるための非常に重要な鍵であり、それは精神的な道のりを歩むための最初の一歩でもある。「汝自身を知れ」、そしてそのもっともわかりやすく重要な鍵は、自分の使う言葉なのだ。

言葉とエネルギー

 ライフスクール/School of Healing Arts and Sciencesのフラワーエッセンス療法の集中研修では、「言葉の力」と、祈りやアファメーションについて教えてきた。アファメーションや祈り の言葉は細心の注意を払って選ばれ、そしてエネルギーを以て魂を吹き込む必要がある。

 だが、言葉を律することでエネルギーを管理し、効率よく使う習慣は、生活の一部になるべきなのだ。お祈りをする時だけよい言葉を選んでも、普段の生活で使う言葉に自己否定や悲観的態度、社会や家族から受け継いだ無意識のパターンに染まった言葉を使い続けるなら、どうしてアファメーションが形をとれるだろう。祈りが応えられた時にそれに気づけるだろう。

 言葉を律することが重要なのは、言葉は思考を制し、エネルギーを動かすからだ。我々の内的パターンは言葉に出るが、逆に言葉のパターンを変える時、思考のパターンを変え、内的パターンを変化させることができる。これはエネルギーが肉体に影響し、肉体がエネルギーに影響するのと同じ二方向性の仕組みだ。

 言葉が与える重大な影響をすべての古代文化は肌身に感じており、日本では「言霊(ことだま)」という言い方でそれを表した。「言葉に魂が宿る」、 言葉のもつ生命力とパワーをこう表現したのだ。語り手を離れたあとも言葉は独立のエネルギー体として存在し続け、さまざまな影響を与えると古代の人は感じとっていた。

 人間同士のコミュニケーションだけでなく、祈祷や祝詞など、「神」や目に見えない存在とのコミュニケーションにも、エネルギーの通路としての「神聖な言葉」は欠かせなかった。「祈り」は明晰に言葉という「形」にしなければならないので、なんとなく思ったり、頭の中で考えていてもそれは祈りではない。

 聖職者は本来、言葉の力をマスターした者として「神聖な言葉」、祈りの専門家だった。必要に応じて適切な言葉を選んで祈りを織り上げ、エネルギーという生命をのせて解き放つ。そして言葉にエネルギーをのせることができるためには、すべてのチャクラがよく機能している必要がある。

 とりわけ第1チャクラの生命力と第2チャクラの感情の力は欠かせない。第1チャクラと第2チャクラが充実していない人は、声に力がない。 もそもそと生気のない声で祈りやアファメーションを読まれても、そこには何の実現力もない。

 他方で、言葉の力と沈黙の力は表裏一体だ。逆説的なようだが、沈黙できない人には言葉の力を使いこなすことはできない。いくらしゃべるのがうまくても、時に応じて口を閉じることができない人は、エネルギーを垂れ流しにしているのと同じだ。あるいは一方的に祈りを述べるだけで、祈りに対する答えに耳を傾けることができない。

 必要な時に口をつぐみ、必要な時に明晰に言葉にする。これができる人は、言葉として表現する力と、それを発するタイミングという第5チャクラのパワーを身につけている人である。そしてそれはそのまま、第5チャクラの「音を形にする」「高い世界に描かれた青写真を、物質世界に実現する」能力につながる。


 言葉の力については、ヒーリング・セッションでの言葉の使い方などにからめて、もう少し書く。

エネルギーの海  スピリット通信』2009年10月15日号(vol. 27)

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July 31, 2009

伝統的な「式」とエネルギー

 第5チャクラの話の途中だが、またちょっと寄り道をする。

 講座などで話をしていて、「風呂の水を共有することは感情のエネルギーを共有すること」とか、必ずどよめきが起きるトピックが幾つかあるが(笑)、その一つ。

 すべての「式」(典礼、式典、儀式)は、もともとエネルギーを動かし、まとめ、操作するためにある。

 だから本来は、目的や意図の設定、場所選び、手順、さまざまな象徴的要素の配置、式を受ける人や参加する人のエネルギーをどう動かし、まとめ、方 向づけるかなどについて熟知した専門家がいて、式を組み立て、当日の采配を通してエネルギーをもっとも効率よく、最良の方向に導く。

 古代ではこういったことは当たり前だったが、現代では、こういった形で式を組み立て執り行うことのできる専門家は少なくなっている。式を組み立てるための知識と、エネルギーを制御するための訓練の両方を学べる場所が、ほとんど存在しなくなっているからだ。

 日本での一般の祭祀や冠婚葬祭にしても、エネルギーのレベルで何が起きているかはまったく感知の外で、形式的に手順を踏んでいるだけのことが多い ように思う。(チャペルでの挙式用にバイトの欧米人をニセ牧師として雇うとか、神社がバイトの女の子に巫女をやらせるとか、エネルギーについて理解してい たらあり得ない。)

 聖職者としての仕事には本来、さまざまな式の組み立てと取り扱いが含まれる。そして外的な「組み立て」「取り扱い」方法だけでなく、エネルギーのレベルでどういうことが起きるか、それはなぜかを理解し、それを制御することができなければいけない。

 伝統的な聖職者の訓練の大きな部分は、このエネルギーの制御能力を鍛えることにあり、訓練に何年もかかるのはそのためである。北米先住部族のメディスンマン/メディスンウーマンや、チベットのラマの訓練についても同様だ。

 教会の典礼が、信者ですらない日本人も含め多くの人を惹きつけるのは、教会では伝統的に、荘厳できらびやかな儀式のパワーが理解され、しばしば効 果的に用いられているからだ。北米先住部族やチベットなど古代の伝統を残している文化では、さらに根源的な形で儀式のパワーが理解され、実践されている。

 

結婚式でオーラに何が起きるか

 なぜ式の背後にあるエネルギーについて理解することが重要なのか。それは、理解されているといないに関わらず、すべての式では、参加した人のエネ ルギーが一定の目的のために動かされ、影響を与えるからだ。とくに意識的な理解をもって制御されない場合、式は無意識に、自動的にその機能を果たす。

 例えば結婚式の目的は、二人の人間とその一族を結び合わせること。結婚式に出席したすべての人のエネルギーが、この目的のために集中され、二人の オーラ(エネルギー・フィールド)をしっかりと結びつける。参列者が50人なら50人分のエネルギーが、200人なら200人分のエネルギーが、二人の上 に注がれ、二人の人生を結びつけるために使われるわけだ。

 式が美しいもので参加者が非常に感動したりすれば、そのパワーはさらに倍増する。

 そして出席者のお祝いの気持ちとともに、「二人は結婚した」「二人は夫婦だ」「夫婦は決して別れてはいけない」「一度結婚したら添い遂げるもの だ」といった、日本人の集団深層意識の中の結婚についてのイメージ(=エネルギーの形)が、二人のオーラの中にしっかりと刻み込まれる。

 よい意味でも悪い意味でも、これが結婚式のパワーである。結婚前の恋愛関係の間なら別れてしまったかもしれないような不一致や難しい状況に直面し ても、何とか別れずにやっていくことができるのには、このエネルギーの枠組みの力(=式に参列した人たちのエネルギーの支え)が大きい。

 逆に、虐待や暴力があってどう考えても別れるべきなのに、「結婚」という枠組みを破るのがタブーに感じられ恐ろしく思われる場合にも、この枠組み とそこに込められた集団深層意識のエネルギーが関係する。(もちろんそれがすべてではなく、「共依存とエネイブラー」といった本人自身の心理的な問題も存 在するが)。

 式によって作り出されるエネルギーの枠組みは、よく働けば祝福と支えであり、否定的に出れば一種の呪縛だ。だからそれを最大限ポジティヴな力として働くように形をまとめ、方向づけるのが、聖職者という「式のプロフェッショナル」のあるべき役割なのだ。

 結婚に比べて離婚のプロセスが圧倒的に長く、難しいものになるのも、二人を結びつけている多数の人のいわばエネルギーのロープを少しずつ切りなが ら、自分を相手から引き離していく過程になるからだ。また集団無意識によって自分の中に刻み込まれた「結婚に失敗したら社会的な敗者」といったイメージの 圧力も大きい。

 

離婚式の必要性

 ここで私の以前からの持論だが、結婚式を行うなら、離婚する時には「離婚式」も行うべきなのだ。法的な手続きや社会的形式だけでなく、エネルギー 面できちんと処理を行うなら、二人のオーラ・フィールドを分離させ、再び独立した個人として互いに新しい人生を歩んでいくことがはるかに楽になる。

 あらゆる努力をした上でなお離婚をするのが最良の選択だと決断したなら、結婚式のエネルギー的枠組みを外し、式を通して二人を結びつけた多数の人たちのエネルギーを与えてくれた人たちに返すべきだ。それによって自分もエネルギーの枠組みから解放される。

 そして過去の結婚生活自体が難しいものだったとしても、成長の機会としての結婚の経験に感謝して、最後に相手を祝福して手放すことができれば、離 婚の経験を暗く惨めなものにしてしまうのを防ぐことができる。むしろ離婚という形で一つの関係を終え、そこから自分自身について学べることを学び、これか ら先の人生に生かそうと決意することで、離婚も成長の一つのステップ、ひいては「参入儀礼」に変えることができるのだ。

 そして自分一人でそういったステップを踏んでいくことが難しい時に、専門の援助者の手を借りることができれば、どれほどいいだろう。(離婚に伴う心理的なプロセス自体は、もちろん心理療法を通して扱っていくことが可能だし望ましい。)

 子供がいて離婚するような場合にも、離婚式のような形を通して否定的ではない別れ方ができれば、子供たちへのインパクトは弱められる。そしてきちんと別れれば、必要に応じて新しい形で関係を結び直すことも容易になる。

 離婚式といったことが実際に可能でない場合でも、最低限、結婚式に出席したすべての人に対して離婚の事実を報告し、これまでの支えに対する感謝と ともに、これからよりいっそうよく生きてく決意のようなものを書面でもいいから伝えることをしておけば、エネルギーの整理と呼び戻しにつながる。

エネルギーの海 スピリット通信』2009年7月29日号(vol. 26)

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May 30, 2009

第5チャクラ

 さて、話題をチャクラに戻そう。第5チャクラの番だ。

 第5チャクラはのどに位置する。色は青で、カリフォルニア大学ロサンジェルス校でのヴァレリー・ハント博士の実験では、ヒーラーや透視能力者は、100Hz-240Hzの間と、800  Hz帯域のエネルギーを「青色」として識別する。

 臓器ではおもにのどや肺を含めた呼吸器、内分泌腺では甲状腺と副甲状腺に結びついている。組織レベルでは筋膜と結合組織に対応する。

 第1、2、3のチャクラが物質世界での活動に対応するのに対し、第5、6、7のチャクラは人間の内的世界と精神面に対応している。第4チャクラはその中間にあって、外面と内面、物質と精神の二つの世界をつなぐ役割をもつ。

 第5チャクラの基本色は青だが、これも人によって、深いコバルトブルーから明るい空色まで色味に違いがある。このチャクラが枯渇したり弱い人では、薄く力のない、かすれたような青色。甲状腺の機能の異常も、このチャクラに表れる。

 ちなみにオーラ・フィールド(生体エネルギー場)の青は、伝統的に精神性の色と言われる。普段から内省的で自己の内面に目を向ける人や、高い世界 に思いを向けて過ごす人のオーラは青が多い。α波の出るような静かなメディテーションをした後にも、オーラの全体が青色になる。

 外向的、物質的なタイプの人のオーラは基本的に黄色や暖色系で、青色はあまり見られない。しかし誰でも、脈拍が130を超える(息の切れるよう な)運動をしばらく続けると、オーラの全体がオレンジ色になり、運動の後、さらに青色にシフトすることが知られている。つまり激しい運動をした後には、自 然にメディテーションに近い内省的な状態に入る。激しい運動後の爽快で落ち着いた気分というのは、α波が出ている状態なわけだ。

 第5のチャクラの重要な機能は、肉体の「形」を保持すること。神智学などの伝統的な用語で「エーテル体」と呼ばれるエネルギー体は、このチャクラ に結びついている(バーバラ・ブレナンの本ではこれは「エーテル体テンプレート」と呼ばれているが)。また体中の筋膜と結合組織もこのチャクラにつながっ ている。

 もう一つの重要な機能は、時間との関係性。

 第5チャクラはある意味、神秘に満ちて、とても興味深いチャクラだ。限りなく合理的で秩序だっているのだが、頭だけで理解することのできない奥深さがある。

 

第5チャクラ:肉体面での影響

 第5チャクラと結びついているエーテル体は、伝統的ヒーリングでは、「肉体の完璧な青写真(鋳型、テンプレート)」であるとも言われる。その視点からは、私たちの肉体の形は、この青写真ないし鋳型に沿って形成される。

 だが多くの人で、肉体はこの鋳型から部分的に「滑り落ち」ている。「滑り落ちる(slip)」というのは妙な表現だが、そうとしか言いようがな い。(このレベルで作業をするヒーラーには、その感じがわかるだろう。)「ぶれる」あるいは「ずれる」と言ってもいい。本来ならばぴったりとはまっている ものが、ずれたり部分的に外れたりしている状態だ。

 肉体とこの鋳型(テンプレート)の間のずれを起こすのは、直接的には怪我や外傷、事故、慢性的に肉体に加えられるストレスなどだ。乱暴な手術が原因になることもある(すべての手術ではない。適切に行われた手術は、むしろこのずれを修正することができる)。

 怪我や手術の傷の治りが遅い場合に、エーテル体に働きかけるヒーリングを受けると、傷の治りが加速することがよくある。また傷跡として残っている ものでも、目に見えて傷組織が正常化していくこともある。私の経験上、この場合の効果は傷の古さにはほとんど関係ない(ブログにクライアントの体験談など も載せてあるが、10年以上前の傷でもハンズオン・ヒーリングの効果は出る)。

 肉体の外傷以外にも、自分があるべき道から外れて生きることは、基本的に自分自身の青写真と肉体との間に乖離をもたらす。その状態が長く続けば、やがて肉体の健康にも影響が出ることは目に見えている。

 エーテル体に対する肉体のずれを修正して本来の状態に戻すことができると、肉体の形に大きな変化が起こせる。例えばボディワークのロルフィングは 筋膜に直接働きかけるが、アイーダ・ロルフの教えに忠実な古典的ロルフィングが体の形を整えるのに優れているのは、このことに関係している。腕のよいロル ファーは、よく発達した第5チャクラをしていて、本人が意識するとしないに関わらず、肉体とエーテル体に同時に働きかけている。

 私はこれまで二百数十回のロルフィングを受けてきているが、これは自分のヒーラーとしての能力を支える土台の一つになっている思う。強く、安定してバランスのよい肉体は、魂にとっても必然的に住み心地のよいものだし、物質世界での活動能力を大いに高める。

 

第5チャクラ:音と沈黙の力

 第5チャクラはその位置から想像がつく通り、のどの機能にも関係している。のどは発声と自己表現の座だ。

 声を出しての自己表現は、第5チャクラの創造性の表現としてわかりやすい。しかし見落とされがちなのは、沈黙のパワーもまたこのチャクラの機能だ ということだ。音と沈黙は表裏一体であり、沈黙はむしろ音のマトリクス(母体)である。沈黙という空間の中で、個々の音が時間軸に沿って発せられていく 時、言葉や音楽が生まれる。

 だから、第5チャクラの機能を高めるには、声を使ったり、外的に何かを作り出したりして自己表現を行うのと同じくらい、沈黙の中で時間を過ごすことが重要だ。沈黙に耐えることのできない人は、本当の意味で声と言葉の力を身につけていない。

 いつもおしゃべりの絶えない人の言葉は、一つ一つが軽い。第5チャクラの力を体得している人は、普段は言葉少なくても、ここぞという時に本当に必要なことを明晰に語ることで、言葉の力をフルに発揮させることができる。

 

第5チャクラのヒーリング

 第5チャクラはもともとエネルギーを送り出すチャクラの一つなので、ヒーリングでもこのチャクラからエネルギーを入れることはしない。無理にエネ ルギーを押し込もうとすると、エネルギーが逆流して、クライアントはのどがむずむずしたり、咳をしたり、何かを吐き出したいような感覚におそわれる。

 カタルシス(吐き出すことで浄化を行う)的なアプローチに慣れている人は、こういった反応をよいことだと解釈するかもしれないが、カタルシスはつ ねにエネルギーを消耗することに気づくべきだ。時には、時間をかけてクライアントに流したエネルギーが、その後のカタルシス反応ですべて吐き出されてしま うことすらある。

 あちらこちらのヒーラーを転々としてきた人の中には、このカタルシス反応が癖になっていて、エネルギーが体に流れ始めるやいなや、咳をしたり体を 揺さぶるなどして吐き出してしまう人が時々いる。これは健全なことではない。少し専門的になるが、ハンズオン・ヒーリングとカタルシス的な心理プロセスを 同一セッションの中で組み合わせることの問題点はここにある。

 ハンズオン・ヒーリングを通して肉体の回復や治癒を支えるためには、肉体に馴染みのよいエネルギーが有機的な形で流され、体はそれを水を飲むように自然に飲み干すのが望ましいのだ。そうすればエネルギーは体に染み渡り、本人が心身ともに充実するのを助けることができる。

 ヒーリングで第5チャクラの目詰まりをとったりバランスをさせることもできる。また第5チャクラと密接に結びついている甲状腺と副甲状腺に直接働きかけることもできる。だが自己ヒーリングもそれと同じくらい重要だ。

 自分でできて、効果的な第5チャクラの整え方は二つ。

 一つは、声を使うこと。好きな物語や詩の音読、カラオケ、なんでもいいが、意識的に、能動的に声を使う時間をとること。

 もう一つは、沈黙のうちに内省的に時間を過ごすこと。静かな場所で一人になって、自分自身の内的おしゃべりを止め、まわりの音にひたすら耳を傾けてみる時間をとろう。「聞く」こともまたこのチャクラの機能だからだ。

 クラスでよく勧めるのは、禅寺などで瞑想したり、しずかに座って時間を過ごすことだ。京都の竜安寺はわかりやすいのでよく挙げるのだが、こういった歴史のあるお寺の静謐な空間は、第5チャクラにとって「馴染みの」空間であり、癒しになる。

 第5チャクラとその周辺については、次の号でもう少し書く。

エネルギーの海 スピリット通信』2009年5月30日号(vol. 25)

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November 16, 2008

第4チャクラ ハートの力

 第4チャクラはハート・チャクラとも呼ばれる。胸の真ん中に位置し、精神性・魂の働きを司る上位のチャクラ(第7、6、5チャクラ)と、物質レベ ルを司る下位のチャクラ(第1、2、3チャクラ)をつなぐ場所を占める。伝統的にアストラル体(星気体)の座で、夢や「目に見えない世界」への扉ともさ れ、内的世界と外的世界をつなぐチャクラでもある。

 ハート・チャクラとアストラル界などについては先の号で触れたので、この号では健康面からその働きについて見ておく。

 第4チャクラの色は緑で、カリフォルニア大学ロサンジェルス校のヴァレリー・ハント博士の実験では、ヒーラーや透視能力者は、240  Hzから400 Hz帯域のエネルギーを「緑色」として識別する。

 臓器ではおもに心臓と血管など循環器系、内分泌腺では胸腺に結びついている。組織レベルでは筋肉に対応する。

 同じ胸部にあっても肺や気管支などの呼吸器は、第5チャクラにつながっている(もちろん、循環器と呼吸器が切り離しがたく結びついているように、第4チャクラと第5チャクラの間にもつながりがあるが)。

 

第4チャクラ:肉体面での影響

 第4チャクラ=ハート・チャクラの基本色は緑だが、それも人により、またその時々の体調や精神状態によって、第3チャクラよりで黄色がかかった緑 から、第5チャクラよりで青色の濃い緑。また、澄んで透明なエメラルド・グリーンや鮮やかな草色から、目詰まりして重く濁った色合いまで、さまざまだ。

 緑はまた、変化と変容のエネルギーに対応する色で、人生の大きな変化や、内的な変容経験を通過している時、しばしばエネルギーフィールド(オーラ・フィールド)に緑色の光の流れが多く見られる。

 対人関係や対人感情が希薄な人は、ハート・チャクラも色が薄くて寂しい。

 逆に、一見とても世話好きで人と関わっているように見えるのに、胸のあたりが枯渇して寂しい印象を与える人もある。これは多分、不健康なパターンで、自分の健康やニーズを無視してまで人に与える癖がついている人だ。

 胸が重たく感じられている時には、ハート・チャクラも暗雲のようなエネルギーに覆われて暗く見える。胸に強い怒りをため込んでそれを押さえつけている場合には、ハートのあたりがどす黒く見えることもある。

 人間である以上、さまざまな人生の出来事があり、それに伴う感情の浮き沈みがあるのは当たり前だ。しかし、上に上げたような不健康なパターンがあまり長く続くと、心臓や循環器系に送られる生命エネルギーの量が慢性的に少なくなり、体調に影響が出てくる。

 ここで注意が必要なのは、「ハート・チャクラが閉じている=心臓病」ではないし、「すべての心臓病の人=ハートが閉じている人」でもない。人間の健康とエネルギーフィールド(オーラ・フィールド)の関わりは、そんなに単純なものではないのだ。

 上に挙げたような不健康なパターンが続き、ハート・チャクラが十分にエネルギーを採り入れることができなければ、心臓に送られる生命エネルギーの 量が不足する。同時に、遺伝や体質的な循環器の弱さ、動脈硬化傾向や、血管の目詰まりを起こすような食生活、喫煙や運動不足などの不健康な生活習慣が重な れば、心臓や循環器系の病気になる可能性はとても高くなるし、すでにその傾向がある人は、症状の悪化が加速される。

 他方、偏見に満ちて頑迷でハートが硬くなっていても、体質的に循環器が丈夫な上に健康な生活習慣を守っていて、心臓病と無縁で暮らしている人もあ る。反対に、ハート自体はオープンなのに、持って生まれた体質で心臓に病気のある人もある。あるいはハート以外のたとえば第1チャクラや第2チャクラに不 調がある場合でも、体質的に循環器が弱ければ、そこに症状や病気が出ることもある。

 自分や自分のクライアントがどのケースなのかを知るには、遺伝、体質、生活習慣、内面生活、エネルギーの状態など、その人の「全部」を見る必要がある。

 だが、どのようなケースでも、ハンズオン・ヒーリングを通してチャクラの目詰まりを浄化し、たっぷり生命エネルギーを補充すれば、体質的にかかりやすい病気の予防や症状の緩和、そして健康の回復の助けになる。

 

ハート・エネルギーの強い国

 特定の国や民族には、それぞれ基調となるチャクラやオーラの色があることは、これまで繰り返し話してきた。

 私がこれまで経験した中では、インドネシアのバリ島が、ハート&アストラル・エネルギー圏として際立っている。それからフィリピンやブラジ ル。(アストラル・エネルギー圏=物質世界と霊の世界の間の壁が薄いフィリピンやブラジルが、心霊手術のメッカになっているのはおもしろい。)

 ハート・チャクラ中心の文化の特徴は、文字通り「なんでもあり」の鷹揚さ、「あなたのものは私のもの」的なバウンダリのあいまいさと人間関係の濃密さ、いったん足を踏み入れたら飲み込まれてしまうような親和力というか。

 (ちなみに、日本の男性がよくフィリピン女性に惚れ込んだり、日本の女性がバリ・ジゴロの最高のカモとか言われるのも、普段ハート系のエネルギー に飢えている人にとっては、こういった国の異性のオーラに接するだけで、自分がとても愛されているような気持ちになることに一因があると思う。)

 ハート/アストラル系のエネルギーに満ちた土地で時間を過ごすと、細かなことはどうでもよくなってくる。第3チャクラの分析判断力はスローダウンし、第5チャクラの時間感覚(時間や約束を守ろうという気持ち)も限りなく薄れていく(笑)。

 ヨーロッパでは、地中海沿岸の国々が比較的ハート系のエネルギーが強い。スペイン、イタリア、ギリシャといったあの辺りだ。

 ハワイではマウイ島がハート・エネルギー圏。あざやかな緑におおわれた島の風景だけでなく、土地をおおうエネルギー自体が虹色を伴った美しい緑色 で、地元のハワイ系の人たちももちろん、おおらかであたたかい。しかしバリ島やフィリピンなどの濃密なエネルギーと比べると風通しはいい感じだ。

 (他方、アメリカ本土からマウイに来ている移住者や旅行者は、むしろハートのエネルギーや経験を必要としていて、そのために、それが豊かなマウイ島に惹かれて住んだり定期的に訪れる人が多いように思う。)

 

第4チャクラのヒーリング

 第4チャクラはもともとエネルギーをとり入れるチャクラの一つなので、強い目詰まりなどがなく普通に機能しているなら、素直にエネルギーを流すのが効果的だ。

 ハート・チャクラはまた、(よほどガードが固くなっているのでもない限り)他の人からのエネルギーを感じやすいチャクラでもある。このため、フラワーエッセンスを併用したハンズオンも効果的で、集中研修の実習でも、初めての人でも驚くほどの手応えが得られる。

 訓練されたヒーラーからヒーリングが受けられるなら、本来の手順で行われるキレーションは、全身のエネルギーの滞りをとり、必要なところにエネル ギーを補給するので、心臓を含めた循環器系の優れたメンテナンス方法だ。(注1 現在、多くのヒーリングスクールで教えられているのは改変型の手順)(注 2 ハンズオン・ヒーリングのエネルギー・キレーションは、医学治療として行われる点滴キレーション療法とは別もの)

 また冠状動脈硬化や虚血性心疾患の症状があり、明らかにハートのエネルギーが滞って目詰まっている場合には、通常のキレーション手順ではなく、リ バース・キレーションと呼ばれる別の手順に従う。キレーション前にスキャニングでエネルギーの状態をチェックしておくことは、この理由からも必須である。

 目詰まっているハート・チャクラは、ハンズオンでエネルギーの掃除や浄化をしてもらえるなら、効率もいいし気持ちもいい。終わった後は、胸を中心に心身がすっきり軽くなっているのが感じられるだろう。

 しかし自分でできて、効果的なハート・チャクラのメンテナンス方法もある。それは肉体の心臓のメンテナンスと同じで、運動をすることだ。運動は二通り、心肺機能を高める(息が切れる)運動と、筋肉を整える(筋肉を鍛え、同時に柔軟性を高める)運動。

 脈拍が1分間に120から130を超えるような運動を1回に20分以上、週に3回続けるだけで、心肺機能を高めることができる。同時にオーラ・フィールドのゴミが燃やされ、ハート・チャクラもある程度掃除される。

 心肺機能を高める運動と、平行して適度の筋肉トレーニングを続けていくと、ハート・チャクラの「エネルギーの筋肉」も伸ばされ鍛えられ、「ゴール に向かう持久力」「自分と違う相手や意見を受け入れるゆとり」「変化に柔軟に対応する能力」といった内的変化として経験される。

 自分でできるアプローチの内的なものは、「自分と異なるものを受け入れる」「済んだことを許し、手放す」といった、ハート(こころ、ふところ)を 広げる練習をすることだ。それによって、自分のハートをもう少し引き伸ばし、ハート・チャクラのエネルギーの筋肉をストレッチする。

 「自分と意見の違う人を受け入れられない」「強い競争心や嫉妬心を感じる」「自分と異なる相手(人種、文化、性別等)に偏見を持ってしまう」などは、ハート・チャクラのストレッチが必要なサイン。

 日記や専用のノートを用意し、「自分のハートを詰まらせたり縛っている人や経験」を書き出していこう。そして1回に1つ、それについて内省し、自 分自身のこだわりや憤りを解いて、その経験や相手を自分の胸の中に受け入れるスペースを作ったり、相手を許して手放すように努める。

 取り組みには祈りを組み合わせてもよく、ハートのテーマを扱うフラワーエッセンスを併用するのも効果的だ。 

 

第4チャクラ:ハートの力

 第4チャクラが充実している人は、その存在自体が柔軟性と弾力性に富んでいる。

 解剖生理学を勉強した人は、心筋(心臓の筋肉)が、疲れを知らず、おそろしく強くて弾力性に富んでいることを知っているだろう。何しろ、一生休むことなしに鼓動し、全身に血液を送り続けるのだ。

 ちょうどそんなふうに、強くて、しなやかで、休むことをしらず、あらゆる出来事に向かい合って柔軟に対応し、必要に応じて変わっていくことができ る。人生を、その幸せさもつらさもともに、しなやかに受け入れ、変わり、生き続けていく力、それがハート・チャクラのパワーだ。

 第4チャクラはまた、第3チャクラとのバランスを必要とする。第4チャクラ/ハートの包容力は、第3チャクラ/自我のバウンダリ(自己の境界)を守る力と合わさって、バランスがとれたものになる。

 第3チャクラに偏ると、判断は知的で、時に渇いて冷たいものになる。しかし第3チャクラのバランスなしに第4チャクラに偏ると、人間関係は無分別 で、溺愛や共依存の関係になることもある。中毒患者のエネイブラーなどのように、愛することで相手をだめにしてしまうことすらある。

 第3チャクラと第4チャクラのバランスがとれた人間関係は、論理的で分別に富み、同時に温かさと包容力を備えている。そして自分と相手を守り、大 切にすることができる。ここでも、チャクラがそのパワーを発揮するために重要なこと ---- それは他のチャクラとのバランスだということに思い至る。

 そしてもう一つ、ハート・チャクラについて何より大切なこと。

 私たちの心肺機能は、適度なストレスをかけることで鍛えられていく。筋肉も、筋繊維が傷つく程度のトレーニングをがんばって行うことで、超回復を通して太く、強くなっていく。同じことが、ハートにも当てはまる。

 私たちのハートも、つらさや困難に出会い、それを克服していくことで強くなっていく。好きなものを愛することはやさしい。しかし、好きではない相 手を、なお人間として受け入れるよう努めることで、ハートはもう少し大きく、もう少し大人になっていく。過去に自分を傷つけた相手を許し、手放すことで、 ハートはもう少し深さを増す。

 本物の勇気は、恐れを克服することでしか身につかない。ハートも、人生でのさまざまな経験を通して傷つき、そしてそこから回復することで、いっそう強く、大きく、しなやかになっていくのだ。これがハートの持つ変容の力であり、人間として地上に生きることの意味でもある。

エネルギーの海 スピリット通信』2008年11月16日号(vol. 21)

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